DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
それから二日ほど、宿無しの日々に目立った変化はなかった。
朝になればリゴルドにその日の仕事を聞き、用事が済めばギルドへ顔を出す。依頼があれば受け、なければ酒場へ戻る。最初の日はネネアから聞いていた倉庫の荷下ろしを手伝ったが、それ以外は普段と大して変わらなかった。
三日目の朝も、宿無しはいつものように冒険者ギルドへ向かった。
「今日は急ぎのものはありませんね」
ネネアにそう告げられ、掲示板にもすぐ受けられそうな依頼がなかったため、昼になる前には酒場へ戻った。
店へ入ると、リゴルドが厨房の棚を覗き込みながら眉を寄せていた。普段ならいくつか並んでいる酒瓶の間には空きが目立ち、保存食を置いている棚も奥まで見えるようになっている。
「何か足りないのか?」
「ああ。一昨日届くはずだった荷がまだ来てねぇ」
酒や保存の利く食材を載せた荷馬車が、西の町から届く予定だったという。街道を行く商隊が一日ほど遅れること自体は珍しくなく、前日まではリゴルドもそれほど気に留めていなかったらしい。
「向こうをいつ出たか確認してくる」
リゴルドはそう言って上着を羽織った。
「伝信所か?」
「ああ。予定通り出てるなら、向こうに記録があるだろ」
モトには、領都や共和国の主要都市を結ぶ有線の伝信網が通っている。街の伝信所へ文面を預ければ、街道沿いに張られた線を通して信号が送られ、中継所を経て目的地まで届けられる。誰もが気軽に使えるほど安いものではないが、商人や役所にとっては使者を往復させるよりはるかに早い連絡手段だった。
「店、頼んだぞ」
「ああ」
「私もいるんですけど」
皿を運んでいたマリーが父親を見る。
「お前にはいつも頼んでるだろ」
「だったら宿無しさんにだけ言わないでよ」
「細けぇな」
リゴルドが出ていったあと、宿無しは酒場に残った。
昼時を過ぎるまでは客の出入りも多く、宿無しは厨房と店内を行き来して料理や酒を運んだ。客足が落ち着くと、空いた樽を裏手へ移し、少し前からぐらついていた椅子を裏返して緩んだ脚を締め直す。マリーも厨房の片づけを済ませたあと、棚に残っている食材を確かめながら紙へ何かを書き留めていた。
「やっぱり少ないなぁ」
独り言のように呟きながら、マリーが棚の奥から小さな袋を取り出す。
「何がない?」
「塩漬け肉と豆が少し。干した果物も、あと数日分かな。お酒は種類を選ばなければまだあるけど」
すぐに店を開けられなくなるほどではないらしい。それでも、次の荷まで届かなければ、いつもと同じものを出し続けるのは難しくなる。
夕方の仕込みが始まるころになって、ようやくリゴルドが戻ってきた。
「どうだった?」
マリーが尋ねる。
リゴルドは水を一杯飲んでから、手にしていた紙をカウンターへ置いた。
「荷は予定通り出てる。四日前の朝だ」
「じゃあ、とっくに着いてるはずじゃない」
「ああ。それと、向こうからもう一つ知らせが来てた」
リゴルドは紙を指先で叩く。
「西の街道で、ここ数日何台か荷馬車が襲われてるらしい」
「それって野盗?」
「たぶんな。荷を奪われた商人もいるそうだ」
マリーの表情が曇る。
「うちの荷も?」
「まだ分からん。だが、馬も御者も戻ってないらしいから、可能性は高いだろうな」
リゴルドは紙を畳むと、そのまま再び上着へ手を伸ばした。
「今度はどこへ行く?」
「ギルドだ。被害が出てるなら、こっちでも正式に依頼を出しておく」
そう言うと、リゴルドは再び店を後にした。
午後も遅くなるにつれ、酒場には街道を行き来する旅人がぽつぽつと立ち寄り始めた。宿無しは直した椅子を元へ戻し、注文が入れば酒を運び、厨房からマリーに呼ばれれば料理を受け取った。
途中、常連の一人がいつもの酒を頼んだが、マリーは棚を確かめてから別のものを勧めていた。まだ切れたわけではないものの、残りの少ない酒はなるべく取っておくらしい。客は少し残念そうな顔をしただけで、勧められた酒を受け取って仲間との話へ戻った。
宿無しがその卓へ料理を運んで戻ると、マリーは厨房の入口で棚を見上げていた。
「今日だけなら何とかなるんですけどね」
そう言いながら、残り少なくなった袋を奥へ戻す。
「明日も来なかったら?」
「出せるものを減らすしかないかな。近くで買えるものなら買えるけど、全部こっちで揃えたら高くなっちゃうし」
宿無しは棚へ目を向けた。昨日までと見た目が大きく違うわけではない。それでも、普段なら何も考えず取り出されていたものが、一つずつ残りを気にしなければならなくなっている。
それからも客が来るたびに店は少しずつ賑わい、外から差し込む光が傾くころには、仕事を終えた職人たちもいつもの席に座り始めていた。
リゴルドが戻ったのは、夕方の客が増え始めたころだった。
「おかえりなさい。遅かったね」
皿を拭いていたマリーが父親を見る。
「ああ。ギルドのあと、何軒か回ってきた」
リゴルドは上着を脱ぎながら厨房へ入り、大鍋の中を確かめる。
「同じ街道を使ってる商人にも何人か聞いてきたが、やっぱり何件か荷が届いてねぇらしい。昨日戻ってきた御者も、西の森の近くで道を避けて通ったって話してた」
「野盗を見たの?」
「直接じゃねぇ。街道脇に壊れた荷車が残ってたそうだ」
リゴルドは鍋をかき混ぜながら、火加減を確かめた。
「依頼は出せたの?」
「ああ。話は通してきた。ほかの商人からも似たような相談が来てたらしい」
カウンターの端に座っていた宿無しは、出された酒を口へ運びながら二人の話を聞いていた。
「すぐに誰か出るの?」
「いや、まだだな。野盗の人数も居場所もはっきりしねぇ。被害が出てる場所も少しずつずれてるらしくてな。まずは情報を集めてから人を出すって話だ」
マリーは朝から確認していた棚へ目を向けた。
「それなら待つしかないか」
「そうなんだがな」
リゴルドも同じ方へ視線を向け、苦い顔をした。
「酒も食材もいつまでも持つわけじゃねぇ。今回の荷だけならまだしも、次の仕入れまで止まったらさすがに困る」
宿無しは杯を置いた。
「野盗はどこにいる?」
リゴルドが顔を上げる。
「詳しい場所までは分からん。西へ半日ほど行った辺りらしいが、森が街道へ寄ってくる場所があるだろ」
「ああ」
「あの辺りで被害が続いてるらしい」
宿無しが小さく頷くと、リゴルドはしばらくその顔を見たあと、腕を組んだ。
「なぁ、宿無し」
「何だ」
「お前、明日何か仕事入ってるか?」
「急ぎのものはない」
「そうか……」
その一言で何を考えたのか察したらしく、マリーが父親を見る。
「お父さん?」
「ギルドが動くのを待ってたら、次の仕入れまで止まりかねねぇ」
リゴルドは宿無しへ向き直った。
「悪いが、お前、明日あの辺りまで様子を見てきてくれねぇか」
「もう、お父さん!」
マリーがすぐに声を上げた。
「ちゃんとギルドに依頼出したんでしょ? 宿無しさんにまで頼まなくてもいいじゃない」
「迷惑なら断るさ」
娘の抗議を受け流すように、リゴルドは肩をすくめる。
「退治してこいって言ってるんじゃねぇ。荷馬車がどうなってるか、野盗がどの辺りにいるのか、それだけ見てきてもらう。場所や人数が分かれば、ギルドだって動きやすくなるだろ」
「それでも危ないでしょ」
「だから無理なら断ればいい」
「宿無しさんが断らないの知ってるくせに!」
「それは俺のせいじゃねぇだろ」
「そういうところが人使い荒いって言ってるの!」
二人の声が少し大きくなり、近くにいた客たちが何事かとこちらへ目を向けた。
宿無しは黙って二人のやり取りを見ていた。荷が届かず、リゴルドが困っている。西の街道では何台もの荷馬車が襲われ、ギルドも動くつもりではいるが、まだ場所も人数も分からない。
そして今、その様子を見てきてほしいと頼まれた。
「分かった」
「宿無しさん!」
マリーが振り返る。
「明日行く」
「ほらな」
リゴルドが笑うと、マリーは父親を睨んだ。
「ほらな、じゃないでしょ!」
「本人がいいって言ってんだからいいだろ」
「よくないです!」
宿無しは残っていた酒を飲み干した。
「朝に出ればいいか?」
「ああ。急ぐ必要はねぇ」
リゴルドはそう答えてから、表情を改める。
「いいか、宿無し。頼んだのは様子を見ることだけだ。野盗を見つけても、場所と人数を確かめたら戻ってこい。荷が残ってても一人で取り返そうとするなよ」
「ああ」
リゴルドはなおも疑わしそうに宿無しを見ていたが、それ以上は何も言わなかった。
マリーも納得していない様子のまま、宿無しへ向き直る。
「危ないと思ったら、すぐ戻ってきてくださいね」
「分かった」
「……宿無しさんの『分かった』って、たまに信用できないんですよね」
マリーが小さく息を吐くと、リゴルドが笑った。
「そこは俺も同意する」
「お父さんが言わないで」
宿無しは空になった杯をカウンターへ置いた。
明日は西の街道へ行き、荷馬車を探す。野盗がいるなら、その場所と人数を確かめる。
リゴルドから頼まれたのは、それだけだった。