妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜   作:ガイコツ番付

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第一夜「大きな女」④ 二度目の夜

九章 二度目の夜

 

非常階段の下。

私は、しばらく動けなかった。

階段を駆け上がっていたはずなのに、気づけば下にいた。

さっきまで上へ、上へと続いていた鉄の階段は、もう普通の非常階段に戻っている。

街の音も聞こえる。

雨上がりの匂いも戻っている。

コンビニの明かりも、遠くに見える。

でも、追ってきていた男の声だけが消えていた。

階段の下に、けまりちゃんが立っていた。

何事もなかったみたいに。

白い服。

濡れた長い髪。

少しだけ乱れた息。

それでも、傷はなかった。

けまり「……怪我、ありませんか?」

##「な、ない……けまりちゃんこそ!」

私は慌てて彼女の周りを見た。

さっきまでどこにいたのか。

どうやってここまで来たのか。

あの男に何をしたのか。

聞きたいことは、いくつもあった。

でも、まず無事かどうかが先だった。

けまり「私は、大丈夫です」

##「ほんとに!? 本当に危なかったんだからね!」

けまり「……はい」

けまりちゃんは、少し困ったように笑った。

いつもの顔だった。

いや。

いつもの顔に戻そうとしている顔だった。

けまり「あなたも、危なかったです」

けまり「私を守ろうとしてくれたのは……嬉しいですけど」

けまり「無茶は、だめです」

##「でも! けまりちゃん巻き込むわけにはいかないし!」

けまり「……」

けまりちゃんの目が、少しだけ揺れた。

##「さっきの男は?」

けまりちゃんは、すぐには答えなかった。

視線を、非常階段の奥へ向ける。

そこには、もう誰もいない。

ただ、踊り場にナイフが一つ落ちていた。

濡れた靴跡は、途中の段でぷつりと途切れている。

血はなかった。

倒れた体もなかった。

助けを呼ぶ声もなかった。

何もないことが、かえって一番怖かった。

##「……けまりちゃん?」

けまり「……もう、来ません」

##「……え?」

けまり「あなたのところにも」

けまり「他の誰かのところにも」

けまり「もう、来ません」

その言い方に、ほんの少しだけ違和感があった。

捕まった、とは言わなかった。

逃げた、とも言わなかった。

警察に行った、とも言わなかった。

もう、来ません。

ただ、それだけ。

聞いた方がいい。

そう思った。

でも、聞けなかった。

けまりちゃんの横顔が、あまりにも静かだったから。

その時。

手に持ったコンビニ袋の存在を思い出した。

##「……あ」

けまり「……」

けまりちゃんも見た。

袋。

沈黙。

雨上がりの非常階段。

消えた殺人犯。

落ちたナイフ。

そして、私の手の中のコンビニ袋。

状況が最低だった。

けまり「……命がけで」

けまり「買いに行ったんですね」

##「言い方!!」

けまりちゃんは、少し赤くなった。

それでも、私の頭を大きな手でそっと撫でる。

温かい。

さっきまでの非常階段の冷たさが、その手で少しずつ現実へ戻されていく気がした。

けまり「帰りましょう」

けまり「今日は……ちゃんと、そばにいます」

##「……うん」

私は頷いた。

そのまま、もう一度だけ非常階段を見た。

普通の階段だった。

けれど、踊り場の奥だけが、少し暗かった。

私は、それ以上見ないことにした。

部屋に戻ると、急に現実感が戻ってきた。

玄関には濡れた靴。

手には、命がけで買ったコンビニ袋。

そして部屋の中には、けまりちゃん。

さっきの階段。

男の消えた声。

けまりちゃんの「もう、来ません」。

全部が、頭の中でまだ鳴っていた。

けれど、目の前にはけまりちゃんがいる。

濡れた髪で、少し困ったように笑っている。

それだけで、非常階段の奥に残っていた暗がりが、少しずつ遠くなっていく気がした。

けまり「先に、シャワーを浴びてください」

##「え」

けまり「雨に濡れていますし……怖い思いもしましたから」

##「けまりちゃんも濡れてますよ」

けまり「私は、あとで大丈夫です」

けまり「……あなたが先です」

その声が、少しだけお姉さんみたいだった。

シャワーを終えると、空気が少し変わっていた。

けまりちゃんは、ベッドの端に腰かけていた。

ぎし、と。

私のベッドが、聞いたことのない音を立てる。

##「……ベッド、大丈夫かな」

けまり「……失礼です」

でも、少し笑っている。

けまりちゃんは手招きして、私が近づくと、耳元に顔を寄せた。

けまり「昨日のあなた……かわいかったです」

##「えっ」

けまり「すごく緊張してて」

けまり「私のこと、見上げて」

けまり「……泣きそうな顔をしていました」

##「や、やめて……!」

けまり「今日は、どうですか?」

けまり「また、かわいい顔……見せてくれますか?」

ベッドが、もう一度ぎしりと鳴る。

私は変な汗をかいた。

##「け、けまりちゃん……ちなみに体重って……」

けまり「……な、い、しょ」

けまりちゃんが、ゆっくり近づく。

白い腕が、逃げ道をふさぐみたいに両側へ降りてくる。

##「あ、あ、あーーー!」

けまり「大丈夫です……力、入れてないので……」

##「それが一番こわい!!」

けまり「ふふ」

けまり「今日は、ちゃんと……甘やかします」

ぎし。

部屋の明かりが、少しだけ揺れた。

##「あ、あ、あーーーつぶれるーーー!」

けまり「つぶしません……たぶん」

##「たぶん!?」

けまりちゃんは、私を包むように身をかがめた。

怖いくらい大きくて。

怖いくらい優しい。

けまり「今日はもう逃げなくていいです」

けまり「私が、そばにいます」

その声を聞いた瞬間。

非常階段の奥に残っていた暗がりが、ようやく少し薄くなった気がした。

私はぎりぎりまで逃げようとした。

けれど、逃げ道はなかった。

##「し、搾られるーーー!!」

けまり「搾りません」

##「でも、全部持っていかれる感じがします!」

けまり「大丈夫です」

##「その“大丈夫”、信用できないです!」

けまりちゃんは、少しだけ妖艶に笑った。

けまり「大丈夫です」

けまり「ちゃんと、私のところに残しますから」

その声を最後に、私は何も言えなくなった。

そして夜は、静かに暗転した。

 

十章 また雨の日に

 

翌日。

私は、どうにか会社に来ていた。

眠い。

腰が重い。

頭の中に、けまりちゃんの声が残っている。

##「おはようございます」

間宮「おはよう。今日もちょっと眠そうだな」

##「そ、そうですか? 普通です。完全に普通です」

春日井「先輩、顔赤くないですか?」

##「空調が強いからです」

三原「強くないですよね?」

白石「若いわねえ。何がとは言わないけど」

##「言ってるようなものでは」

昼前。

休憩室のテレビでニュースが流れていた。

アナウンサー『連続強盗殺人事件の容疑者は、昨夜以降、行方が分からなくなっています』

画面には、昨夜コンビニの向かいで見た男の写真が映っていた。

灰色のフード。

右頬の小さな傷。

見間違いではなかった。

##「……」

三原「怖……この辺じゃないですか」

春日井「昨日も近くで目撃情報あったってSNSで見ました」

白石「面白半分で検索しないの。こういうのは、本当に危ないんだから」

佐伯「全員、退勤時は明るい道を通るように。特に##君」

##「なぜ名指し」

佐伯「名指しする理由しかない」

何も言い返せなかった。

間宮さんは、テレビを見ながらコーヒーを飲んでいた。

間宮「聞いた話だと、変な非常階段を見たって書き込みもあるらしいぞ」

##「非常階段?」

間宮「雨上がりの路地で、上っても下っても終わらない階段。まあ、怖い話の盛り合わせだな」

白石「間宮くん」

間宮「はいはい。広げません」

私はテレビから目を逸らした。

昨夜のことは、よく分からない。

分からないままにしておいた方がいい気もした。

夕方。

どうにか仕事を終えた頃、窓の外がまた暗くなった。

ぽつ、ぽつ、と雨粒がガラスを叩く。

スマホが震えた。

けまり

『雨です』

けまり

『今日は、まっすぐ帰ってくださいね』

けまり

『白い傘の人を見ても……近づかないでください』

##「……」

私はスマホを伏せた。

今度こそ、まっすぐ帰るつもりだった。

退勤後、ビルを出る。

雨は細く、けれど街灯をにじませるには十分だった。

そして。

会社前の歩道に、白い傘があった。

白傘ましろ「……こんばんは」

##「し、白傘さん……」

白い傘の下で、ましろさんが静かに笑っていた。

昨日と同じように、雨の中に溶けそうな姿で。

白傘ましろ「昨日は、途中で帰っちゃいましたね」

##「帰りました」

白傘ましろ「今日は、少しだけ」

白い傘が、こちらへ傾く。

白傘ましろ「雨宿り、していきませんか?」

胸が跳ねた。

きれいだ。

怖い。

でも、昨日より先に、私はスマホを開いた。

##

『けまりちゃん、白傘さんがいます』

送信。

ましろさんは、それを見て少しだけ目を細めた。

白傘ましろ「……ちゃんと連絡するんですね」

##「うん。昨日、怒られましたから」

白傘ましろ「ふふ」

白傘ましろ「けまりさん、大事にされてますね」

少し寂しそうに笑って、彼女は傘を引いた。

白傘ましろ「今日は、やめておきます」

##「え」

白傘ましろ「でも……また雨の日に」

雨音が、少しだけ強くなる。

白傘ましろ「今度は、私のことも少し見てくださいね」

白い傘は、人混みの向こうに消えた。

いや。

消えたように見えた。

濡れた歩道には、ましろさんの足跡だけがなかった。

すぐに、けまりちゃんから返信が来る。

けまり

『そこから動かないでください』

『迎えに行きます』

数分後。

雨の向こうから、見慣れた大きな影が現れた。

けまり「……ちゃんと連絡できましたね」

##「うん」

けまり「えらいです」

けまりちゃんは、少し拗ねた顔で私を見下ろした。

けまり「でも……ましろさん、綺麗でしたか?」

##「……それ、今聞きますか?」

けまり「聞きます」

##「……綺麗でした」

けまり「……」

##「でも、けまりちゃんが一番です」

けまり「……なら、許します」

大きな手が、私の頭に乗る。

雨の中で、けまりちゃんは小さく笑った。

けまり「帰りましょう」

けまり「今日は、ちゃんと私の傘です」

##「はい」

私は、けまりちゃんの隣を歩いた。

雨音は、もう怖くなかった。

少し離れた路地。

白い傘の下で、ましろさんが一人つぶやいた。

白傘ましろ「けまりさんの恋人……」

白傘ましろ「思ったより、面白い人」

雨粒が、白い傘を叩く。

白傘ましろ「また、迷ってくれるかな」

少しだけ、寂しそうに。

少しだけ、楽しそうに。

白傘ましろ「……雨の日に」

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