妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜 作:ガイコツ番付
零章 赤い問い
夜道で、赤いコートの女に声をかけられる。
黒いマスクの奥から、女はこう聞く。
「私、綺麗?」
答えてはいけない。
黙ってもいけない。
嘘をついても、たぶんいけない。
その問いは、顔を見ているようで、顔だけを見ているわけではない。
その人間が、何を見ているのか。
何を隠しているのか。
何を欲しがっているのか。
赤い女は、それを聞く。
一章 赤いコートの注意喚起
ここしばらく続いた雨も一区切り、本日は曇りだが雨の心配はないという。
私は、けまりちゃんの家の玄関で靴を履いていた。
けまり「今日は、本当に寄り道しないでください」
##「はい」
けまり「白い傘の人にも」
##「はい」
けまり「赤いコートの人にも」
##「はい」
けまり「……他の怪しい女性にも」
##「範囲が広い!」
けまりちゃんは、少しむすっとした顔で私を見下ろした。
けまり「あなたは、そこが一番危ないです」
##「信用がない!」
けまり「信用はあります」
けまり「でも、心配もあります」
そう言って、けまりちゃんは白い大きな手で私のネクタイを直した。
けまり「いってらっしゃい」
##「いってきます!」
外は曇り。
雨は降っていない。
##「よし……今日は何も起きない」
##「定時で帰る」
##「赤いコートの、おそらく綺麗なお姉さんにも流されない」
しまった。
期待してしまっている。
駅へ向かう途中、電柱に貼り紙が増えていた。
『夜道で赤いコートの女性に声をかけられる事案が発生しています』
昨日のニュース。
差出人不明の通知。
そして、この貼り紙。
どうやら、見間違いでは済まないらしい。
##「……」
私は貼り紙をじっと見た。
##「やっぱり、現実にいるのかよ」
##「いや、いたら怖いけど……」
##「でもいるならいるで、絶対惹きつけられるんだろうなぁ」
##「一度でいいから本物に追いかけられてみてえなあ」
私は、怖そうな女の人に弱い。
それは自覚している。
でも、けまりちゃんはけまりちゃんだし。
ましろさんは、雨の日が似合うだけの白い傘の人だ。
だから、たぶん普通だ。
たぶん。
スマホが震えた。
けまり「まっすぐ会社に着きましたか?」
##「まだ駅前です」
けまり「寄り道してませんよね?」
##「貼り紙を見てただけです」
けまり「……赤いコートの貼り紙ですか?」
##「なんで分かるの!?」
二章 奇行クエスト
会社に着いたあとも、私は妙にそわそわしていた。
##「おはようございます……」
間宮「おはよう。なんか目、ギラギラしてんな?」
間宮さんが、コーヒー片手に私の顔を覗き込んだ。
##「してないです」
間宮「昨日の続きか?」
##「何の?」
間宮「奇行クエスト」
##「真面目なサラリーマンを変質者扱いしないでください」
コピー機の前では、春日井さんがスマホを片手に首をかしげていた。
春日井「先輩、もしかして今朝の赤いコートの注意喚起、見ました?」
##「見たことも聞いたこともないですよ」
春日井「嘘下手ですね」
##「なぜバレる」
間宮「顔が『行きたい』って言ってる」
##「行きたいとは言ってない。確認したいだけです」
三原「それを普通は行きたいって言うんです」
間宮さんがニヤニヤした顔で語り出す。
間宮「聞いた話だけどな」
三原「うわ、出た」
間宮「赤いコートの女は最近、夕方から夜にかけて繁華街の方で目撃情報が多発してるらしい」
その時、佐伯守彦部長が資料を抱えて通りかかった。
佐伯部長「朝から何の確認だ」
##「街の治安です」
佐伯部長「それは警察の仕事だ。君の仕事はこっちの資料だ」
間宮「部長、今日なんか分け目が攻めてますね」
佐伯部長「分け目ではない。資料を見ろ」
白石「それより、朝から物騒な話をしない。こういう噂は、話せば話すほど寄ってくるものよ」
間宮「注意喚起ですよ。聞いた話ですけどね」
白石「あなたの『聞いた話』は、いつも少し楽しそうなの」
間宮「ひどいなあ」
午前中のメール確認、資料修正、上司からの確認依頼。
いつもの業務は進んでいるはずなのに、頭の隅にはずっと赤いコートが揺れていた。
春日井さんが、スマホを見ながら言った。
春日井「しかも、その辺最近ナンパもヤバいらしいですよ。女の人囲んだり、腕掴んだり」
三原「赤いコートだけでも怖いのに、治安も終わってますね」
##「……繁華街」
##「赤いコート」
##「黒マスク」
##「悪質ナンパ」
##「……確認しなきゃ」
間宮「何を?」
##「街の治安」
間宮「警察気取りか?」
##「違います」
間宮「じゃあ何?」
##「……走るオカルトマニアです」
三原「一番危なそうなタイプだ」
春日井「先輩、なんで少し嬉しそうなんですか」
白石「行くなら勤務時間外にしなさい。できれば行かないでほしいけど」
佐伯部長「勤務時間外でも行くな。あと俺の頭を見るな。今はそこじゃない」
##「見てません!」
三章 夜の街で運動会
昼休み。
間宮「今日はまっすぐ帰るのか?」
##「帰ります」
間宮「さっき、繁華街って言ったよな?」
##「バレちゃあ仕方ないですよ」
間宮「仕方ないって何が?」
##「彼女のところに帰る前に、繁華街で激しく運動するつもりです」
間宮「お前……マジか」
春日井「運動って、そういう意味じゃないですよね?」
##「何がって、運動だよ。こう激しく」
三原「言い方が最悪で動きも激キモです」
間宮「お前、ぶっ殺されるぞ」
##「大丈夫。俺は逃げ足はやいんで」
三原「そういう問題じゃないです」
間宮「彼女には絶対その言い方で言うなよ」
##「え、なんでですか?」
間宮「お前、バカなの?」
春日井「先輩、キモさと奇行が限界突破しつつあります」
私は首を傾げた。
会社のみんなの中で、繁華街の運動が何を意味しているのか。
私の中では、赤いコートの女に追いかけられた場合に備えた、極めて健全な有酸素運動の話だった。
四章 本屋に寄って帰ります
退勤時間。
私はパソコンを閉じ、勢いよく立ち上がった。
##「よし、夜の街で運動会だ!」
間宮「言い方!」
##「何が?」
三原「本当に行くんですか?」
春日井「先輩、万が一もし赤いコートの女がいたら普通に通報してくださいね」
白石「あなたが変な人側だとも自覚しておきなさい」
##「白石さん、急に怖いこと言わないでください」
白石「極めて普通のことよ」
間宮さんは、笑いながら私の肩を叩いた。
間宮「まあ、もういい……生きて帰れよ」
##「はい。余裕ですよ」
間宮「お前、タフだな」
会社を出ると、空はすっかり暗くなっていた。
けまりちゃんからメッセージが届いた。
けまり「お仕事、終わりましたか?」
##「終わりました」
けまり「まっすぐ帰ってきますか?」
私は少しだけ指を止めた。
##「本屋に寄ってから帰ります」
けまり「……本屋ですか」
##「本屋です」
けまり「繁華街の近くの、大きい本屋ですか」
##「なんで分かるの!?」
数秒、既読だけがつく。
けまり「長居しないでください」
けまり「赤いコートの人にも」
けまり「綺麗な人にも」
けまり「追いかけっこをお願いしないでください」
##「最後のはまだしてないよ!?」
まだ、していない。
私はスマホをしまった。
駅前の明かりが、いつもより赤く見えた。
たぶん、信号のせいだ。
たぶん。
##「……本屋に行くだけ」
自分に言い聞かせるように呟く。
でも、足はもう、繁華街の方へ向いていた。
五章 人間クエスト
繁華街の奥は、駅前よりも空気が重かった。
酒の匂い。香水の匂い。濡れたアスファルトに吐き捨てられた煙草の匂い。
笑い声は多いのに、安心できる声は少ない。
怪異を探しに来たはずなのに、最初に目につくのは、だいたい人間の方だった。
##「うわ……思ったより治安が悪い」
遠くのショーウィンドウに、赤いものが一瞬映った。
赤いコート。
黒いマスク。
##「……いた?」
##「今のって、ぜぇったい例の女だよなぁ……!」
目が、勝手にキラキラした。
##「いや、違うかもしれない。ただの赤コート黒マスク美女かもしれない」
##「どっちにしても最高では?」
私は拳を握った。
##「怪異クエスト続行だぜぇ!!」
繁華街の奥へ進む。
派手な看板。怪しい煙。細い路地には、笑っているのに目が笑っていない男たちが立っている。
客引き「お兄さん、遊んでく?」
##「大運動会中なので!」
客引き「……なんか怖い」
##「怖い?楽しいですよ!」
客引き「……大変だね」
##「ありがとう!」
少し先で、女性の小さな声が聞こえた。
女性「やめてください……本当に帰ります」
男「だから、ちょっと話すだけだって」
男「奢ったんだからさ、少し付き合ってくれてもよくない?」
もう一人の男が、退路を塞ぐように立っている。
男「ここら一帯、誰のシマか分かってんの?」
男「変な態度取ると、あとで面倒だよ」
男の手が、女性の腕へ伸びる。
##「……」
怪異クエスト。
その前に。
##「人間クエスト発生じゃねえか」
私は息を吸った。
怖いのは怖いが、好きな怖さではないな。
##「おーーーい!」
##「そこの人、嫌がってますよーーー!」
男「……あ?」
二人の男が、同時にこちらを向いた。女性はその隙に、少しだけ後ずさる。
##「ていうかキモイですよー!」
##「臭そう!」
##「いや! 臭い!」
##「ゲロ以下の匂いプンプンですよー!」
繁華街のざわめきが、一瞬だけ止まった。
客引き「……アイツやっぱ変な奴だった」
通行人「なんだなんだ」
男「てめえ、今なんつった?」
##「聞こえなかったんですかー!」
##「耳まで臭いんですかー!」
男「ぶっ殺すぞ」
##「出たー! 脅迫いただきましたー!」
私はスマホを掲げ、録画ボタンを押しながら、女性に目配せした。
##「お姉さん! 今のうちに大通りへ!」
女性「は、はい……!」
女性が大通りへ駆け出す。
男の一人が女性へ向き直った。
私はその瞬間、全力で地面を蹴った。
##「追うならこっちだ、下水道メーン!」
男「待てコラァ!」
足音が、背後から迫る。
そして、そのさらに奥。
赤いコートの裾が、ふわりと揺れた。
##「オラオラどうしたー! 捕まえることもできねえのかー!」
男「待てっつってんだろオラー!」
ダダダダダッ。
##「待てっつって待つ奴見たことあんのかお前ー!」
##「この街の危険人物はなんでこんなに頭ワリーんだよ!」
男「何言ってんだテメー!」
##「ほら! やっぱり腐ってんじゃん! 理解できないんだろ???」
男「テメー!」
##「テメーしか言えねえのか……なんか可哀想だぜ……」
通行人や客引きに見られながら私と男は追いかけっこだ。
以前の殺人犯に比べると、足も遅いし、たいしたことはない。
私は余裕で地図アプリを見ながら角を曲がった。
##「こっちだな」
そして交番を見つける。
##「おまわりさーん!」
##「ナンパした上に脅迫してきた男! 現行犯でーす!」
##「クズのハッピーセットでーす! 証拠ありまーす!」
警官「君、テンション高くない?」
男「テメー、覚えたからな!」
##「うるさいなー。お前なんてどうでもいいんだよ」
##「口裂け女探してんだ俺は」
警官「……口裂け女?」
##「はい。赤いコートで、黒マスクで、“私、綺麗?”って聞いてくる人です」
警官「ああ、赤いコートの通報ね。黒いマスクの女性に声をかけられたってやつ」
警官「ただ、口裂け女って言われると急に都市伝説になるから」
警官「こっちは今のところ、不審者情報として見てるよ」
##「不審者でもいいです! どこにいますか!?」
警官「知らないよ」
##「ですよねー、クエスト続行!」
警官「クスリやってる?」
##「やってません。タバコはたまに吸うくらいです」
警官「何で探してるの?」
##「性癖です」
警官「余計にダメだな」
私は交番を離れた。
繁華街のネオンが、またちらちらと目に入る。
##「ふう……人間クエスト完了」
##「さて、本題だ」
その時、ビルのガラスに、赤い影が映った。
黒いマスク。鋭い目。こちらを見ている。
私は振り返った。
誰もいない。
##「……いやいや、どういうこと?」
背後から、低く艶のある声。
赤いコートの女「ねえ」
赤いコートの女「今の、あなた?」
背筋が冷えた。
同時に、心臓が少しだけ跳ねた。
最悪だ。
私はたぶん、今、嬉しそうな顔をしている。