妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜 作:ガイコツ番付
二十章 正直に帰ろう
私は朝の繁華街を走りながら、けまりちゃんに返信した。
##
『ごめんなさい』
『紅子さんといました』
『今から帰ります』
送信。
既読。
返事はない。
##「……これ、人生で一番怖い既読だ」
しばらくして、スマホが震えた。
けまり
『帰ってきてください』
『話があります』
##「……はい」
朝の繁華街は、昨夜の赤い光が嘘みたいに薄かった。
それでも耳元には、紅子さんの声が残っている。
『嘘をついたら、分かるわよ』
##「……正直に帰ろう」
怒られるのは怖い。
けれど、逃げてはいけない。
私はけまりちゃんの家へ急いだ。
二十一章 帰ってくる場所
けまりちゃんの家の玄関前。
私は、鍵を開ける前に深呼吸した。
がちゃり。
リビングの明かりはついていた。
けまりちゃんが、座って待っている。
大きい。
静か。
怖い。
##「……ただいま」
けまり「おかえりなさい」
声は優しい。
でも、目は笑っていなかった。
怒っている。
それは分かる。
けれど、その奥にあるのは怒りだけではなかった。
また帰ってこなかった。
また、自分の知らない女性のところへ行った。
知らない匂いをつけて戻ってきた。
それが彼女には、ただの浮気よりも怖いのかもしれない。
##「……ごめんなさい」
けまり「紅子さんと、いましたか」
##「いました」
けまり「大人なことを、しましたか」
##「……しました」
けまり「かなり?」
##「……激しめ、かも」
けまりちゃんは目を伏せた。
けまり「そうですか」
沈黙。
私は床を見た。
##「でも、嘘はつきません」
##「紅子さまにも、そう言われて――」
けまり「……紅子さま?」
##「あっ」
空気が、ぴしりと固まった。
##「あ、いや、違うんです!」
##「違わないけど、違うというか!」
##「言わずにいられなくされたというか!」
けまり「……」
けまりちゃんが、ゆっくり立ち上がる。
##「ひい」
けまり「あなたが帰ってくる場所は、どこですか」
##「ここです」
けまり「誰のところですか」
##「けまりちゃんのところです」
けまり「……本当に?」
##「本当です」
けまりちゃんは近づき、大きな手で私の頬に触れた。
けまり「そこを分かっているのは、えらいです」
##「は、はい……」
けまり「それから」
##「はい」
けまり「帰らない時は、ちゃんと連絡してください」
けまり「待っているのは、怖いです」
##「……ごめんなさい」
##「次は、ちゃんと言います」
けまり「でも」
けまり「その呼び方は、少しだめです」
##「紅子さま?」
けまり「……」
##「あっ、また言った」
けまり「もう一回、言いましたね」
##「ご、ごめんなさい!」
けまり「染まるの、早すぎます」
##「染まったつもりは……」
けまり「ありますね?」
##「あります……」
けまりちゃんは私の頬を包んだまま、顔を近づけた。
けまり「紅子さんは怖くて」
けまり「綺麗で」
けまり「本音を聞き出すのが上手です」
##「……はい」
けまり「でも」
けまり「あなたが帰ってきた時に、最初に呼ぶ名前は」
けまり「私の名前がいいです」
胸が痛くなるほど、静かな声だった。
##「……けまりちゃん」
けまり「はい」
##「ただいま」
けまりちゃんの目が、少しだけ揺れた。
けまり「……おかえりなさい」
大きな腕が、私をゆっくり包む。
怒っている。
嫉妬もしている。
でも、それ以上に寂しかったのだと分かる抱き方だった。
そのまま私は軽々と抱え上げられ、けまりちゃんの膝の上に収められた。
##「うわ、軽々!」
けまり「力持ちなので……」
##「その理屈、怖いです!」
けまり「紅子さんの名前は、しばらく禁止です」
##「はい」
けまり「呼ぶなら」
けまり「私の名前にしてください」
##「けまりちゃん」
けまり「はい」
けまりちゃんは、ようやく少し笑った。
ただし、腕の力は緩まない。
けまり「……血みたいな、赤い匂いがします」
##「血の匂い!?」
けまり「いえ、紅子さんの匂いです」
##「香水かな……」
けまり「……少し、嫌です」
あまりにも素直な声で、私は何も言えなくなった。
けまり「でも」
けまり「あなたがちゃんと帰ってきたので」
けまり「怒りすぎません」
##「けまりちゃん……」
けまり「ただ」
大きな手が、私の背中に回る。
けまり「今日は、少しだけ」
けまり「私の匂いに戻します」
##「あ、あの」
けまりちゃんは私をソファへ押し倒した。
そのまま、私の顔の両側へ大きな膝をつく。
##「えっ」
見上げると、けまりちゃんが私の上で静かに微笑んでいた。
##「この構図、昨日も見た気がします!」
けまり「昨日のは、紅子さんです」
けまり「今は、私です」
白い服の裾が落ちてきて、私の視界を包み込む。
直後、巨大な身体の重みが、ゆっくりと私の顔へ預けられた。
##「むぐっ!?」
頬が両側から押し潰され、私の顔が自分でも分かるほど、むにっと横へ広がる。
ソファの奥から、ミシ、ミシ、と嫌な音がした。
##「いまミシミシいってるの、ソファですよね!?」
##「私の頭蓋骨じゃないですよねーーー!?」
けまり「大丈夫です」
##「何がですかーーー!?」
けまり「壊れないくらいにしています」
##「壊れる基準で体重かけてるーーー!」
けまり「でも、まだ紅子さんの匂いがします」
さらに少しだけ、重みが増した。
##「増えたーーー!」
##「顔の形ごと上書きされますーーー!」
紅子さんの残り香が、けまりちゃんの甘い匂いに塗り替えられていく。
けまり「では、帰ってきた時に呼ぶ名前は?」
##「けまりちゃーーーん!」
けまり「はい」
けまり「おかえりなさい」
大きな白い身体に包まれたまま、私はなすがままになっていた。
その朝は、会社へ行くまでの時間が少しだけ長くなった。
少しだけだめで。
少しだけ甘くて。
かなり、逃げられなかった。
二十二章 冷たい女
数十分後。
##「遅刻するーーー!」
けまり「走れば間に合います」
##「俺の走力をこういう時に使うの!?」
けまり「得意なんですよね?」
##「さっきまで離してくれなかった人が言うセリフじゃないです!」
けまりちゃんは玄関で、乱れた私のネクタイを直した。
けまり「いってらっしゃい」
##「いってきます!」
けまり「今日は」
けまり「どんな怖い人がいても」
けまり「近づいちゃだめです」
##「はい!」
私は駅まで全力で走った。
##「はっ、はっ、はっ……!」
##「趣味で鍛えた足が、出勤で活きる……!」
改札を抜けた瞬間、スマホが震えた。
差出人不明。
『おはよう、豚さん』
##「朝から強い!」
続けて、もう一通。
『逃げ足だけは、本当に綺麗ね』
##「褒められてる……?」
さらに、もう一通。
『でも、冷たい女には気をつけなさい』
##「冷たい女?」
『市立図書館の奥』
『閉館後に、吐く息が白くなる場所』
『白い髪の女を見ても』
『あまり熱っぽい顔をしないことね』
##「……」
##「図書館?」
##「冷房壊れてんのかな……」
スマホがまた震える。
けまり
『電車、間に合いましたか?』
##
『間に合いました』
けまり
『紅子さんから連絡、来てませんよね?』
##「……」
##
『来てません』
送信。
既読。
長い沈黙。
続いて、差出人不明の通知。
『嘘、下手ね』
##「ぐ、ぐさり……!」
ホームに電車が滑り込んできた。
その時、柱の反対側から男たちの話し声が聞こえた。
一人は、大きなカメラバッグを肩にかけている。
カメラマンらしき男「今度の撮影、市立図書館なんだよ」
知人「閉館後の奥はやめとけ」
カメラマンらしき男「白い髪の女の噂?」
知人「約束を破ると、帰れないらしい」
##「……」
##「この街は、私の性癖に悪すぎるぜ」
ホームへ滑り込んできた電車の窓に、一瞬だけ。
白い髪の女が、静かに本を閉じる姿が映った。
振り返っても、誰もいない。
冬でもないのに。 私の吐く息だけが、白かった。