妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜   作:ガイコツ番付

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第三夜「私、綺麗?」④ 逃げ足じゃなくて

十一章 赤いコートの女王様

 

通行人が距離を取りながら、ざわざわしている。

通行人「やばくない?」

通行人「救急車呼んだ方がいい?」

通行人「警察も呼べって」

私は、けまりちゃんの後ろから顔だけ出した。

##「……アイツ」

##「何があったんだ?」

紅子さんは、赤いコートの裾を揺らして戻ってきた。

黒いマスクの奥の目が、まだ冷たい。

紅子「自分の言葉に、耐えられなかっただけよ」

##「……紅子さん」

##「めちゃくちゃサディストの女王様みたいですね」

紅子「……」

けまり「……」

紅子「あなた、今それを言う?」

##「すみません!」

##「でも怖いです!」

##「あと、すごく綺麗です!」

けまりちゃんが、一瞬すごい形相でこちらを見た。

紅子「本当に懲りないわね」

けまりちゃんの大きな手が、私の肩を少し強く押さえる。

けまり「まっすぐ、帰りますよ」

##「はい……」

紅子「けまり」

紅子「その男、明日も借りていい?」

##「えっ」

けまり「……だめです」

かちり。

けまりちゃんの後ろで、空気が小さく鳴った。

紅子さんの目が、ほんの少しだけ細くなる。

紅子「聞いただけよ」

けまり「だめです」

紅子さんは、少し楽しそうに目を細めた。

紅子「じゃあ、本人に聞くわ」

赤い視線が、私を捕まえる。

紅子「ねえ」

紅子「明日、もう一度会いに来る?」

##「……い、行きません」

紅子「嘘ね」

##「なんで!?」

紅子「分かりやすい男」

紅子さんは、黒いマスク越しに笑った。

紅子「じゃあ、明日」

紅子「もう一度、聞いてあげる」

##「何を……?」

紅子「決まってるでしょう」

紅子「私、綺麗?」

その声だけを残して、赤いコートは繁華街の奥へ消えていった。

 

十二章 白い服

 

私はしばらく固まっていた。

##「……けまりちゃん」

けまり「はい」

##「女王様系って」

##「現実にいるんだね……」

けまり「……馬鹿なこと言ってないで帰りますよ」

##「はい」

繁華街を抜けると、夜道は少しだけ静かになった。

けまりちゃんは、私の手を離さない。

##「ねー」

##「足、早かったでしょ?」

けまり「……はいはい」

けまり「すごかったですよー」

##「雑!」

けまり「本当にすごかったです」

けまり「でも、危ないです」

私は少し得意になって、マッチョポーズを取った。

##「多分ね」

##「大きいけまりちゃんでも、追いつけないよ俺には」

けまり「……あら」

けまりちゃんが、ゆっくり首を傾げた。

口元が、ほんの少しだけ笑う。

いつもの困った笑顔じゃない。

もっと静かで。

少しだけ、楽しそうで。

でも、たぶん、あまり見てはいけないものだった。

けまり「それは」

けまり「どうでしょうか?」

##「……え」

けまり「私も」

けまり「ヒトを本気で追いかけたことは、ありませんから」

夜道の街灯が、けまりちゃんの長い影を伸ばした。

##「今の、ちょっと怖くないですか?」

けまり「怖い女の人の話、好きなんですよね?」

##「あ、墓穴でした」

けまり「いつか」

けまり「試してみますか?」

##「試すって何を!?」

けまり「追いかけっこです」

##「怪談ごっこじゃん!」

けまり「……ごっこ、です」

一瞬だけ、間があった。

##「え、なんか今の間なに?」

けまり「なんでもありません」

##「絶対なんでもなくない!」

けまり「帰りますよ」

##「はい……」

その時の私は、まだ知らなかった。

この何気ない一言が、いつか本当に心臓を止めかける夜の予告だったことを。

 

十三章 今夜、もう一度

 

けまりちゃんの家に着くころには、私はすっかり汗だくだった。

##「いやー、今日はいい運動になりました」

けまり「怖くて綺麗な人に追いかけてもらうのは」

けまり「運動なんですか?」

##「……特殊な運動」

けまり「だめです」

玄関で靴を脱ぐと、けまりちゃんが後ろから私を見下ろしていた。

怒っている、というより、心配しすぎて少し拗ねている顔だった。

けまり「今日は、お風呂に入って」

けまり「ご飯を食べて」

けまり「すぐ寝ます」

##「はい……」

けまり「スマホも、見すぎちゃだめです」

##「え、なんで?」

その瞬間、スマホが震えた。

画面には、差出人不明。

でも、誰からなのかは、もう分かっていた。

『今日は、逃げ足だけは綺麗だったわ』

##「……」

けまり「……」

##「けまりちゃん」

けまり「そういう人です」

##「そういう人!?」

続けて、もう一件。

『明日、もう一度聞くわね』

『私、綺麗?』

私はスマホを見つめた。

怖い。

怖いのに。

心臓が、少しだけ跳ねた。

##「……連絡まで女王様口調だ」

けまり「寝ますよ」

##「はい」

けまりちゃんは、私のスマホをそっと伏せた。

けまり「今日は」

けまり「紅子さんのこと、考えすぎです」

##「そ、そんなことは」

けまり「あります」

##「あります……」

けまりちゃんは、私の前に膝をつくように身をかがめた。

大きな手が、私の頬を包む。

けまり「怖い女の人が好きなのは」

けまり「もう、知ってます」

##「はい……」

けまり「でも」

けまり「帰ってくる場所は、私のところです」

声が、いつもより近い。

優しい。

でも、少しだけ逃げられない。

##「けまりちゃん……」

けまり「今日は、少しだけ」

けまり「思い出してから寝てください」

##「な、何を」

けまり「私が」

けまり「あなたの彼女だってことです」

ベッドが、ぎし、と小さく鳴った。

##「嫉妬、でしょうか……?」

けまり「……少しだけです」

##「圧がすごい」

けまり「大きいので……」

けまり「今日は、優しくします」

少し間を置いて。

けまり「……たぶん」

##「たぶん!?」

その夜は、赤いコートのことを考える余裕がなくなるくらい、白くて大きな彼女の気配に、ゆっくり塗り替えられていった。

そして、翌朝。

私は、けまりちゃんのベッドの端で、布団にくるまっていた。

##「……朝だ」

けまり「朝です」

##「ぺしゃんこになってませんか?」

けまり「なってません」

##「少しだけ嫉妬、って言いましたよね?」

けまり「……少しだけです」

##「私の知ってる“少し”と違う気がしました」

けまりちゃんは、少し恥ずかしそうに目を逸らした。

けまり「紅子さんのこと、考えてる顔をしていたので」

##「……してたかも」

けまり「正直ですね」

けまりちゃんは、大きな手で私の髪をそっと撫でた。

けまり「そこは、好きです」

その時、スマホが震えた。

画面には、差出人不明。

『おはよう』

『昨日の答え』

『まだ聞いてないわ』

##「……」

けまり「……」

続けて、もう一通。

『今夜』

『私、綺麗?』

##「……けまりちゃん」

けまり「はい」

##「女王様って、朝から飛ばしますね」

けまり「返事しちゃだめです」

##「しません!」

朝食を食べ、身支度をして、お互いに出勤する。

玄関で、けまりちゃんが私のネクタイを直した。

けまり「いってらっしゃい」

##「いってきます」

少しだけ間があって。

けまり「……帰ってきてくださいね」

##「帰るよ。ここに」

けまりちゃんは、やっと少し笑った。

けまり「はい」

 

十四章 定時までは生きてる

 

外に出ると、朝の空気は少し冷たかった。

昨日の繁華街の赤いネオンが、まだ頭のどこかに残っている。

##「……仕事、できるかな」

スマホは見ない。

見ない。

見ない。

見た。

『今夜』

『私、綺麗?』

##「……」

親指が、勝手に動いた。

##「まずい」

##「これは、けまりちゃんに怒られる」

##「でも、未読無視は失礼だし」

##「社会人として」

私は震える指で返信した。

##「綺麗です」

送ってしまった。

すぐ既読がついた。

『早いわね』

##「ひい」

続けて、もう一通。

『怖い?』

私は駅前で立ち止まった。

##「……怖いです」

送信。

また、すぐ既読。

『じゃあ、今夜』

『逃げずに来なさい』

##「……いや、逃げずに来なさいって言われて逃げるわけにも……」

スマホがもう一度震えた。

けまり

「今、何かしましたか?」

##「……してません」

送信。

既読。

沈黙。

##「……朝から心臓に悪い」

会社に着くころには、私はすでに一仕事終えた顔をしていた。

##「おはようございます……」

間宮「おはよう。朝から疲れてんな」

##「人生って、返事ひとつで分岐するんだなって」

間宮「またクエストか?」

##「今回は選択肢ミスったかもしれないです」

昼休み。

私は社員食堂の隅で、スマホを伏せていた。

間宮「女王様のメッセージ見ないのか?」

##「見ません!」

その瞬間、スマホが震えた。

##「……」

間宮「耐えろよ」

##「耐えます」

スマホがもう一度震える。

##「……」

三原「耐えてください。本当に」

##「耐える!」

三度目。

##「無理!」

間宮「早い!」

画面には、差出人不明。

『今夜、繁華街の奥』

『昨日の路地の先』

『逃げ足じゃなくて』

『口で答えなさい』

##「……」

間宮「何て?」

##「口で答えなさい、って」

三原「先輩、マジで何してるんですか」

私はしばらく固まった。

怖い。

でも、指が勝手に震える。

##「……これは、会って直接答えた方が礼儀か?」

三原「絶対違います」

けまりちゃんからもメッセージ。

けまり

「お昼、食べましたか?」

「赤いコートの人のこと、考えてませんよね?」

私は両方の通知を見比べた。

間宮「お前、今、人生の分岐点にいる顔してる」

##「います」

三原「流石にそれはヤバいですって」

白石さんが、私の横に小さなパックのお茶を置いた。

白石「帰りなさい」

##「え」

白石「こういう時は、呼ばれた場所じゃなくて、帰る場所を選ぶの」

##「白石さん……」

間宮「お局さんの言うことって、たまに怪談より怖いよな」

白石「間宮くん」

間宮「はい」

##「これは……男として」

三原「性別を言い訳に使わないでください」

##「怖い女王様に呼ばれた動物として」

間宮「それが一番近いけど最悪だよ」

私は返信欄を開いた。

##

「今夜、行きます」

送信。

すぐ既読。

『いい子ね』

##「……褒められた」

三原「終わりっすよ」

その瞬間、けまりちゃんから通知。

けまり

「今、何をしましたか?」

##「……」

春日井「終わった顔してますね」

間宮「終わったな」

##「まだだ」

間宮「何が?」

##「まだ、定時までは生きてる」

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