DARK SOULS 〜AFTER STORY〜   作:OSPND

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7.酒場へ

 冒険者ギルドを出た頃には、夕暮れの空に夜の色が混じり始めていた。

 

 通りには仕事を終えた者たちが行き交い、店先にも灯りがともり始めている。酒場へ向かう途中、宿無しを見つけて声を掛けてくる者が何人かいたが、その内容は朝までとは少し違っていた。

 

「おい、宿無し。西街道の野盗、五人まとめて捕まえてきたって本当か?」

 

「ああ」

 

「荷馬車まで引いて帰ってきたって聞いたぞ。あれ、リゴルドんとこの荷だったんだろ?」

 

「そうだ」

 

 別の通りでは、顔見知りの商人から肩を叩かれた。

 

「お前だったのか。門でえらいもの見たって話題になってるぞ」

 

 宿無しには何がそれほど珍しいのか分からなかったが、聞かれたことにはその都度答えた。

 

 門へ野盗を連れてきた時点でかなり目立っていたうえ、ギルド前には奪われた荷を積んだ馬車まで置いてある。狭い街の中で話が広がるには、それだけで十分だったらしい。

 

 宿無し自身は特に気にすることなく、リゴルドの酒場へ向かった。

 

 扉を開けると、店の中はすでに夕食時の賑わいを見せていた。

 

 何人もの客が卓を囲み、料理を運ぶマリーがその間を行き来している。カウンターの向こうではリゴルドが酒を注いでいたが、扉の音に顔を上げ、入ってきた宿無しを見るなり手を止めた。

 

「宿無しさん!」

 

 先に声を上げたのはマリーだった。

 

 持っていた皿を近くの卓へ置くと、客の間を抜けてこちらへ駆け寄ってくる。

 

「大丈夫だったんですか?」

 

「ああ」

 

「怪我は?」

 

「ない」

 

 マリーは宿無しの頭から足元までを確かめるように見回した。外套にも服にも多少の土は付いているものの、血が滲んでいるところはない。それを確認してようやく肩の力を抜いたかと思うと、今度は眉を寄せた。

 

「遅いですよ」

 

「ギルドに寄っていた」

 

「そういうことじゃありません」

 

 宿無しが何と答えればいいのか分からず黙っていると、その後ろからリゴルドが低い声を掛けた。

 

「宿無し」

 

 振り返る。

 

 リゴルドはカウンターの内側に立ったまま、腕を組んでいた。

 

「野盗を五人連れて帰ってきたってのは本当か?」

 

「ああ」

 

「荷も取り返したんだってな?」

 

「ああ」

 

「御者はどうなった?」

 

「死んでいた。小屋の裏にいた」

 

 リゴルドの表情が変わり、隣にいたマリーも息を呑んだ。

 

「……そうか」

 

「領兵には伝えた。明日の朝、収容に向かうらしい」

 

「分かった」

 

 短い沈黙が落ちた。

 

 マリーは宿無しを見上げると、先ほど確かめたばかりだというのに、もう一度その姿を目で追った。

 

「……宿無しさんが無事で、本当によかったです」

 

「怪我はない」

 

「そういう意味じゃありません」

 

 宿無しには、その違いがよく分からなかった。

 

 リゴルドはそんな二人を見てから、改めて宿無しへ向き直った。

 

「……それで、俺は何て頼んだ?」

 

「荷馬車を探して、野盗の場所と人数を確認する」

 

「そのあとだ」

 

 宿無しは少し考えた。

 

「一人で取り返そうとするな」

 

「覚えてるじゃねぇか」

 

「ああ」

 

「なら、なんで片づけてくるんだ」

 

「五人だったからだ」

 

「そういう問題じゃねぇ」

 

 今日だけで三度目だった。

 

 ネネアにもサイラスにも似たことを言われたが、リゴルドの声には二人とは少し違う響きがあった。

 

「勝てると思った」

 

「お前なら五人くらいどうにかするだろうってのは、俺だって分かってる」

 

「なら――」

 

「勝てるから行っていいって話じゃねぇんだよ」

 

 宿無しが開きかけた口を閉じる。

 

 リゴルドは一度大きく息を吐き、組んでいた腕を解いた。

 

「俺が頼んだせいで、お前が帰ってこなかったらどうする」

 

「帰ってきた」

 

「今回はな」

 

 即座に返され、宿無しは黙った。

 

 先ほどネネアにも、同じようなことを聞かれた。

 

 帰ってこなかったらどうするのか。

 

 宿無し自身には、その問いがまだよく分からない。勝てると思ったから戦い、実際に勝って帰ってきた。それ以上のことを考える必要があるとは思っていなかった。

 

「野盗が五人だろうが十人だろうが、俺には関係ねぇ」

 

 リゴルドは続けた。

 

「荷なんざまた仕入れりゃいい。金は痛いが、店が潰れるほどじゃねぇ。俺が頼んだのは、ちょっと様子を見てきてくれってだけだ」

 

 そこまで言ってから、リゴルドは一度言葉を止めた。宿無しを見たまま何かを考えるように口を結び、やがて短く息を吐く。

 

「……いや。そもそも、お前なら大丈夫だろうと思って頼んだ俺も悪かった。すまなかったな」

 

「なぜ謝る?」

 

「お前を行かせたのは俺だからだ。様子を見るだけとは言ったが、危ない場所だと分かってて頼んだのは変わらねぇ」

 

 宿無しは黙ってリゴルドを見返した。

 

「だからって、次から勝手に野盗を片づけてこいって意味じゃねぇぞ」

 

「ああ」

 

「仕事が終わったら、帰ってこい。それでいいんだ」

 

 宿無しはリゴルドを見返した。

 

「ここにか?」

 

「あ?」

 

「ここに帰ればいいのか?」

 

 リゴルドは一瞬きょとんとした顔をした。

 

 隣ではマリーも同じように宿無しを見ている。

 

 やがてリゴルドは、呆れたような、それでいて少し可笑しそうな顔になった。

 

「他にどこがあるんだよ」

 

 宿無しは答えなかった。

 

 二階には三年前から使っている部屋がある。

 

 仕事が終わればここへ戻り、食事をして、頼まれれば店を手伝い、夜になればその部屋で眠る。翌朝になればまたリゴルドに何をすればいいのか尋ねる。

 

 三年間ずっとそうしてきた。

 

 それを帰るというのだと、宿無しは初めて知ったような気がした。

 

「分かった」

 

「今度こそ本当に分かってんだろうな」

 

「ああ」

 

「怪しいもんだ」

 

 リゴルドは鼻を鳴らしたが、それ以上は責めなかった。

 

 マリーはまだ少し不満そうだった。

 

「私も昨日、絶対戻ってきてくださいって言いましたよね」

 

「ああ」

 

「それなのに野盗と戦ったんですよね?」

 

「ああ」

 

「もう……」

 

 マリーは額へ手を当てた。

 

「ネネアさんにも怒られました?」

 

「ああ。それとサイラスにも怒られた」

 

「サイラス?」

 

 聞き覚えのない名前だったらしく、マリーが首を傾げる。

 

「今日会った。若い男だ」

 

「誰だそいつ」

 

 リゴルドも話に入る。

 

「ギルドの冒険者だ。規則を守れと言われた」

 

「そりゃまた正しいこと言う奴に捕まったな」

 

「声が大きかった」

 

「そこはどうでもいいだろ」

 

 リゴルドが笑い、張りつめていた空気がようやく緩んだ。

 

 そのとき、近くの卓から声が飛んできた。

 

「おいリゴルド! 説教終わったなら注文いいか!」

 

「聞いてたのかよ!」

 

「店中に聞こえてるぞ!」

 

 あちこちから笑い声が上がる。

 

 リゴルドは「うるせぇ」と返しながらカウンターへ戻り、マリーも慌てて置いてきた皿の方へ向かった。

 

 宿無しは入口の近くに立ったまま、その様子を見ていた。

 

「何してんだ」

 

 カウンターへ戻ったリゴルドが声を掛ける。

 

「何かすることは?」

 

「今帰ってきたばっかだろうが。座ってろ」

 

「客が多い」

 

「俺とマリーで足りる」

 

「そうか」

 

 宿無しは空いていたカウンター席へ腰を下ろした。

 

 ほどなくリゴルドが料理の皿を一つ置く。肉と豆を煮込んだものに黒パンが添えられ、その隣にはいつもの酒が置かれた。

 

「食え」

 

「頼んでない」

 

「知ってる。晩飯だ」

 

「ああ」

 

 宿無しが匙を取ると、リゴルドはもう次の客の注文へ向かっていた。

 

 騒がしい店内で食事を進めていると、しばらくして扉が開き、ギルドの職員と領兵が二人ずつ入ってきた。店内を見回した職員が宿無しを見つけると、そのままリゴルドへ歩み寄る。

 

「リゴルドさん。荷の確認が終わりました」

 

「お、早かったな」

 

「商会の印と荷札が一致しましたので、そちらの分は今お渡しできます。馬車は外です」

 

「助かる」

 

 リゴルドが厨房から出てくる。

 

「全部あったのか?」

 

「酒樽が一つ開けられていて、瓶も何本かなくなっています。干し肉も一箱は半分ほど減っていましたが、荷の大半は未開封のまま残っていました」

 

「それだけ残ってりゃ十分だ」

 

 リゴルドは安堵したように笑った。

 

「他の荷も、持ち主が分かり次第返す予定です。それと、森に残っている分は明日の朝、領兵とギルドから人を出して回収します」

 

「分かった。手間かけたな」

 

「いえ。依頼もこれで解決扱いになると思います」

 

 職員はそう答えてから、カウンターで食事をしている宿無しへ目を向けた。

 

 少しだけ複雑そうな顔をする。

 

「……今回は、ですけどね」

 

「ああ。ネネアに怒られた」

 

「でしょうね」

 

 職員は苦笑した。

 

 リゴルドと宿無しも荷下ろしを手伝おうとしたが、外へ出ようとした宿無しの肩をマリーが掴んだ。

 

「宿無しさんは座っててください」

 

「荷が来た」

 

「領兵さんもギルドの人もいるし、お父さんもいます」

 

「俺も運べる」

 

「知ってます」

 

 マリーは宿無しを席へ押し戻す。

 

「今日はもう何もしないでください」

 

「なぜだ?」

 

「朝から西街道まで行って、野盗と戦って、荷馬車引いて帰ってきて、そのあとギルドで怒られてる人に、まだ働かせたら私まで人使い荒いみたいじゃないですか」

 

「誰が言うんだ?」

 

「私がそう思うんです!」

 

 宿無しは少し考えたが、よく分からなかった。

 

 それでもマリーが「座っていてください」と言うので、そのまま席に残った。

 

 開け放たれた扉の向こうでは、戻ってきた荷を運び込むリゴルドたちの声が聞こえている。店の中では客が酒を飲み、笑い、誰かが今日あった出来事を大げさに話していた。

 

 宿無しは黒パンをちぎり、煮込みに浸して口へ運んだ。

 

 仕事が終わったら、帰ってこい。

 

 先ほどリゴルドから言われた言葉が、なぜか頭に残っていた。

 

 これまで宿無しは、仕事が終わればこの酒場へ戻っていた。ここに部屋があり、次にすることがあるから戻っていただけで、それ以上の意味を考えたことはない。

 

 それでもリゴルドは、ここへ戻ることを「帰る」と言った。

 

 宿無しは店の中を見回した。

 

 忙しそうに料理を運ぶマリーがいて、外ではリゴルドが荷を運びながら誰かに文句を言っている。見慣れた客たちが卓を囲み、時折こちらへ声を掛けてくる。

 

 三年間、何度も見てきた光景だった。

 

 宿無しはしばらくそれを眺めたあと、再び食事へ目を戻した。

 

 帰るという言葉について、それ以上考えることはなかった。

 

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