妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜   作:ガイコツ番付

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第三夜「私、綺麗?」② 赤い追いかけっこ

六章 赤い追いかけっこ

 

赤いコートの女が、路地の入口に立っていた。

派手な赤ではない。

夜のネオンを吸ったような、少し暗い赤。

黒いマスクが顔の下半分を隠している。

そのせいで、目だけが妙にはっきり見えた。

鋭い。

綺麗。

そして、こちらが何を考えているのか、もう分かっているような目だった。

##「き、綺麗ですうう……」

##「あ、ごめんなさい! セリフ先とっちゃいました! 先そっちが聞くんですよね??」

赤いコートの女「……なに、それ」

##「いや、その」

##「“私、綺麗?”って聞かれる前に、つい答えちゃったというか……」

赤いコートの女「……あなた」

赤いコートの女「今、私の問いを先取りしたの?」

##「ごめんなさい! 都市伝説マナー違反でした!」

赤いコートの女「都市伝説マナーって何よ」

赤いコートの女は一歩、こちらへ近づく。

赤いコートの女「変な男」

赤いコートの女「さっきの男の仲間?」

##「違います!」

赤いコートの女「じゃあ、何」

##「口裂け女っぽい人に会えたら、追いかけっこしてもらいたくて……」

赤いコートの女「……気持ち悪い」

##「ナンパじゃないんです!」

##「さっきクズみたいなゾンビナンパ野郎もいたし、ああいうのと一緒にされたくないんです!」

赤いコートの女「あなたが一番どうなってるのよ」

##「落ち着いて聞いてください」

赤いコートの女「聞くだけ聞くわ」

赤いコートの裾が、ゆっくり揺れる。

黒いマスクの奥の目が、私を値踏みするように細くなる。

赤いコートの女「嘘ついたら、分かるわよ」

##「ひい」

赤いコートの女「で?」

赤いコートの女「あなたは、何がしたいの」

私は息を吸った。

##「俺は」

##「怖いくらい綺麗な女の人に」

##「全力で追いかけられてみたいです」

赤いコートの女「……やっぱり気持ち悪いじゃない」

##「ひ、ひどい。夢だったんですよ」

赤いコートの女「その顔で言うの、やめなさい」

##「ぴえん……」

赤いコートの女「似合わない」

##「二段攻撃!」

赤いコートの女はため息をついた。

赤いコートの女「怖い女に追いかけられるのが夢?」

##「はい」

赤いコートの女「普通は、逃げたいものよ」

##「逃げます!」

赤いコートの女「……は?」

##「逃げたいんじゃなくて、逃げるんです! 全力で!」

赤いコートの女「……」

赤いコートの女「本当に気持ち悪いわね」

##「でも本音です!」

赤いコートの女「分かってる。だから余計に変なのよ」

赤いコートの女は、黒いマスクの奥で小さく笑った。

赤いコートの女「いいわ」

赤いコートの女「少しだけ、叶えてあげる」

##「えっ」

赤いコートの女「逃げなさい」

赤いコートの女「私が飽きるまで」

赤いコートの女「捕まったら……あなたの中身、聞かせてもらうわ」

##「あ、あ、あーーー!」

##「言い方が怖いのに魅力的ーーー!」

私は夜の路地を全力で駆け抜けた。

赤いコートの女「楽しそうね」

##「楽しいです!」

##「あ、お姉さん! ほんと警察には言わないでくださいね!」

赤いコートの女「……何を?」

##「変な追いかけっこ頼んだことを!」

##「なんか、多分さっきお巡りさんにマークされてしまったみたいで!」

赤いコートの女「でしょうね」

##「話が早い!」

私は角を曲がる。

スマホの地図を一瞬見る。

##「こっち抜けられるな!」

赤いコートの女「余裕あるのね」

##「逃げ足だけは鍛えてるんで!」

赤いコートの女「何のために?」

##「こういう日のために!」

赤いコートの女「最悪」

背後の声が近い。

でも、不思議と足音の数が増えている気がした。

コツ。

コツ。

コツ。

右のショーウィンドウに、赤いコート。

左の車の窓にも、赤いコート。

前方のビルのガラスにも、黒いマスク。

けれど、振り返っても本人はいない。

映っている場所だけが、こちらに近づいてくる。

##「うわ、マジックだ!」

赤いコートの女「……マジック?」

##「追いかけっこガチ勢だ!」

赤いコートの女「腹立つわね」

赤い影が、少しずつ道を狭くする。

それでも私は走る。

##「お姉さん、こんなことお願いしてほんとすみません!」

##「あ、でも、これさ!お姉さんが口裂け女じゃなかったら……!」

##「俺が不審者だ……やばい!!」

##「ターボババアの亜種で、ターボ変態おにいさん……!」

赤いコートの女「勝手に分類しないで」

##「やばい! 確認すべきだった!」

私は走りながら、全力で振り返らずに叫んだ。

##「お姉さーん!」

##「口裂けてますかーーーー!?」

返事がない。

ただ、赤いヒールの音だけが近づいてくる。

##「返事がない! これは……肯定か!? 否定か!?」

赤いコートの女「……」

##「どっちにしても怖い!」

さらに加速した、その瞬間。

赤い影が、道を狭くする。

その隙間に、白いものが立った。

路地の空気が、一瞬で止まる。

けまり「……そこまでです」

 

七章 白い影

 

##「えっ」

私は急ブレーキをかけ、盛大につまずきかけた。

##「け、けまりちゃん!?」

けまりちゃんは、いつもの優しい顔ではなかった。

長い黒髪の奥で、静かに赤いコートの女を見ている。

赤いコートの女「あら」

赤いコートの女「けまり」

赤いコートの女「あなたの恋人、ずいぶん趣味が悪いわね」

##「あれ? 知り合い?」

赤いコートの女「あら、知らずに追われてたの?」

赤いコートの女「あなたにメールを送ったのはあたしよ」

けまり「……やっぱり」

けまりちゃんの声が、低い。

##「また、やらかしたかぁ……」

私はその場にへたり込んだ。

##「ごめんなさい……」

##「けまりちゃんの知り合いに、追いかけっこお願いしました……」

##「しかも口裂けてますかとか聞きました……」

##「警察に突き出されるかもしれない……」

恥ずかしさと情けなさで、私は目をぎゅっと閉じた。

##「もうだめだ……社会的に終わった……」

その背後で、赤いコートの影が、路地の壁に何枚も映った。

赤いコートの女「ねえ、けまり」

赤いコートの女「私、綺麗?」

けまり「……綺麗です」

けまり「でも、その人を怖がらせるなら」

けまり「そこから先は、だめです」

空気が、ぴしりと歪む。

路地の出口が遠くなる。

赤い影が、ガラスの中で笑う。

赤いコートの女「怖がってたかしら」

赤いコートの女「だいぶ楽しそうだったけど」

けまり「……それでも、だめです」

私は目を閉じたまま、震えていた。

##「なんか……風強くない?」

##「繁華街のビル風かな……」

赤いコートの女「あなたの彼氏、気持ち悪いわね」

けまり「知ってます」

赤いコートの女「でも、悪いやつでもなさそう」

けまり「はい」

赤いコートの女「それに、今までで一番、逃げ足が速かった」

けまり「そこは、少しだけ自慢です」

赤いコートの女「自慢するところ?」

ぱきん、とどこかで鏡が鳴ったような音。

足元の影が、白と赤に分かれて揺れていた。

けまりちゃんの大きな影が、赤い影を押し戻す。

けれど次の瞬間、赤いコートの女の笑い声が近づく。

赤いコートの女「面白いじゃない」

赤いコートの女「あなたがそんな顔するのも」

赤いコートの女「この男が、何も分かってないのも」

##「……何の話してるんですか?」

私はまだ目を閉じている。

なので何が起きているかも見ていなかった。

##「示談ですか?」

赤いコートの女「……」

けまり「……」

赤いコートの女「本当に何も分かってないのね」

けまり「はい……」

##「ごめん、けまりちゃんー」

私は目を閉じたまま、地面に手をつきかけた。

##「ちょっと夢が叶いそうでテンション上がってましたー!」

##「警察だけは勘弁してくださいー!」

##「けまりちゃんの友達のお姉さーん!」

赤いコートの女「……友達?」

けまり「……友達、では」

赤いコートの女「けまり」

赤いコートの女「私たち、友達だった?」

けまり「……知り合い、です」

赤いコートの女「でしょうね」

赤いコートの女はしばらく黙っていた。

それから、赤いヒールの音が近づく。

コツ。

コツ。

コツ。

私の前で止まった。

赤いコートの女「私は紅子。憶えておきなさい」

紅子「そして、目を開けなさい」

##「警察います?」

紅子「いないわ」

##「口、裂けてます?」

紅子「……」

けまり「……それは、聞いちゃだめです」

##「あっ、すみません!」

私は恐る恐る目を開けた。

赤いコート。

黒いマスク。

鋭い目。

紅子さんは、心底呆れた顔で私を見下ろしていた。

紅子「気持ち悪い」

##「はい……」

紅子「失礼」

##「はい……」

紅子「でも」

紅子「退屈はしなかったわ」

 

八章 裁きに行く人の背中

 

その時、少し離れた路地の奥から、怒鳴り声が聞こえた。

男「だから、さっきのチビだって!」

男「覚えたからな、あいつ!」

男「次会ったら、ただじゃ済まさねえ」

##「……あ」

さっきの男の声だった。

どうやら交番から離れたあと、仲間と合流したらしい。

男「女も逃がしやがって」

男「こっちは顔も撮ってんだよ」

男「晒してやる。店にも話通して――」

紅子さんの目が、すっと冷えた。

さっきまで私をからかっていた女王様みたいな雰囲気が、音もなく消える。

紅子「……まだ」

紅子「残ってたのね」

##「紅子さん?」

紅子「あなたは、そこにいなさい」

##「え、でも」

紅子「いいから」

声が、低かった。

けまりちゃんも、何も言わない。

ただ、私の肩にそっと大きな手を置いた。

けまり「……見ない方がいいかもしれません」

##「え?」

赤いコートの裾が、路地の闇へ消えていく。

その背中は、さっきまでの“綺麗な怖いお姉さん”ではなかった。

もっと冷たい。

もっと静かな。

追いかけっこの足取りではない。

逃げ道を、ひとつずつ閉じに行く歩き方だった。

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