DARK SOULS 〜AFTER STORY〜 作:OSPND
冒険者ギルドを出た頃には、夕暮れの空に夜の色が混じり始めていた。
通りには仕事を終えた者たちが行き交い、店先にも灯りがともり始めている。酒場へ向かう途中、宿無しを見つけて声を掛けてくる者が何人かいたが、その内容は朝までとは少し違っていた。
「おい、宿無し。西街道の野盗、五人まとめて捕まえてきたって本当か?」
「ああ」
「荷馬車まで引いて帰ってきたって聞いたぞ。あれ、リゴルドんとこの荷だったんだろ?」
「そうだ」
別の通りでは、顔見知りの商人から肩を叩かれた。
「お前だったのか。門でえらいもの見たって話題になってるぞ」
宿無しには何がそれほど珍しいのか分からなかったが、聞かれたことにはその都度答えた。
門へ野盗を連れてきた時点でかなり目立っていたうえ、ギルド前には奪われた荷を積んだ馬車まで置いてある。狭い街の中で話が広がるには、それだけで十分だったらしい。
宿無し自身は特に気にすることなく、リゴルドの酒場へ向かった。
扉を開けると、店の中はすでに夕食時の賑わいを見せていた。
何人もの客が卓を囲み、料理を運ぶマリーがその間を行き来している。カウンターの向こうではリゴルドが酒を注いでいたが、扉の音に顔を上げ、入ってきた宿無しを見るなり手を止めた。
「宿無しさん!」
先に声を上げたのはマリーだった。
持っていた皿を近くの卓へ置くと、客の間を抜けてこちらへ駆け寄ってくる。
「大丈夫だったんですか?」
「ああ」
「怪我は?」
「ない」
マリーは宿無しの頭から足元までを確かめるように見回した。外套にも服にも多少の土は付いているものの、血が滲んでいるところはない。それを確認してようやく肩の力を抜いたかと思うと、今度は眉を寄せた。
「遅いですよ」
「ギルドに寄っていた」
「そういうことじゃありません」
宿無しが何と答えればいいのか分からず黙っていると、その後ろからリゴルドが低い声を掛けた。
「宿無し」
振り返る。
リゴルドはカウンターの内側に立ったまま、腕を組んでいた。
「野盗を五人連れて帰ってきたってのは本当か?」
「ああ」
「荷も取り返したんだってな?」
「ああ」
「御者はどうなった?」
「死んでいた。小屋の裏にいた」
リゴルドの表情が変わり、隣にいたマリーも息を呑んだ。
「……そうか」
「領兵には伝えた。明日の朝、収容に向かうらしい」
「分かった」
短い沈黙が落ちた。
マリーは宿無しを見上げると、先ほど確かめたばかりだというのに、もう一度その姿を目で追った。
「……宿無しさんが無事で、本当によかったです」
「怪我はない」
「そういう意味じゃありません」
宿無しには、その違いがよく分からなかった。
リゴルドはそんな二人を見てから、改めて宿無しへ向き直った。
「……それで、俺は何て頼んだ?」
「荷馬車を探して、野盗の場所と人数を確認する」
「そのあとだ」
宿無しは少し考えた。
「一人で取り返そうとするな」
「覚えてるじゃねぇか」
「ああ」
「なら、なんで片づけてくるんだ」
「五人だったからだ」
「そういう問題じゃねぇ」
今日だけで三度目だった。
ネネアにもサイラスにも似たことを言われたが、リゴルドの声には二人とは少し違う響きがあった。
「勝てると思った」
「お前なら五人くらいどうにかするだろうってのは、俺だって分かってる」
「なら――」
「勝てるから行っていいって話じゃねぇんだよ」
宿無しが開きかけた口を閉じる。
リゴルドは一度大きく息を吐き、組んでいた腕を解いた。
「俺が頼んだせいで、お前が帰ってこなかったらどうする」
「帰ってきた」
「今回はな」
即座に返され、宿無しは黙った。
先ほどネネアにも、同じようなことを聞かれた。
帰ってこなかったらどうするのか。
宿無し自身には、その問いがまだよく分からない。勝てると思ったから戦い、実際に勝って帰ってきた。それ以上のことを考える必要があるとは思っていなかった。
「野盗が五人だろうが十人だろうが、俺には関係ねぇ」
リゴルドは続けた。
「荷なんざまた仕入れりゃいい。金は痛いが、店が潰れるほどじゃねぇ。俺が頼んだのは、ちょっと様子を見てきてくれってだけだ」
そこまで言ってから、リゴルドは一度言葉を止めた。宿無しを見たまま何かを考えるように口を結び、やがて短く息を吐く。
「……いや。そもそも、お前なら大丈夫だろうと思って頼んだ俺も悪かった。すまなかったな」
「なぜ謝る?」
「お前を行かせたのは俺だからだ。様子を見るだけとは言ったが、危ない場所だと分かってて頼んだのは変わらねぇ」
宿無しは黙ってリゴルドを見返した。
「だからって、次から勝手に野盗を片づけてこいって意味じゃねぇぞ」
「ああ」
「仕事が終わったら、帰ってこい。それでいいんだ」
宿無しはリゴルドを見返した。
「ここにか?」
「あ?」
「ここに帰ればいいのか?」
リゴルドは一瞬きょとんとした顔をした。
隣ではマリーも同じように宿無しを見ている。
やがてリゴルドは、呆れたような、それでいて少し可笑しそうな顔になった。
「他にどこがあるんだよ」
宿無しは答えなかった。
二階には三年前から使っている部屋がある。
仕事が終わればここへ戻り、食事をして、頼まれれば店を手伝い、夜になればその部屋で眠る。翌朝になればまたリゴルドに何をすればいいのか尋ねる。
三年間ずっとそうしてきた。
それを帰るというのだと、宿無しは初めて知ったような気がした。
「分かった」
「今度こそ本当に分かってんだろうな」
「ああ」
「怪しいもんだ」
リゴルドは鼻を鳴らしたが、それ以上は責めなかった。
マリーはまだ少し不満そうだった。
「私も昨日、絶対戻ってきてくださいって言いましたよね」
「ああ」
「それなのに野盗と戦ったんですよね?」
「ああ」
「もう……」
マリーは額へ手を当てた。
「ネネアさんにも怒られました?」
「ああ。それとサイラスにも怒られた」
「サイラス?」
聞き覚えのない名前だったらしく、マリーが首を傾げる。
「今日会った。若い男だ」
「誰だそいつ」
リゴルドも話に入る。
「ギルドの冒険者だ。規則を守れと言われた」
「そりゃまた正しいこと言う奴に捕まったな」
「声が大きかった」
「そこはどうでもいいだろ」
リゴルドが笑い、張りつめていた空気がようやく緩んだ。
そのとき、近くの卓から声が飛んできた。
「おいリゴルド! 説教終わったなら注文いいか!」
「聞いてたのかよ!」
「店中に聞こえてるぞ!」
あちこちから笑い声が上がる。
リゴルドは「うるせぇ」と返しながらカウンターへ戻り、マリーも慌てて置いてきた皿の方へ向かった。
宿無しは入口の近くに立ったまま、その様子を見ていた。
「何してんだ」
カウンターへ戻ったリゴルドが声を掛ける。
「何かすることは?」
「今帰ってきたばっかだろうが。座ってろ」
「客が多い」
「俺とマリーで足りる」
「そうか」
宿無しは空いていたカウンター席へ腰を下ろした。
ほどなくリゴルドが料理の皿を一つ置く。肉と豆を煮込んだものに黒パンが添えられ、その隣にはいつもの酒が置かれた。
「食え」
「頼んでない」
「知ってる。晩飯だ」
「ああ」
宿無しが匙を取ると、リゴルドはもう次の客の注文へ向かっていた。
騒がしい店内で食事を進めていると、しばらくして扉が開き、ギルドの職員と領兵が二人ずつ入ってきた。店内を見回した職員が宿無しを見つけると、そのままリゴルドへ歩み寄る。
「リゴルドさん。荷の確認が終わりました」
「お、早かったな」
「商会の印と荷札が一致しましたので、そちらの分は今お渡しできます。馬車は外です」
「助かる」
リゴルドが厨房から出てくる。
「全部あったのか?」
「酒樽が一つ開けられていて、瓶も何本かなくなっています。干し肉も一箱は半分ほど減っていましたが、荷の大半は未開封のまま残っていました」
「それだけ残ってりゃ十分だ」
リゴルドは安堵したように笑った。
「他の荷も、持ち主が分かり次第返す予定です。それと、森に残っている分は明日の朝、領兵とギルドから人を出して回収します」
「分かった。手間かけたな」
「いえ。依頼もこれで解決扱いになると思います」
職員はそう答えてから、カウンターで食事をしている宿無しへ目を向けた。
少しだけ複雑そうな顔をする。
「……今回は、ですけどね」
「ああ。ネネアに怒られた」
「でしょうね」
職員は苦笑した。
リゴルドと宿無しも荷下ろしを手伝おうとしたが、外へ出ようとした宿無しの肩をマリーが掴んだ。
「宿無しさんは座っててください」
「荷が来た」
「領兵さんもギルドの人もいるし、お父さんもいます」
「俺も運べる」
「知ってます」
マリーは宿無しを席へ押し戻す。
「今日はもう何もしないでください」
「なぜだ?」
「朝から西街道まで行って、野盗と戦って、荷馬車引いて帰ってきて、そのあとギルドで怒られてる人に、まだ働かせたら私まで人使い荒いみたいじゃないですか」
「誰が言うんだ?」
「私がそう思うんです!」
宿無しは少し考えたが、よく分からなかった。
それでもマリーが「座っていてください」と言うので、そのまま席に残った。
開け放たれた扉の向こうでは、戻ってきた荷を運び込むリゴルドたちの声が聞こえている。店の中では客が酒を飲み、笑い、誰かが今日あった出来事を大げさに話していた。
宿無しは黒パンをちぎり、煮込みに浸して口へ運んだ。
仕事が終わったら、帰ってこい。
先ほどリゴルドから言われた言葉が、なぜか頭に残っていた。
これまで宿無しは、仕事が終わればこの酒場へ戻っていた。ここに部屋があり、次にすることがあるから戻っていただけで、それ以上の意味を考えたことはない。
それでもリゴルドは、ここへ戻ることを「帰る」と言った。
宿無しは店の中を見回した。
忙しそうに料理を運ぶマリーがいて、外ではリゴルドが荷を運びながら誰かに文句を言っている。見慣れた客たちが卓を囲み、時折こちらへ声を掛けてくる。
三年間、何度も見てきた光景だった。
宿無しはしばらくそれを眺めたあと、再び食事へ目を戻した。
帰るという言葉について、それ以上考えることはなかった。