素直になれない賢者と能天気勇者くん 作:蝉時雨
空が青く澄み渡っている。
木々が揺れ、葉っぱのざわめきが心地良い音楽のように広がっていく。
ああ、今日も良い天気だ、なんて普通の感想しか出てこない自分の感性には頭を抱えてしまう。
「ああ友よ! 空を見上げてどうしたんだい!」
魔王を討ってから随分と時間が経ったが、こうやって青い空を見れば世界が平和になったということを毎日のように実感できるのが素晴らしい。
魔族の領域を目指して旅をしていたころなんて、こうしてのんびり空を見上げる余裕もなかったものだ。
「むむっ、良い天気だなぁ! はっはっはっ、小鳥たちも元気に鳴いているな!」
動物たちの声も良く聞こえ、実に実入りのよい時間だ。
個人的には、こういった時間はとても好きだ。
日向ぼっこでもしながら、のんびり魔導書なんて読めたら文句なしだったな。
緩やかな風の中で微睡に身を任せて過ごす時間なんて、最高なんじゃないだろうか。
「友よ! なぁ、友よ! ワタシの声は聞こえているのだろう!?」
さて、そろそろ現実逃避はやめておこうか。
現実を――。
「動けなくなってしまったんだ! 確かに天気は良いが、先にワタシのことを助けてはくれないだろうか!?」
――見たくないなぁ。
隣を見下ろし、ため息をつく。
「なぜか巨大な沼があってな! 本当になぜなんだろうか!」
「……ボクが一番聞きたいよ……」
手に握った杖――木の根がいびつに絡み合い、先端に白い魔法石をはめ込んだものを地面に置く。
腕まくりをし、じたばたと暴れる彼の――世界の希望、史上最高の勇者であるアレフの手を握りしめて――。
「――いいいぃぃぃぃぃいいだだだだだだ!? と、友よおおおぉぉぉぉぉぉ!?!?!?」
――思いっきり捻じりながら引っ張った。
■■■
「はぁ……はぁ……」
なんとか息をつく。
ローブが泥に汚れて、着心地はあまりよろしくない。
本当に、なんでこんな森に謎の沼があったのかわからないけれど、誠に遺憾だ。
「はーっはっはっはっ! いつも苦労をかけるな、友よ!」
「……はいはい」
地面に腰を下ろしたボクとは正反対に、アレフは豪快に笑っている。
腰に差した聖剣の鞘と装飾のない鉄剣の鞘のふたつが木漏れ日の中で光っているのが、なんとも絵になるのが余計に腹立つ。
「それにしても、なぜワタシは毎度のように不運なのだろうな!」
「……まぁ、そういう星の下に生まれたんでしょ?」
「うむ、そうなのかもしれないな! やはり、我が友は知識人だなぁ!」
背中を反る勢いで豪快に笑う彼を見つめながら、再度ため息をつく。
「あと、ボクはデナンだよ。そろそろ、おもいだ――覚えてほしいな」
「うむ!」
もう一度、ため息。
仕方のないことだが、少し胸の奥に痛みを感じる。
顔を上げれば、そこには木の葉に遮られるも美しい青い空。
空を飛べる魔法なんてものがあったなら、それはそれは気持ちいいかもしれない。
賢者なんて呼ばれてるが、そんな魔法があるかなんて知らないけれど。
「さぁ友よ! 休憩はそろそろ十分じゃないのかね!?」
彼が手を差し伸べてくる。
魔物の革から作られた手袋は、使い込まれていて光沢が増している。
本当に、どこまでも能天気な男だ。
こちらがどれだけのことを考えながら共にいるのか、わかっていないのが本当にどうしようもない。
「ボクはキミみたいに体力オバケじゃないの」
「はっはっはっ! ならば運動をしよう! 体力をつけようじゃないか!」
「ダメだこりゃ」
手を重ね、彼の力を借りて体を起こす。
そのついでに、地面に置いた杖も再び手に取る。
杖の先で地面を二度突けば、ふわりと風が起こってローブの汚れをなかったものにしていく。
「友よ! ワタシの鎧の汚れも――」
「――それは自業自得だからボクの知る由ではないな」
「そんなバカな!?」
過剰に反応をしている彼を横目に、獣道の先へと足を向ける。
後ろで「友よ!」なんてボクを呼ぶ彼のことなんて知らん。
歩きながら、時折地面を杖で小突く。
その度に、ボクから見えない小さな衝撃波のようなものが起こり、周囲に広がっていく。
今になっては常に使う意味は無い、偵察の魔法。
衝撃波に触れたモノの危険性を、その魔力で持ってボクに教えてくれる魔法だ。
体に染み付いた習慣というのは、なかなか抜けないものだ。
風に流される自分の長い髪を背中に回しながら、森の先へと視線を向ける。
「友よ、件の村はもうすぐなのだな?」
「そうだね。この森を抜けた先の小さな丘の先にあるらしいね」
「王都で依頼を受けた時は耳を疑ったが、この平和な時代にモンスターなぞ本当にいるのか疑わしい。我が友もそうは思わんかね」
「そーだねぇ」
「…………なぜだかとてもバカにされた気分だぞ友よ」
別にバカにしたわけではない。
モンスターに襲われているのは、間違いなく本当だろう。
そうでなければ、王都のギルドに依頼として張り出されるはずがない。
魔王を倒して平和になったのは間違いないが、世界全体からモンスターがいなくなったかと言われればそんなことはないのだから。
問題は――。
「――まだその村が残ってれば、いいよね」
「うむ。まったくその通りだな」
依頼が王都のギルドに貼られてから、ボクたちが受けて実際に村に行くまでの期間。
馬車を乗り継いでも王都から一週間はかかる場所にある村だ。
今頃、そのモンスターに滅ぼされて廃墟でしたと言われても信じてしまうだろう。
世のため人のために世界を救った勇者一行――今はボクと隣のバカの二人旅だけど――としては、意地でも助けるっていうのが正解なのかもしれない。
でも、ボクとしては正直どうでもいい。
魔王を倒しに行ったのだって、アレフに頼まれて仕方なくだ。
ボクは、正直世界がどうなろうが知ったことではなかったのだから。
ぎりぎり王国の領土にあった山の、その中腹で魔法の研究を続けていたボクを無理やり連れ出したアレフに文句はある。
それがなければ、ボクは今も結界を張り巡らせて平和を形作っていた山小屋で過ごしていたことだろう。
嫌々連れ出され、アレフと仲間たち――彼らと旅をした世界の美しさを知らずに過ごしていたことだろう。
山を下りた先の、記憶とは異なっていた村があることを知った。
光溢れる大河の先にある黄金都市を知った。
原理が全くわからないが、空に浮かぶ古代都市を知った。
世界には、己の知識が及ばない場所しかないことを、たくさん知った。
この世界を――彼らと巡った様々な場所を救ったこと自体は、別に嫌なことではなかった。
かつて共に旅をしたふたりも、ボクと似たり寄ったりだ。
騎士は王都の騎士団で頑張ってると見せかけてサボっているだろうし、聖女は教会で祈りという名の居眠りでもしている頃だろう。
やっぱり、あのふたりのこと考えると無性に腹が立ってくるな。
どうしてボクだけ頑張ってるんだろう。
でも、あのふたりもきっと動いてるはずだ。
あの日の誓いは、ボクたち三人の胸の中にあり続けているのだから。
「むっ、友よ。あの煙は――」
視界が僅かに開け、丘のようになった場所へと出る。
その先――ボクたちの居る丘から見える、森に囲まれている木造の屋根が複数ある村であろうところで、灰色の煙がいくつも上がっている。
「――うん」
杖で地面を二度小突く。
淡い光と風が、アレフの体を包み込んだ。
木漏れ日の中、乾いた泥のこびり付いた軽鎧が鈍く光る。
「感謝するぞ、友よ!」
「いってらっしゃい、あとでね」
鉄剣を引き抜き、飛ぶかのように駆け出していく彼を見送ってからもう一度杖で地面を小突く。
そうすれば、ボクの体を風が包み込んで少しだけ浮遊する。
「これをもう少し改良すれば、空も飛べるかなぁ」
さて、聖剣を抜けなくなった勇者は勇者たり得るのか。
弱者を助けることこそ勇者なのか、はたまた聖剣を担う者こそ勇者なのか。
ボクは、どちらでも構わないと思う。
なにせ、なりふり構わず駆け出した彼の背中は、いつも眩しいのだから。
こういう話が一番好きです。