妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜 作:ガイコツ番付
十一章 赤いコートの女王様
通行人が距離を取りながら、ざわざわしている。
通行人「やばくない?」
通行人「救急車呼んだ方がいい?」
通行人「警察も呼べって」
私は、けまりちゃんの後ろから顔だけ出した。
##「……アイツ」
##「何があったんだ?」
紅子さんは、赤いコートの裾を揺らして戻ってきた。
黒いマスクの奥の目が、まだ冷たい。
紅子「自分の言葉に、耐えられなかっただけよ」
##「……紅子さん」
##「めちゃくちゃサディストの女王様みたいですね」
紅子「……」
けまり「……」
紅子「あなた、今それを言う?」
##「すみません!」
##「でも怖いです!」
##「あと、すごく綺麗です!」
けまりちゃんが、一瞬すごい形相でこちらを見た。
紅子「本当に懲りないわね」
けまりちゃんの大きな手が、私の肩を少し強く押さえる。
けまり「まっすぐ、帰りますよ」
##「はい……」
紅子「けまり」
紅子「その男、明日も借りていい?」
##「えっ」
けまり「……だめです」
かちり。
けまりちゃんの後ろで、空気が小さく鳴った。
紅子さんの目が、ほんの少しだけ細くなる。
紅子「聞いただけよ」
けまり「だめです」
紅子さんは、少し楽しそうに目を細めた。
紅子「じゃあ、本人に聞くわ」
赤い視線が、私を捕まえる。
紅子「ねえ」
紅子「明日、もう一度会いに来る?」
##「……い、行きません」
紅子「嘘ね」
##「なんで!?」
紅子「分かりやすい男」
紅子さんは、黒いマスク越しに笑った。
紅子「じゃあ、明日」
紅子「もう一度、聞いてあげる」
##「何を……?」
紅子「決まってるでしょう」
紅子「私、綺麗?」
その声だけを残して、赤いコートは繁華街の奥へ消えていった。
十二章 白い服
私はしばらく固まっていた。
##「……けまりちゃん」
けまり「はい」
##「女王様系って」
##「現実にいるんだね……」
けまり「……馬鹿なこと言ってないで帰りますよ」
##「はい」
繁華街を抜けると、夜道は少しだけ静かになった。
けまりちゃんは、私の手を離さない。
##「ねー」
##「足、早かったでしょ?」
けまり「……はいはい」
けまり「すごかったですよー」
##「雑!」
けまり「本当にすごかったです」
けまり「でも、危ないです」
私は少し得意になって、マッチョポーズを取った。
##「多分ね」
##「大きいけまりちゃんでも、追いつけないよ俺には」
けまり「……あら」
けまりちゃんが、ゆっくり首を傾げた。
口元が、ほんの少しだけ笑う。
いつもの困った笑顔じゃない。
もっと静かで。
少しだけ、楽しそうで。
でも、たぶん、あまり見てはいけないものだった。
けまり「それは」
けまり「どうでしょうか?」
##「……え」
けまり「私も」
けまり「ヒトを本気で追いかけたことは、ありませんから」
夜道の街灯が、けまりちゃんの長い影を伸ばした。
##「今の、ちょっと怖くないですか?」
けまり「怖い女の人の話、好きなんですよね?」
##「あ、墓穴でした」
けまり「いつか」
けまり「試してみますか?」
##「試すって何を!?」
けまり「追いかけっこです」
##「怪談ごっこじゃん!」
けまり「……ごっこ、です」
一瞬だけ、間があった。
##「え、なんか今の間なに?」
けまり「なんでもありません」
##「絶対なんでもなくない!」
けまり「帰りますよ」
##「はい……」
その時の私は、まだ知らなかった。
この何気ない一言が、いつか本当に心臓を止めかける夜の予告だったことを。
十三章 今夜、もう一度
けまりちゃんの家に着くころには、私はすっかり汗だくだった。
##「いやー、今日はいい運動になりました」
けまり「怖くて綺麗な人に追いかけてもらうのは」
けまり「運動なんですか?」
##「……特殊な運動」
けまり「だめです」
玄関で靴を脱ぐと、けまりちゃんが後ろから私を見下ろしていた。
怒っている、というより、心配しすぎて少し拗ねている顔だった。
けまり「今日は、お風呂に入って」
けまり「ご飯を食べて」
けまり「すぐ寝ます」
##「はい……」
けまり「スマホも、見すぎちゃだめです」
##「え、なんで?」
その瞬間、スマホが震えた。
画面には、差出人不明。
でも、誰からなのかは、もう分かっていた。
『今日は、逃げ足だけは綺麗だったわ』
##「……」
けまり「……」
##「けまりちゃん」
けまり「そういう人です」
##「そういう人!?」
続けて、もう一件。
『明日、もう一度聞くわね』
『私、綺麗?』
私はスマホを見つめた。
怖い。
怖いのに。
心臓が、少しだけ跳ねた。
##「……連絡まで女王様口調だ」
けまり「寝ますよ」
##「はい」
けまりちゃんは、私のスマホをそっと伏せた。
けまり「今日は」
けまり「紅子さんのこと、考えすぎです」
##「そ、そんなことは」
けまり「あります」
##「あります……」
けまりちゃんは、私の前に膝をつくように身をかがめた。
大きな手が、私の頬を包む。
けまり「怖い女の人が好きなのは」
けまり「もう、知ってます」
##「はい……」
けまり「でも」
けまり「帰ってくる場所は、私のところです」
声が、いつもより近い。
優しい。
でも、少しだけ逃げられない。
##「けまりちゃん……」
けまり「今日は、少しだけ」
けまり「思い出してから寝てください」
##「な、何を」
けまり「私が」
けまり「あなたの彼女だってことです」
ベッドが、ぎし、と小さく鳴った。
##「嫉妬、でしょうか……?」
けまり「……少しだけです」
##「圧がすごい」
けまり「大きいので……」
けまり「今日は、優しくします」
少し間を置いて。
けまり「……たぶん」
##「たぶん!?」
その夜は、赤いコートのことを考える余裕がなくなるくらい、白くて大きな彼女の気配に、ゆっくり塗り替えられていった。
そして、翌朝。
私は、けまりちゃんのベッドの端で、布団にくるまっていた。
##「……朝だ」
けまり「朝です」
##「ぺしゃんこになってませんか?」
けまり「なってません」
##「少しだけ嫉妬、って言いましたよね?」
けまり「……少しだけです」
##「私の知ってる“少し”と違う気がしました」
けまりちゃんは、少し恥ずかしそうに目を逸らした。
けまり「紅子さんのこと、考えてる顔をしていたので」
##「……してたかも」
けまり「正直ですね」
けまりちゃんは、大きな手で私の髪をそっと撫でた。
けまり「そこは、好きです」
その時、スマホが震えた。
画面には、差出人不明。
『おはよう』
『昨日の答え』
『まだ聞いてないわ』
##「……」
けまり「……」
続けて、もう一通。
『今夜』
『私、綺麗?』
##「……けまりちゃん」
けまり「はい」
##「女王様って、朝から飛ばしますね」
けまり「返事しちゃだめです」
##「しません!」
朝食を食べ、身支度をして、お互いに出勤する。
玄関で、けまりちゃんが私のネクタイを直した。
けまり「いってらっしゃい」
##「いってきます」
少しだけ間があって。
けまり「……帰ってきてくださいね」
##「帰るよ。ここに」
けまりちゃんは、やっと少し笑った。
けまり「はい」
十四章 定時までは生きてる
外に出ると、朝の空気は少し冷たかった。
昨日の繁華街の赤いネオンが、まだ頭のどこかに残っている。
##「……仕事、できるかな」
スマホは見ない。
見ない。
見ない。
見た。
『今夜』
『私、綺麗?』
##「……」
親指が、勝手に動いた。
##「まずい」
##「これは、けまりちゃんに怒られる」
##「でも、未読無視は失礼だし」
##「社会人として」
私は震える指で返信した。
##「綺麗です」
送ってしまった。
すぐ既読がついた。
『早いわね』
##「ひい」
続けて、もう一通。
『怖い?』
私は駅前で立ち止まった。
##「……怖いです」
送信。
また、すぐ既読。
『じゃあ、今夜』
『逃げずに来なさい』
##「……いや、逃げずに来なさいって言われて逃げるわけにも……」
スマホがもう一度震えた。
けまり
「今、何かしましたか?」
##「……してません」
送信。
既読。
沈黙。
##「……朝から心臓に悪い」
会社に着くころには、私はすでに一仕事終えた顔をしていた。
##「おはようございます……」
間宮「おはよう。朝から疲れてんな」
##「人生って、返事ひとつで分岐するんだなって」
間宮「またクエストか?」
##「今回は選択肢ミスったかもしれないです」
昼休み。
私は社員食堂の隅で、スマホを伏せていた。
間宮「女王様のメッセージ見ないのか?」
##「見ません!」
その瞬間、スマホが震えた。
##「……」
間宮「耐えろよ」
##「耐えます」
スマホがもう一度震える。
##「……」
三原「耐えてください。本当に」
##「耐える!」
三度目。
##「無理!」
間宮「早い!」
画面には、差出人不明。
『今夜、繁華街の奥』
『昨日の路地の先』
『逃げ足じゃなくて』
『口で答えなさい』
##「……」
間宮「何て?」
##「口で答えなさい、って」
三原「先輩、マジで何してるんですか」
私はしばらく固まった。
怖い。
でも、指が勝手に震える。
##「……これは、会って直接答えた方が礼儀か?」
三原「絶対違います」
けまりちゃんからもメッセージ。
けまり
「お昼、食べましたか?」
「赤いコートの人のこと、考えてませんよね?」
私は両方の通知を見比べた。
間宮「お前、今、人生の分岐点にいる顔してる」
##「います」
三原「流石にそれはヤバいですって」
白石さんが、私の横に小さなパックのお茶を置いた。
白石「帰りなさい」
##「え」
白石「こういう時は、呼ばれた場所じゃなくて、帰る場所を選ぶの」
##「白石さん……」
間宮「お局さんの言うことって、たまに怪談より怖いよな」
白石「間宮くん」
間宮「はい」
##「これは……男として」
三原「性別を言い訳に使わないでください」
##「怖い女王様に呼ばれた動物として」
間宮「それが一番近いけど最悪だよ」
私は返信欄を開いた。
##
「今夜、行きます」
送信。
すぐ既読。
『いい子ね』
##「……褒められた」
三原「終わりっすよ」
その瞬間、けまりちゃんから通知。
けまり
「今、何をしましたか?」
##「……」
春日井「終わった顔してますね」
間宮「終わったな」
##「まだだ」
間宮「何が?」
##「まだ、定時までは生きてる」