素直になれない賢者と能天気勇者くん   作:蝉時雨

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閑話は山小屋にて

 雪深い山の奥。

 

 麓の村から一日と少しほどにある、小さな広場のような場所。

 そこに、一見人が住んでいるのかすら怪しい小さな小屋があった。

 

 外観はボロボロで、今にも積もる雪の重さに耐えられず屋根が崩れるのではないかと思うほどだ。

 

「こんなとこに子供なんか住んでんのかねぇ」

 

「ええ……あまりにも、その……」

 

 仲間の声が、ワタシの耳に届く。

 ワタシ自身、こんな所に人が――それも子供がひとりで住んでいるだなんて考えたくもない。

 

 だが、麓の者たちは口々に、ここにひとりの子供がいると告げてきたのだ。

 

 今年の冬は厳しいから、出来ることなら麓に降りてきて欲しいと心配そうに語った老婆がいた。

 魔女の遺児で気味は悪いが、子供があんな所でひとり寂しくしてるのではと語る青年がいた。

 

 ならば、向かわざるを得ない。

 かの子供の話が本当であれば、ひとりで泣いているはずだ。

 

 身寄りもなく、己の狭い世界でひとり寂しく過ごしているはずだ。

 

「いないなら、それが一番さ。とにかく、行ってみよう」

 

 仲間――ライダルとカリナに声を掛けて山小屋へと歩を進める。

 一歩進むごとに、深く積もった雪は足を呑み込む。

 これだけで、子供は外に出ていないということがわかるというものだ。

 

「これ、は……」

 

「カリナ? なにかあったかい?」

 

 あと数歩で山小屋の扉に着くという時に、カリナが驚くような声を上げた。

 

「は、はい。かなり高度で……複雑な獣避けの魔法が展開されています。それに……」

 

 彼女は周囲を伺うように言葉を続ける。

 

「直近で、かけ直されている……?」

 

「ほーう? 村の人らが言ってた魔女さんの仕業かね」

 

「件の魔女様はすでに亡くなっているとのことでしたが……」

 

 もしや、この山小屋で暮らす子供のやったことなのだろうか。

 カリナの反応からすれば、かなり高度な魔法であると推察できる。

 現に、ワタシは気づかなかったし、ライダルもカリナの言葉に関心しているようだが、気づいていた様子ではない。

 

 相当な魔法の使い手か、無意識かで自然にやってしまっているのか。

 どちらにせよ、とてつもない才能の持ち主であることに変わりはない。

 

 扉の前まで歩いていき、小屋の中に雪が入らないよう三人で少しだけ整える。

 ある程度円形に整え、問題ないと判断してから扉に手をかけてから力を入れる。

 

 引いても嫌な音がなるだけだったそれを押し込めば、錆びた鉄の音と共にゆっくりと開いていく。

 

 その先には――。

 

「――――だれ?」

 

 扉から差し込む光に、ぼんやりと浮かぶ小さな人影。

 床に座り込み、ボロボロの毛布に身を包んだその子は、本を広げてこちらを見ていた。

 

「ふむ……」

 

「……っ」

 

 ライダルとカリナが背後で覗き込み、それぞれが言葉を失っていることがわかる。

 なぜなら、長い薄汚れた髪の隙間から見える彼女の瞳は――暗く、濁りきっていたのだ。

 

「……おかぁさんなら……いない、よ?」

 

「……アレフ」

 

 声を掛けてきたライダルに頷きを返し、子供に届くように努めて優しく声をあげる。

 

「やぁ、山を登っていたらここが見えてね。中で少し休んでもいいかな?」

 

「……? なにも、ないよ?」

 

「はは、キミがいるじゃないか」

 

 少しだけ間が空き、頷いた子供――声は掠れているが、女の子であろう――が頷いたのが見えた。

 見ず知らずの我々を警戒せず中に通すのには物申したいが、これも彼女の心の現れだと思いたい。

 

 小屋の中に入っても、寒さはあまり変わりがない。

 彼女がボロボロの毛布でも羽織っている理由のひとつだろう。

 

「……火ぃ入れて来るわ」

 

 ライダルの呟きは、左奥に見えた暖炉を指してのことだろう。

 彼は遠慮なく中へと入っていき、勝手知ったると言わんばかりに暖炉付近の掃除からはじめていた。

 

 ワタシとカリナも扉を閉めてから中へと入り、光源がなくとも最低限の明かりが灯っていることに少し驚く。

 

「……はじめまして、お嬢さん。なにを読んでらっしゃるんですか?」

 

「……おかぁさんの、本」

 

「……お母様の……」

 

 ワタシよりも先に歩み寄ったカリナが声を掛ける。

 その声は少し震えていた。

 

「どんな本、なのですか?」

 

「……魔法の、本。いろいろ、書いてある」

 

 彼女の読んでいる物を、影が差し込まないように気をつけながら上から覗き込む。

 小難しいことが、これまた小難しい文字で書かれていて頭が痛くなる。

 子供だからと少し侮っていたのを恥じ入る気持ちだ。

 

 近くまで来てはじめて。

 彼女の毛布から伸びる腕、指――そして隙間から見える身体のすべてが枯木のようにやせ細っていることに気がついた。

 

「……キミさえ良ければ、休ませてくれるお礼も兼ねて食事をご馳走したいのだが、どうかな?」

 

「…………ごはん?」

 

「ああ、ご飯だ」

 

 また、少しの間が空いてから――。

 

「――別に、いらない。お腹、すいてないもん」

 

 強がっていることは、丸わかりだ。

 いや、すでに空腹ということがわからなくなっているだけかもしれない。

 いったい、どれだけの時を独りで孤独に過ごしていたのか。

 

 彼女の言うお母さんという人物は、なにを考えてひとりにしたのだろう。

 

「…………カリナ」

 

「……はい。なるべく優しいものを、ご用意しますね」

 

 立ち上がり、扉横にあった調理台へと向かうカリナを見送る。

 

「随分と難しい本を読んでいるんだね」

 

「……かんたん、だよ?」

 

「ははは、ワタシには難しくてね。キミはすごいな」

 

 腰を下ろし、なるべく彼女と同じ視線の位置を心がける。

 

「ワタシはアレフという者だ。よかったら、キミの名前を教えてもらえないかな?」

 

「…………デナン」

 

 こちらを見ず、視線を落としたままに返答をしてくれる彼女――デナン。

 

「デナンか、良い名前だ」

 

「……おかぁさんが、むかしの言葉で光っていってた」

 

「……光、か」

 

 周囲を見渡せば、手入れの行き届いていない小屋の内部。

 時折すきま風が吹き、ただでさえ寒い室内に風を吹き込んで来ている。

 壁際――というよりも小屋中にはうず高く積まれた本の数々があり、そのどれもが小難しそうなタイトルを刻んでいた。

 

「……この部屋にある本は、全部お母さんのものかい?」

 

「うん。かえってこないから、全部読んじゃった」

 

 彼女のお母さん――母は、たしかに彼女を愛していたのではないだろうか。

 そうでなければ、『光』という意味の名前を送らない――。

 

「アレフ、少しいいか?」

 

 ライダルに声を掛けられ、手招きされる。

 デナンの様子を伺うも、彼女の視線は本に向かっている。

 

「少し席を外すね」

 

「……うん」

 

 立ち上がり、ライダルのいる暖炉の近くへと歩み寄る。

 暖炉には微かにではあるが、あたたかい光が漏れ出ていた。

 

「……こいつを読んでみろ」

 

 手渡されたのは古めかしい羊皮紙。

 開いて中を確認すれば――。

 

「暖炉の奥に転がってた。大方、あの子に見つからないよう隠したんだろう」

 

 ――彼女の母であろう人物からの、手紙。

 

 彼女――デナンと己は血が繋がっていないということ。

 デナンをひとり残し、山に現れたモンスターを討伐しにいくこと。

 デナンには魔法の才能があり、正しく導いて欲しいこと。

 

 最後に、滲む文字で書かれていたのは。

 

『一緒にいてあげられなくて、ダメなお母さんで、ごめんね』

 

 やはり、彼女はたしかに愛されていたのだろう。

 麓の村ではモンスターの脅威を聞かなかったのもあり、彼女は成し遂げたのだ。

 

 振り返り、本を読む少女を見据える。

 

「……ライダル、少し休憩したって構わないだろう?」

 

「……何事も適度な暇がなければ話にならないからな」

 

 手紙をライダルに預け、再び少女へと歩み寄る。

 本を読んでいた彼女はワタシの足音に気づいたのか、先程まで伏せていた顔を持ち上げていた。

 

「……ワタシたちはこのあたりを調査しなければいけなくてね。キミ――デナンさえ良ければ、数日泊めてくれないかい?」

 

 ワタシが聞くが早いか、鼻を擽るあたたかなスープの匂い。

 枯木のようなデナンの体から、生きたいと願うような可愛らしい音が静かに響いた。

 

「……モンスターが、出たの?」

 

「……まぁ、そんなところだね」

 

 彼女の視線は調理場にいるカリナへと向けられている。

 澱んではいるが、どこか遠くを見るようなその視線の先には、なにが映っているのだろう。

 

「………………いいよ」

 

 頷く彼女に微笑みを返し、優しくその頭を撫でる。

 

 願わくば。

 

 これからの彼女に、光多からんことを。

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