DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
最初の商隊の記録が見つかってから、調査はそれまでより進めやすくなった。
リュイスは商隊が宿無しを雇った町を新たな起点として、さらに西へ照会を広げていった。《宿無し》という名はモトへ来てから付いたものなので、それ以前を探す手掛かりにはならない。そこで、一人で街道を歩く剣士という外見上の特徴に加え、その男が旅の途中で関わった可能性のある仕事や事件まで含めて記録を探させた。
返ってくる情報の大半は無関係なものだった。時期が合っていても名前も素性も明らかな者だったり、複数人で旅をしていたり、携えていた武器が違っていたりする。そうした候補を一つずつ外していくうちに、商隊の護衛より数か月ほど前、山際の村で家畜を襲っていた熊を仕留めた旅人の記録が見つかった。
熊は当初、森に近い放牧地へ姿を見せる程度だったが、次第に村の近くまで下りるようになり、牛や山羊が襲われる被害も出ていた。村人だけで追い払うには危険が大きく、そこへたまたま通りかかった剣を持つ一人旅の男へ頼んだところ、一人で熊を仕留め、翌朝には村を離れたという。
名前は残っていなかった。
それだけでは宿無しと結びつけるには弱いため、リュイスは村に残る被害報告や当時の領兵へ送られた記録まで調べさせた。熊はかなり大きな個体で左耳が裂けており、一頭の牛が襲われたほか、家畜小屋の柵も壊されている。仕留められた場所は村の近くではなく、森を抜けた先にある川沿いだった。
そこまで情報を揃えてから、宿無しを呼んだ。
「商隊の件より少し前です。西にある村で、家畜を襲っていた熊を仕留めた旅人の記録が見つかりました」
宿無しは椅子に座ったまましばらく考えたものの、最初は首を横へ振った。
「覚えは?」
「分からない」
「何度か村の近くまで下りてきていたそうです」
「……熊」
宿無しの視線がわずかに落ち、そのまま黙り込む。商隊のときと同じで、地名や時期を告げただけでは何も出てこないが、具体的な出来事を重ねると、それまで繋がっていなかった記憶のどこかに引っ掛かるらしい。
「左の耳が裂けてた」
「それから?」
「牛が一頭やられてた。村の近くでは倒してない。森へ戻っていったから追った」
「どこまで?」
「川があった。その近くにいた」
そこで初めて書類を開いてみると、記録の内容と一致していた。
「この旅人も、あなたである可能性が高そうですね」
「ああ」
宿無しはそれ以上尋ねなかった。思い出した出来事を懐かしむ様子も、なぜ忘れていたのかを気にする様子もなく、それが自分の経験だったと分かれば、それで十分らしかった。
◇
似た記録は、その後も少しずつ見つかっていった。
街道で賊に襲われていた商人を助けた男。雨漏りのひどい宿に数日滞在し、屋根の修繕を手伝った旅人。増水のあと、土砂と倒木で塞がれた用水路を村人と一緒に開けた男。いずれも名前が残っていないか、記録する必要もないほど短い滞在で、仕事を終えると数日のうちにその土地を離れていた。
リュイスは候補が見つかるたびに周辺の記録まで集め、それから宿無しには一部の情報だけを伝えるようにした。宿の名前を聞かせても首を傾げるだけだった男が、雨漏りしていた屋根の話をすると、しばらく考えた末に「梯子が届かなかった」と言い出す。
「屋根まで?」
「ああ。隣の小屋から上がった」
それは修繕に使われた資材の記録にも残っていた。
用水路の件でも同じだった。大雨のあとに土砂を取り除くのを手伝った旅人の話をすると、宿無しは埋まっていた倒木のことを思い出し、先に枝を落としてから引き出したと語った。こちらも村側から送られてきた記録と一致している。
一件だけなら偶然で済ませられるが、同じ特徴と行動を持つ旅人が各地で何度も現れれば、別人と考える方が不自然だった。
頼まれたことは断らず、剣を使う仕事だけを選ぶわけでもない。荷運びでも修繕でも、必要だと言われれば手を貸し、終わればほかにすることがあるか尋ねることもある。その一方で、自分から仕事を探して回った形跡はほとんどなく、そこにすることがあれば留まり、なくなればまた歩き始めていた。
三年前、モトの酒場でリゴルドたちが見た宿無しとよく似ている。
記録が増えるにつれ、机に広げた地図の上にも印が増えていった。不規則ではあるものの、全体として西から東へ進んでおり、三年前より前にも宿無しが確かに各地を歩いていたことが少しずつ形になっていく。
しかも、それらの記憶を完全に失っているわけでもなかった。
地名だけでは思い出せなくとも、そこで何があったのかを伝えると、自分の経験として記憶が繋がっていく。
その様子は、ルーヴの幻跡で起きたこととは違っているようにリュイスには見えた。
幻跡では、初めて見るはずの場所や物を前にして、なぜか知っているような反応を見せていた。昇降機をどう扱えばいいのかも迷わず、巨人についても以前に戦ったことがあるような感覚を語っている。幻跡から残った鍵に触れた際に見たという光景も、自分がいつどこで経験したのかを思い出したものではなかった。
今辿っている記憶は違う。思い出すまでには時間が掛かっても、一度繋がれば、その場所で自分が何をしたのかまで語ることができる。
忘れているというより、自分からそこへ辿り着く道がない。
リュイスには、そう思えた。
調査を始めてしばらく経ったころ、地図に並んだ印を眺めていたリュイスは、二つの記録の間で手を止めた。
「……おかしいな」
近くで書類を整理していた領兵が顔を上げる。
「何がです?」
「この二つだ」
一つは、西にある宿で荷車の修理を手伝った男の記録。もう一つは、そこから東へ離れた村で熊を仕留めた旅人の記録だった。どちらも宿無し本人へ確認を取り、記録にない細部まで一致しているため、同じ男である可能性は高い。
問題は日付だった。
「半年近く空いてる」
「途中の町にいたんじゃないですか?」
「俺も最初はそう思った」
二つの地点は、普通に街道を進めば一月ほどで移動できる距離だった。荷の多い商隊でも、街道の状態によほど問題がなければ二月は掛からない。
その間のどこかに長く滞在していたのなら分かる。怪我や病気で動けなかった可能性もあるし、何らかの事情で人目を避けていたのかもしれない。街道を外れて別の土地へ向かい、そこで何か月か過ごしてから戻ってきたと考えることもできた。
だが、途中にある町や宿場へ照会しても、それらしい長期滞在の記録は見つからなかった。
西側の宿では仕事を終えた数日後には旅立っており、東側の村へ現れたのも熊が仕留められる直前だったため、両端の日付も大きく動かしようがない。
小さな村や宿場へ立ち寄った可能性はある。名を告げず数泊した程度なら何も残らないことも珍しくないし、記録が失われている場所もある。それでも、一月ほどで歩ける距離に半年を費やした理由が何も見えてこないのは妙だった。
さらに周辺へ照会を広げても、空白を埋めるような滞在記録は出てこなかった。
数日後、リュイスは宿無しを詰所へ呼んだ。
「また見つかったのか?」
部屋へ入ってきた宿無しが、机に広げられた地図を見る。
以前なら呼ばれた理由を尋ねることもなく席に着いていたが、最近は調査で何か見つかったのか、自分から聞くようになっている。
「二つ。ただ、今日はその間について聞きたいんです」
宿無しが椅子へ座ると、リュイスはまず西側の印を示した。
「ここで荷車の修理を手伝ったことは?」
地名だけでは反応しなかったが、車軸が壊れた荷車の話をすると宿無しは頷いた。
「覚えてる。車軸が割れてた」
続いて東側の村を指す。
「こちらは?」
「分からない」
「家畜を襲っていた熊がいた村です」
宿無しは少し考えた。
「……左の耳が裂けてた熊か」
「そうです。どちらも、あなたで間違いなさそうです」
「ああ」
リュイスは二つの印の間を指でなぞった。
「問題はこの間です。記録では半年近く空いている。でも、この距離なら普通に歩けば一月ほど、ゆっくり進んでも二月は掛からない」
宿無しは地図を見たまま何も答えない。
「途中の町に長くいたんですか? 怪我をして動けなかったとか、別の場所へ向かっていたとか」
しばらく記憶を探るように黙ったあと、宿無しは首を横へ振った。
「分からない」
「じゃあ、その半年は何をしていたんです?」
「歩いてた」
「半年も?」
「多分。道を歩いたり、森に入ったりしてた」
「どこかに長く滞在していたわけではない?」
「覚えてない。町に入ったこともあったと思う」
リュイスは地図へ目を戻した。
半年の空白を見つけたとき、何か理由があるのだと思っていた。病気でも、怪我でも、仕事でもいい。普通なら、一月で歩ける距離に半年を掛けたなら、それだけの時間を費やす何かがある。
だが、宿無しの話を聞く限り、そうしたものはないらしい。
「森には、何か目的があって入ったんですか?」
「いや」
「狩りをするためでも?」
「必要なら獲った」
「じゃあ、何をしていたんです?」
宿無しは質問の意味を考えるように少し黙った。
「歩いて、疲れたら座った。何かあればやった」
「何もなければ?」
「何もしなかった」
リュイスは返す言葉をすぐには見つけられなかった。
旅人が野宿すること自体は珍しくないし、道を外れて狩りをする者もいれば、仕事を求めて村々を回る者もいる。だが宿無しは、そのどれとも少し違っていた。
金が尽きて足止めされていたわけでもなければ、何かの目的地へ向かうために旅をしていたわけでもない。ただ道があれば歩き、ときには森へ入り、そこで何かすることがあればそれをする。何もなければ、そのまま何もせずに過ごす。
そうして半年を費やしても、本人には遠回りをしたという感覚さえないらしい。
「東へ急いでいたわけでもないんですね」
「ああ。急ぐ理由はなかった」
「それでも東へ向かっていたのは?」
「道が続いてたから」
リュイスはそこで言葉を止めた。
三年前、モトへ来た理由を尋ねられたときと同じだった。
「その頃、何かやりたいことはなかったんですか?」
宿無しは少し考えた。
「なかったと思う」
リュイスは手帳を閉じた。
「分かりました。今日はここまでにしましょう」
「ああ」
宿無しは立ち上がり、扉へ向かったが、そのまま出ていくと思ったところで足を止めた。
「それより前は?」
リュイスが顔を上げる。
「何です?」
「この二つより前の記録。まだないのか?」
これまでの聞き取りでは、調査結果を伝えても宿無しからその先を尋ねられることはなかった。過去の出来事を思い出しても、分かればそれで終わっていた。
「今、さらに西を調べています」
「そうか」
宿無しはそれだけ答え、今度こそ部屋を出ていった。
扉が閉まったあと、リュイスは再び地図へ目を戻した。
記録を追えば、宿無しの過去は確かに繋がっていく。町に現れ、人に頼まれ、仕事をし、また歩き出す。具体的な出来事を示せば、本人の中からもその頃の記憶が戻ってくる。
それでも点と点の間には、何をしていたのか分からない時間が残っていた。
記録がないから分からないだけではない。本人に尋ねても、そこには語るほどの出来事そのものがない。
一月で歩ける距離に半年を費やし、その理由を尋ねても、道を歩き、森に入り、何もなければ何もせずに過ごしていたと答える。
最初は、この男がどこから来たのかを調べるだけの仕事だった。痕跡が増えれば、いずれ答えに近づくと思っていたのに、過去が見えるようになるほど、別の分からないものまで増えていく。
リュイスは地図のさらに西へ目を移し、新しい照会先を書き出すと、もっと古い痕跡を探すために筆を走らせた。
《街道の里程標》
主要な街道沿いに置かれる、石造りの道標。
最寄りの町や宿場までのおおよその距離が刻まれ、 旅人や商隊が道程を測る目安として用いる。
雨に削られ、雪に埋もれ、 長い年月のうちに文字の一部が失われたものも多い。
それでも石標は、ただ次の土地を指し続ける。