いつものように目覚めたはずの朝。
カーテンの隙間から差し込む夏の光に目を細めながら、僕はぼんやりと天井を眺めていた。
────1991年7月。
僕は十一歳になった。
そして、今でも僕はウルトラマンに憧れている。
テレビの中で、銀色の巨人が怪獣と戦っている。
大地を揺るがす咆哮。
ビルよりも巨大な身体。
人間には到底扱えないような力を振るい、それでも最後には人々を守って去っていく。
僕にとって、ウルトラマンとはそういう存在だった。
強くて、優しくて、正義の味方。
子供なら誰だって一度くらいは憧れるだろう。
……もっとも。
僕の場合、その「憧れ」は、普通の子供が抱くものよりも、ずっと切実だった。
なにしろ僕は、ウルトラマンになれない。
最初から、どうしようもないくらいに。
理由は単純だ。
僕は人間ではない。
バルタン星人だ。
父も母もバルタン星人。
そして僕も、生まれたときからバルタン星人だった。
両親は地球に身を隠して暮らしている。
人間社会に紛れ、正体を隠し、ひっそりと生活している。
少なくとも僕が物心ついた頃から、ずっとそうだった。
僕自身も、幼い頃からそのことを教えられてきた。
だから知っている。
僕たちバルタン星人にとって、ウルトラマンの放つスペシウム光線が致命的な毒になることを。
テレビの中では、ウルトラマンがスペシウム光線を放ち、怪獣を倒す。
銀色の巨人が両腕を十字に組み、眩い光を放つ。
それを見て僕は歓声を上げる。
……同時に、胸の奥が少しだけ痛む。
もし僕が本当にウルトラマンだったなら。
もし僕が、あの銀色の巨人のように巨大になれたなら。
もし僕も、人々を守る側に立てたなら。
そう思う。
けれど、現実の僕はバルタン星人だ。
ウルトラマンが僕を見れば、少なくとも友達にはなれないだろう。
スペシウム光線を浴びれば、僕は死ぬ。
憧れのヒーローが、僕にとっては天敵なのだ。
なんとも皮肉な話である。
────それでも。
僕は諦めるつもりがなかった。
なぜなら僕には、ひとつだけ希望があるからだ。
魔法。
この世界には、魔法が存在する。
それを知ったのは、今日。
僕のもとに、数多のバルタン製セキュリティをかいくぐって、証拠が届いた。
白い封筒。
上質な紙。
そして、緑色のインクで記された宛名。
ブリッツ・シェーレ。
僕の名前だ。
封蝋を見た瞬間から、なんとなく分かっていた。
普通の手紙ではない。
そもそも郵便で届いたわけでもない。
窓辺に置かれたそれを見つけたとき、僕はしばらく固まっていた。
差出人は────ホグワーツ魔法魔術学校。
僕は震える手で封筒を開いた。
中から出てきたのは、入学を許可する旨を記した手紙。
僕は何度も読み返した。
魔法。
魔法使い。
錬金術。
その文字を目で追いながら、僕の頭の中では一つの考えが急速に形を成していった。
────できるかもしれない。
僕がウルトラマンになることはできない。
それは変わらない。
僕はバルタン星人だ。
スペシウム光線に弱い。
地球人ではない。
本物のウルトラマンにはなれない。
けれど。
別に、本物である必要はないのではないか。
ウルトラマンそのものになれなくてもいい。
ウルトラマンのように巨大になり。
ウルトラマンのように戦い。
ウルトラマンのように、人々を守る。
それならば────。
僕には、バルタン星人の巨大化能力がある。
普段は人間に近い大きさで暮らしているが、僕たちは本来、身体の大きさを変えることができる。
ならば、足りないのは何だ?
身体能力?
耐久力?
飛行能力?
エネルギー兵器?
ならば補えばいい。
魔法がある。
錬金術がある。
そして何より、僕には時間がある。
十一歳。
ホグワーツに入学する。
魔法を学ぶ。
錬金術を学ぶ。
この世界に存在する様々な魔法技術を知る。
そしていつか。
僕自身の身体を核として、バルタン星人の巨大化能力と、錬金術によって作り上げた外付けのアーマーを組み合わせる。
巨大化した身体を覆う、専用の装甲。
強化された肉体。
魔法によるエネルギー制御。
そして、僕だけの必殺技。
それはきっと、本物のウルトラマンではない。
僕はウルトラマンにはなれない。
けれど────。
僕が目指すものは、ウルトラマンそのものではない。
ウルトラマンのような存在だ。
誰かを守れる強さ。
怪獣と戦える力。
絶望的な状況でも、人々の前に立てる勇気。
それがあればいい。
幸いにも、この世界ではまだ「怪獣」は公の存在ではない。
少なくとも僕が知る限り、巨大生物が街を襲うなんて事件は起きていない。
テレビ番組としての『ウルトラマン』は放送されている。
けれど、あれはあくまで番組だ。
僕たちが暮らしている世界に、本物の怪獣が出現したわけではない。
だからこそ。
僕がいつか巨大化して街に立ったなら、それはこの世界における最初の「ウルトラマン」になれるということでもある。
もちろん、問題はいくらでもある。
巨大化したバルタン星人など、どう考えても普通の人間から見れば怪物だ。
アーマーを作る材料も必要だ。
魔法だけでどこまで科学的な強化が可能なのかも分からない。
何より、僕の身体にはバルタン星人としての性質がある。
スペシウム光線に弱い。
そこだけは、どう足掻いても変わらない。
だから、対策も必要になる。
そもそも僕がウルトラマンに憧れていることを両親に話したら、どんな顔をされるかも分からない。
父も母も、僕を心配している。
当然だ。
地球に隠れて暮らしているバルタン星人の家庭で育った子供が、よりにもよって「ウルトラマンになりたい」などと言い出せば、普通は止めるだろう。
だが、それでも僕はやる。
決めた。
僕は本物のウルトラマンにはなれない。
それは生まれた瞬間から決まっていた。
ならば、偽物でいい。
紛い物でいい。
似たような姿をしただけでもいい。
────ホグワーツ魔法魔術学校。
この手紙は、僕にとってただの入学通知ではない。
もしかすると。
僕が夢を現実に変えるための、最初の一歩なのだ。
十一歳の僕は、もう一度手紙を読み返した。
そして、静かに拳を握る。
いつか。
巨大な身体で夜空を見上げる。
いつか。
自分の手で作ったアーマーを身に纏う。
いつか。
誰かが僕を見上げて、こう言うのだ。
────ウルトラマンだ、と。
その日を、僕は本気で目指そうと思う。
たとえ僕がバルタン星人でも。
たとえスペシウム光線が僕にとって猛毒でも。
たとえ本物のウルトラマンには、永遠になれなくても。
僕には魔法がある。
錬金術がある。
そして何より。
僕には、ウルトラマンになりたいという夢がある。
だから僕は、ホグワーツへ行く。
そしてそこで、僕だけの「ウルトラマン」を作る。
────それが、1991年7月。
十一歳の僕が決めた、最初の人生設計だった。