妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜 作:ガイコツ番付
十五章 昨日の路地
定時。
私はゆっくり立ち上がった。
間宮「帰れ」
##「はい、行ってきます」
間宮「だから帰れ」
##「呼ばれたので」
間宮「最悪の方向にまっすぐだな」
##「自分、不器用ですから」
スマホが震えた。
けまり
「お仕事、終わりましたか」
私は少しだけ指を止めた。
##
「少しだけ遅くなります」
嘘は、ついてないよな。
私はスマホをしまった。
もう、足は繁華街へ向いていた。
十六章 口で答えなさい
夕方の空は、赤い。
まるで繁華街のネオンが、先に空まで染み出しているみたいだった。
そして私は、また繁華街へ向かった。
二日連続。
普段ならあまり近づかない場所。
なのに今日は、昨日より足取りが軽い。
##「……いや、軽いな」
##「まずいな」
##「怖い女王様に呼ばれて嬉しくなってるな」
ネオンが近づく。
客引きの声。
酒の匂い。
細い路地。
昨日、あの男が壊れた場所の近く。
私は喉を鳴らした。
##「……怖い」
##「でも、来ちゃった」
その時、背後から声。
紅子「正直ね」
##「ひゃいっ」
振り向くと、赤いコート。
黒いマスク。
昨日と同じ目が、私を見ていた。
紅子「逃げずに来たのね」
##「逃げ足には自信ありますけど」
##「今日は、逃げずに来ました」
紅子「そう」
紅子さんは、少しだけ目を細める。
紅子「じゃあ、答えなさい」
一歩、近づく。
紅子「私、綺麗?」
私は息を止めた。
昨日より近い。
昨日より怖い。
でも、昨日より目が離せなかった。
##「き、きれいですうううう」
紅子「……キモいわ」
##「すみません!」
紅子「もっと落ち着いて言えないの?」
##「綺麗です……」
紅子「震えてる」
##「怖いので……」
紅子「でも、目は逸らさないのね」
##「逸らしたくないので……」
紅子さんが、ゆっくり近づく。
赤いコートの裾が、ネオンの光を吸っている。
紅子「嘘はない」
紅子「下心はある」
##「ひい」
紅子「でも、悪意はない」
##「そ、それはありません!」
紅子「知ってるわ」
紅子さんは、ほんの少しだけ笑った。
紅子「あなたみたいなの、初めて」
##「褒められてます?」
紅子「気味悪がってる」
##「ですよね!」
紅子「でも」
紅子「退屈はしない」
彼女の指が、私のネクタイに触れた。
紅子「じゃあ、次の質問」
##「は、はい」
紅子「私が怖い?」
##「怖いです」
紅子「怖いのに、来たの?」
##「来ました」
紅子「どうして?」
##「……怖いのに、綺麗だったからです」
紅子「……正直でよろしい」
##「あ、ヤバいぃ」
紅子「何が?」
##「今、ちょっと、戻れない扉が開いた音がしました」
紅子「大げさね」
##「でも本当にヤバいです」
紅子「何がヤバいの」
紅子さんの指が、ネクタイを軽く引く。
逃げられない。
##「怖いです」
紅子「うん」
##「綺麗です」
紅子「うん」
##「あと、なんか」
##「めちゃくちゃ性癖に悪いです」
紅子「……最低な褒め方」
##「すみません!」
紅子「でも、嘘じゃない」
##「嘘じゃないです……」
紅子さんは、少し楽しそうに目を細めた。
紅子「じゃあ」
紅子「少し、ご褒美あげる」
##「あ、あ、あーーー……」
紅子「逃げる?」
##「……逃げません」
紅子「けまりに怒られるわよ」
##「怒られます……」
紅子「それでも?」
##「……はい」
紅子「正直でよろしい」
十七章 部屋
赤いコートの裾が、夜の路地で揺れた。
紅子「来なさい」
紅子「今日は、逃げ足じゃなくて」
紅子「本音を見せてもらうわ」
案内されたのは、繁華街の奥にある小さなバーの個室だった。
赤い照明。
黒いソファ。
壁には飾り物みたいに、細い鞭と、古びた燭台。
本物なのか、店の雰囲気作りなのか分からない。
##「……あの」
##「ここ、ジャンル強くないですか?」
紅子「好きなんでしょう?」
##「怖いです」
紅子「でも、目が逃げてない」
##「逃げたいけど、見たいです……」
紅子「正直ね」
紅子さんは、コートを脱がないまま、私の前に立った。
紅子「跪いて」
##「えっ」
私はぎこちなく膝をついた。
##「あ、あの、これ」
##「俺、大丈夫なやつですか?」
紅子「あなた次第ね」
紅子さんは、壁に掛けられた鞭を指先で撫でた。
紅子「これ、飾りだと思う?」
##「思いたいです」
紅子「残念」
細い鞭が壁から外される。
軽く振られただけなのに、空気が鋭く鳴った。
##「本物だあああ!」
紅子「鞭、好き?」
##「こ、怖いです!」
紅子「質問に答えなさい」
##「た、多分、好きです!」
紅子「蝋燭は?」
##「それも怖いです!」
紅子「好きか、嫌いか」
##「怖い女の人が持ってるなら、好きかもしれません!」
紅子「本当に、性癖に素直な男ね」
黒いマスクの奥で、紅子さんの目が細くなる。
紅子「では、もう一つ」
鞭の先が、私の顎をそっと持ち上げた。
紅子「怖い女に、上から見下ろされるのは?」
##「好きです……」
紅子「逃げられないようにされるのは?」
##「好きです……!」
紅子「椅子にされるのは?」
##「えっ」
紅子「口で答えなさい」
##「そ、それはまだ、質問の意味が――」
紅子「横になって」
##「展開が早いです!」
促されるまま、私は黒いソファに背中をつけた。
赤い照明の下、紅子さんが私を見下ろしている。
赤いコートを脱がないまま、彼女は私の頭の両側に膝をついた。
##「あの」
紅子「なに?」
##「距離が近いです」
紅子「怖い?」
##「怖いです!」
紅子「嫌?」
##「……嫌じゃないです!」
紅子「正直でよろしい」
赤いコートの裾が、私の頬の両側へ落ちた。
視界が、赤と黒に包まれる。
そして、紅子さんの身体がゆっくりと下りてきた。
##「えっ、待って、これ――」
次の瞬間。
私の視界が、完全に塞がった。
##「むぐっ!?」
紅子「静かに」
##「顔が!」
##「大変でずーーー!」
紅子「まだ喋れるの?」
乾いた音が鳴った。
鞭の先が、シャツ越しに私の胸元を軽く弾く。
##「鞭まで来たあああ!」
##「情報量が多すぎますーーー!」
紅子「では、一つだけ覚えなさい」
もう一度、鞭が鳴る。
紅子「今、あなたの上にいるのは誰?」
##「紅子さんですーーー!」
紅子「違う」
鞭の影が、赤い壁を走った。
##「紅子さまですーーー!」
紅子「聞こえない」
##「紅子さまああああ!」
紅子「よくできました」
上から降ってくる声が、ひどく楽しそうに笑った。
紅子「今夜は、何度でも正直に答えさせてあげる」
紅子「私の名前しか、言えなくなるまでね」
##「あ、あ、あーーー!」
##「ご褒美の圧が強すぎますーーー!」
紅子「うるさい豚さん」
##「ぶ、ぶひーーーーーー!」
乾いた鞭の音。
赤い照明。
黒いマスクの女王様。
そして、何度叫んでも塞がれてしまう私の声。
夜はそのまま、赤と黒の向こうへ消えた。
十八章 おはよう、豚さん
翌朝。
私は、赤い天井を見上げていた。
##「……ぶひい」
横から、艶のある声。
紅子「あら、人間やめたのね」
##「紅子さま……」
言ってから、私は固まった。
##「あっ」
紅子「……ふふ」
紅子さんは、いつの間にか黒いマスクをつけ直していた。
その奥で、愉快そうに目を細める。
紅子「ほら」
紅子「呼ばずにいられなくなった」
紅子「おはよう、豚さん」
##「その呼び方、朝に聞くと破壊力すごいですね……」
紅子「嫌?」
##「……嫌じゃないです」
紅子「正直でよろしい」
昨日の記憶は、赤い照明と、乾いた鞭の音と、上から降ってくる紅子さまの声と、何度も赤と黒に塞がれた視界でできている。
##「俺、昨日……失礼なこと言ってませんでした?」
紅子「たくさん」
##「ひい」
紅子「でも、嘘は少なかったわ」
十九章 正直に帰りなさい
その時、スマホが震えた。
画面には、差出人不明。
ではなかった。
けまりちゃんだ。
血の気が引いた。
『おはようございます』
『帰ってきてません』
『どこですか?』
##「……終わった」
紅子「始まった、の間違いじゃない?」
##「紅子さま、朝から煽らないでください!」
紅子「もう自然に呼んでるわね」
##「あっ」
私は慌てて起き上がった。
##「で、出ます!」
紅子「逃げるの?」
##「社会的に死ぬ前に帰ります!」
紅子「けまりに怒られるのは、もう確定でしょう」
##「確定演出やめてください!」
けまり
『どこですか?』
『紅子さんといますか?』
『返事してください』
##「……」
##「紅子さま」
紅子「なに」
##「俺、今から帰ったらどうなりますか」
紅子「知らないわ」
紅子「でも」
紅子さんは赤いコートを羽織り、黒いマスクの奥で目を細めた。
紅子「嘘をついたら、もっと悪くなるでしょうね」
##「ですよね!」
紅子「正直に言いなさい」
紅子「あなた、そこだけは綺麗なんだから」
##「……それ、褒めてます?」
紅子「少しだけ」
私は靴を履き、ドアの前で振り返った。
##「あの」
紅子「なに」
##「昨日は……ありがとうございました」
紅子「礼を言うの?」
##「怖かったけど」
##「楽しかったです」
紅子「……本当に変な男」
紅子さんは小さく笑った。
少しだけ楽しそうだった。
紅子「行きなさい」
紅子「そして怒られてきなさい、豚さん」
##「あ、朝からその呼び方ーーー!」
私は部屋を飛び出した。
朝の空気は冷たかった。
でも、それより冷たいものが、きっと家で待っている。
##「……今度こそ、本当に命が危ないかも」
私は走った。
逃げるためじゃない。
帰るために。