境界記録帯(ゴーストライナー)×ストーンワールド 作:ターミナル カフェ
・本作品は『Fate/Grand Order』×『Dr.STONE』のクロスオーバー二次創作です。
・原作には存在しないオリジナルキャラクター、オリジナル設定が登場します。
・原作キャラクターの設定や関係性に独自解釈・改変があります。
・原作とは異なる歴史、展開、世界観が存在します。
・今後の展開によっては、複数のFateシリーズ作品および関連作品の設定を扱う予定です。
以上の点をご了承いただいた上で、お楽しみください。
第十四話「科学の火に万来の喝采を(前編)」
【達人side】
雷を捕まえて作った強力な磁石を手に入れた翌日、科学王国は朝から騒がしかった。千空先輩とクロムは早々に作業場へ籠もり、銅や鉄を並べながら発電機の構造について話し込んでいる。昨日まで「雷を落とす」なんて無茶をしていたのに、今日はもうその先だ。磁石を回し、電気を生み出し、それを文明の次の一歩へ繋げる――千空先輩にとって昨日の成功はゴールではなく、ただの材料らしい。
「達人、そっちの銅を寄越せ」
「これですか?」
「そうだ。雑に扱うなよ。三千七百年後じゃ銅一枚でも立派な文明資産だ」
「先輩、言ってることが急に国家予算みたいになってません?」
「石器時代の国家予算だ。ククク、笑えるだろ」
笑えない。だが、いつもの調子で返しながらも、俺の意識はどうしても作業場の外へ向いていた。少し離れた木陰に、涼音が座っている。昨日、また英霊を憑依させた直後から、妹の様子がおかしかった。
身体に大きな異常があるわけではない。熱もないし、フォウの診断でも命に関わる状態ではない。問題は頭の中だった。時折、何もない場所を見つめたまま動かなくなる。声を掛ければ笑って「大丈夫」と答える。けれど、その笑顔が強がりだということくらい、兄でなくても分かる。
「……また?」
俺が隣へ座ると、涼音は額を押さえながら小さく息を吐いた。
「ちょっとだけ。今度は……知らない廊下と、知らない人たち」
「誰か分かるのか?」
「分からない。でも、知ってる気がするの。金色の人とか、白い服の人とか、昨日の雷の人とか……みんな私を知ってる。私も知ってるはずなのに、名前を掴もうとすると全部ぐちゃぐちゃになる」
言葉にするだけで苦しいのだろう。涼音は膝を抱え、視線を落とした。
「変だよね。自分の思い出なのに、自分のじゃないみたい」
「無理に思い出さなくていい」
「うん。分かってる」
そう答える声が、全然分かっていない人間の声だった。
何かしてやりたい。それなのに、俺には「休め」と言うことしかできない。記憶を戻す方法なんて知らないし、下手に触れれば余計に苦しませるかもしれない。父さんと母さんがいなくなった時だって、結局俺は涼音の隣にいることしかできなかった。
(守るって言ったくせに、こういう時は何もできないのかよ)
「フォウ」
腕輪の上に、白い小動物の姿が浮かんだ。
《方法が一つあります》
「あるのか?」
《おすすめはしません》
「どっちだよ」
フォウは少しだけ間を置いた。いつもの嫌味な調子が消えている。
《涼音の記憶領域と、達人の記憶領域を一時的に同期します》
「同期?」
《二人の封印記憶には共通部分が多い。涼音だけに大量の断片が流れ込んでいるなら、達人側から同じ記憶を参照することで処理を分散できる可能性があります》
「つまり俺も、涼音が見てる記憶を見る?」
《それだけではありません。あなた自身の封印にも刺激が入ります》
迷った。俺まで動けなくなれば本末転倒だ。それでも、隣で苦しんでいる涼音を見ているだけよりはいい。
「やる」
「お兄ちゃん、待って」
「大丈夫だ」
「そういうの、私が言うと怒るくせに」
「兄貴には兄貴の特権がある」
「横暴……」
ようやく少しだけ、いつもの涼音らしい顔が戻った。
【涼音side】
「本当にいいの?」
「何回聞くんだよ」
「だって、私のせいでお兄ちゃんまで変な記憶に巻き込まれたら嫌だし」
「一人で抱え込まれる方が嫌だ」
即答されて、何も言えなくなった。
千空先輩には事情を話し、発電所の作業から一時的に抜ける許可をもらった。というより、「妹の頭ん中の現象も立派な観測対象だ。さっさと原因調べて戻ってこい」と追い出された。優しいのか雑なのか、昔から本当に分からない。
フォウくんが私とお兄ちゃんの腕輪を接続する。光の線が二つの端末を結び、視界の端に知らない文字列が走った。
《同期率、上昇》
《記憶封印への直接干渉は行いません》
《自然解凍済み領域のみ接続》
「それなら安全?」
《比較的》
「その言い方怖いんだけど」
《開始します》
言い返す前に、意識が沈んだ。
【達人side】
目を開けた瞬間、俺は言葉を失った。
「……ここが、涼音の記憶?」
空はない。地面も、どこまで続いているのか分からない。薄暗い空間の中に、柱のようなものが無数に立っていた。表面は生き物の組織を模したように不自然に見えるが、匂いも熱もない。現実というより、悪趣味な舞台装置だ。
「フォウ?」
《……ありえない》
「何が?」
《なぜ、涼音の記憶領域に“廃棄孔”が投影されている?》
「はいきこう?」
《…………》
「おい。説明しろ」
返事がない。フォウは空中に大量の表示を展開し、ものすごい速度で何かを計算している。
「考察に入ると人の話聞かなくなるタイプかよ!」
仕方なく周囲を歩く。景色はどこまで行っても同じだった。柱、柱、また柱。涼音の記憶を探しに来たはずなのに、人影すらない。
「これ、どっち行けばいいんだよ……」
『待っていましたよ? 達人』
背後から声がした。反射的に振り返ると、そこに一人の男が立っていた。
整った身なり。柔らかな笑み。見た目だけなら礼儀正しい紳士なのに、なぜか全身が「信用するな」と訴えてくる。記憶にない。なのに、見た瞬間から関わりたくないと思った。
「……誰ですか」
『おや。そこからですか』
一歩、近づいてくる。
俺は二歩下がった。
『なぜ距離を取るのです?』
「なんとなく。関わったらろくなことにならなそうなんで」
男の笑顔が止まった。
『……まだ記憶が治っていないのですか』
「知り合いなのか?」
『だから私は申し上げたのですよ。封印以外にも、もう少し思い出しやすい処置を施すべきだったと。こうなると後始末が面倒になる』
「誰に言ってるんですか、それ」
胡散臭い笑顔が消え、男は露骨にため息をついた。
『仕方ありません。涼音もあの状態ですし、荒療治をするしかないでしょう』
「だから説明を――」
『そして、いい加減に思考するのをやめなさい、ビーストⅣ』
男の視線が俺ではなく、宙に浮くフォウへ向いた。
《……なぜ、この世界が涼音の中に存在するのか、答えてください》
さっきまで無視していたくせに、フォウが即座に反応した。
「知り合いなら先に言えよ!」
『誤解なさらぬよう。これは本物の廃棄孔ではありません』
男は近くの柱を軽く叩いた。
『私が再現した背景です。達人にも理解できる言い方をするなら――張りぼてのジオラマですね』
「……は?」
『触ってみなさい』
恐る恐る柱へ手を伸ばす。指が触れた瞬間、表面が映像のように揺らいだ。少し力を込めると、中身は拍子抜けするほど軽く、乾いた菓子みたいに簡単に崩れる。
「ウエハースみたいなんだけど」
『時間がなかったのです! 本来ならもっと精巧に――』
「そこにこだわる必要あります?」
『ありますとも。記憶への刺激には雰囲気というものが重要で――』
そこから長い文句が始まったので、俺は聞くのをやめた。
『聞いていますか、達人?』
「聞いてません」
『……父親に似て、実に腹立たしい』
「親父を知ってるのか?」
一瞬だけ、男の顔からふざけた色が消えた。
『ええ。よく知っていますとも』
そして再び、あの胡散臭い笑みを浮かべる。
『プリテンダー――役を羽織る者。真名、アレッサンドロ・ディ・カリオストロ。カリオストロ伯爵とお呼びください』
「絶対呼びたくない」
『相変わらずですね』
知らない。俺はこの男を知らない。それでも、胸の奥だけが「昔からこうだった」と妙に納得している。
カリオストロは手を叩いた。
『さて。時間も惜しい。あなた方がフェイト・レプリカントをまともに使えるようにするためにも、涼音が見ている記憶をあなたへ強制同期します』
「ちょっと待て。強制って――」
『そこの獣も異論はありませんね?』
フォウは沈黙した。
「沈黙を同意扱いするな!」
『念のため、保険を差し上げましょう』
投げ渡されたのは、妙に見覚えのない小さなお守りだった。表面には、どう見ても人を安心させる気のない顔が描かれている。
「……何これ」
『身代わりドーマンくんです』
「名前からして不安しかない!」
『脳の情報処理負荷を軽くするための非常用です。たぶん』
「最後の一言!」
抗議する暇もなかった。
カリオストロが指を鳴らす。
『それでは行ってらっしゃい。今度こそ、自分たちが何を忘れたのか――少しくらい思い出してきなさい』
足元が消えた。
「うおおおおおお!?」
俺の身体は、暗い穴の底へ落ちていく。その先で待っているのが、涼音の記憶なのか、それとも俺自身の記憶なのか。まだ、この時の俺には分からなかった。
第十四話 了