妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜 作:ガイコツ番付
六章 深夜のただいま
深夜。
けまりちゃんの家の玄関前で、私はしばらく立ち尽くしていた。
雨はもう弱い。
でも、服にも髪にも、ましろさんの雨の匂いが残っている気がした。
会社チャットには、佐伯部長からの「明日はちゃんと出社するように」という業務連絡と、三原くんからの「奇行に走りすぎではありませんか」という怯えたメッセージが残っていた。
間宮さんからは、短く一言だけ来ていた。
間宮
『お前、ほんと変なヤツだな。無事なら返事しろ』
私はそれを見て、少しだけ笑った。
心配してくれているのか、呆れているのか。
たぶん、その両方だった。
##「……ただいま」
鍵を開ける。
部屋の明かりは、ついていた。
けまりちゃんが、リビングに座っていた。
けまり「……おかえりなさい」
声は静かだった。
怒鳴らない。
でも、怖いくらい静かだった。
けまり「遅かったですね」
##「ご、ごめんなさい……」
けまり「雨、強かったですか」
##「はい……」
けまり「……ましろさんと、いましたか」
心臓が跳ねた。
##「い、いました」
けまり「そうですか」
けまりちゃんは立ち上がる。
大きな影が、ゆっくり近づいてくる。
けまり「ちゃんと言えたのは、えらいです」
声は優しい。
でも、いつものふにゃっとした優しさじゃない。
静かで、逃げ場がない。
けまり「ましろさんと、どこにいましたか」
##「……」
けまり「お茶だけじゃ、なさそうですね」
長い髪の奥で、目がこちらを見ている。
怒っている。
悲しんでいる。
それ以上に、私を離したくない顔だった。
##「あの、お、大人なことを少し……いや、かなり」
けまりちゃんの手が、ぴたりと止まった。
けまり「……かなり」
その一言だけ、静かに繰り返す。
部屋の空気が少し重くなる。
けまり「そうですか」
けまり「ましろさんと……そういうことを」
##「ご、ごめんなさい……」
けまり「謝るなら、ちゃんと私の目を見てください」
けまりちゃんは身をかがめる。
いつものおどおどした彼女じゃない。
優しいのに、逃げられない。
けまり「嫌だったわけじゃないんですよね」
けまり「流されたけど……あなたも、望んだんですよね」
けまり「なら、そこは嘘にしないでください」
少しだけ、声が震えた。
けまり「……妬いてます」
けまり「すごく」
けまり「でも、嘘をつかなかったのは、えらいです」
大きな手が、私の手を包む。
けまり「ベッドに行きましょう」
けまり「今日は、私が」
けまり「あなたを、ちゃんと取り戻します」
##「ひ、ひい。あの、お手柔らかお願い、します」
けまり「……だめです」
静かな声だった。
多分逆らうことはできない凄みがあった。
でも、手つきは優しい。
けまり「お手柔らかにしたら、ましろさんの雨、まだ残っちゃいます」
##「ひ、ひい……!」
寝室の前で、けまりちゃんが振り返る。
けまり「あなたが私の恋人だってこと」
けまり「……覚悟、できましたか?」
ベッドが、低く軋んだ。
私はベッドに沈んだまま、けまりちゃんを見上げることしかできなかった。
大きな彼女が、私の上から逃げ道を塞いでいる。
##「すごすぎるーーー!」
##「体力、全部持っていかれますーーー!」
けまり「まだです」
##「まだ!?」
見上げると、けまりちゃんが私の上で、静かに微笑んでいた。
けまり「……思い出しましたか?」
##「思い出しましたーーー!!」
けまり「何を、ですか」
##「けまりちゃんが……俺の彼女だってことを……!」
けまり「はい」
けまり「よくできました」
雨音よりも近くで、けまりちゃんの声がした。
そして夜は更けていく。
深夜の部屋に、私の情けない悲鳴が続いた。
ただし、その声は、たぶん幸せそうだった。
七章 翌朝と赤いコート
翌朝。
私は、けまりちゃんのベッドの上で、布団に半分埋もれていた。
##「……生きてる」
けまり「生きてます」
##「俺、昨日、何回か向こう側見た気がします」
けまり「見てません」
##「けまりちゃん、ちょっとだけ本気でしたか?」
けまり「……少しだけ」
##「少し……」
けまりちゃんは、気まずそうに目を逸らした。
けまり「ごめんなさい」
けまり「妬いて、怖くなって」
けまり「あなたが帰ってこなくなる気がして」
大きな手が、私の髪をそっと撫でる。
けまり「でも、嘘をつかずに帰ってきてくれて、嬉しかったです」
その時、スマホが震えた。
白傘ましろ
『おはようございます』
『雨、やみましたね』
『……帰れました?』
私は震える指で返事を打った。
##
『帰れました。生きてます。たぶん』
すぐ既読がついた。
白傘ましろ
『よかったです』
『たぶん、なんですね』
『また雨の日に』
##「……これからの日常、体が持つのでしょうか」
けまり「持たせます」
##「怖い言い方!」
けまりちゃんは、朝ごはんを運びながら、少しだけむすっとしていた。
けまり「今日は、まっすぐ会社に行って、まっすぐ帰ってきてください」
##「はい……」
けまり「白い傘の人にも」
##「はい……」
けまり「赤いコートの人にも」
##「え?」
けまりちゃんの手が、ぴたりと止まった。
けまり「……いえ。なんでもないです」
テレビから、朝のニュースが流れる。
アナウンサー『昨夜、駅前周辺で女性につきまとっていた男が交番に駆け込み、事情を聴かれています。男は“雨の中で同じ道を何度も歩いた”などと話しており――』
##「あ!あいつです!ちゃんと捕まったんだ」
けまり「……よかったです」
アナウンサー『また、近隣の繁華街では、赤いコートに黒いマスク姿の女性に声をかけられたという奇妙な通報も相次いでいます』
##「赤いコートに黒マスク……?」
アナウンサー『目撃者によると、女性は夜道でこう尋ねたとのことです』
一瞬、テレビの音が途切れた気がした。
アナウンサー『私、綺麗?』
##「……今の、ちょっと怖くないですか?」
けまりちゃんは目を伏せた。
けまり「その人には」
けまり「近づいちゃ、だめです」
##「いやいや、そんな都市伝説みたいな人、現実にいるわけ……」
その日の出勤途中。
駅のホームで、柱の向こうに赤いコートの女性が立っている気がした。
黒いマスク。
鋭い目元。
でも、振り返ると誰もいない。
スマホが震えた。
通知欄には、差出人の名前がなかった。
『ねえ』
『私、綺麗?』
##「……ヒェ」
##「この街、治安悪いってレベルじゃねえだろ」