妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜   作:ガイコツ番付

6 / 7
第二夜「雨の日に白い傘」② 雨域

四章 雨域

 

男は角を曲がった。

はずだった。

だが、目の前には、さっきと同じ高架下があった。

同じコンビニ。

同じ信号。

同じ白い傘。

男「……は?」

逆方向へ走っても、路地へ逃げても、戻る場所は同じだった。

高架下。

コンビニ。

信号。

そして、白い傘。

男「なんだよ、これ……!」

黒い傘を開こうとして、男は手元を見た。

傘がない。

雨が、肩に落ちた。

ぽた。

ぽた。

それはすぐに服へ染み込み、靴の中まで入り込んだ。

コンビニの明かりも、駅へ続く階段も見えている。

なのに、近づけない。

雨が強くなる。

視界が白くにじむ。

ざあ。

ざあ。

ざあ。

雨音が、笑い声みたいに聞こえてくる。

帰れない。

戻れない。

傘もない。

男「黙れ……」

雨は黙らなかった。

耳の中で。

頭の奥で。

濡れた服の内側で。

ずっと笑っていた。

白傘ましろ「傘に、入りたかったんですよね」

男は振り返った。

白い傘の女が、雨の中に立っていた。

白傘ましろ「雨の日に」

白傘ましろ「逃げにくい人の隣へ」

白傘ましろ「入れてもらうふりをして」

白傘ましろ「入っていきたかったんですよね」

男「違う……俺は……」

白傘ましろ「違いません」

雨音が、その言葉をなぞった。

違いません。

違いません。

違いません。

男の声から、怒鳴る力が消えていく。

白傘ましろ「帰れない人の気持ち」

白傘ましろ「少し、分かりましたか?」

男「……帰らせろ」

男「帰らせてくれ……!」

雨なのか涙なのか、顔はぐしゃぐしゃだった。

男「もうしねえ……」

男「もう、誰にも声かけねえ……!」

男「傘にも入らねえ……!」

白傘ましろ「本当に?」

男「本当だ!」

男「許してくれ……!」

白傘ましろ「私に言っても、だめです」

白い傘の縁が、わずかに下がった。

その下の顔は、よく見えない。

白傘ましろ「次に戻れた道が、どこへ続いているか」

白傘ましろ「分かりますよね」

男は、雨の向こうを見た。

ぼんやりと赤い灯りが見える。

男「……嫌だ」

白傘ましろ「では、雨に戻りますか?」

男「行く!」

男「行くから……!」

男「もう、やめてくれ……!」

白傘ましろ「嘘をついたら」

白い傘が、少し傾いた。

白傘ましろ「また、雨の日に迷いますよ」

男は、何度も頷いた。

雨が、ふっと弱くなる。

世界の輪郭が戻ってくる。

コンビニの光。

信号の音。

車の水しぶき。

そして、目の前には交番の明かりがあった。

背後から、白い傘の女の声がした。

白傘ましろ「帰り道」

白傘ましろ「もう、忘れないでくださいね」

男は振り返らなかった。

泣きながら、交番へ走っていった。

 

五章 雨域の外

 

私には、何が起きたのか分からなかった。

男は角を曲がって逃げた。

そう思った。

けれど次に見た時、男は別の路地から飛び出してきた。

全身ずぶ濡れだった。

つい数十秒しか経っていないはずなのに、

まるで何時間も雨の中を歩かされていたみたいに。

顔は真っ青で、目は泳いでいる。

男「もうしません! もうしません!」

誰に謝っているのか分からない声で叫びながら、男は交番の方へ走っていった。

##「なんだアイツ……」

私はましろさんを見た。

ましろさんは、白い傘の下で静かに立っている。

服は濡れていない。

髪も、さっきと同じようにしっとりしているだけだった。

##「まあ、頭おかしいのか。こんなことするくらいだからな」

私は袖をまくり、ましろさんの前でマッチョポーズを取った。

##「ぶん殴られなくてよかったな!」

白傘ましろ「……助けてくれたつもり、なんですね」

##「当たり前ですよ!」

白傘ましろ「弱そうなのに」

##「二回目!」

白傘ましろ「でも……少しかっこよかったです」

雨音が、少しだけ優しくなった。

##「それより、何もされてませんか?」

##「許せねえよな……雨の日に女の子追い回して」

##「あ、俺もでした……」

##「てか最近この辺、治安悪すぎます」

白傘ましろ「私は、大丈夫です」

ましろさんは、少しだけ傘を下げた。

白傘ましろ「あなたが、大声で来てくれましたから」

##「こんなのすぐ警察に連絡でいいんですよ」

##「それか俺!」

再び男らしさをアピールした。

白傘ましろ「……あなた、本当に自分が強いと思ってます?」

##「気持ちは強いです!」

白傘ましろ「気持ちだけです」

##「ひどい!」

ましろさんは、くすっと笑った。

白傘ましろ「でも、そういうところ、嫌いじゃないです」

彼女は白い傘を、少し私の方へ傾ける。

白傘ましろ「雨の日に、迷っている人を見ると、放っておけないんです」

その声は、少し寂しそうだった。

白傘ましろ「あなたも、似ていますね」

白傘ましろ「弱いのに、放っておけない人」

##「どきいっ」

白傘ましろ「……今、どきっ、て言いました?」

##「い、言ってませんが」

白傘ましろ「言いました」

傘の下で、ましろさんが少し近づく。

濡れた黒髪。

白い肌。

雨の匂い。

さっきまで怖いくらい静かだった人が、今は少し寂しそうに笑っている。

白傘ましろ「私の声で、どきっとしたんですか?」

##「……ちょっと」

白傘ましろ「では、もう少しだけ、私の声、聞いていきますか?」

##「は、はいい」

スマホが震えた。

けまり

『今、どこですか?』

『仕事中ですよね?』

続けて、会社のチャットも震える。

佐伯『##くん、無事か。戻るなら連絡しなさい』

三原『先輩、本当に大丈夫ですか?』

春日井『駅前の動画っぽいの流れてますけど、これ先輩じゃないですよね?』

##「……」

良心がさらに痛い。

白傘ましろ「……返しますか?」

ましろさんは、少し寂しそうに笑った。

白傘ましろ「それとも、もう少し、私を見ますか?」

私はスマホを握りしめた。

画面には、けまりちゃんの名前が出ている。

返事をしなければいけない。

分かっているのに、指が動かなかった。

##「……あとで、返します」

白傘ましろ「あとで、なんですね」

ましろさんは、少し寂しそうに笑った。

けれど、その目の奥には別の感情があった。

帰る場所があると知っている男を、少しだけ引き止めることを楽しんでいるような。

白傘ましろ「よくない人ですね」

##「反省してます……」

白傘ましろ「まだ、何もしていないのに?」

白い傘が、私の方へ傾いた。

白傘ましろ「では、入りますか?」

その声に、息が止まった。

##「……ごめん、けまりちゃん」

##「俺、美人に弱いかもしれません……」

白傘ましろ「聞こえています」

##「えっ」

白傘ましろ「それ、心の声じゃありません」

ましろさんは、くすっと笑った。

白傘ましろ「けまりさんのこと、好きなんですね」

白傘ましろ「でも、今は私にも少しだけ弱い」

白い傘の下へ入ると、雨音が遠くなった。

これは雨宿りだ。

そう自分に言い聞かせた時点で、たぶんもう負けだった。

駅裏の明かりをいくつか通り過ぎた先で、私たちは雨を避けられる部屋へ入った。

窓の外は、雨で真っ白だった。

ましろさんが傘を閉じる。

それだけで、部屋の空気がしっとりと重くなる。

私はベッドに腰を下ろした。

いや。

正確には、腰を下ろすことしかできなかった。

白傘ましろ「あらあら」

白傘ましろ「さっきまでは、あんなに元気いっぱいだったのに」

##「ち、近いです……」

白傘ましろ「近づいたのは、あなたですよ」

ましろさんは私の前に立ったまま、ゆっくりと長い髪を耳へかけた。

濡れたような唇に、白い指が触れる。

白傘ましろ「雨の日って、便利なんですよ」

##「何がですか……?」

白傘ましろ「どんな音も、雨音が隠してくれますから」

ましろさんは、私の前で静かに膝をついた。

見下ろしていたはずの彼女が、白い傘の下にいた時と同じ目で、こちらを見上げている。

寂しそうで。

それ以上に、少し楽しそうな目だった。

##「ま、待ってください」

白傘ましろ「嫌ですか?」

##「嫌では……ないです」

白傘ましろ「では」

長い髪を、邪魔にならないよう肩の後ろへ払う。

白傘ましろ「大きな声、出さないでくださいね」

##「な、何をするつもりで――」

白傘ましろ「私」

濡れたような唇に、白い指が触れた。

白傘ましろ「雨の日は、口がよく動かんです」

##「く、口!?」

ましろさんの微笑みが、私の視界からゆっくり消えた。

その瞬間。

窓を叩く雨音が、急に近くなった。

ざあ。

ざあ。

ざあ。

##「あ、えっ、ましろさ――!」

白傘ましろ「静かに」

短い囁きさえ、雨に溶けた。

何が起きているのか、考える余裕はなかった。

息をするたび、頭の中まで白くなる。

指先から力が抜ける。

帰る場所も。

けまりちゃんのことも。

今だけは、全部が雨の向こうへ流されていった。

##「ちょ、ちょっと待って……!」

返事の代わりに、雨脚がさらに強くなった。

窓の外が真っ白になる。

私の情けない声も。

ましろさんの低い笑い声も。

すべてが雨音に吸い込まれていく。

そして夜は、ゆっくりと過ぎていく。

どれくらい時間が経ったのか。

気づいた時には、私はベッドの背へ深く沈み込んでいた。

息がうまく整わない。

手にも、足にも、ほとんど力が入らなかった。

##「ま、ましろさん……」

白傘ましろ「はい」

##「もう……立てないです……」

白傘ましろ「あらあら」

ましろさんは、何事もなかったような顔で私を見上げていた。

ただ、その唇だけが、さっきより少し艶めいて見えた。

白い指が、口元をゆっくりとなぞる。

白傘ましろ「雨の日ですから」

##「それ、説明になってます……?」

白傘ましろ「私は、吸い込んで、流してしまうのが得意なんです」

##「何を吸い込んだんですか……」

白傘ましろ「雨ですよ」

##「絶対、雨だけじゃない……」

ましろさんは、少しだけ悪戯っぽく笑った。

白傘ましろ「でも、大丈夫です」

白傘ましろ「帰れなくなるほどには、していませんから」

##「体の中の水分、全部持っていかれた気がするんですけど……」

白傘ましろ「雨の日ですから」

##「えげつない……」

白傘ましろ「褒め言葉として、受け取っておきますね」

ましろさんは立ち上がり、私の耳元へ顔を寄せた。

白傘ましろ「けまりさんのところへは、ちゃんと帰してあげます」

その名前に、胸が痛んだ。

##「……けまりちゃん」

白傘ましろ「怒るでしょうか」

##「たぶん……」

白傘ましろ「妬くでしょうか」

##「間違いなく……」

白傘ましろ「それなら」

ましろさんは、嬉しそうでも、寂しそうでもある曖昧な笑みを浮かべた。

白傘ましろ「このまま帰ってください」

##「このまま?」

白傘ましろ「私の雨を、少しだけ残したまま」

##「それ、わざとですか……?」

白傘ましろ「どうでしょう」

白い傘が、もう一度開く。

白傘ましろ「帰る場所のある人を、少しだけ迷わせるの」

白傘ましろ「嫌いじゃないんです」

雨音が、また強くなった。

白傘ましろ「けまりさんが、あなたをどうやって取り戻すのか」

白傘ましろ「少し、見てみたいですし」

##「ましろさん、思ったより性格悪い……?」

白傘ましろ「雨の日だけです」

ましろさんは、白い傘の下で静かに笑った。

白傘ましろ「さあ」

白傘ましろ「ちゃんと帰れますか?」

立ち上がろうとした。

けれど、膝に力が入らなかった。

##「……帰れないかもしれません」

白傘ましろ「では、もう少し休んでいきますか?」

##「それ以上されたら、本当に干からびますーーー!!」

白傘ましろ「雨の中にいるのに?」

##「そういう問題じゃないですーーー!!」

白傘ましろ「ふふ」

ポケットの中では、スマホが何度も震えていた。

白い傘よりも、ずっと大きな白い影が。

帰る場所で、静かに待っていることを。

私は、まだ知らないふりをしていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。