DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
モトの街が見えてきた頃には、空はすっかり夕暮れの色に染まっていた。
西へ傾いた陽が街道を赤く照らし、荷を積み直した馬車の長い影が道の上を伸ばしている。奪われていた荷を積み直した馬車は重く、わずかな窪みを越えるたびに軋んだ音を立て、その後ろでは積み荷の隙間に座らされた五人の野盗が疲れ切った顔で揺られていた。
最初のうちは縄を緩めろだの、荷物が背中に当たるだのと文句を言っていたものの、宿無しが一向に取り合わないと分かると、途中からは誰も大きな声を出さなくなった。
宿無しは御者台で手綱を握ったまま、馬の歩調に合わせて街道を進んでいく。
やがてモトの門が近づき、行き交う人の数が増えるにつれて、すれ違う者たちの視線が荷馬車へ集まり始めた。積まれた樽や木箱だけなら珍しくもないが、その後ろに手を縛られた男が五人も並んでいれば、嫌でも目を引く。
「おい、あれ……」
「野盗じゃないのか?」
そんな声を背中に受けながら門へ近づくと、見張りに立っていた領兵の一人が異変に気づき、槍を手に道の中央へ出た。
「止まれ!」
宿無しが手綱を引くと、二頭の馬が速度を落とし、門の手前で馬車が止まった。
領兵は御者台の宿無しを見たあと、荷台に縛られている五人へ視線を移した。
「事情を聞かせてもらおうか」
「西街道の野盗だ。五人いた。全員捕まえた」
宿無しが答えると、領兵は五人を見回してから、今度は積み荷へ目を向けた。
「その荷もか?」
「ああ。街道から森へ入ったところに小屋がある。そこに集められていた。全部は載らなかったから、残りは小屋の中にまとめてある」
「ほかの仲間は?」
「見たのは五人だけだ」
領兵が頷きかけたところで、宿無しは続けた。
「それと、小屋の裏に男が一人死んでいた」
領兵の表情が変わる。
「どんな男だ?」
「街道に残っていた馬車の御者だと思う。死んでから何日か経っていた」
領兵は隣の兵へ顔を向けた。
「詰所に知らせろ。こいつらを引き取る。現場は明日の朝、人を出して確認するぞ。遺体もそのとき収容する」
「分かった」
兵が門の内側へ走っていき、ほどなく数人の領兵を連れて戻ってきた。
野盗たちは荷台から順に降ろされ、そのまま兵たちへ引き渡されていく。長く座らされていたせいで足が痺れていたのか、一人が地面へ降りた途端によろめき、兵に腕を掴まれた。
「歩け」
「待ってくれ……足が痺れてんだよ」
男が恨めしそうに宿無しを見たが、宿無しは何も答えなかった。
五人とも大きな傷こそ見当たらないものの、まともに抵抗できる状態でもない。領兵の一人がその様子と宿無しを交互に見たものの、何も聞かず、そのまま野盗を連れていった。
最後の一人が門の内側へ消えると、最初に対応した領兵が荷台を指した。
「盗品は一度ギルドに見せた方がいい。被害の届けが出てるなら、持ち主も向こうで確認できるだろう」
「リゴルドの荷もある」
「印が分かるなら、それも報告してこい。残りの荷と御者については、明日こっちから人を出す」
「ああ」
宿無しは再び御者台へ上がり、馬車を門の中へ進ませた。
街へ入ると、行き交う人々が次々と荷馬車へ目を向けた。野盗はすでに領兵へ引き渡していたものの、樽や木箱を満載した馬車を宿無しが御している姿は、顔見知りの者たちの目を引いたらしい。
「宿無しじゃないか」
「あれ、西街道で奪われた荷じゃないのか?」
声を掛ける者もいたが、宿無しは足を止めず、まっすぐ冒険者ギルドへ向かった。
建物の前へ荷馬車を停めると、ちょうど依頼を終えて戻ってきた冒険者たちが何人か入口に集まっていた。積み荷を見た一人が目を丸くし、そのまま中へ駆け込んでいく。
宿無しが御者台から降りる頃には、ネネアが受付の奥から早足で出てきた。
「宿無しさん、これは……?」
「リゴルドに頼まれた」
「頼まれたって、西街道の野盗の件ですか?」
「ああ。野盗は五人いた。捕まえて、門で領兵に渡した。荷も野盗のところにあった」
ネネアは荷台と宿無しを見比べた。
「……全部、宿無しさん一人で?」
「ああ。それと、小屋の裏に御者が死んでいた。領兵には場所を伝えた」
ネネアの表情が引き締まった。
「……リゴルドさんの荷を運んでいた方ですか?」
「たぶんそうだ。街道に残っていた馬車には御者がいなかった。死んでから何日か経っていた」
「分かりました。領兵が確認するなら、こちらからも被害届と照合しておきます」
そう答えたネネアはしばらく宿無しを見つめた。いつも受付で見せる柔らかな笑顔は消え、荷台と宿無しを見比べる目には、驚きだけではないものが混じっている。
「中へ来てください」
「荷は?」
「職員に確認させます。依頼に関係する品はこちらで整理しますから」
宿無しが頷くと、ネネアは一度言葉を切った。
「今日は少し、きちんとお話ししましょう」
受付の奥にある小さな事務室へ通されると、ネネアは扉を閉めた。
机の上には、前日にリゴルドから持ち込まれた依頼をまとめた書類が置かれている。宿無しは勧められた椅子へ座り、ネネアはその向かいへ腰を下ろした。
「まず確認します」
ネネアは依頼書へ手を置いた。
「宿無しさんは、この依頼を正式には受けていませんね?」
「ああ。リゴルドに頼まれた」
「何を頼まれたんですか?」
「西街道へ行って荷馬車を探す。野盗がいたら、場所と人数を確かめて戻るように言われた」
「野盗と戦うことや、荷を取り戻すことまでは?」
「言われていない」
ネネアはそこで一度頷いた。
「では、どうして五人全員を捕まえて、荷まで持ち帰ったんですか?」
「野盗も荷も見つかった。リゴルドが困っていたから、そこで片づけた」
ネネアは少しの間、宿無しを見つめたあと、大きく息を吐いて椅子の背へわずかに身体を預けた。
「結果として野盗は捕まり、奪われた荷もかなり戻りました。これ以上、同じ野盗による被害が続くこともないでしょう」
御者については領兵の確認を待つしかない。ネネアはそう付け加えてから、改めて宿無しへ向き直った。
「ですが、だからといって勝手に動いていいことにはなりません」
宿無しは黙って聞いていた。
「ギルドが依頼を受けたあと、すぐ誰かを向かわせなかったのには理由があります。野盗が何人いるのか、拠点がどこなのか、ほかに仲間がいるのか分からなかったからです。情報を集めたうえで、必要なら複数人で向かわせるつもりでした」
「五人だった」
「それは、現地へ行ったあとで分かったことでしょう」
ネネアの声が少し強くなる。
「見つけた五人以外にも仲間がいたかもしれませんし、別の場所に拠点があった可能性もあります。何があるか分からない状態で、一人で踏み込んだことが問題なんです」
「勝てると思った」
「勝てるかどうかだけの話ではありません」
ネネアは机の上で指を組んだ。
「正式に依頼を受けていれば、誰がどこへ向かったのかギルドに記録が残ります。予定を過ぎても戻らなければ探しに行けますし、危険が大きいと分かれば援護を出すこともできます。今回は、リゴルドさんしか宿無しさんの行き先を知りませんでした」
「マリーも知っている」
「様子を見に行ったことだけですよね。野盗の拠点へ一人で入るところまでは知らなかったでしょう」
「ああ」
「もし帰ってこなかったら、リゴルドさんたちがギルドへ来て、そこから初めて何があったのか調べることになります。それでは遅いかもしれません」
宿無しは机の上の依頼書へ目を落とした。
自分が帰ってこない場合のことは考えていなかった。帰るつもりだったからだ。
「分かった」
「同じようなことがあったら、先にギルドへ話を通してください。正式な依頼になっている仕事を、自分の判断だけで片づけないこと。いいですね?」
「ああ」
ネネアはまだ少し疑わしそうだったが、それ以上は繰り返さなかった。
「今回は注意で済ませます。ただし、同じことを繰り返した場合は、一定期間依頼を受けられないようにすることもあります」
そこで宿無しが顔を上げた。
「仕事ができなくなるのか?」
「そうです」
宿無しは少し考えたあと、改めて頷く。
「それは困る」
「……そこはすぐ分かるんですね」
「仕事がないと、することがない」
「ええ。知っています」
ネネアは呆れたように笑い、先ほどまでの険しい表情を少しだけ緩めた。
「では、今日はもう帰ってください。リゴルドさんたちも心配しているでしょうから」
宿無しは立ち上がった。
「荷は?」
「確認が済んだら、リゴルドさんの分は届けてもらいます。今から全部自分で運ぼうとしないでくださいね」
「ああ」
「……今の返事は信用していいんですよね?」
「帰る」
「なら大丈夫でしょう」
ネネアに見送られ、宿無しは事務室を出た。
受付のある広間へ戻ると、外の荷馬車を見に行っていた冒険者たちもすでに戻っており、あちこちで今回の話をしていた。
「五人まとめて連れてきたって、あれ本当だったのか」
「荷まで積み直してきたらしいぞ」
「宿無しならやりそうだけどな」
「でも、正式に受けた依頼じゃなかったんだろ?」
三年も同じギルドにいれば、宿無し本人がそうした噂を気にしないことくらい皆知っている。誰も声を潜める様子はなく、宿無しも足を止めずに出口へ向かった。
その背中へ、広間の奥から強い声が飛んできた。
「待て!」
宿無しが振り返ると、一人の若い男がこちらへ歩いてきていた。
年は二十ほどに見える。まだ新しさの残る革鎧をきっちりと身につけ、背には長い柄を持つパルチザンを負っている。顔には隠す気もないほどの苛立ちが浮かび、周囲の冒険者たちが何事かと道を空けても、その歩調を緩めなかった。
宿無しの前まで来ると、男は真っ直ぐ睨みつけた。
「貴様が宿無しか!」
「ああ」
「では、今の話は本当なのだな! 正式な受注もせず、一人で野盗の拠点へ踏み込んだというのは!」
「ああ」
「何を考えている!」
男の声が広間に響き、周囲にいた冒険者たちが顔を見合わせる。中には、また始まったとでも言いたげに苦笑する者もいた。
「ギルドには規則がある! 所属する以上、それに従うのは当然だろう! 結果として無事だったからいいという話ではない。貴様が勝手な行動を取れば、後から向かう者まで危険に巻き込むことになりかねないんだぞ!」
「ネネアにも言われた」
「なら、なぜそんなに平然としている!」
「分かったからだ」
「そういう態度が分かっていないと言っているんだ!」
男はさらに一歩詰め寄った。
「野盗がもっと大勢いたらどうするつもりだった! 貴様が倒れれば捜索する者まで危険に晒される。それを考えなかったのか!」
「勝てると思った」
「だから、それだけの話ではないだろう!」
宿無しは黙った。
言っている内容は、先ほどネネアから聞いたものとほとんど同じだった。それをもう一度聞く必要があるのかは分からなかったが、相手はまだ話を終えるつもりがないらしい。
「貴様は三年もこのギルドに所属していると聞いた! それだけ長くいる者が規則を無視してどうする! そんなことを許せば、ギルドの規律そのものが成り立たないだろう!」
「何の騒ぎ?」
横から女の声が割り込んだ。
入口から入ってきたリリィが、宿無しと若い男、その周囲にできた人だかりを見回している。
「宿無し、何かしたの?」
「野盗を捕まえた。依頼を受けずに一人で行った」
「ああ……」
リリィはそれだけで事情を理解したらしく、少し遠い目をした。
「だから今、そのことを話している!」
若い男がリリィへ向き直る。
「貴女もここの冒険者なら分かるだろう! この男のしたことは規則を無視した独断行動だ!」
「分かってるけど」
リリィは若い男を上から下まで見た。
「ところで、君は誰?」
男の眉がぴくりと動く。
「サイラスだ! サイラス・フロウロット。このギルドに所属している!」
「へえ。最近入った子?」
「子ではない!」
「でも二十くらいでしょ?」
「十八だ! 立派な成人だろう!」
「もっと下だった」
「何だと!?」
サイラスの声がさらに大きくなり、周囲から笑いが漏れた。
「笑うな!」
「サイラスさん」
今度は別の声が広間に響いた。
事務室の扉が開き、ネネアが中から出てくる。
サイラスは勢いよく振り返った。
「ネネアさん! ちょうどいい。この男の行動について――」
「その件なら、今しがた私から宿無しさんへ話しました」
「しかし!」
「話しました」
穏やかな声のまま重ねられ、サイラスは口を閉じた。それでも納得しきれないのか、宿無しへちらりと視線を向ける。
「ですが、本当に理解しているのでしょうか」
「同じことを繰り返した場合は、依頼の受注を止める可能性があることまで伝えています」
サイラスが宿無しを見る。
「それなら理解したのか?」
「ああ。仕事ができなくなるのは困る」
「……そこなのか?」
サイラスの顔から一瞬だけ怒気が抜け、リリィが吹き出した。
「宿無しにはそこが一番効くから」
「笑い事ではないだろう!」
「だから内容は正しいって。君、ちょっと熱くなりすぎ」
「俺は当然のことを言っている!」
「分かった分かった」
「その言い方は何だ!」
再び声を上げるサイラスを見て、ネネアが小さく息を吐く。
「サイラスさんも今日はもう依頼を終えているんでしょう?」
「はい」
「でしたら、少し落ち着いてください。宿無しさんも帰るところですから」
「……分かりました」
不満は残っているようだったが、ネネアからそう言われると、サイラスはきちんと引き下がった。
その様子を見ていた宿無しは、少しだけ首を傾げた。あれだけ大声で怒っていたのに、ネネアに言われれば素直に従うらしい。
変わった男だった。
宿無しが出口へ向き直ると、背後ではまだサイラスが何か言い、それをリリィが面白がるように受け流していた。
野盗は捕まり、荷も戻った。御者が死んでいたことは領兵へ伝え、残された荷の場所も知らせた。ギルドでは随分と怒られたが、その理由も説明され、次からどうすればいいのかも分かった。
宿無しにとっては、それで話は終わっている。
まだ続いている二人の声を背中に聞きながら扉を開けると、夕暮れの街にはすでに夜の気配が混じり始めていた。