DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
「――それで、ギルドに登録してからも、ずっと宿無しさんです」
三年前の話を終えたマリーがそう締めくくると、リュイスは開いていた手帳へ目を落とした。
モトへ来たのは西から。大きな荷物はなく、腰にはロングソードを一本。名前も出身地も分からず、この街へ来る目的さえなかった。《宿無し》という呼び名はマリーが付けたもので、それ以前の記録を探す手掛かりにはならない。
それでも、何も得られなかったわけではなかった。
「モトへ来るまで、一人で旅をしていたんですね」
少し離れた卓を片づけていた宿無しが、リュイスの方を見る。
「ああ」
「途中で誰かと行動したことは?」
宿無しは手を止め、少し考えた。
「あると思う」
「仕事を頼まれたことも?」
「多分ある」
「何をしたかは覚えていますか?」
今度は少し長く考えたものの、やがて首を横へ振った。
「覚えてない」
リュイスはそれ以上尋ねなかった。
本人の記憶から先に辿るのは難しそうだった。町の名も、立ち寄った場所もすぐには出てこない。ならば、こちらから記録を探すしかない。
「今日はありがとうございました」
手帳を閉じて席を立つ。
「また宿無しさんにも話を聞かせてもらうと思います」
「ああ」
リゴルドとマリーにも礼を告げ、リュイスは酒場を後にした。
◇
領兵詰所へ戻ると、リュイスは西へ続く街道を地図で確認した。
《宿無し》という名前は使えない。
三年前より前の男は、別の名前を名乗っていた可能性もある。そもそも何も名乗っていなかったかもしれない。
リュイスは机へ紙を広げ、照会に使える情報だけを書き出していった。
三年前の少し前、西からモト方面へ移動していたと思われる単独の男。年齢は不詳で、ロングソードを携え、大きな荷物は持たない。出身や所属を明かさず、旅の途中で頼まれた仕事を引き受けていた可能性がある。
それだけでは、あまりに範囲が広い。
それでも、まずはモトから西へ続く街道沿いの町を中心に、冒険者ギルドの支部、領兵や治安を扱う詰所、商人組合へ電信を送った。
宿泊者名簿や冒険者登録のように名前から探す記録だけではなく、臨時雇いの護衛、街道上の騒ぎ、害獣の駆除など、名前の残らない仕事についても該当する人物がいないか確認してもらう。
最初の返答は、その日の夕方から届き始めた。
該当なし。
記録なし。
似た風体の旅人を見たという話はあるものの、時期が一致しない。
別の町では、一人旅の剣士が数年前に滞在していた記録が見つかったが、冒険者登録には名前も出身地も残っており、探している人物とは違っていた。
翌日になっても状況は大きく変わらなかった。
街道を旅する者は多い。剣を持った一人旅の男となれば、さらに珍しくもない。それだけの特徴から三年前の一人を拾い上げるのは、リュイスが想像していた以上に骨の折れる作業だった。
照会先をさらに西へ広げたリュイスは、返答を待つ間も別の記録を調べ、条件に合わないものを一つずつ除外していった。
新たな動きがあったのは、二日後の午後だった。
「リュイスさん、これ」
領兵の一人が電信で届いた書面を机へ置いた。
「西の商人組合からです。該当するかもしれない記録があると」
リュイスはすぐに紙を取り、今から三年と数か月前、モトから西へ数日の距離にある町を出た商隊が、出発直前に臨時の護衛を一人加えていたという記録を確認した。
男の名前や所属は記録されていなかったが、単独で町へ入り、東へ向かう途中で商隊の責任者に声を掛けられたという。腰にはロングソードを下げ、荷物も少なく、数日間護衛を務めたあと、次の町で報酬を受け取って別れていた。
リュイスは記録を最初から読み直した。条件はよく合っていたが、同じような旅人はいくらでもいるため、すぐに宿無しのもとへ向かいたい気持ちを抑え、まずは返答元へ追加の照会を送った。
商隊の出発日と到着日、同行者、護衛を雇った経緯、道中で起きた事件に加え、報告書や損害記録など、残っている資料を可能な限り送るよう依頼した。
返答にはさらに三日を要したが、届いた書類は最初のものよりずっと多かった。
商隊は複数台の荷車で東へ向かっており、途中の街道で賊に襲われている。人的な被害は大きくなかったものの、予定より到着が遅れたため、商人組合へ簡単な報告が提出されていた。
それとは別に、荷物の損傷や修繕に関する記録も残っている。
臨時で雇った男についても、細かな人物像が追記されていた。
名を尋ねても答えず、必要以上に話さない。仕事を頼めばその通りに動き、野営の準備や荷車の扱いにも慣れていた。報酬について自分から交渉することはなく、提示された分を受け取ると商隊を離れた。
リュイスはそこまで読み、椅子へ背を預けた。
モトで聞いた話とよく似ている。
酒場でも、宿無しは頼まれた仕事を黙ってこなしていたという。行き先がなければそこにいて、次にすることを尋ねる。報酬や名声を求めて動いている様子もない。
まだ同一人物とは言えないが、確かめる価値は十分にあった。
リュイスは商隊の記録をもう一度読み、道中で起きた出来事の細部まで手帳へ写した。
翌日、宿無しを領兵詰所へ呼んだ。
◇
「早速ですが、三年前より少し前の記録が一つ見つかりました」
向かいに座った宿無しへそう告げると、リュイスは机の上に書類を置いた。
宿無しは紙を見るものの、手を伸ばそうとはしなかった。
「西の町を出た商隊が、東へ向かう途中で臨時の護衛を一人雇っています。名前は残っていません。ロングソードを持った一人旅の男です」
「……そうか」
「この町に覚えは?」
地名を伝えると、宿無しはしばらく考えた。
「分からない」
予想していた答えだった。
「では、商隊については?」
「分からない」
「途中で賊に襲われています」
その言葉を聞いた宿無しはわずかに視線を落とし、リュイスが返事を急かさず待つ中、しばらく考え込んでから眉を寄せた。
「……荷車があった」
「商隊ですから、荷車はあります」
「ああ」
宿無しはまだ何かを探すように黙り込む。
「一台、道から落ちた」
リュイスは手元の書類へ目を落とさなかった。
「いつです?」
「賊が来たあとだと思う。後ろの方にいた荷車が道を外れた。片側が溝に落ちて、動かなくなった」
リュイスは何も言わない。
宿無しの目は、机の上の書類ではなく、その少し向こうを見ていた。
「荷を降ろした」
「誰が?」
「みんなでだ。重かったから、そのままじゃ上げられなかった。……そういえば、縄も切れてた」
「縄?」
「荷を縛ってたやつだ。荷車が傾いたときに切れて、袋がいくつか落ちた」
リュイスはようやく手元の書類を開いた。商人組合から送られてきた損害記録には、荷車一台が街道脇の溝へ脱輪し、積荷を降ろして引き上げたために出発が遅れたことや、固定用の縄が切れて積荷の一部が路上へ落下したことなどが記されていた。
宿無しへ伝えたのは、商隊が賊に襲われたというところまでだった。
「他に覚えていることは?」
宿無しは少し考えた。
「御者が足を痛めた」
リュイスの指が、書類の下の方で止まった。
荷車を引き上げる際、御者一名が足首を負傷。
そこまで一致している。
「襲ってきた賊たちは、何人くらいいました?」
宿無しは首を傾けた。
「そこまでは分からない」
分からないことまで無理に答えようとしない姿勢も、これまで聞いていた宿無しの性格と一致しており、リュイスは頷いた。
「この商隊にいたこと自体は、思い出しましたか?」
今度の返事には迷いがなかった。
「俺だと思う」
「どうして?」
「荷車を押した覚えがある」
宿無しは自分の手へ目を落とした。
「泥に足を取られた。縄を結び直して、それから少し歩いた」
幻跡について報告書で読んだ反応とは違う、とリュイスは思った。知らない場所に覚えがあったり、突然見知らぬ光景が浮かんだりするのではなく、手掛かりをもとに忘れていた出来事を思い出しているようだった。
少なくとも今の宿無しは、それを自分自身が経験したこととして話していた。
「もう一度聞きます。町の名前は覚えていますか?」
宿無しは少し考えたあと、首を横へ振った。
「いや、覚えてない」
「商人の名前は?」
「分からない」
出来事は思い出せても、そこに付随する名前までは戻ってこないらしい。
リュイスは書類を閉じた。
「分かりました。今日はこれで十分です」
「もういいのか?」
「ええ」
宿無しが立ち上がりかけたところで、リュイスは一つだけ付け加えた。
「今話してもらった荷車のことも、縄のことも、御者の怪我も、こちらで確認出来ていました」
宿無しがリュイスを見る。
「そうか」
驚くでもなく、それだけ答えた。
「この記録の護衛は、あなたである可能性がかなり高いと思います」
「ああ」
宿無しはその言葉にも特別な反応を見せず、三年前より前にも自分がいたという事実に、今のところそれ以上の意味を感じていないようだった。
宿無しが部屋を出ていったあと、リュイスはもう一度地図を広げ、モトから西へ続く街道の途中に最初の印を付けた。三年前より少し前、名前こそ分からないものの、そこを通った男の痕跡が確かに残っていた。
商隊が出発した町まで辿れた以上、次に調べるべきはそこへ来る以前の足取りだった。リュイスはさらに西側の町へ照会するため、新たな電信文を用意し始めた。
《商人組合の運送台帳》
商人組合が保管する、荷の出入りを記した厚い帳面。
商隊の出発日、行き先、荷車の数、積荷の種類。
必要とあれば、雇われた御者や護衛の人数まで書き残される。
一つひとつは取るに足らぬ商いの記録に過ぎない。
だが、幾年も積み重ねられた紙の束は、
人より長く、街道を行き交った者たちの足跡を覚えている。