DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
翌朝、ルーヴ村を発った一行は、前日に来たときよりもゆっくりとモトへの街道を進んだ。
重傷を負った領兵は村から借りた荷車へ寝かされ、ガーベラたち三人の遺体を乗せたもう一台がその後ろを続いている。ラモンドは幻跡のあった林に数人を残し、周辺の警戒と今後の調査に備えさせていた。
宿無しとリリィも、自分たちが乗ってきた馬を引いて列に加わった。
道中、会話はほとんどなかった。荷車が轍の深い場所へ差しかかれば歩みを緩め、負傷した領兵の様子を確かめてから再び進む。宿無しも身体のあちこちに鈍い痛みを感じていたが、歩くことに支障はなく、ときおり前方へ目を向けては、布を掛けられた三人の姿を見ていた。
モトの外壁が見え始めたのは、陽が高くなってからだった。
すでに急報が届いていたのだろう。門では何人かの兵が待機しており、一行が近づくとすぐに重傷者と遺体を引き継いだ。
最後の荷車が街中へ消えていくのを見届けてから、ラモンドが宿無しとリリィを振り返る。
「二人は先にギルドへ戻ってくれ。俺も軍の手続きを済ませたら向かう」
「昨日の続きですか?」
「ああ。現地では最低限しか聞けなかったからな。正式な報告を作る」
「分かりました」
街へ入れば、そこには昨日までと変わらないモトの日常があった。
通りを荷車が行き交い、店先では商人が客を呼び、道端では子供たちが追いかけ合っている。ルーヴの林で三人が死に、地図にもなかった場所が一つ消えたことを知らない者の方が圧倒的に多かった。
その中を歩く二人には、何度も視線が向けられた。
リリィは乾いた血と土の残る袖を見下ろす。
「……やっぱり、このまま行くのちょっと嫌だな」
「なぜだ?」
「ネネアさんに見られるから」
「昨日も心配するって言ってたな」
「そう。だから今ちょっと帰りづらいの」
宿無しにはその感覚がまだよく分からなかったが、リリィはそれ以上説明する気もないらしく、小さく息を吐いてギルドの扉を開けた。
中にいた何人かが、ほとんど同時にこちらを見る。
受付にいたネネアも顔を上げ、そのまま手を止めた。
「……宿無しさん、リリィさん」
「ただいま戻りました」
リリィの声には、どこか気まずそうな響きがあった。
ネネアは何も言わず二人の姿を上から下まで確かめる。破れた衣服、泥に汚れた装備、乾いた血を見てから、最後に顔へ視線を戻した。
「怪我は?」
「私は大丈夫です。あちこち痛いですけど、大きな怪我はありません」
続いて宿無しへ目が向く。
「宿無しさんは?」
「動ける」
「そういう意味ではなくてですね」
宿無しは少し考え、自分の腕や脇腹へ目を落とした。
「切られてはいない。打ったところはある」
「あとで必ず診てもらってください」
「ああ」
素直に答えると、ネネアはようやく息を吐いた。
「救援に入ることになったという連絡までは、昨日こちらにも来ています。それ以降のことは聞いていませんでしたから……こうして戻ってきたのを見て安心しました」
「心配かけました」
リリィが申し訳なさそうに笑う。
「詳しいことは軍の方が来てから聞きます。今は二人とも座って、水を飲んでいてください」
逆らう理由もなく、宿無しはリリィとともに奥の卓へ向かった。
途中、近くにいた冒険者が声を潜める。
「おい、何があったんだ?」
「いろいろあった」
「お前からそんな答えが返ってくる方が怖えよ」
男が眉をひそめたところで、受付からネネアの声が飛んだ。
「今は休ませてあげてください」
「へいへい」
しばらくして、ラモンドとアロエ、それに軍の書記を務める兵がギルドへやってきた。
一行は奥の部屋へ移り、卓の一方に宿無しとリリィ、反対側にラモンドとアロエ、書記が座る。ギルド側の記録と照らし合わせるため、ネネアも同席した。
「最初から全部話し直してもらうつもりはない」
ラモンドはそう前置きして、卓の上へ何枚かの紙を並べる。
「俺たちが見たことと、昨日すでに聞いたことはまとめてある。二人にしか分からないところと、記録に残しておきたいことだけ確認させてくれ」
「助かります」
リリィが本気で安堵したように答えた。
聞き取りでは、幻跡を発見してから消失するまでの出来事が、軍とギルド双方の記録を照らし合わせながら順に確認された。
大樹の下にいた白い鎧の戦士、塔の一室で燃えていた小さな火、地下で遭遇した未知の生き物。ラモンド自身が同行していた部分については、いくつか事実を確認するだけで済んだ。
時間が掛かったのは、宿無しにだけ起きていたことだった。
ラモンドが一枚の記録を手に取る。
「昇降機のところだけ、改めて確認しておきたい。昇降台は見えていなかったが、お前は下にあると言った。そのうえ、呼び戻せることも分かっていたな」
「ああ」
「だが、あの昇降機を以前に見た覚えはない。仕組みを知っていたわけでもない」
「そうだ」
「それでも使い方だけは分かった」
「ああ」
ラモンドは理由を求めることなく、書記へ目を向けた。
「そのまま残してくれ」
「了解しました」
次に確認されたのは、地下で目覚めた巨人との戦いだった。
細かな攻防まで説明する必要はなく、リリィは巨人が自らの左腕を引き千切って武器にしたことと、二人で傷ついた右脚を狙い続け、最後は倒れた巨人の首へ攻撃を重ねて動きを止めたことだけを簡潔に話した。
一通り聞いたラモンドが宿無しを見る。
「気になるのは、そのあとだ。倒した直後、お前は『こいつと戦ったことがある』と言ったそうだな」
「ああ」
「戦っている最中に、昔の光景を思い出したわけじゃないんだな?」
「違う。倒したあとに、そう思った」
「場所や時期は?」
「分からない。見た目を覚えてたわけでもない。ただ、前にも戦ったことがあると思った」
ラモンドは少し考えてから、記録へ視線を戻した。
「討伐後になって以前にも同じ巨人と戦ったことがあると感じた。ただし、いつ、どこで、どう戦ったのかは思い出せない。それでいいな」
「ああ」
書記の筆が動く。
続いてアロエが、卓の上へ布包みを置いた。
中には、幻跡が消えたあと湿った土の上に残されていた鍵が収められている。
宿無しがそれへ触れた直後、周囲の呼びかけに反応しなくなったこと。その間に、壊れる前と思われる砦と大勢の兵士、そこへ攻め込む複数の巨人を見たことは、すでに記録されていた。
「昨日から何か新しく思い出したことはありますか?」
アロエに尋ねられ、宿無しは首を振る。
「ない」
「砦が、さっきまでいた場所だと思った理由は?」
「分からない。見たときに、そう思った」
アロエはそれ以上理由を求めず、ネネアが手元の記録へ視線を落とした。
「最初に幻跡を見つけたときと似ていますね」
ラモンドが顔を向ける。
「というと?」
「ルーヴの林へ来た覚えはないのに、あの場所を見た瞬間には行ったことがあるように感じた。宿無しさんは最初にそう話しています」
「今回も、理由は分からないのに見た場所だけは同じ砦だと感じたわけか」
「そうなりますね」
アロエが布包みへ視線を落とす。
「鍵そのものに何か作用があったと考えるのは、まだ早いでしょう」
「ああ。宿無しが鍵へ触れた直後に反応しなくなり、そのあと本人の記憶にはない光景を見たと話した。記録はそこまでにしてくれ」
ガーベラの言葉を口にすることはなかったが、ラモンドが何を意識しているのかは明らかだった。
書記がそこまでを書き終えても、ラモンドは紙を片づけなかった。
何枚かに分かれていた記録を並べ直し、一つずつ目を通していく。
最初に幻跡を見たときの既視感。
塔で燃えていた小さな火を見て、知っているように感じたこと。
構造を知らない昇降機を操作できたこと。
初めて見るはずの巨人を倒したあと、以前にも戦ったことがあると感じたこと。
消失後に残された鍵へ触れ、壊れる前の砦らしき光景を見たこと。
一つだけなら、理由の分からない出来事として残すしかない。だが同じ一人の人間に、同じ幻跡の中でこれだけ続いている。
ラモンドが顔を上げた。
「ここからは、幻跡じゃなくお前自身について聞かせてもらう」
「俺自身?」
「ああ。今回以前に、幻跡へ入った覚えはないんだな?」
「俺が覚えてる限りではない。幻跡って言葉も今回初めて聞いた」
「……そうだったな」
ラモンドはそこでネネアへ向き直った。
「宿無しがこのギルドへ登録したのは三年前でしたね?」
「はい」
「それ以前の記録は?」
「モトへ来る以前にも各地を移動していたとは聞いています。ただ、登録時に出身地や家族についての申告はなく、身元を証明するものもありませんでした」
ラモンドが僅かに眉を寄せる。
「それでも登録できるんですか?」
「事情があって身元を証明できない人もいますから、それだけで断ることはありません。宿無しさんも、この三年間の仕事で大きな問題はありませんでした」
ラモンドは頷き、宿無しへ戻る。
「モトへ来る前は、どこにいた?」
「いろいろな場所だ」
「通ってきた場所を辿ることはできそうか?」
宿無しは記憶を探った。
街道を歩いたことは覚えている。知らない村で仕事を頼まれ、別の土地へ移り、また次の仕事をする。そうした断片はいくつも残っているが、それらを地図の上へ順番に並べろと言われても難しかった。
「全部は分からない」
「出身地や家族についても?」
「ああ。どこで生まれたかも覚えてない」
書記の筆が一度止まった。
隣に座るリリィも宿無しを見ていた。以前から知っていたことではあっても、軍の記録として一つずつ並べられると、改めてその空白の大きさが目につくのだろう。
ラモンドはそれ以上問いを重ねなかった。
「モトへ来る以前にも各地を旅していた記憶はある。だが故郷も家族も分からず、通ってきた場所も完全には辿れない。そういうことだな」
「ああ」
「分かった。今はそれでいい」
そこでようやく聞き取りが終わり、書記が紙をまとめ始めた。アロエも鍵を再び布へ包み、遺物として正式に保管するための準備をする。
宿無しとリリィが席を立とうとしたところで、ラモンドが呼び止めた。
「宿無し」
振り返る。
「お前のことも、軍で少し調べさせてもらう」
先に反応したのはリリィだった。
「宿無しを?」
「ああ」
「何か疑われてるんですか?」
「疑ってるというより、確認が必要なんだ」
ラモンドは卓に残った記録へ目を向けた。
「幻跡について報告をまとめた以上、お前に起きたことだけを見なかったことにはできん。過去に同じ場所へ関わった可能性があるなら、それを確かめるのも調査のうちだ」
リリィはまだ気になる様子だったが、ラモンドが宿無しを責めようとしているわけではないことは分かったらしい。
「俺は何をすればいい?」
「今のところ何も。しばらくモトを離れないでくれればいい。こちらで各地の記録を調べる。確認したいことが出れば、そのときまた話を聞かせてもらう」
「分かった」
あまりに迷いなく答えたためか、ラモンドが僅かに目を細めた。
「……嫌じゃないのか?」
「必要なんだろう?」
「ああ」
「なら、分かった」
一瞬黙ったあと、ラモンドは小さく息を吐く。
「助かる」
部屋を出ると、ネネアも一緒についてきた。
「今日はもう依頼を入れませんからね」
「仕事はないのか?」
「ありません」
「そうか」
「そういうところだけ妙に素直ですね」
リリィが隣で笑い、宿無しは何が可笑しいのか分からないまま二人を見る。
「とにかく、今日は酒場へ帰って休んでください」
ネネアに言われ、宿無しは頷いた。
ギルドを出ると、昼を過ぎた通りには朝よりも多くの人が行き交っていた。入口の前でリリィと別れ、宿無しは歩き慣れた道を酒場へ向かう。
すれ違う人々の声や店先から聞こえる呼び込みは、ルーヴへ発つ前と何も変わらない。身体のあちこちに残る鈍い痛みを感じながら通りを進み、やがて見慣れた酒場の前まで戻った。
宿無しが扉を開けると、いつものざわめきが一瞬だけ弱くなった。
奥から顔を出したマリーが宿無しを見つけ、その表情を変える。
「宿無しさん!」
駆け寄ってきたものの、目の前まで来ると血と泥に汚れた姿を見て足を止めた。
「その格好……怪我してるんですか?」
「大きな怪我はない」
マリーはまだ何か聞きたそうだったが、厨房から出てきたリゴルドが先に口を開いた。
「マリー、まず座らせろ。話はそれからだ」
「あ……うん。宿無しさん、こっちです」
引かれた椅子へ腰を下ろすと、マリーはすぐに水を取りに厨房へ戻っていった。
リゴルドが向かい側から宿無しを見る。
「ずいぶんな案内になったみてえだな。何があった?」
「いろいろあった」
リゴルドはしばらく宿無しを見たあと、それ以上は聞かずに鼻から息を吐いた。
「……まあいい。今日は飯食って、ゆっくり休め」
「ああ」
戻ってきたマリーが水の入った杯を置く。
「ちゃんと飲んでくださいね」
宿無しは言われた通り杯を手に取った。
卓も椅子も、厨房から漂う匂いも、ルーヴへ向かう前と何も変わっていない。
それでも今の宿無しの中には、あのときにはなかったものが残っていた。
壊れる前の砦へ押し寄せてくる巨人たち。そして、以前にも戦ったことがあると感じた地下の巨体。
断片は増えたが、それらが何なのかはまだ分からなかった。
◇
その日のうちに、ルーヴで起きた一件の概要が共和国軍の上部へ電信で送られた。
死者三名。幻跡内部で複数の未知の存在を確認。消失後に遺物一点を回収。そして、同行した冒険者一名に、幻跡との関連を疑わせる複数の反応が見られたこと。
詳しい報告は後日まとめることになり、その夜、ラモンドは書記とともに昼間の聞き取りを整理していた。
「宿無しの過去も調べますか?」
「ああ。まずはギルドへ照会を出そう」
書記が筆を構える。
「本名は?」
ラモンドは一瞬黙った。
「……分からん」
「では、どうします?」
「通称でいい」
紙に記されたのは、モトで三年間使われ続けてきた呼び名だった。
《宿無し》。
これまで誰も深く尋ねなかった男の過去を調べる作業が、その日から始まった。
《冒険者ギルドの登録札》
各地の冒険者ギルドで発行される、所有者の名を刻んだ真鍮の札。 その形状や意匠は街ごとに異なり、所有者の所属を静かに物語る。
素性も過去も問われず、腕と仕事のみで信用を得るこの札は、 流れ者や故郷を失った者にとっての唯一の身分証となる。
そこに刻まれた名が本名か否かなど、誰も気に留めない。 重きを置かれるのは常に、積み重ねられた仕事の確かさのみである。