素直になれない賢者と能天気勇者くん   作:蝉時雨

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第七話は団欒と共に

 淡い光が照らす小部屋の中に、静かな時間が流れている。

 

「あの黒い手に引きずり込まれた先で、過去の勇者たちの思念と戦ったのだ」

 

「ほーう、ダンジョンの中にそんなのがいるなんて聞いたことなかったな」

 

 ライダルが作ってくれたスープを片手に、アレフの隣に座って一口二口食べる。

 薄くもなく、濃くもないその味にどこか物足りなさを感じるが、不思議と落ち着くような心地だ。

 

「そんで、お前さんは聖け――その剣を抜いた上で、忘れてた記憶を取り戻したと」

 

「うむ。取り戻したと言っても、幼少期の頃から陛下に謁見するところまでだがな!」

 

「そいつぁ、不思議なこともあるもんだ」

 

 朗らかに笑って語るアレフと、優しい目をして見守るライダル。

 

 隣の杖――いつの間にかライダルが持ってて、先程手渡してくれた――をひと撫でする。

 ライダルに渡してもらう時にボクらのことも話すかと聞いたが、静かに首を振られてしまったが、ほっとしている自分もいる。

 

 ボクらがアレフのためにやっていることは、あくまでもボクたちが好きでやっていることだ。

 彼が記憶を取り戻してくれたのは嬉しいが、それとこれとは別の話。

 たとえこの先徒労に終わろうとも、アレフが笑って生きられるならそれでいいのだ。

 

「ねぇ、アレフ」

 

「なにかな、我が友よ」

 

 彼の名を呼べば、微笑みながらこちらを向く。

 それが、なぜだか過去の書庫で一緒に過ごした彼の顔に重なった。

 

「……その剣、抜いてみせてよ」

 

「おお、そうであったな!」

 

 彼は膝を打って立ち上がり、聖剣の入った鞘を左手で持ち上げた。

 

「では、いくぞ?」

 

 柄に手をかけられ、徐々に引き抜かれて行くそれ。

 久方ぶりに見ることとなった、青く輝く刀身に見入っていれば、すべてが抜かれ。

 

 そうして――。

 

 記憶の中のものよりも、いくらかは弱く感じるものの。

 

 ――小部屋中を満たす、溢れる程の光の渦。

 

 本当に、引き抜けたのだ。

 見るからにまだ本調子ではないものの、今はただ。

 引き抜けたということを、喜びたい。

 

「どうだ、眩しいのが玉に瑕といったところかと思うのだが」

 

「……ああ、そうだな。眩しいな」

 

 ライダルの静かな――でもどこか震えた声が聞こえる。

 こんなことで泣くなんて、ライダルも歳を取って涙もろくなってしまったのか。

 

「友よ、キミとしてはどうかな。これでワタシも、もっとキミの力に――」

 

「――うん」

 

 もっと、いろんな言葉を続けようとした。

 

 アレフは絶対に抜けると思ってた。

 昔からずっと、ボクの力になってくれている。

 そんなものがなかったとしても、ボクは――。

 

 でも、口からは空気が漏れていくだけで、他のものはなにも出ていかない。

 

「と、友よ!? どどど、どうしたというのだ!?」

 

 不思議なことに、彼の姿が滲んで見える。

 

「……あー、まぁなんだ。そっとしといてやってくれ」

 

「この剣が眩しすぎたか!? い、今すぐ鞘に入れるからな友よ!」

 

 アレフの騒がしい声が耳に届いて、おかしくて笑ってしまう。

 膝の上で握った自分の手に、あたたかいものが落ちる感触がある。

 上は天井なのに、なにが降ってきているのだろう。

 

 どうしてか、お腹がいっぱいだ。

 

 ライダルの作ってくれたスープは、まだ温かいのに。

 

 たくさん、不思議なことが起きる日だ。

 

 

 ■■■

 

 

 

 小部屋の中は、静かな時間が流れている。

 

 ボス個体を倒していないはずなのに、モンスターの襲撃もない平和な時間。

 ボクとアレフは隣り合って座り、向かい合わせの形でライダルが武器の手入れをしている。

 

 その間で暖かな光を灯す焚き火を、ぼーっと見守る。

 

 明るい部屋だから必要ないと言ったのに、野営をするなら焚き火だと言ったアレフが勝手にやってしまった。

 ライダルもそんな彼に乗っかって、あれよあれよと外でするようなものを拵えてしまった。

 

「友よ、本当にどこも傷まないのだな?」

 

「はっはっはっ、お前さんは心配性だなぁ」

 

 神殿型ダンジョンで周囲に木なんてなかったはずなのに、どこに焚き火をするような量を隠し持っていたのか。

 ライダルが木を懐から取り出した時は、自分の目がおかしくなってしまったのかと思った。

 

「にしても、モンスター来ねぇな。ダンジョンの中で安全な場所なんてないはずなんだが」

 

「………………心当たりがないと言えば嘘になってしまうな」

 

 寝て起きたら、またこのダンジョンの中を下っていかなければいけない。

 アレフの記憶が多少戻ったのは良いことだけど、まだボス個体を討伐できていない。

 外の暑さのこともあるから、出来ることなら――。

 

「……詳しく聞こうか?」

 

「……ワタシが過去の勇者たちの思念のようなものと戦った話はしたであろう?」

 

「ああ――いや待て、嘘だろ?」

 

 ――なんだか、隣から聞き捨てならないことが聞こえてきた気がする。

 

「……倒しちゃったかぁ……デナン、疲れてるとこ悪いが……」

 

 立ち上がって、近くの壁まで歩いていく。

 そこに手をついて、瞳を閉じて魔力を感じ取れば。

 

 ダンジョンの中で凝り固まって滞留している澱んだ魔力はそこにある。

 しかし、ここに来た時に感じたものよりも、幾分か少なったっているそれ。

 

「思えば、我が友はあの状態でなにをしているのか聞いたことがなかったな」

 

「デナンは魔法やら魔力の才能がとんでもなくてな。あーやってると、ダンジョンに限らず魔力の流れが見えるんだと」

 

「ほう、やはり我が友は天才であったか」

 

「それ本人に言うなよ? すんげぇ顔で見られるからな」

 

 聞こえてくる雑音は意識的に切り捨てつつ、魔力の流れを掴もうとより深く見ていく。

 

 全体の魔力は四方へと流れていて、このままいけば遠くないうちに澱みは解消される。

 この神殿と地下に広がる迷宮がどうなるかはわからないけど、少なくともダンジョンとしては機能しなくなるだろう。

 

 ダンジョンは閉じられたとしても、その洞窟や建物が必ずなくなるわけではない。

 なくなるものもあれば、残るものもある。

 

 なくなっていて登録済みのダンジョンであれば、ギルドの調査隊がそれを確認して報酬が出る。

 登録されてなくてなくなった場合は、たとえ調査隊がその場に行ったとしても認められることはないから報酬も出ない。

 

 今回はライダルが騎士の権限でもって調査も兼ねてくれているから、戻って報告すれば報酬が出るようになってる。

 大部分はカリナに届けてもらうけど、アレフとの旅資金にもなるから本当に頭が上がらない。

 

「うん、大丈夫そう。モンスターがいるかは見てないけど、少なくともダンジョンは閉じられてる」

 

「はぁ……魔力の回収出来なかったなぁ」

 

「我が友がいつもやっているものだろうか。騎士殿も集めているのか?」

 

「あいや、まぁそうっちゃそうなんだが」

 

 希望の箱に魔力を回収出来なかったのは残念だが、当の本人の記憶が戻ったのだから良いだろう。

 まさか討伐済みとは思わなかったが、それも彼らしい――。

 

「かの思念であれば、ワタシと共に在るぞ?」

 

「は?」

 

 ――前言撤回。なにを口走っているのだ、このバカは。

 

「待て待て待て、お前さんまさか討伐したんじゃなくて――」

 

「うむ。共に歩むために手を重ねてな。今はワタシと――」

 

「…………まじかよ」

 

 アレフの隣へ戻るために歩いていたが、立ち止まって天井を見上げる。

 頭が痛い。

 

「かつての勇者であった者たちの無念も含めて、ワタシは友と共に歩きたくてな」

 

 その無念をカリナに浄化してもらって、アレフの記憶のみを選別したかったのだが。

 この男は、本当に。

 

 ダンジョンの発生原因であり、モンスターたちを発生させる根源にあるもの。

 それこそが、死者たちの亡念であり、無念であり、死んだ時に世界へと拡散された魔力だ。

 そこにはもちろん、アレフのものも含まれている。

 

 魔力を取り込むだけなら、今のアレフのようにやってしまっても良い。

 良いのだが、ボクたちはカリナの浄化を経て彼に戻そうとしている。

 そうしなければ、過去の勇者たちの二の舞になると――。

 

「……はぁ、アレフ」

 

「なにかな、友よ」

 

「色々言いたいことあるけど、大丈夫そう?」

 

 ――そう、考えている。

 

「うむ! ワタシはいつだって大丈夫だ!」

 

 勇者と魔王は表裏一体。

 

 これは、ボクたちの共通認識である。

 魔王を倒したらアレフも消えるのがイヤで、ボクは度をしていた中で色んな文献を片っ端から洗った。

 

 その中に、旅先で寄った古宿の店主から見せてもらった、一冊の古い言葉で書かれた本があった。

 自分には読めないけど、先祖代々受け継いできたものだと言われて受け取ったそれ。

 かつての、数百年前の勇者について書かれた本だった。

 

 その勇者が、いかに素晴らしかったのか。

 その勇者が、どれ程の功績を残したのか。

 その勇者が、数多の人々を救い、導いたのか。

 

 それらが事細かにまとめられていた。

 

 アレフの隣に座り直して、彼の涼やかに微笑む顔を見つめる。

 

「まったく、お前さんは本当にとんでもない男だよ」

 

「はっはっはっ! 己の身ひとつで、我が友を守り抜いた騎士殿と比べれば大したことは無い!」

 

 ライダルの呆れた声と、アレフの元気な声が遠くに聞こえる。

 

 あの本に書かれていたこと。

 ライダルとカリナにも、伏せていること。

 

『かの勇者は闇に溺れ、魔王と成り果てた』

 

 はっきりと覚えている、その一文。

 

 勇者と魔王は表裏一体ではなく、勇者こそが魔王だったのではないか。

 その本でしか書かれていなかったことで、あくまでも真実とは言いきれない。

 

 かつての勇者たちの名前が、なぜどこからも消えているのか。

 書かれていたと思われる部分が、なぜなにかしらの方法で無かったことにされているのか。

 

 あの一文が本当なのであれば。

 アレフも、浄化されていない魔力と記憶――死者たちの思念を取り込み続けたら――。

 

「――よ? 友よ、考え事か?」

 

 声をかけられてはっとする。

 視線の先にいるアレフは、こちらを心配そうに見つめていた。

 

「あ、うん。なにか話してた?」

 

「うむ、騎士殿と起きたらどうするかとな」

 

「おじさんはここの報告も兼ねて王都に戻るが、おふたりさんはどうするのかってな」

 

 寝て、起きたら。

 そうだ、念の為防護魔法とかを展開しておかなければ。

 

 手元に置かれた杖を手に取って、四度突く。

 ボクの魔力を吸った魔法が小部屋を満たした。

 

「おいおい、まだ魔力が残ってるのか。デナン嬢も相変わらずだ」

 

「ボクらも王都に帰るよ。カリナのとこに行かなきゃ」

 

 頭に過ぎるのは、光を受けて微笑む彼女の姿。

 王都の要である結界を維持する、当代の聖女であり、稀代の癒し手。

 そして、ボクの味覚を壊した張本人。

 

「アレフも魔力を直接取り込んだんだから診てもらわなきゃ」

 

「ふむ……?」

 

「教会の聖女様ね。おも――覚えてあげてよ」

 

「おお! そうであったな!」

 

 小部屋には苦笑とため息、それと大きな笑い声が重なる。

 

 ボクの仮説は、間違っているかもしれないし、合っているかもしれない。

 ライダルとカリナに話せば、彼らも一緒に考えてくれると思う。

 

 でも、話したくない。

 これ以上、彼らにもアレフにも、余計なものを背負って欲しくない。

 

 これは、ボクの中に伏せておくべきこと。

 

 そう、強く言い聞かせる。

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