DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
調査終了を決めた翌日の午後、リュイスはこれまで使っていた地図をもう一度机の上に広げた。
数週間前には何もなかった紙面に、今ではモトから西へいくつもの印が並んでいる。商隊の護衛、熊を仕留めた村、狼を追った土地、崩れた街道。そのほかにも宿無しと思われる旅人の痕跡は断続的に続き、最も古いものは十年ほど前まで遡っていた。
調査は終わった。あとは、その結果を本人へ伝えるだけだった。
約束の時間になると宿無しが現れ、部屋へ入るなり机の上の地図へ目を向けた。何度も聞き取りに呼ばれているうちに、見慣れたものになったのだろう。
「座ってください。今日は聞き取りではありません」
リュイスが椅子を示すと、宿無しは黙って腰を下ろした。
同席していたラモンドが手元の報告書を閉じる。
「久しぶりだな。お前の過去について、調べられる範囲は一通り調べた。共和国軍としての身元調査は、これで終わりだ」
「分かった」
返事はいつもと変わらない。
ラモンドは地図へ手を伸ばし、モトから西へ連なる印を順に示した。
「ここにあるのが、今回確認できたお前の足取りだ。全部がお前だったと断定できるわけじゃないが、記録に残っていたことと、お前が思い出した内容は何度も一致している。主なものについては、同じ人物と見ていい」
宿無しは説明を聞きながら、示された場所を目で追っていた。
「今回これを調べた一番の理由は、ルーヴへ行く以前に、お前が別の幻跡へ入ったことがなかったかを確認するためだ」
「ああ」
そこからはリュイスが引き継いだ。
「確認できた足取りと、共和国に残っている幻跡の出現記録を照らし合わせました。少なくとも、今回追えた範囲では、既知の幻跡との接点は見つかっていません」
宿無しが地図から顔を上げる。
「過去に別の幻跡へ入ったことがない、とまでは言えません。ただ、ルーヴで道や仕組みを知っていたように見えた理由を、以前の経験だけで説明するのは難しいと思います」
「そうか」
「それが今回の調査で分かったことです」
ラモンドは地図から手を離した。
「調査のためにモトを離れないよう頼んでいた件も、これで終わりだ。もうその必要はない」
その言葉には、宿無しもわずかに反応した。
「もう出てもいいのか?」
「ああ。この調査のために留まってもらう理由はなくなった」
「分かった」
話はそこで終わるはずだった。
リュイスが地図を畳もうとして端へ手を伸ばすと、宿無しがそれを止めた。
「待ってくれ」
見ているのは地図の西端だった。
十年ほど前、大雨で崩れた街道の復旧を手伝った町。その地点を最後に、宿無しの足取りを示す印は途切れている。
「その先は?」
「十年ほど前より古い記録ですか?」
「ああ」
「確かなものは見つかっていません」
宿無しはしばらく地図を見たまま黙っていた。
「もう調べないのか?」
以前にも、それより古い記録はないのかと尋ねられたことはある。けれど今回は、軍の調査が終わると告げられたあとで、それでも続きを求めている。
「軍の調査としては、ここまでです」
リュイスも地図の西側へ目を移した。
「十年以上前になると、残っている記録そのものがかなり少なくなります。あなたがどの道を通っていたのかも分からない。今ある手掛かりだけで範囲を広げ続けるのは難しいです」
「見つからないだけか」
「そうです。十年前より前に何もなかった、という意味ではありません。今のところ、そこへ辿るための記録が見つかっていないだけです」
宿無しは返事をせず、印が途切れた先を見ていた。
「十年前の町へ来る前のことは、何か思い出せそうですか?」
しばらく考えたあと、宿無しは答えた。
「……分からない」
「今までと同じかもしれません」
地名や年代だけを示して、宿無しが自分から過去を思い出したことはなかった。商隊、熊、崩れた街道。具体的な出来事が見つかって初めて、それを手掛かりに記憶が繋がっている。
「何か具体的な出来事が分かれば、それをきっかけに思い出すかもしれません。ですが、十年前より前については、その手掛かり自体がまだないんです」
「ああ」
そう答えても、宿無しは立ち上がろうとしなかった。
リュイスは急かさずに待った。
調査を始めた頃なら、説明が終わればそれで席を立っていただろう。尋ねられたことには答えても、自分から続きを求めることはなかった。
今は、地図の上に並んだ印を見ながら、その途切れた先へ視線を向けている。
やがて宿無しが顔を上げた。
「リュイス」
「はい」
「俺は、どこから来た?」
答えられる問いではなかった。
リュイスは少し間を置いてから首を振った。
「それは、今回の調査では分かりませんでした」
「そうか」
短い返事はいつもと同じだったが、宿無しの視線はもう一度地図へ戻った。
ラモンドも何も付け加えず、その様子を見ていた。
しばらくして宿無しは席を立った。
「今のところ、俺たちから言えるのはそこまでだ」
ラモンドが告げる。
「ルーヴでの反応については別に扱うことになる。何か決まれば連絡する」
「ああ」
宿無しはそれだけ答え、部屋を出ていった。
扉が閉まったあと、リュイスはしばらく地図を見たままにしていた。
「……こっちは残りましたね」
リュイスが言うと、ラモンドも何を指しているのか分かったらしい。
「ああ。身元調査とは分けて上へ出す」
それだけ告げると、ラモンドは閉じていた報告書をリュイスの方へ戻した。
「明日まとめろ」
「分かりました」
リュイスは地図を畳んだ。
宿無しの過去を辿る仕事は、そこで終わった。
《旅人のレザーブーツ》
厚くなめした革を縫い合わせて作られた、丈夫な長靴。
街道の石や泥、森の根から足を守るため、 底は厚く、傷めば革を継ぎ足して使われる。
長い旅では、剣より先に靴が駄目になることも珍しくない。