「んめぇなおい」
「せやろ」
カーンの鱗を剥ぎ取って口に含んだ瞬間、豊かな旨味が弾けた。あとから後から唾液が出て仕方ない。旨い、うまい。適度に歯を押し返す弾力、噛めば噛むほど旨い。酒が欲しいなぁくそ。
「なぁ、カーンの旦那?俺の罪たぁ、いったい全体なんなんだい」
「生きてることやな」
生きてることが罪ときた。こいつぁ手厳しいこと。しかし、なんだ。罪があるからってこんな檻の中に放り込まれ、どんな地獄かと縮みあがったが、なんだかちょっと良い思いしてねぇか?こんなうめえもん娑婆じゃありつけなかったしよ。
「全く、外での俺ときちゃ、浮世の底辺。おっ父おっ母に捨てられてこのかた、便所の隅にすっころがってるカマドウマの死骸に集ったうじ虫の糞くれぇの価値しかなかった訳よ」
「あぁ、ホンマ?おじちゃん、難儀やね」
「そこへ来てアンタどうだい?こんなべラボーに文字通り自分の身ぃ切ってうまい飯を拵えてくれるわけだろ?前世はきっとお釈迦さんの親戚かなんかで、今世は聖人…いや聖龍さまだぃ。へへ」
釣られて、このでっかい同居人はへへ、と口の端をもち上げた。
「俺ぁアンタに食われる覚悟だったんだぜ?」
「そらアンタ、いつかは食うわ。君が死にかけたら、そんときは食べますよ」
このでっかい同居人は必ず同じことを言う。
「けどな、旦那。アンタァむしろ、俺を生かそうとしてるじゃないか」
「せやよ?独りは淋しいやん」
「うん。そう聞いたさ。よく解らんがまぁ、いい。龍ってぇのは長生きなんだろ?そん時が来たら、遠慮なく食らってくんな。もうヨボヨボで、旨かなかろうがよ」
――しばらく経ちますよね――
脳には色。眼には音。耳には香り。舌には光。弾けて弾けて消えては現れ、飛んで跳ねて戻って転んで。宴の最中に葬式やって通夜を飛ばして正月飾り。
何を言ってんだか解らんって?安心しねぇ、俺も解らん。ただ、カーンの旦那の鱗の味ときたら、もうワケわかんないくれぇの言いぶりでしか表せんほどに旨いのよ。頭の裏っかわにバリバリバリーって、えれきてるの平手打ちを食らったような感じさ。これも解らんってか?それも仕方ねぇな。
とにかく貪ったさ。ただ貪ったさ。それはもう貪ったさ。
ところで、カーンの旦那は自分を龍だって言い張るが、その身体と言やあ、俺の住んでた小っちゃな島国に伝わる『龍』って怪物たぁ、多少違いのあること。
大きめの段々腹に、愛嬌のある顔。いずれ俺を食うんだ、なんて言っちゃいるが、そんな丸こい顎と牙で物が噛み砕けるんだろうかって心配になるくれぇさ。乳飲み子の玩具って説明を受けりゃ、そのまま信じそうになるくらいに、旦那の身体はプクプクモコモコしてやがら。
それはともかく、良いもん食うんだから、俺だって太る。お上に追われるのは幾度となくあったけども、そのたんびに逃げおおせた俺の健脚とは、もうそろそろお別れだ。多少は旦那のお眼鏡にかなう餌になったかね。
――ずうっとずうっと経ちますよね――
「ほんなら、そろそろ喰うでな」
「おう。やっとかい?待ちくたびれたよ」
もう、人生に悔いなんてなかった。最期にいい話し相手と会って良い暮らしが出来た。それで満足だった。
なんというか、ヨボヨボなのはアンタじゃねぇの。毎日毎日俺に飯与えちゃいたが、アンタが飯を食ってる様を俺ぁ見たことねえぞ?
「さ、ひとおもいにやってくんねぇ。頭っからこう、バクッとよぉ」
「うん。いくでな。……あーん」
「お?おお?おー……」
ああ、なるほどな。食うは食うでも肉体を食らうたぁ言ってなかった。魂なぁ、なるほどなぁ。身体から、何やら、大切なもんが抜けていく実感があらぁ。でもこれはどうして、ふわふわと湯船にでも浮かんでるような、いい心持ちじゃないの。しょうもねえ男のしょうもねえ人生。その最期がこんなに幸せでいいのやら。ありがてぇ、ありがてぇ。
――ほんのちょっぴり経ちますよね――
龍は男の身体を丁重に葬った。男はそれはもう満足そうな死に顔だったんだと。
「未練の無い魂のほうが美味しいんよ。ごちそさんな、おじちゃん」
誰に伝えるでもなく、丸々太った龍が言う。カーンは食い物への感謝を忘れてはいかんと思っているから。
さて、それはそうと、食った後は出るもんが出ますよ。カーンの腹の中で罪を消化され、綺麗になった魂は、カーンのケツからまた現世に戻るんだそうな。
ありがてぇ、ありがてぇ。
でもなんか、汚えなぁ。