妖怪恋愛都市 〜怪異めいた美女たちに愛されすぎて帰れないハーレム生活〜 作:ガイコツ番付
六章 赤い追いかけっこ
赤いコートの女が、路地の入口に立っていた。
派手な赤ではない。
夜のネオンを吸ったような、少し暗い赤。
黒いマスクが顔の下半分を隠している。
そのせいで、目だけが妙にはっきり見えた。
鋭い。
綺麗。
そして、こちらが何を考えているのか、もう分かっているような目だった。
##「き、綺麗ですうう……」
##「あ、ごめんなさい! セリフ先とっちゃいました! 先そっちが聞くんですよね??」
赤いコートの女「……なに、それ」
##「いや、その」
##「“私、綺麗?”って聞かれる前に、つい答えちゃったというか……」
赤いコートの女「……あなた」
赤いコートの女「今、私の問いを先取りしたの?」
##「ごめんなさい! 都市伝説マナー違反でした!」
赤いコートの女「都市伝説マナーって何よ」
赤いコートの女は一歩、こちらへ近づく。
赤いコートの女「変な男」
赤いコートの女「さっきの男の仲間?」
##「違います!」
赤いコートの女「じゃあ、何」
##「口裂け女っぽい人に会えたら、追いかけっこしてもらいたくて……」
赤いコートの女「……気持ち悪い」
##「ナンパじゃないんです!」
##「さっきクズみたいなゾンビナンパ野郎もいたし、ああいうのと一緒にされたくないんです!」
赤いコートの女「あなたが一番どうなってるのよ」
##「落ち着いて聞いてください」
赤いコートの女「聞くだけ聞くわ」
赤いコートの裾が、ゆっくり揺れる。
黒いマスクの奥の目が、私を値踏みするように細くなる。
赤いコートの女「嘘ついたら、分かるわよ」
##「ひい」
赤いコートの女「で?」
赤いコートの女「あなたは、何がしたいの」
私は息を吸った。
##「俺は」
##「怖いくらい綺麗な女の人に」
##「全力で追いかけられてみたいです」
赤いコートの女「……やっぱり気持ち悪いじゃない」
##「ひ、ひどい。夢だったんですよ」
赤いコートの女「その顔で言うの、やめなさい」
##「ぴえん……」
赤いコートの女「似合わない」
##「二段攻撃!」
赤いコートの女はため息をついた。
赤いコートの女「怖い女に追いかけられるのが夢?」
##「はい」
赤いコートの女「普通は、逃げたいものよ」
##「逃げます!」
赤いコートの女「……は?」
##「逃げたいんじゃなくて、逃げるんです! 全力で!」
赤いコートの女「……」
赤いコートの女「本当に気持ち悪いわね」
##「でも本音です!」
赤いコートの女「分かってる。だから余計に変なのよ」
赤いコートの女は、黒いマスクの奥で小さく笑った。
赤いコートの女「いいわ」
赤いコートの女「少しだけ、叶えてあげる」
##「えっ」
赤いコートの女「逃げなさい」
赤いコートの女「私が飽きるまで」
赤いコートの女「捕まったら……あなたの中身、聞かせてもらうわ」
##「あ、あ、あーーー!」
##「言い方が怖いのに魅力的ーーー!」
私は夜の路地を全力で駆け抜けた。
赤いコートの女「楽しそうね」
##「楽しいです!」
##「あ、お姉さん! ほんと警察には言わないでくださいね!」
赤いコートの女「……何を?」
##「変な追いかけっこ頼んだことを!」
##「なんか、多分さっきお巡りさんにマークされてしまったみたいで!」
赤いコートの女「でしょうね」
##「話が早い!」
私は角を曲がる。
スマホの地図を一瞬見る。
##「こっち抜けられるな!」
赤いコートの女「余裕あるのね」
##「逃げ足だけは鍛えてるんで!」
赤いコートの女「何のために?」
##「こういう日のために!」
赤いコートの女「最悪」
背後の声が近い。
でも、不思議と足音の数が増えている気がした。
コツ。
コツ。
コツ。
右のショーウィンドウに、赤いコート。
左の車の窓にも、赤いコート。
前方のビルのガラスにも、黒いマスク。
けれど、振り返っても本人はいない。
映っている場所だけが、こちらに近づいてくる。
##「うわ、マジックだ!」
赤いコートの女「……マジック?」
##「追いかけっこガチ勢だ!」
赤いコートの女「腹立つわね」
赤い影が、少しずつ道を狭くする。
それでも私は走る。
##「お姉さん、こんなことお願いしてほんとすみません!」
##「あ、でも、これさ!お姉さんが口裂け女じゃなかったら……!」
##「俺が不審者だ……やばい!!」
##「ターボババアの亜種で、ターボ変態おにいさん……!」
赤いコートの女「勝手に分類しないで」
##「やばい! 確認すべきだった!」
私は走りながら、全力で振り返らずに叫んだ。
##「お姉さーん!」
##「口裂けてますかーーーー!?」
返事がない。
ただ、赤いヒールの音だけが近づいてくる。
##「返事がない! これは……肯定か!? 否定か!?」
赤いコートの女「……」
##「どっちにしても怖い!」
さらに加速した、その瞬間。
赤い影が、道を狭くする。
その隙間に、白いものが立った。
路地の空気が、一瞬で止まる。
けまり「……そこまでです」
七章 白い影
##「えっ」
私は急ブレーキをかけ、盛大につまずきかけた。
##「け、けまりちゃん!?」
けまりちゃんは、いつもの優しい顔ではなかった。
長い黒髪の奥で、静かに赤いコートの女を見ている。
赤いコートの女「あら」
赤いコートの女「けまり」
赤いコートの女「あなたの恋人、ずいぶん趣味が悪いわね」
##「あれ? 知り合い?」
赤いコートの女「あら、知らずに追われてたの?」
赤いコートの女「あなたにメールを送ったのはあたしよ」
けまり「……やっぱり」
けまりちゃんの声が、低い。
##「また、やらかしたかぁ……」
私はその場にへたり込んだ。
##「ごめんなさい……」
##「けまりちゃんの知り合いに、追いかけっこお願いしました……」
##「しかも口裂けてますかとか聞きました……」
##「警察に突き出されるかもしれない……」
恥ずかしさと情けなさで、私は目をぎゅっと閉じた。
##「もうだめだ……社会的に終わった……」
その背後で、赤いコートの影が、路地の壁に何枚も映った。
赤いコートの女「ねえ、けまり」
赤いコートの女「私、綺麗?」
けまり「……綺麗です」
けまり「でも、その人を怖がらせるなら」
けまり「そこから先は、だめです」
空気が、ぴしりと歪む。
路地の出口が遠くなる。
赤い影が、ガラスの中で笑う。
赤いコートの女「怖がってたかしら」
赤いコートの女「だいぶ楽しそうだったけど」
けまり「……それでも、だめです」
私は目を閉じたまま、震えていた。
##「なんか……風強くない?」
##「繁華街のビル風かな……」
赤いコートの女「あなたの彼氏、気持ち悪いわね」
けまり「知ってます」
赤いコートの女「でも、悪いやつでもなさそう」
けまり「はい」
赤いコートの女「それに、今までで一番、逃げ足が速かった」
けまり「そこは、少しだけ自慢です」
赤いコートの女「自慢するところ?」
ぱきん、とどこかで鏡が鳴ったような音。
足元の影が、白と赤に分かれて揺れていた。
けまりちゃんの大きな影が、赤い影を押し戻す。
けれど次の瞬間、赤いコートの女の笑い声が近づく。
赤いコートの女「面白いじゃない」
赤いコートの女「あなたがそんな顔するのも」
赤いコートの女「この男が、何も分かってないのも」
##「……何の話してるんですか?」
私はまだ目を閉じている。
なので何が起きているかも見ていなかった。
##「示談ですか?」
赤いコートの女「……」
けまり「……」
赤いコートの女「本当に何も分かってないのね」
けまり「はい……」
##「ごめん、けまりちゃんー」
私は目を閉じたまま、地面に手をつきかけた。
##「ちょっと夢が叶いそうでテンション上がってましたー!」
##「警察だけは勘弁してくださいー!」
##「けまりちゃんの友達のお姉さーん!」
赤いコートの女「……友達?」
けまり「……友達、では」
赤いコートの女「けまり」
赤いコートの女「私たち、友達だった?」
けまり「……知り合い、です」
赤いコートの女「でしょうね」
赤いコートの女はしばらく黙っていた。
それから、赤いヒールの音が近づく。
コツ。
コツ。
コツ。
私の前で止まった。
赤いコートの女「私は紅子。憶えておきなさい」
紅子「そして、目を開けなさい」
##「警察います?」
紅子「いないわ」
##「口、裂けてます?」
紅子「……」
けまり「……それは、聞いちゃだめです」
##「あっ、すみません!」
私は恐る恐る目を開けた。
赤いコート。
黒いマスク。
鋭い目。
紅子さんは、心底呆れた顔で私を見下ろしていた。
紅子「気持ち悪い」
##「はい……」
紅子「失礼」
##「はい……」
紅子「でも」
紅子「退屈はしなかったわ」
八章 裁きに行く人の背中
その時、少し離れた路地の奥から、怒鳴り声が聞こえた。
男「だから、さっきのチビだって!」
男「覚えたからな、あいつ!」
男「次会ったら、ただじゃ済まさねえ」
##「……あ」
さっきの男の声だった。
どうやら交番から離れたあと、仲間と合流したらしい。
男「女も逃がしやがって」
男「こっちは顔も撮ってんだよ」
男「晒してやる。店にも話通して――」
紅子さんの目が、すっと冷えた。
さっきまで私をからかっていた女王様みたいな雰囲気が、音もなく消える。
紅子「……まだ」
紅子「残ってたのね」
##「紅子さん?」
紅子「あなたは、そこにいなさい」
##「え、でも」
紅子「いいから」
声が、低かった。
けまりちゃんも、何も言わない。
ただ、私の肩にそっと大きな手を置いた。
けまり「……見ない方がいいかもしれません」
##「え?」
赤いコートの裾が、路地の闇へ消えていく。
その背中は、さっきまでの“綺麗な怖いお姉さん”ではなかった。
もっと冷たい。
もっと静かな。
追いかけっこの足取りではない。
逃げ道を、ひとつずつ閉じに行く歩き方だった。