素直になれない賢者と能天気勇者くん 作:蝉時雨
馬車の小窓から差し込む日差しに目を細める。
少し前までは揺れていた馬車も、王都近くの道に出たのか多少は揺れるものの比較的穏やかだ。
神殿型ダンジョン、カテル・ナリから出て数日。
ライダルが御用達の馬車を呼び寄せるという話になり、それまでオーパルの街で過ごした。
露天街の珍しいものに惹かれていくアレフを諌めた日。
花と歌の街だけあって、路上で歌う詩人にふたりで耳を澄ませた日。
ライダルと合流して、ほかの冒険者も巻き込んで酒場で大騒ぎした日。
滞在したのは三、四日だったはずなのに、静かな日が一日たりとてなかった。
毎日のように外へと繰り出すアレフには呆れたが、悪くはなかった。
でもあの街は人が多すぎて、そこだけが何度行こうと慣れない。
「友よ、王都の街並みは変わっているだろうか」
「二、三週間じゃ変わらないでしょ。キミの戻ってきた記憶に比べてば、だいぶ変わってそうだけど」
「はっはっはっ! そうもそうだな!」
ここ数日、彼の隣でずっと過ごしていたが特に異変は感じていない。
アレフはアレフのまま、かつての幼かった頃の記憶と過去の勇者たちの記憶を共存させている。
それはすごく良い事だと思う反面、今は良いけどこれから先に影響がないとも考えられない。
ボクの仮説は合っているかもわからないものだからこそ、現実にならないことを祈る他ない。
「連日馬車に乗ってると肩が凝って仕方ねぇな。デナン嬢、その本は読めたのか?」
向かい側に座るライダルが肩を回ている。
ボクの手元には、カテル・ナリで見つけた『古代魔術ノ探求 肆ノ項』。
「まだ全然。古代語は読みにくくて仕方ないよ」
「読めるだけすげぇんだけどな、それ」
オーパルの街から王都へ向かう道中ずっと読んでいたが、なかなかに手強い。
ほかの三巻も読むのに手こずったのもあってわかっていたことだが、魔導書を読むのはこれだからやめられない。
一巻は基礎的な魔法――当時では魔術の使い方。
二巻ではその応用。
三巻では、それらを刻み込んで無詠唱とする作法および実践法。
そうして、今手元にある四巻。
内容を紐解いていけば、星と魔術の繋がりと、いかにして星から魔力を受け取るかについて。
想像するに、これは世界に溶け込んでいる誰のものでもない魔力を、己の魔力として使う方法。
かつては星から力を得ていたとは知っていたが、それがまさかこういうことだとは考えたこともなかった。
昔の魔法使い――魔術使いたちは、随分と先を歩いていたようで面白い。
「騎士殿、今はどのあたりだろうか」
「んー、さっき街道の感じが変わったからかなり王都の近くだと思うぞ」
「そうかそうか、実に楽しみだな!」
「元はお前さんがいたとこだってのに、子供みたいに喜びやがって」
王都から伸びる街道は、一昔前まではオーパルの街やほかの中韓都市まで整えられていた。
しかし、魔族との戦いの爪痕で荒れてしまった。
王都から徐々に再整備の手が入ってはいるが、復興はゆっくりと時間をかけて行っているらしい。
「お、城門が見えてきたな」
ライダルが御者の姿がある覗き窓から先を見据えて声を上げる。
王都ライアピス、古い言葉でライアの揺り籠。
女神ライアの名前が入っている通り、女神信仰が根深くある都市。
中央に巨大な魔石を飾る尖塔が伸びた王城を配置し、そこから四方に伸びる大通りは季節によって飾り付けがされる。
鍛冶や冒険者の集う北西街と、庶民が中心となって暮らす南西街を貫くように、王都を観光するなら一度は立ち寄るべしと囁かれる女神の涙という河がある。
一方、北東街はライア信仰の中心地でもある大神殿を起点として貴族たちの暮らす豪華な街並みが広がり、南東街は買い物客が往来する庶民的な食堂から貴族が利用する宝飾店まで様々な店が並ぶ。
そんな王都は、王城を中心に守護する近衛騎士団と、王国全域を守護する王国騎士団、さらには大神殿を守護する神殿騎士団とが配されている。
そこに、カリナが毎日のように祈りで魔力を注ぐ防壁と、王都を円状に囲う堅牢な城壁で、広い平野にありながら難攻不落を誇る。
「失礼、身分証を――おお、ライダル様!」
「よぉ、ごくろうさん」
東部大通りに繋がる城門にて、馬車の扉が開かれる。
手入れの行き届いた白く輝く甲冑に身を包んだ男が、一礼をしながらこちらを伺っていた。
「貴族様方かと思い緊張しておりましたが、要らぬ心配でありましたな」
「おい、どういう意味だそりゃ」
中と外、ふたつの豪快な笑い声が響く。
どうやらライダルとこの騎士は知り合いのようだ。
「ふふ……ん、んんっ。そのまま通したいのですが、規則ですので身分証のご提示を願います」
「おう。デナン嬢」
声をかけられ、ローブの中にある袋から自分とアレフの冒険者証を取り出す。
ライダルは己の騎士証――赤を基調とした四角く折れ曲がらない素材で作られたもの――をボクらのものと合わせて騎士へと手渡した。
それらを受け取り、瞬時に目を通してすぐに手元に戻ってきた。
「確認しました。王都への無事の帰還、王国騎士団を代表して歓迎致します」
馬車の扉が締まり、一礼する騎士を置いて動き出す。
「職務に忠実な騎士が配備されているな」
「あいつは堅ぇんだ。もっと気楽にやりゃいいのによ」
アレフとライダルの話を聞き流しつつ、小窓から見える景色に目を移す。
久しぶり、という程ではない。
ここから見える景色も、辺境の村へと向かう際と変わりはない。
その変わらなさが、どこか居心地の良い気がする。
もう幾ばくかすれば夏季となり、この東部大通りもそれに合わせた飾り付けへと移り変わることだろう。
色彩豊かな街並みから、赤を主体とした情熱的な街並みへと変わるそれは王都のひとつの特徴であり、カテル・ナリへと向かう道中の暑さを思い出させて辟易する。
「ふたりはこれからどうするんだ? 俺ぁギルドに報告してから大神殿に寄っていこうと思うんだが」
「ワタシは友と歩みを共にするつもりだ」
視線を感じて外から内へと意識を戻せば、こちらを見るふたりの顔。
ライダルから生暖かい眼差しを感じて、脛を蹴り上げておく。
「いだっ!?」
「……ボクらは宿に行って休む。馬車続きで疲れた」
「くぅーっ、鎧着ときゃよかった。そんじゃ、カリナには明日以降来るって言っとくよ」
脛を摩るライダルから視線を外し、隣にいるアレフへと向ける。
こちらを見つめる瞳は真っ直ぐで、彼の背中と同じように眩しい。
「あー、おふたりさんや。おアツいのは良いことだが、おじさんもいるん――」
もう一度、余計なことを口走るライダルの脛を蹴り上げる。
馬車の中には男の悲痛な声と笑い声、そうしてため息が混じった。
■■■
石で舗装された道を歩く。
視線を動かせば、そこかしこに昼間から飲んだくれる冒険者の姿。
王都の中でも比較的治安の良くない場所である、冒険者の集う北西街。
大通りに近いところはあまり気にならないが、遠ざかる程に道で寝ていたり喧嘩をしていたりするのを見かける。
「ふっはは、ここはいつ来ても賑やかだな我が友よ」
「そうだね」
今もボクとアレフが通っている道で、冒険者たちがこれでもかと騒いでいる。
「ぎゃっはっはっ! 前祝いだ、お前ら飲め飲め!」
「店の酒樽全部空にしてやれ!」
ため息をひとつ落とし、目的地の宿まで歩いていく。
北部大通りと西部大通りから見て、ちょうど真ん中あたりの防壁近く。
そこにあるのが、魔王討伐の旅をしていた頃からお世話になっている宿、猟犬の庭。
名前は少々物々しいが、心優しい店主が――。
「――ぬおおぉぉぉぉおお!?」
「――出ていきな! 二度とうちの暖簾を潜るんじゃないよ!?」
――いるのだが、時々こうして追い出される者がいる。
もうすぐそこだと思っていた扉から、顔を真っ赤に腫らした男が背中から吹き飛んできた。
きっと、店主の機嫌を――絶対に破ったらいけない決まり事を蹴り飛ばしたのだろう。
「はっはっはっ! 見ろ友よ! 店主殿は今日も壮健なようだ!」
「……ほんとだね」
アレフも、あまりにも印象に残っているのか覚えてくれている人。
「はぁ、まったく最近の冒険者ときたら――おや、デナンにアレフじゃないか!」
店主――長い茶色の髪を後ろで束ね、頭に手ぬぐいを纏った若々しい女性。
その喜色の映る顔には左目から口元に至るまでに大きな切り傷があり、右目は赤い輝きを放つ瞳をしているが件の左目は白く濁っている。
元シロガネ級冒険者でもある彼女は、腕をこれでもかと広げて近づいて――。
「――んぶっ」
「よぉく返ってきたねぇ! んんーっ、少しは肉付きよくなったかいデナン!」
――ボクのことをこれでもかと抱きしめてきた。
はじめの頃はなんとか避けようともがいたこともあったが、貧弱で貧相なボクはいくら努力しても結局は捕まってしまう。
今では大人しくされるがままだ。
「アレフの坊やもお帰り! 少し見ない間に良い男になったねぇ!」
「ふははは! 店主殿、それは買いかぶりというものだ!」
「なぁに、あたしはこれでも元冒険者だよ。そんじょそこらの野郎なんかよりは眼がいいって自負してんだ!」
ボクのことを抱きしめ、さらには頭まで撫でるという仕打ち。
恥ずかしいことこの上ないが、元とはいえ前線で戦っていた戦士だ。
絶妙に加減されてはいるが、抜け出すことが出来ない。
「……ライラ、くるしい」
「おっと、ごめんよデナン! 帰ってきてくれたのが嬉しくてねぇ」
冒険者の宿、猟犬の庭店主にして腕っぷしのある女将のライラ・ラクルノワ。
元々は数人の仲間と一緒に、ここ王都のギルド本部においてトップ冒険者として名を売っていた彼女。
クロガネへの昇格も見えていたそうだが、前祝いとして受注した依頼において重症を負って引退を決めたらしい。
仲間たちのことを語る時の彼女は寂しく遠い目をしていたから、きっとそういうことだろう。
ライダルとカリナは王都に暮らしていたいいものの、ボクとアレフはそんな彼女にお世話になりっぱなしである。
頻繁に抱きしめてきたり、頭を撫でてきたりはするが、あくまでもお世話になっている礼のひとつだ。
「よいしょっと。ふふ、デナンは可愛いねぇ」
「…………うるさいなぁ」
ボクを下に降ろした彼女はしかし、頭を撫でるのを辞めようとはしない。
悪い気はしないが、こんな他の人もいるような通りでやってほしくはない。
「さて、泊まっていくんだろう? ふたりの部屋はそのままにしてあるよ」
「いつもすまないな、店主殿」
「……なぁに、いいのさ。あたしに出来るのは、これくらいだからね」
ライラのアレフを見る目は、どこか仲間たちを語る時のようだ。
本人を見ているはずなのに、その背後に居る別のなにかも見ようとしているような、そんな瞳。
彼女も、彼の記憶がないことを知っている。
かつてのアレフは、よくライラとライダルとの三人で酒盛りをして話をしていた。
ボクとカリナはいたりいなかったりだったが、三人とも大声で笑っていたように覚えている。
村から王都に出てきて、北西街で迷子になっていたアレフの首根っこを捕まえてご飯を食べさせた頃からの付き合いだというのは、聞き及んでいた。
「今日は腕によりをかけて料理を作らないとね!」
「ああ、店主殿の作るものはどれもうまいから楽しみだ!」
彼女に手を引かれ、宿の中へと入っていく。
一階の酒場兼料亭では、外と変わらない喧騒。
ここでの決まり事を守っている限り、追い出されることのない空間。
ボクは、ここが好きだ。