DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
1.酒場での日常
ルーヴから戻って数日が経つ頃には、宿無しの身体に残っていた痛みもほとんど気にならなくなっていた。
軍からは調査が続いているあいだモトを離れないよう言われているため、遠方の依頼には出られない。それでも拘束されているわけではなく、宿無しは以前と変わらずリゴルドの酒場で働いていた。
朝に届いた酒樽を倉へ運び、薪が減れば裏手から補充する。昼を過ぎて客が増え始めれば、空いた皿や杯を厨房へ下げた。
「もう普通に動いてますね」
戻ってきた宿無しから皿を受け取りながら、マリーが脇腹のあたりへ目を向けた。
「ほとんど痛くない」
「ならよかったです。痛くなったら休んでくださいね」
「分かった」
数日前までは何か持つたびに止められていたが、歩き回る姿を見て、ようやく任せても大丈夫だと思い始めたらしい。マリーはそれ以上言わず、受け取った皿を流しへ運んだ。
空になった盆を持って客席へ戻ると、いつもの卓から声が飛んできた。
「おい宿無し。リゴルドから聞いたぞ。幻跡ってのに入ったんだって?」
「ああ」
近づいたところへ、ちょうど酒を運んできたマリーが杯を置く。
「聞かれたからって、全部話さなくていいですからね」
「分かった」
「なんだよ、ちょっとくらいいいだろ」
「お前、昨日からそれ聞くの楽しみにしてたもんな」
隣の男に笑われ、最初に声を掛けた常連が悪びれもせず身を乗り出した。
「そりゃそうだろ。幻跡に入った奴なんて初めて見るんだから。で、中はどうだった?」
宿無しは少し考えてから答えた。
「壊れた砦があった。人みたいなのもいて、火を吹くやつもいた」
「何だそれ。どこの深淵だよ」
「深淵ってお前……いつから太陽教会の熱心な信徒になったんだ?」
「昔ばあちゃんに聞かされた説教の受け売りだよ。悪いことすると深淵に呑まれるぞってな――いや、そんな事は置いといてだ」
最初は軽口に周囲から笑いが漏れたが、宿無しが冗談を言っている様子がないと分かるにつれ、その笑いも次第に消えていった。
「……そんなのがほんとにいたのか?」
「ああ」
「ほかには何がいた?」
「巨人がいた」
今度は、同じ卓にいた者たちまで黙った。
「巨人って……おとぎ話に出てくるような、あの巨人か?」
「人の形で、人よりずっと大きかった」
「じゃあ巨人じゃねえか」
隣から茶々が入り、張り詰めかけた空気がすぐに崩れた。
近くの卓からも声が飛んでくる。
「どのくらいでかかった?」
「家くらいか?」
「そんなにでかかったら砦に入れねえだろ」
「お前は巨人の何を知ってんだよ」
「おとぎ話で知ってるよ!」
「それは知ってるって言わねえ」
勝手に巨人の大きさを決め始めた男たちを前に、宿無しは少し考えた。
「大きかった」
「それは分かってる!」
店内に笑いが広がった。
宿無しには何を基準に答えればいいのか分からなかったが、常連たちはそれも含めて面白いらしく、しばらく好き勝手に言い合っていた。
やがて一人が話を戻す。
「で、そんなのに出くわしてどうしたんだ?」
「倒した」
笑い声が途切れた。
「……え、倒した?」
「ああ。リリィと二人で」
数拍遅れて、最初の男が卓を叩いた。
「お前ら二人で巨人倒したのか!?」
「そりゃすげえぞ!」
「宿無し、お前そんなに強かったのかよ」
「普段、薪割って荷物運んでるところしか見ねえぞ」
「俺らが見てる宿無しってほとんどそれじゃねえか」
あっという間に騒ぎが広がり、少し離れた客まで何事かと話に加わってくる。
一人が勢いよく杯を掲げた。
「よし、凱旋祝いだ。リゴルド、一杯くれ!」
厨房からすぐに声が返ってきた。
「お前が飲みてえだけじゃねえのか」
「宿無しの無事を祝うんだよ」
「だったら宿無しに飲ませろ」
「酒はいらない」
「ほら、本人もこう言ってる」
「都合よく使うな!」
また笑いが起きた。
「毎日飲んでんだから、今さら理由なんかいらねえだろ」
「それを言っちゃあおしまいだ」
常連同士で勝手に話が転がっていく横で、マリーが空いた皿を宿無しの盆へ重ねた。
「はい。話の続きは仕事しながらにしてください」
「厳しいなあ、マリーちゃん」
「皆さんが宿無しさんの仕事止めてるんです」
「俺たちは話を聞いてただけだぞ」
「十分止めてます」
宿無しが皿を持って厨房へ向かっても、後ろではまだ巨人の大きさや、リリィと二人でどうやって倒したのかという話が続いていた。
命懸けだったルーヴでの出来事を、常連たちは驚きながらも、いつもの酒の肴のように話している。その声を聞いているうちに、あの地下で起きたことも少しずつ過ぎた出来事になっていくようだった。
昼を過ぎて客足が一度落ち着くと、マリーが宿無しの前へ食事を置いた。
「今のうちに食べちゃってください」
「ああ」
パンを手に取ったところで、ルーヴへ向かった日に持たされた包みを思い出す。
「そういえば、この前の昼飯、うまかった」
マリーが一瞬きょとんとしてから、何のことか気づいて笑った。
「今さらですか?」
「リリィに、帰ったら言えって言われてた」
「それなら帰ってきた日に言ってくださいよ」
「忘れてた」
「もう……まあ、ちゃんと食べてくれたならいいです」
呆れたように言いながらも、マリーは嬉しそうに笑っていた。
「次に出かけるときも何か用意しますから」
「助かる」
「宿無しさん、放っておいたら何も食べずに帰ってきそうですし」
否定できずにパンをちぎっていると、さっきの常連の一人が横から笑った。
「なんだ、巨人倒す奴が昼飯の心配されてんのか」
「余計なこと言わないでください」
「いいじゃねえか。その方がいつもの宿無しだ」
マリーが追い払うように手を振り、男は笑いながら自分の卓へ戻っていった。
夕方が近づくにつれて、酒場にはまた少しずつ客が増え始めた。
宿無しがカウンターの中で杯を並べていると、隣で仕込みをしていたリゴルドが何気なく尋ねる。
「そういや軍の方はどうなってる」
「俺の昔のことを調べるらしい」
リゴルドは手を止めず、一度だけ宿無しを見た。
「そういや、お前ここに来るより前のことほとんど分かんねえんだったな」
「ああ」
「いつまでモトにいろって?」
「分からない。調べてる間は離れるなって言われた」
「なら、ここにいりゃいい」
宿無しが顔を向けると、リゴルドは何でもないことのように手元の作業を続けていた。
「依頼に出られねえなら、その分ここで働け。部屋もそのままだ」
「ああ」
「飯代くらいは稼げよ」
「分かった」
それで話は終わり、客から酒を求める声が上がると、宿無しは棚から瓶を取った。
軍が自分の過去を調べていることも、今のところ暮らしを大きく変えてはいない。
どこで生まれたのか、誰と暮らしていたのかを覚えていないことは以前から同じで、それを知らずとも困ったことはなかった。
けれど、ルーヴでは知らないはずの場所を知っていた。戦った覚えのない巨人にも、以前会ったことがあると感じ、残された鍵に触れれば自分の知らない砦の光景まで見えた。
それらが何なのかはまだ分からない。
客に呼ばれ、宿無しは酒瓶を手にカウンターを出た。常連たちはまだ巨人の話で盛り上がり、マリーは空いた皿を集め、厨房からはリゴルドの立てる音が響いている。
ルーヴへ向かう前と変わらない、いつもの酒場だった。
そのとき入口の扉が開き、見慣れない男が一人入ってきた。男は店内を見渡すと、やがて宿無しのところで視線を止めた。
カウンターの奥から、リゴルドが声を掛ける。
「客か?」
《ベッケンのミード》
肥沃な盆地ベッケンで採れた蜂蜜を用いて造られる、黄金色の蜂蜜酒。
山裾の養蜂地で集められた蜂蜜を水とともに発酵させ、
柔らかな甘みと、わずかな花の香りを残す。
南北街道を行く商人の荷にも載せられ、
遠く離れた酒場でも、その甘い酒を口にすることができる。