妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜   作:ガイコツ番付

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第一夜「大きな女」② 白い傘の女

四章 白い傘の女

 

昼前に見えた白いものは、結局それきりだった。

気のせいだった。

そう思うことにした。

というより、そう思わないと仕事にならなかった。

白い傘。

雨の日にだけ現れる女。

話すと帰り道を忘れるという噂。

そんなものを昼から考えていたら、社会人としてかなり終わっている。

そして夕方。

定時を少し過ぎた頃、スマホが震えた。

けまり

『お仕事……終わりましたか?』

続けて、もう一通。

けまり

『外、雨です』

『傘、ありますか……?』

窓の外を見ると、昼にはまだ明るかった街が、いつの間にか細い雨に沈んでいた。

##「傘ない……けまりちゃん迎えに来てくれる?」

少し間が空いた。

けまり

『……はい』

『迎えに行きます』

『でも……知らない白い傘の人には、ついていかないでくださいね』

冗談のはずなのに、文面は少しだけ硬かった。

##「……なんで会社の噂とリンクするんだよ」

間宮「ん? 何か言ったか?」

##「いや、何でもないです」

間宮「帰り、気をつけろよ。白い傘の女に連れていかれんなよ」

##「フラグみたいに言わないでください」

間宮「止めたからな。俺は一応止めた」

白石「寄り道しないで帰りなさいよ。最近、物騒なんだから」

佐伯「そうだぞ。強盗殺人のニュースもある。会社員は無事に出社して、無事に帰宅するまでが仕事だ」

三原「先輩、本当に変なところ行かないでくださいね」

春日井「白い傘、見ても動画撮りに行っちゃだめですよ」

##「私は何だと思われてるんですか」

間宮「オカルトマニア」

##「否定しづらい」

私は鞄を持って、会社を出た。

細い雨だった。

傘を差すほどではない、と言いたくなる程度の雨。

けれど、街灯をにじませて、歩道を薄く濡らすには十分な雨。

##「……けまりちゃん、迎えに来るって言ってたし」

会社の前で待てばいい。

そう思いながら、私は少しだけ歩いた。

駅へ向かう道ではない。

ただ、雨を避けられる歩道橋の下まで。

##「……これは寄り道ではない」

自分に言い聞かせる。

そのはずだった。

人通りの少ない歩道橋の下。

白い傘を差した、背の高い女が立っていた。

##「……」

思わず、足が止まった。

白い傘。

その下にいる女は、細く、静かで、雨の中に溶けるような雰囲気をまとっていた。

長い黒髪は、雨に濡れているわけでもないのに、しっとりと重く見える。

肌は白く、輪郭はやわらかい。

けれど、目元だけが妙に寂しそうで、こちらを見ているのか、もっと遠くの雨を見ているのか分からなかった。

けまりちゃんとは見た目も違う。

それなのに、どこか似ている。

怖いけれど、優しそうで。

優しそうなのに、近づいてはいけない感じがある。

私の性癖を刺激する、怪異的な気配だった。

ふと、足元を見た。

街灯は確かにある。

私の影は、濡れた歩道に薄く伸びている。

けれど、白い傘の下だけは妙に白かった。

影がない。

雨に洗われたみたいに、そこだけが薄く浮いていた。

##「けまりちゃん……じゃないよね……?」

白い傘の女は、きょとんと瞬きをした。

雨音だけが、急に近くなる。

白い傘の女「けまり……ちゃん?」

女は、少しだけ笑った。

白い傘の女「ふふ。違います」

白傘ましろ「私は、白傘ましろです」

白傘ましろ「雨の日にだけ、少し親切な女です」

##「……親切?」

白い傘が、ほんの少し傾く。

白傘ましろ「傘に入れてあげます」

白傘ましろ「帰り道も、教えてあげます」

白傘ましろ「……忘れてしまっても、大丈夫です」

その言い方に、背筋が少し冷えた。

スマホが震える。

けまり

『返事してください』

『その人と、話してますか?』

『……白い傘ですか?』

読まなければいけない。

そう思うのに、目はましろさんから離れなかった。

白傘ましろ「けまりさんのこと、知ってるんですね」

白傘ましろ「ふふ……あの人に、恋人」

白傘ましろ「本当だったんだ」

##「けまりちゃんの、知り合い?」

白傘ましろ「はい。少しだけ」

白傘ましろ「怖いけど、優しい大きい人」

白い傘の下で、ましろさんの目が少し細くなる。

白傘ましろ「……あなたも、怖い人が好きなんですか?」

その声が、雨に混じって近づいた。

一歩も動いていないはずなのに、白い傘の下が、すぐ近くにある気がした。

白傘ましろ「雨の日に立ってる女から、目を離せないなんて」

白傘ましろ「だめですよ」

雨音が、ざあ、と濃くなる。

白傘ましろ「帰れなくなります」

それでも、私は白い傘の下に入ってしまった。

白い傘の内側には、骨が妙に多かった。

一本、二本、三本。

数えているうちに、雨音が遠くなる。

四本目を数えたあたりで、自分が何本まで数えたのか分からなくなった。

肩が近い。

けまりちゃんとは違う、細くて冷たい気配。

けれど、雨の匂いごと包まれるようで、妙に心地よかった。

白傘ましろ「濡れちゃいましたね」

白傘ましろ「けまりさんに怒られますよ?」

##「……怒るかな」

白傘ましろ「怒ります」

白傘ましろ「でも、たぶん……泣きそうな顔で」

スマホがまた震えた。

けまり

『お願いです』

『傘に入らないでください』

『今すぐ、私の名前を呼んでください』

『私が行きます』

読んだ瞬間、胸がざわついた。

なのに、ましろさんの傘の下では、雨音があまりにも優しかった。

白傘ましろ「……読まない方がいいですよ」

白傘ましろ「帰り道を思い出してしまいますから」

ふと気づく。

さっきまでいた歩道橋が、もう見えない。

駅前へ向かっていたはずなのに、目の前には知らない細い路地が続いていた。

古い塀。

濡れた電柱。

閉じたシャッター。

見覚えのない細い道。

雨の中で、街の形が少しだけ変わっていた。

##「……あれ?」

白傘ましろ「どうしました?」

##「ここ、さっきの道でしたっけ」

白傘ましろ「雨の日は、道を間違えやすいですから」

ましろさんは、静かに笑った。

その笑い方が、優しいのに怖かった。

スマホを見る。

地図アプリを開いたつもりはなかった。

なのに、画面には勝手に現在地が表示されている。

青い点だけが、道路のない白い余白に浮かんでいた。

駅も。

会社も。

私の部屋も。

全部、地図の外に押し出されたみたいだった。

##「そ、その、さ」

##「君といたら、帰れなくなったりしない?」

白傘ましろは、少しだけ目を丸くした。

それから、傘の下でくすっと笑った。

白傘ましろ「帰れなくなる……?」

白傘ましろ「ふふ。そういう風に見えましたか?」

白傘ましろ「怖がってるのに、逃げない人は珍しいです」

白傘ましろ「けまりさんが好きになるの、少し分かります」

その言葉に、頭の奥がぐらついた。

けまりちゃん。

私の初めてを受け止めてくれた、愛しい人。

でも、私は思ったよりスケベなのかもしれない。

心の声が、気づかぬうちに口から漏れた。

##「けまりちゃん、どうしよう……」

その名前を口にした瞬間、雨音が一拍だけ途切れた。

白傘ましろ「……あ」

ましろさんの白い傘が、かすかに揺れる。

白傘ましろ「呼んじゃいましたね」

遠くで、重い足音がした。

けまり「……見つけました」

路地の向こう。

雨の中で、けまりちゃんが立っていた。

長い髪を濡らして、息を切らして。

白い服の裾が、雨に濡れて重くなっている。

それでも、彼女はまっすぐこちらを見ていた。

けまり「そこから……離れてください」

けまり「私の恋人です」

私は慌てた。

##「け、けまりちゃん!! こ、これは違くて……と、友達なんだってねこの人! 何もしてないよ!」

必要以上にべらべら言い訳している。

完全にラブコメの主人公だった。

けまり「……まだ、何も聞いてないです」

白傘ましろ「ふふ」

白傘ましろ「すごく喋りますね」

白傘ましろ「やましいこと、あるんですか?」

##「な、ないです!」

けまり「……本当ですか」

声は優しい。

でも、少しだけ低かった。

けまり「私を無視して、知らない女の人の傘に入るのは……だめです」

けまり「私、心配しました」

少しだけ間を置いて。

けまり「……ちょっと、妬きました」

白傘ましろ「雨、強かったですから」

白傘ましろ「私は親切にしただけですよ?」

けまり「……親切で、道をなくすのはだめです」

その言葉のあと。

細い路地が、急に普通の距離に戻った気がした。

駅前の明かりも、会社のビルも、人の気配も。

帰り道が、戻ってきた。

地図アプリの青い点も、いつの間にか道路の上に戻っている。

けまり「帰ります」

けまり「……一緒に」

それから、私を見下ろして小さく言った。

けまり「言い訳は、帰り道で聞きます」

 

五章 彼女だから

 

帰り道。

私は、正直に話した。

##「けまりちゃん、ごめん……正直俺はちょっとスケベかもしれません」

雨は少し弱くなっていた。

##「あんまり今まで女性に興奮したことないんだけど……けまりちゃんとか白傘さんになぜか惹かれている……かもしれません」

言ってから、自分でもだいぶ最低だと思った。

初めての彼女に。

付き合い始めた翌日に。

知らない白い傘の女に惹かれました、と報告している。

社会性が死んでいる。

##「でも! ほんとにけまりちゃんが一番です!」

##「いや、モテるタイプでもないし何を自意識過剰にって感じでしょうけど」

けまりちゃんは、しばらく黙って歩いた。

大きな手は、私の袖をつかんだままだった。

けまり「……知ってます」

##「え」

けまり「あなたが、そういう人だって……少し、知ってます」

その声は、責めてはいなかった。

でも、少し拗ねていた。

けまり「怖いものとか……大きい人とか……不思議な人に、弱いんですよね」

##「……はい」

否定できなかった。

けまり「でも」

けまり「私は、あなたの彼女です」

胸の奥が、少し痛くなった。

大きな手が、私の頭をゆっくり撫でる。

けまり「だから……好きなら」

けまり「怖いところだけじゃなくて」

けまり「寂しいところも、面倒くさいところも、ちゃんと見てください」

私は、何も言えなくなった。

怖い女。

大きい女。

怪談みたいな女。

そういう言葉の奥にいる、高代けまり。

怖がられることを嫌って。

大きな体を小さく見せようとして。

それでも、私の前では少しだけ甘えてくれる人。

##「ほ、褒めるところはたくさんあります!! 優しくてかっこよくて、すこしおっちょこちょいで」

私は、怪異みたい、と言いかけてやめた。

それはただの性癖開示だし。

もしかしたら、怖がられるのが嫌いな彼女を傷つけるかもしれない。

けまりちゃんは、私の言葉が途中で止まったのに気づいた。

けまり「……今、何か言いかけました?」

##「い、いや、なんでもないです」

けまり「なんでもない顔じゃないです」

彼女は少しだけ身をかがめた。

けまり「……でも」

けまり「言わないでくれたんですね」

##「え」

けまり「私が、傷つくかもしれないって……思ったんでしょう?」

雨上がりの街灯の下で、けまりちゃんは少しだけ笑った。

けまり「そういうところも……好きです」

その言い方が、ずるかった。

けまり「でも、褒めるなら」

けまり「かっこいいより……かわいいも、欲しいです」

##「か、かわいい」

素直に出た。

自分よりずっと大柄な女性が、少しいじけている姿。

好きすぎた。

けまり「……今」

けまり「ちゃんと、かわいいって言いました?」

##「言いました……」

けまり「……もう一回」

##「けまりちゃん、かわいい」

けまり「……はい」

けまりちゃんは、口元を隠すように俯いた。

耳まで赤い。

けまり「それなら……今日は少し許します」

##「けまりちゃんはかわいい。けまりちゃん大好き。けまりちゃん愛してる」

けまりちゃんは、完全に固まった。

けまり「……い、言いすぎです」

そう言いながら、耳まで赤い。

けまり「そんなに言われたら……怒れなくなります」

大きな手が、私の頭にそっと乗る。

けまり「……私も」

少しだけ間を置いて。

けまり「あなたのこと、大好きです」

そして、さらに小さな声で続けた。

けまり「でも……愛してるは、ずるいです」

けまり「帰ったら、ちゃんともう一回言ってください」

その時点で、私はもう完全に負けていた。

ましろさんの白い傘は、まだ頭のどこかに残っていた。

でも、帰る場所は分かっていた。

雨の中で、私の手を握っている。

白くて、大きくて、少し面倒くさくて。

怖いくらい優しい、私の彼女のところだった。

少し離れた歩道橋の下。

白い傘は、まだ開いていた。

ましろさんは、私たちが消えた雨の道をじっと見ていた。

白傘ましろ「……ちゃんと帰れたんですね」

少し寂しそうに。

少し楽しそうに。

白傘ましろ「けまりさんの恋人」

傘の内側で、雨粒が一つ、上へ落ちた。

白傘ましろ「次は、もう少しだけ」

白傘ましろ「迷ってくれるかな」

雨音が、白い傘の下だけで小さく笑った。

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