DARK SOULS 〜AFTER STORY〜   作:OSPND

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6.十年の境界

 その後も、西へ向けた照会は続いた。

 

 商隊の護衛や熊の駆除だけではなく、宿場での仕事や街道の補修、荷運び、村での雑用まで範囲を広げていくと、宿無しと思われる旅人の痕跡は少しずつ増えていった。名前が残っている例はほとんどなかったが、一人で旅をしていたこと、剣を携えていたこと、必要とされた仕事を数日手伝っては土地を離れていることなど、それまでに分かっていた特徴と重なるものは多かった。

 

 五年ほど前には、冬になると街道近くへ現れていた狼の群れを、村の猟師たちとともに追った旅人がいた。

 

 村から届いた古い報告には、狼を三頭仕留めたことと、その旅人が二日ほど猟師たちに同行したことが残されていた。リュイスは周辺の記録まで取り寄せて内容を確かめてから、その一部だけを宿無しへ伝えた。

 

「この辺りで、狼を追った覚えはありますか?」

 

 宿無しは地名を見ても何も思い出さなかったが、冬の街道で家畜が襲われていたことを話すと、しばらく黙ったあとで視線を上げた。

 

「川を渡った」

 

「狼を追って?」

 

「ああ。三頭倒した。もう一頭いたけど、足を怪我して逃げた」

 

 別に残されていた猟師の覚え書きには、血の跡を残した一頭が森の奥へ逃げたことまで記されていた。

 

 七年ほど前には、長雨で崩れた街道の復旧に加わった男がいた。さらにその前には、荷馬車を失った商人たちと数日歩き、荷の一部を次の町まで運んだ旅人がいる。宿代の代わりに厩の修繕を手伝ったという程度の記録まで含めれば、宿無しらしい人物は断続的に各地へ現れていた。

 

 具体的な出来事を示せば、宿無しもそのたびに何かを思い出した。

 

 崩れた道では、雨が止んだあとも斜面から泥が流れ続けていたこと。荷を運んだ商人の一人が途中で靴を壊し、布を巻いて歩いていたこと。厩では屋根板だけではなく、腐っていた梁から替えなければならなかったこと。

 

 そうして宿無しの口から出てくる細かな記憶は、どれも先に集めていた記録と食い違わなかった。

 

 地図の上にも、モトから西へ向かって少しずつ印が増えていく。記録同士の間隔は一定ではなく、数週間で次の町に現れていることもあれば、半年近く何の痕跡も残っていない時期もある。それでも、宿無しが何年も前から各地を歩き、人に頼まれれば仕事をし、終わればまた別の土地へ移っていたことは次第にはっきりしてきた。

 

 リュイスが確認していたのは、その足取りそのものだけではない。

 

 調査の発端になったのは、ルーヴの幻跡で宿無しが見せた反応だった。本来なら知るはずのない場所や仕組みに覚えがあるように振る舞った理由として、過去に別の幻跡へ入った経験があるのではないか。その可能性を確かめることも、今回の身元調査には含まれている。

 

 宿無しの足取りが一つ分かるたび、リュイスはその場所と時期を、共和国に残る幻跡の出現記録と照らし合わせていった。

 

 しかし、確認できた範囲では重なるものは見つからなかった。

 

 宿無しがある町に滞在していた時期、その周辺で幻跡が現れた記録はなく、逆に近隣で幻跡が確認されている時期には、宿無しと思われる人物が遠く離れた土地にいたことが分かっている例もあった。

 

 少なくとも、これまで辿れた旅路の中に、既知の幻跡との接点は見つかっていない。

 

 調査を始めて数週間が過ぎた頃、最も古い有力な記録は十年ほど前まで遡っていた。

 

 西方の小さな町で、大雨によって崩れた街道の復旧を手伝った旅人がいた。

 

 剣を持った一人旅の男で、数日前から町の宿に滞在し、道が通れるようになると東へ向かって去っている。名前は記録されていなかったが、当時の作業記録には、人の背丈ほどもある岩を動かすために丸太と縄を使い、その途中で縄が切れて作業していた一人が転倒したことまで残されていた。

 

 宿無しへ伝えたのは、大雨と街道が崩れたことだけだった。

 

「……岩があった」

 

 しばらく考えたあと、宿無しはそう言った。

 

「道の真ん中に落ちてた。人だけじゃ動かなかったから、下に丸太を入れた」

 

「それから?」

 

「縄を掛けて引いた。途中で一本切れた」

 

 そこまで一致すれば、その旅人も宿無しだった可能性は高い。

 

 ただ、その町より古い時期になると、調査は急に進まなくなった。

 

 そもそも残っている記録自体が少ない。帳簿をすでに処分している町もあれば、火事や移転で古い書類を失っている場所もある。小さな村では、名も告げない旅人が数日立ち寄った程度のことなど、最初から書き残していない方が自然だった。

 

 周辺だけでなく北西や南西にも照会を広げ、それまで辿ってきた道筋から外れた地域まで探したものの、それ以上は宿無しと結びつけられる確かな痕跡を拾えなかった。

 

 十年以上前の記録が見つからないこと自体は、それほど不自然なことではない。宿無しがどこにいたのか、どの道を通っていたのかも分からない以上、照会先を広げ続ければ際限がなくなる。

 

 何より、共和国軍が知る必要があったのは、宿無しの人生を最初から最後まで明らかにすることではなかった。

 

 そこでリュイスは、さらに古い過去を追う調査をいったん打ち切り、それまでに得られた情報をまとめることにした。

 

 数日後、完成した報告書と地図を持ってラモンドのもとを訪れると、机の上には各地から届いた回答書が積み上がった。

 

 ラモンドは地図に並んだ印を一通り追ってから、報告書へ目を落とした。

 

「ずいぶん遡ったな」

 

「確認できたものだけでも、十年ほど前まであります」

 

「本人だと見ていいのか?」

 

「すべてを断定はできません。ただ、複数の場所で本人に知らせていない内容まで一致しています。主な記録については、同一人物と考えていいと思います」

 

 ラモンドはもう一度地図へ目を戻した。

 

「幻跡との関わりは?」

 

「少なくとも、今回確認できた足取りの範囲では、既知の幻跡との接点は見つかっていません」

 

「過去に入ったことはない、とまでは言えないか」

 

「そこまでは言えません。足取り自体がすべて分かったわけではありませんし、共和国が把握していない幻跡もあります」

 

「だが、ルーヴでの反応を説明できるようなものは見つからなかった」

 

「はい。以前に同じような場所へ入った経験があったから、あそこで内部を知っているような反応を見せたと考えるには、今のところ根拠がありません」

 

 ラモンドは報告書をもう一度確認した。

 

 宿無しの足取りと既知の幻跡の出現記録が重ならないのであれば、少なくとも今回辿れた範囲では、過去の経験だけを理由にルーヴでの反応を説明することは難しい。

 

「なら、この調査はここまででいいだろう」

 

「俺もそう思います」

 

 共和国軍として確認したかったことには、ひとまず答えが出た。

 

 宿無しはモトへ来る以前から各地を歩いており、その途中で商人や村人を手伝いながら東へ進んできた。その足取りを過去の幻跡の出現記録と照らしても、接点は見つからない。

 

 ルーヴで見せた反応については、別の理由を探す必要がある。

 

 ラモンドは報告書を閉じかけたところで、最後に添えられた記述へ目を留めた。

 

「十年前より前は追えなかったのか」

 

「今のところは」

 

「そこも調べる必要があると思うか?」

 

 リュイスは少し考えてから首を横へ振った。

 

「今回の調査としては、必要ないでしょう」

 

 名前の分からない旅人を、十年以上前まで遡って探すのは容易ではない。古い記録が残っていない場所も多く、宿無しが人里を通らなかった時期があれば、そもそも痕跡を拾うこともできない。

 

「本人も、その頃のことは分からないのか?」

 

「場所や年代を聞いただけでは、これまでのこともほとんど思い出していません。具体的な出来事が見つかれば思い出すことがありますが、十年前より前については、そのきっかけになるもの自体が見つかっていません」

 

「なるほど」

 

 十年前という時期に何か意味があるのか、それとも調査できる記録がそこまでしか残っていなかっただけなのか。それを判断できる材料はなかった。

 

 ラモンドは報告書を机へ戻した。

 

「そこは付記だけしておけ。今回の結論とは分けてな」

 

「分かりました」

 

 リュイスは書類を受け取り、自分の席へ戻った。

 

 調査の発端になった疑問には、結局、足取りを追うだけでは答えが出なかった。過去に幻跡へ入った経験があったから、ルーヴの内部を知っていた。その考えを裏付けるものは見つからない。

 

 一方で、調査を進めたことで、宿無し自身も知らなかった過去の形だけは少しずつ見えるようになった。

 

 三年前より前にも、この男は各地を歩いていた。五年前にも、七年前にも、十年ほど前にも、名前も目的地も持たず、何かを頼まれればそこに留まり、終われば再び道を歩いている。

 

 そして十年ほど前より先については、今のところ何も分からない。

 

 それが単に記録の限界なのか、それとも別の理由があるのかを判断する材料もないまま、共和国軍としての調査はそこで終わることになった。

 

 リュイスは最後の一文を書き加えると、調査終了の報告書を閉じた。

 

 




《カルディア共和国全図》
カルディア共和国の主要都市、街道、河川、山地を記した大判の地図。

軍や役所だけでなく、商人や旅人向けにも簡略化された写しが出回っている。

新しい街道が拓かれ、橋が架かるたび、
古い地図は静かに役目を終えていく。
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