DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
モトの冒険者ギルドは、中央街道から少し北へ入った場所にある。
石造りの一階部分に木造の二階を載せた建物で、正面には剣と盾を組み合わせたギルドの紋章が掲げられていた。大都市の支部ほど規模は大きくないが、近隣の村々から持ち込まれる依頼も扱っているため、モトに住む冒険者の大半がここを拠点にしている。
宿無しが扉を開けると、まだ午前の早い時間だというのに中には十人ほどの姿があった。
壁際の掲示板を眺める者、卓を囲んで朝食を取る者、出発前の装備を確かめている者。奥には受付台が置かれ、その向こうでは何人かの職員が書類を広げている。
「おはようございます、宿無しさん」
入口に近い受付から声を掛けられ、宿無しはそちらへ向かった。
声の主はネネアだった。
三十代半ばほどの女性で、モト支部では受付だけでなく依頼の整理や報酬の管理、職員の取りまとめまで任されている。役職としては事務長だが、人手の多くない支部では自ら受付に立っていることの方が多かった。
「ああ」
「今日は少し遅かったですね」
「買い物を頼まれていた」
「ああ、酒場のお仕事ですか」
ネネアは納得したように頷き、手元の書類を一枚脇へ寄せた。
「それで、今日はどうします?」
「仕事はあるか?」
「やっぱりそうですよね」
ため息交じりではあったが、口元にはわずかに笑みが浮かんでいる。
「少々お待ちください。今朝入った分をまだ全部整理できていなくて」
ネネアは受付台の下から何枚かの依頼書を取り出し、内容を確かめ始めた。
宿無しはその間、壁に掛けられた掲示板へ目を向ける。
街の南にある農村での害獣退治。北の林道を通る荷馬車の護衛。壊れた水路の補修に必要な人手の募集。薬草の採取。近隣の村まで荷物を届ける仕事もある。
冒険者と呼ばれてはいるものの、ギルドへ持ち込まれる依頼のすべてが剣を必要とするわけではなかった。
むしろモトのような地方の街では、害獣や賊を相手にする仕事よりも、人手の足りない村や商人を助ける仕事の方が多い。危険な仕事には相応の経験を持つ者が回され、それ以外は新人の冒険者や、その日の手が空いている者に振り分けられる。
宿無しはそのどちらでも構わなかった。
討伐でも、護衛でも、荷運びでも、報酬の額にもほとんど拘らない。
ネネアが任せられると判断したものを提示し、宿無しはそれを受ける。三年間、それが当たり前になっていた。
「うーん……」
依頼書をめくっていたネネアが眉を寄せた。
「今すぐお願いできそうなのは、この辺りでしょうか」
三枚の紙が受付台の上へ並べられる。
「一つ目が、北東の農家からの害獣駆除です。ただ、これは昨日から別の方が入っているので、増員が必要か確認してからになります」
宿無しが紙を見る。
「二つ目は?」
「東の村まで薬を届ける仕事です。ただし先方への到着指定が明日の夕方なので、今日出る必要はありません」
「三つ目」
「倉庫の荷下ろしですね。午後からです」
宿無しは三枚を順に見た。
「どれでもいい」
「そう言うと思いました」
ネネアは苦笑しながら三枚を重ねる。
「だから困るんですよ。宿無しさんの場合、こちらが何でも渡せば本当に何でもやってしまうので」
「仕事だろう」
「仕事ですけど、受ける側にも都合や得手不得手がありますから」
「俺はどれでもできる」
「それも知っています」
即座に返され、宿無しは黙った。
ネネアは三年間、宿無しが受けてきた依頼のほとんどを把握している。
街道の護衛を頼めば問題なく目的地まで送り届け、害獣の駆除を任せれば必要な部位まで持ち帰る。収穫の手伝いに行けば日が暮れるまで働き、壊れた納屋の修理を任されたときには、依頼主から「冒険者じゃなくて職人を寄越したのか」と聞かれたことさえあった。
仕事の出来に関して苦情が入ったことは一度もない。
その代わり、何を好んでいるのかは三年経っても分からなかった。
「今日は急ぎの依頼がありませんし、無理に何か受けなくてもいいと思いますよ」
「そうか」
「そこで『じゃあ休む』とはならないんですよね?」
「他にないのか?」
「ありませんね」
ネネアが小さく肩を落としたところで、背後から笑い声がした。
「今日もまた同じ話してる」
宿無しが振り返る。
入口の近くに、一人の女が立っていた。
顎のあたりで切り揃えた髪、旅装の上から軽い革鎧を身につけている。背には使い込まれたバスタードソードがあり、片手には空になった革袋を提げていた。
「リリィ」
「おはよ、宿無し」
「ああ」
リリィはそのまま受付まで歩いてくると、宿無しの隣へ立った。
「ネネアさん、昨日の依頼終わったよ。村長さんからこれ」
「お疲れさまでした」
差し出された革袋から書状を取り出し、ネネアが中身を確認する。
「南の畑の方はどうでした?」
「柵を壊してたのは牙猪が二頭。追い払うだけでいいって話だったけど、向こうから突っ込んできたから一頭は仕留めた。もう一頭は森に逃げたけど、しばらく戻ってこないと思う」
「怪我は?」
「ないない。この通り」
リリィが両腕を広げて見せる。
「分かりました。確認書もありますし、これで完了にしておきますね。報酬はいつものように?」
「うん。半分だけもらうから、残りは預けといて」
「承知しました」
ネネアが帳簿へ何かを書き込み始める横で、リリィは宿無しの方へ顔を向けた。
「で、宿無しは?」
「仕事を探している」
「今来たとこ?」
「ああ。酒場の買い物をしてから来た」
「相変わらずだねえ」
リリィは呆れたというより、面白がるように笑った。
「今日は休めば?」
「ネネアにも言われた」
「マリーにも言われたでしょ」
「言われた」
「三人目だよ。そろそろ聞いた方がいいんじゃない?」
「何をすればいい?」
リリィの笑顔が止まった。
「……休むんだってば」
「だから、休むときは何をする?」
「そこからかぁ」
額へ手を当てるリリィを見て、ネネアが堪えきれずに笑う。
「今朝からずっとこんな調子なんでしょうね」
「多分ね。リゴルドさんとマリーが目に浮かぶ」
宿無しには二人がなぜ笑っているのかよく分からなかったが、説明を求めるほどのことでもないらしく、そのまま受付台の依頼書へ目を戻した。
「これは?」
指差したのは、端に置かれていた一枚だった。
ネネアも視線を落とす。
「ああ、それはまだ駄目です。西の森で薬草を採取する依頼なんですが、依頼主から場所の確認が取れていません。範囲が広すぎるので、今のまま出すと探すだけで一日終わります」
「場所が分かれば受けられるか?」
「受けられますけど……」
ネネアは少し考えてから、その依頼書を手元へ引き寄せた。
「確認が取れたら取っておきましょうか?」
「ああ」
「だから勝手に決めないの」
横からリリィが口を挟む。
「宿無しにも予定くらいあるかもしれないでしょ?」
「ない」
「知ってるけど」
「じゃあ問題ない」
「そういうところだよ」
リリィは苦笑した。
ネネアもまた笑いながら依頼書の端へ小さく印を付ける。
「では、今日中に詳細が分かったら一応宿無しさんへ声を掛けます。先に別の方が必要になるようなら、そちらを優先しますからね」
「ああ」
「それと」
ネネアは別の帳簿を取り出した。
「先月分の報酬、またほとんど残っていますけど、本当にこのまま預かっていていいんですか?」
「使うことがない」
「宿代と食事代は酒場のお仕事で相殺でしたよね」
「ああ」
「装備の手入れくらいでしょうか」
「剣は自分でやる」
「そうでした」
帳簿を閉じながら、ネネアは困ったように笑った。
「まあ、必要になったときはいつでも言ってください。預かり分から出せますから」
「分かった」
リリィが横から帳簿を覗き込もうとして、ネネアにすぐ閉じられた。
「人の預かり金を覗かないでください」
「見てないって! でも宿無し、そんなに貯めてどうするの?」
「分からない」
「使いたいものとかないの?」
「ああ」
リリィは少し考えるように宿無しを見たあと、肩をすくめた。
「じゃあ、そのうち欲しいものができたときのために取っとけばいいか」
「そうなのか?」
「そういうことにしとこ」
宿無しは頷いた。
欲しいものができるという感覚はよく分からなかったが、預けておいて困ることもない。
その後も何人かの冒険者が出入りし、受付の周囲は少しずつ騒がしくなっていった。出発する者が依頼書を受け取り、戻ってきた者が報告を済ませる。ネネアは一人ひとりに声を掛けながら書類を整理し、ときには内容について細かな確認を入れている。
宿無しもその光景を眺めながらしばらく待っていたが、急ぎの依頼が追加される様子はなかった。
「本当に今日は何もありませんよ」
何度目かに宿無しの視線へ気づいたネネアが言った。
「午後の荷下ろしなら空いてますけど、それまでずっとここで待つつもりですか?」
「待ってもいい」
「駄目です」
「なぜだ?」
「邪魔だからです」
きっぱりと言われ、宿無しは受付から一歩下がった。
リリィが吹き出す。
「そういう意味じゃないと思うよ」
「じゃあどういう意味だ?」
「もう酒場帰りなってこと」
ネネアも頷いた。
「何かあれば連絡します。宿無しさんなら、リゴルドさんの酒場に行けば大体いますから」
「ああ」
「午後の荷下ろしも、他に人が見つからなければお願いするかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
「分かった」
それなら待つ必要はない。
宿無しが扉へ向かうと、リリィも後ろからついてきた。
「私も帰って寝よ。昨日、戻るの遅かったんだよね」
「寝るのか?」
「それが休むってことじゃないからね?」
「違うのか」
「場合による」
宿無しにはやはりよく分からなかった。
外へ出ると、朝より高く昇った陽が通りを明るく照らし、ギルドへ入ったときよりも人通りが増えていた。
「じゃ、私はこっち」
リリィが片手を上げる。
「ああ」
「仕事ないからって、道で困ってる人探して歩き回ったりしないでよ?」
「なぜだ?」
「……いや、なんでもない」
リリィは何かを諦めたように笑い、そのまま通りの向こうへ歩いていった。
宿無しも酒場へ戻るため、来た道を歩き始める。
今日の仕事は、まだ決まっていない。
だから酒場へ戻り、何かすることがあるかリゴルドに聞く。
宿無しにとっては、それで十分だった。