DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
ガーベラの傍らへラモンドが膝をついた。
「隊長。二人とも戻りました」
返事はすぐにはなかった。
ガーベラは何度か浅い呼吸を繰り返してから、ようやくラモンドへ視線を向けた。口を開こうとしただけで胸の傷が痛むのか、眉間に僅かな皺が寄る。
「……巨人は」
「倒したそうです」
その言葉に、ガーベラの視線が宿無しへ移った。
「……そうか」
それ以上、巨人について尋ねることはなかった。
何を見たのか、どう戦ったのか。それを確かめるだけの時間が、自分にはもう残っていないと分かっているようだった。
リリィが何か言おうとして口を開いたものの、声にはならなかった。
手当てをしていた兵も手を止めてはいない。それでも血の滲んだ布を新しいものへ替える手つきには、傷を治すためというより、少しでも苦痛を和らげようとする慎重さが混じっていた。
ガーベラが再びラモンドを見る。
「……ラモンド」
「はい」
「……記録を残せ」
掠れた声に、ラモンドは黙って耳を傾けた。
「ここで起きたことを、全部だ」
一度言葉を切り、息を整える。
「推測で埋めるな。見たものだけを書け」
ガーベラの目が、林の一角へ向いた。
そこには、増援によって幻跡の外へ運び出された二人の遺体が横たえられている。ひとりは途中で命を落とした領兵、もうひとりは塔まで辿り着きながら助からなかった記録係だった。
「死んだ奴らのこともな」
ラモンドは僅かに唇を噛み、やがて姿勢を正した。
「……了解しました、隊長」
ガーベラは小さく息を吐いた。
それが返事だったのかもしれない。ガーベラはゆっくりと瞼を閉じ、そのまま胸の動きも次第に浅くなっていった。
誰も言葉を挟まなかった。
何度か細い呼吸を繰り返したあと、それは途切れた。
手当てをしていた兵がガーベラの首元へ指を当て、しばらく待ってから静かに手を離した。
ラモンドは何も尋ねなかった。
分かっていたのだろう。
しばらく俯いたまま動かなかったが、やがて自分でガーベラの目を閉じ、立ち上がった。
「隊長と二人の遺体を村まで運ぶ。重傷者を先に動かせ。歩ける者は担架を手伝え」
声には疲労が滲んでいたが、指示に迷いはなかった。
「林には何人か残す。幻跡は消えたが、周囲に異常がないか確認する必要がある。日が落ちる前に位置だけ押さえておけ。詳しい調査は明日だ」
兵たちが動き始める。
ラモンドも一度ガーベラへ視線を落としたものの、その場に留まり続けることはせず、宿無しとリリィのところへ戻ってきた。
「二人とも疲れてるところ悪いが、村へ戻る前に最低限だけ確認させてくれ。詳しい話はあとだ」
「はい」
リリィが頷き、宿無しもラモンドへ向き直った。
「あの巨人を倒したあと、すぐ幻跡が消え始めたのか?」
「いや」
宿無しが答える。
「倒したあと、少しその場にいました。そのあと戻ろうとしてたら、変な音がして」
リリィは記憶を辿りながら続けた。
「最初は建物が崩れるのかと思ったんです。でも、壁とか床が薄くなって、その向こうに林が見えてきて……」
「どれくらい経ってからだ?」
「正確には分かりません。戦いが終わってすぐではなかったです」
「そうか」
ラモンドは近くにいた兵を呼び、記録用の紙を持ってこさせた。
「巨人を討伐。その後、時間を置いて幻跡の消失が始まった。討伐と消失の関係は不明」
兵が書き留める。
「それでいい。余計な推測は書くな」
「了解しました」
つい先ほど聞いたガーベラの言葉が、そのままラモンドの判断へ残っていた。
「消えたとき、お前たちはどうなった?」
「気づいたら林にいた、というより……」
リリィが少し考える。
「林がこっちに戻ってきた感じでした。床の下から土や草が見えて、壁の向こうに木が出てきて、そのまま幻跡の方が消えていったんです」
「お前たち自身がどこかへ飛ばされたわけじゃないのか?」
「たぶん違います。同じところに立ったままだったと思います」
ラモンドはそれも記録させた。
続いて宿無しが腰の袋へ手を入れる。
「これが落ちてた」
取り出した鍵を見て、ラモンドが眉を寄せた。
「幻跡の中から持ち出したのか?」
「違う。消えたあと、土の上にあった」
そこでアロエが近づいてきた。
「見せてもらえますか?」
幻跡の中で見たときより顔色は悪く、衣服にも血と埃が残っている。それでも歩くことはできるらしく、差し出された鍵を直接手に取らず、一枚の布を広げて受け取った。
表面についた土を軽く払い、形を確かめる。
「鍵ですね」
「見れば分かる」
ラモンドに言われ、アロエは疲れた顔に僅かな苦笑を浮かべた。
「それ以上は、ここでは分からないという意味です」
錆びや金属の傷みを確かめるように角度を変える。
「幻跡が消えたあとに残ったのなら、遺物として扱った方がいいでしょう。今までの幻跡でも、消失後に物品が残った例はあります」
「何の鍵かは分からないか?」
「建物そのものがなくなっていますから、今ここで調べる方法はありません。持ち帰って記録と照合します」
ラモンドが頷く。
「それで頼む」
アロエが鍵を布へ包もうとしたところで、リリィが口を開いた。
「その鍵なんですけど……宿無しが触ったとき、少し変なことがありました」
「変なこと?」
アロエの手が止まり、ラモンドも宿無しを見る。
「急にぼうっとして、呼んでも返事しなくなったんです。そんなに長くはなかったですけど」
「覚えてるのか?」
ラモンドに尋ねられ、宿無しは頷いた。
「砦が見えた」
「砦?」
「たぶん、さっきまでいた場所だ。まだ壊れてなかった」
言葉にすると、あの光景が再び断片的に浮かぶ。
高くそびえる石壁。煙。大勢の兵士。そして、その向こうから押し寄せてくる巨大な影。
「兵士が大勢いて、巨人が攻めてきてた」
ラモンドの表情が険しくなる。
「さっきの巨人か?」
「分からないが、一体じゃなかった。何体もいた」
「ほかには?」
宿無しは記憶を辿った。
しかし、誰が砦を守り、なぜ巨人たちが攻め込んできたのか、それどころか自分がなぜそんな光景を知っているのかまで辿ろうとしても、残っているのは断片ばかりで、その先へ記憶が続くことはなかった。
「それだけだ」
アロエが布に包まれた鍵を見る。
「触れたことがきっかけだった可能性は――」
途中で言葉を止めた。
ラモンドは何も言っていない。
それでもアロエは小さく息を吐き、言い直した。
「宿無しさんがこの鍵に触れた直後、呼びかけに反応しなくなった。そのあと、本人に覚えのない光景を見たと話した。今分かっているのはそこまでですね」
「ああ」
「記録もそれで」
兵が頷き、紙へ書き加える。
宿無しが以前からこの場所へ見覚えのようなものを感じていたことも、ラモンドはすでに知っている。それでも今はそこまで話を広げず、鍵はアロエが遺物として預かることになった。
ほどなく担架の準備が整った。
重傷を負った領兵が先に運ばれ、その後ろを三つの担架が続く。
朝、この林へ入ったときにはガーベラが先頭を歩き、ラモンドやアロエたちがその後ろに続いていた。今は同じ道を、ガーベラを含む三人が横たわったまま戻っていく。
宿無しとリリィも一行の後ろについた。
林の中へ残されたのは、見張りと明日の調査に備えて位置を確認する数人の兵だけだった。
しばらく歩いても、リリィはほとんど口を開かなかった。
疲労もあるのだろう。大剣を背負った肩を何度か動かしながら、前を進む担架へ視線を向けている。
「……朝はさ」
やがて小さく声がした。
「みんなで戻ってくるんだと思ってた」
宿無しはリリィを見る。
「危ない仕事なのは分かってたつもりなんだけどね」
そう言ったきり、リリィは再び前を向いた。
宿無しには返す言葉が見つからなかった。
死んだ人間を見たことなら、これまでにもある。
けれど朝には歩き、話し、自分と同じ場所へ向かっていた者が、夕方には担架の上で運ばれている。そのことをどう受け止めればいいのかは、分からなかった。
林を抜ける頃には、陽が西へ傾き始めていた。
一行の姿を見つけた村人たちが道の脇へ集まってくる。朝とは人数が増えているのに、担架を見た途端、誰も声を上げなくなった。
ラモンドは村長のところへ向かい、負傷者を休ませる場所と遺体を安置できる場所を借りたいと伝えた。何があったのか尋ねられても、今は調査中だとだけ答え、それ以上の説明はしなかった。
村の集会所と空いている家が使われることになり、兵たちは休む間もなく負傷者の手当てや装備の確認を始めた。
モトへも、すでに急ぎの報せが送られていた。
正式な報告は戻ってからになる。それまでは負傷者を動かせる状態にすることと、林の周囲を確認することが優先された。
宿無しとリリィにも休める場所が与えられ、ようやく腰を下ろした頃には、窓の外から差し込む光も赤みを帯びていた。
壁へ背を預けたリリィが、長く息を吐く。
「……長かったね、今日」
「ああ」
「明日はモトに戻れるかな」
「ラモンドに聞かないと分からない」
「まあ、そうだよね」
しばらく黙っていたリリィが、ふと宿無しを見る。
「戻ったら、ネネアさん心配するだろうなあ」
「そうなのか?」
「するでしょ。案内だけのはずだったのに、こんな格好で帰るんだよ?」
リリィは自分の汚れた服を見下ろし、それから宿無しの傷だらけの姿を見る。
「説明すること、いっぱいありそう」
外ではまだ兵たちの声が続いている。
ガーベラが最後に残した言葉の通り、今日この林で起きたことはこれから一つずつ記録されていく。
誰が何を見たのか。
誰がどこで死んだのか。
そして、幻跡の中で宿無しに起きたこともまた、その記録から外れることはなかった。
《野戦担架》
頑丈な二本の木棒に、厚手のキャンバス布を打ち付けた簡易な担架。
負傷者を搬送するだけでなく、戦死した者を運ぶ際にも用いられる。
軍や領兵、ギルドなど、危険な任務に人員を送り出す組織にとって、これは最も生々しい現実を載せる道具である。
朝には共に歩み、言葉を交わした友であっても
日が傾く頃には物言わぬ荷として、この布の上に横たわることとなる。