DARK SOULS 〜AFTER STORY〜   作:OSPND

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2.街の中

 酒場を出た宿無しは、朝の人通りが増え始めた通りを東へ向かった。

 

 リゴルドの店はモトの中央を走る街道から一本外れた場所にあり、周囲には職人の工房や小さな商店、二階建ての住居が軒を連ねている。表通りほど人通りは多くないが、朝になれば店先へ荷を出す者や仕事へ向かう職人たちが行き交い、荷車を引く馬の蹄が固く踏み締められた道を鳴らしていた。

 

「おはよう、宿無し」

 

 通りの向かいから声を掛けられ、宿無しがそちらを見ると、籠を抱えた年配の女が片手を上げていた。名前までは知らないが、何度かリゴルドの酒場で見たことがある。

 

「ああ」

 

「今日も朝から仕事かい?」

 

「買い物だ」

 

「そうかい。リゴルドさんにこき使われてるねえ」

 

「そうでもない」

 

 宿無しが答えると、女は楽しそうに笑い、そのまま通り過ぎていった。

 

 少し歩けば、今度は店先で木箱を積んでいた男から「よう」と声を掛けられる。宿無しも短く返し、その前を通り過ぎた。

 

 三年も同じ街にいれば、こうしたことは珍しくなかった。宿無し自身が積極的に誰かと付き合ってきたわけではないが、酒場の仕事で品物を運び、ギルドの依頼で街の者を手伝い、頼まれれば壊れた柵を直すこともある。そんな日々を繰り返しているうちに、宿無しが相手を知らなくても、相手の方が宿無しを知っていることが増えていった。

 

 やがて道が広がり、モトの中央を通る街道へ出る。

 

 往来を進む荷馬車を避けながら向かい側へ渡れば、通りの両側には食料品店や鍛冶屋、仕立屋が並び、その間を埋めるように露店が軒を連ねていた。近郊の村から運び込まれた野菜や果物、籠に積まれた卵、干した魚や燻製肉まで様々な品が並び、店主たちの呼び声が行き交う人々の話し声に混じっている。

 

 モトは大きな街ではないものの、共和国西部へ続く街道沿いにあるため、旅人や商人が立ち寄ることは多かった。領内で採れた穀物や家畜が運び出される一方、地元では手に入りにくい香辛料や布、鉄製品などは外から来る商隊によって運び込まれる。今朝リゴルドが胡椒を見送ったのも、いつでも安く手に入る品ではないからだった。

 

 宿無しは賑わい始めた市場を横目に通り過ぎ、その先にある道具屋へ向かった。

 

 軒先に鍋や鋤、鎌などを吊した店の前まで来ると、店主がちょうど木戸を外しているところだった。

 

「お、宿無しじゃないか」

 

 五十ほどの店主は、立て掛けた木戸から手を離して振り返る。

 

「リゴルドの使いか?」

 

「ああ。包丁と鍋を取りに来た」

 

「もうできてるよ。ちょっと待ってな」

 

 そう言って店の奥へ引っ込み、ほどなく布で刃を包んだ包丁と、真新しい鉄鍋を持って戻ってきた。

 

「包丁は研ぎまで済ませてある。鍋は前のより少し厚いのにした。あいつ、また底を駄目にしたんだろ?」

 

「そう言っていた」

 

「火に掛けたまま忘れるからだよ。料理人のくせにな」

 

 店主は呆れたように笑いながら鍋を宿無しへ渡し、包丁をその中へ収めた。

 

「それにしても、お前が使いに来るようになって助かるよ。昔は注文だけ寄越して、取りに来るのを忘れることが何度もあったからな」

 

「そうなのか?」

 

「本人に言うなよ。うるさいから」

 

「分かった」

 

「そこは律儀に返事するんだな」

 

 店主が笑う。

 

 宿無しがリゴルドから渡された革袋を取り出そうとすると、店主は片手を上げて止めた。

 

「代金はいつもの月締めだ。お前が持ってるのは市場の分だろ?」

 

「塩を買う」

 

「ならそっちに使え。ああ、鍋は熱いうちに水をぶっ掛けるなって、今度こそリゴルドに言っとけよ」

 

「ああ」

 

 鍋を抱えて店を出た宿無しは、来た道を少し戻って市場へ入った。

 

 先ほどより人は増え、通路には買い物籠を提げた者や荷を運ぶ商人が行き交っている。宿無しはその間を抜け、いつも酒場が利用している食料品の露店を探した。

 

 麻袋に穀物や豆を並べた店の前では、恰幅のいい女主人が客と値段を巡って言い合っていた。

 

「昨日より高いじゃないか」

 

「昨日とは仕入れが違うんだよ。文句があるなら次の村まで買いに行きな」

 

「まったく、商売上手だねえ」

 

「褒めても安くならないよ」

 

 客はぶつぶつ言いながら銅貨を払い、袋を抱えて去っていく。女主人はその背中を見送ったところで宿無しに気づいた。

 

「あら、今日はあんたかい」

 

「ああ。塩を一袋」

 

「リゴルドさんのところ?」

 

「そうだ」

 

「いつもの大きさでいいね」

 

 宿無しが頷くと、女主人は店の後ろに積んであった袋を一つ引き寄せた。

 

「持てる?」

 

「ああ」

 

「聞くだけ無駄だったね」

 

 小麦袋ほどではないにしても、片手で気軽に持ち歩ける重さではない。宿無しが鍋を片腕に抱えたまま塩袋を受け取ると、女主人は代金を告げた。

 

 宿無しは革袋から銅貨を数えて渡す。

 

「ちょうど。ありがとよ」

 

 女主人は銅貨をしまいながら、宿無しの抱えた鍋へ目をやった。

 

「また酒場の仕事かい?」

 

「ああ」

 

「それが終わったら?」

 

「ギルドへ行く」

 

「相変わらず働くねえ。リゴルドさん、ちゃんと給金払ってるのかい?」

 

「宿と食事がある」

 

「それだけ?」

 

「ギルドの仕事で金はある」

 

 女主人は少し妙な顔をした。

 

「いや、そういう話じゃないんだけどね」

 

 宿無しが何も返さずにいると、女主人はしばらくその顔を見たあと、諦めたように笑った。

 

「まあ、あんたがいいならいいけどさ。マリーちゃんがまた怒ってそうだね」

 

「さっき怒っていた」

 

「やっぱり」

 

 女主人は声を上げて笑い、宿無しは塩袋を抱え直した。

 

「戻る」

 

「はいよ。リゴルドさんによろしく」

 

「ああ」

 

 市場を離れ、宿無しは再び酒場へ向かった。

 

 道の途中で知った顔を見かければ声を掛けられ、そのたびに短く返す。誰かと足を止めて長話をすることはなかったが、それを気にする者も今ではほとんどいない。愛想がないことも、必要以上に喋らないことも、三年も経てば宿無しという男の一部として受け入れられていた。

 

 酒場へ戻ると、入口の扉はすでに大きく開け放たれている。

 

「戻った」

 

 中へ入って声を掛けると、卓を拭いていたマリーが顔を上げた。

 

「おかえりなさい。早かったですね」

 

「ああ」

 

 厨房から出てきたリゴルドが荷物を見て、宿無しから鍋を受け取る。

 

「ちゃんとあったか」

 

「あった。店主が、今度は熱いうちに水を掛けるなと言っていた」

 

 リゴルドの手が止まった。

 

「……余計なことまで言いやがって」

 

「またやったの?」

 

「一回だけだ」

 

「この前も聞いた気がしますけど」

 

「気のせいだ」

 

 マリーが疑わしそうな目を向ける中、宿無しは残った塩袋を厨房の入口へ置いた。

 

「他に何かあるか?」

 

 リゴルドは鍋を抱えたまま店内を見回し、少し考えてから首を振った。

 

「いや、今はないな。昼前には客も来るが、こっちは俺とマリーで足りる」

 

「そうか」

 

「ギルド行くんだろ?」

 

「ああ」

 

「なら行ってこい。何もなきゃ、そのまま戻ってくればいい」

 

 宿無しが頷くと、マリーは小さく息をついた。

 

「結局、休まないんですね」

 

「仕事があるかもしれない」

 

「分かってましたけど」

 

 宿無しには、その返事に何を返せばいいのか分からなかった。

 

 リゴルドが笑いながら宿無しの肩を軽く叩く。

 

「ほら、行ってこい。マリーがまた休め休めとうるさくなるぞ」

 

「誰のせいだと思ってるのよ!」

 

「俺じゃないだろ」

 

「お父さんです!」

 

 二人のやり取りを背に、宿無しは再び扉へ向かった。

 

 酒場から冒険者ギルドまでは歩いてさほどかからない。今日はまだ、この先に何をするのか決まってはいなかったが、宿無しにとってそれは珍しいことでもなかった。ギルドへ行けば依頼を受け、何もなければ酒場へ戻る。戻ったなら、またリゴルドに何かすることはないかと尋ねればいい。

 

 そうして三年間、日々は続いてきた。

 

 宿無しは通りを行く人々の中へ混じり、冒険者ギルドへ向かって歩き出した。

 

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