素直になれない賢者と能天気勇者くん 作:蝉時雨
魔法というものは、人間にもたらされた毒のようなものだと思う。
なんでも出来るように見えて、実のところ夢のようなことは出来ない。
せいぜいが少し浮く程度で空は飛べないし、行きたいところへ瞬時に移動もできるわけがない。
出来ることといえば、火や水を出したり、地面から大木を生やしたり、土を操って壁などを作ったりする程度だ。
人によって規模は異なるが、巷で魔法使いと名乗ってる人たちはこれぐらいなら出来る。
王都の魔法学探究所の連中なら、もっと色々出来るはずだ。
あいつらは頭が固すぎて話にならないのが玉に瑕なんだ。
もっと魔法に夢を見ればいいのに、本当に研究者連中はもっともっと外の世界を見たほうがいいね。
そんなボクが出来ることは――。
「――焔よ」
杖の先に炎の魔力を集め、小さな太陽のようなものを形成する。
群れているモンスター――ボクを止めようと無我夢中で突っ込んでくる緑鬼の集団を見据え、その進行方向に置いておく。
ざっと十体ほどの群れは、我先にと体を消し炭に変えていく。
数匹残ったが、逃走しようとしたその背中に直撃するように当てる。
直撃した炎は爆散し、周囲の木々へと延焼していってしまう。
「命の水よ」
水の魔力を頭上に集め、広範囲に雨のように降り注がせる。
炎が消化されていく音と共に、鼻腔を擽る灰と苔の匂い。
――あくまでも、この程度。
杖で地面を小突き、魔力の波動を薄く広げていく。
己がいる村から東側の森も含めた周辺に脅威はなし。
はじめから心配などしていないが、村の中もアレフが綺麗に掃討したようだ。
ひとつ息をつき、空――木々に遮られつつも、かすかに見える青を見上げる。
「平和だなぁ」
杖で地面をもう一度小突けば、ボクの体がわずかに浮く。
そのまま滑るように、村へと向かって進む。
ひとりの時ほど、この魔法――怠惰魔法とでもいうべきこれをよく使う。
ボクは、出来ることなら動きたくないのだ。
面倒でしかたない。
村に近づけば近づくほど、耳に聞こえてくるのは喧騒の音。
アレフがまたなにか不運に見舞われているのか、それとも当の村でなにか起こっているのか。
喧騒は面倒ごとしか宿っていないと思うのはボクだけだろうか。
「――すまない! この通りだ!」
ほら、聞こえてきた。
想定していた中で一番可能性が高くて、一番嫌な声だ。
どうせ――。
「あんたが遅れてやってきたせいで、この村は――っ!」
――ああ、ほら見ろ。
村の東側の入口――壊されて残骸のようになっているが――から見える、中央部。
普段は村人たちが集まって集会でも開くのであろうその広場で、年寄りの目の前で頭を地に着けるアレフの姿がある。
きっと、今のボクの顔は人に見せられないくらい歪んでいるんじゃないだろうか。
「――いったい何人の村人たちが犠牲になったと思っているんだ! せっかく冒険者に縋ったというのに――っ!」
「本当に申し訳ない! だが、これでも出来る限り――っ!」
出来うる限りの速度で来たかと問われれば、やろうと思えばもう少し早く到着できたと思う。
でも、ボクは嫌だった。
どちらにせよ、今目の前で繰り広げられているものは目に入ったのだろうからだ。
手の届く範囲の全てを救いたいと願うアレフ。
冒険者ギルドに張り出された依頼の中でも、特に救援や救難に力を入れる彼。
かつて魔王討伐の旅をしていた頃も、時折こうして襲われていた村や街を助けたことはあった。
もちろん感謝もされたし、それなりの待遇をいただいたことも多々あった。
だが、村――特に今回のような辺境の名もなき村では――。
「――このっ! このぉっ!」
「ぐっ、すまない!」
――こうして、罵詈雑言や石を投げられることのほうが多いのだ。
本当に、人間というのはどこまでいっても愚かで仕方ない。
世界が美しいのは変わらないことだけど、救いたくない人間もいるのが事実だ。
この様子では依頼書に署名をもらうのも難しいだろう。
失敗扱いになるかもしれないが、そもそも誰も受けたがらなかった依頼だ。
どちらにしても、お金に困ってるわけでもないから構わない。
浮くのを辞めて、地面に足をついて近づいていく。
ボクに気が付いた村人はひとり、またひとりと距離を取るように下がっていった。
「アレフ」
「おお、友よ! すまない、またワタシは――」
杖で地面を三度小突く。
少しだけ力を入れすぎてしまったのか、ボクたちと村人たちを隔てるように木の根が太く鋭く地面から生える。
「ほら、行くよ。依頼は達成した」
「し、しかし! 村の方々を――」
「キミの悪い癖だ。つべこべ言ってないで、ついておいでよ」
振り返らず、彼の手を掴んで前だけを向いて歩く。
東側とは反対の、西側の出入り口まで繋げたのだ。
ボクの魔法におびえて、村人も――。
「待ちたまえ! まだ話は終わっていないんだぞ!?」
――黙っていてほしかったものだ。
木の根の向こう側から叫ぶような老人の声がひっきりなしに聞こえてくる。
「このような得体のしれないものを使うなど、悪魔憑きではないか! 冒険者と思っていたが――っ!」
「――貴様、今なんと言った」
背後から聞こえてきた衝撃音と、繋いだはずの手がなくなったのを感じてため息をひとつ。
振り返って見れば――予想はつくが、ボクがわざわざ張った木の根を横一文字で斬り捨てて、老人の首に鉄剣を宛がう我らが誉れ高き勇者の姿。
「我が友を、愚弄したのか?」
「なっ、ぐっ……悪魔憑きの仲間である貴様も、冒険者ではなく悪魔であったか……!」
「訂正したまえ。我が友は悪魔憑きなどというものではなく、立派なじょ――」
怒ってくれるのは良い気分だが、これ以上話をややこしくしないでほしい。
依頼は達成したのだから、さっさと退散するに限る。
体中から怒気を立ち上らせるアレフに近づき、その頭目掛けて杖を振り下ろす。
「――ぅあだっ!? と、友よ!?」
「それもキミの悪い癖だ。キミが普段守るべきって言う人たちに剣を向けてどうするんだよ」
「し、しかしだなぁ!」
老人を一瞥して、なにも言わずに彼の手を引いて出口へと向かう。
もう散々だ。
辺境の村はこれがあるから嫌なんだ。
魔法は確かに毒だが、それを悪魔憑きなんてよく言えたものだな。
無知で盲目で、己の世界にしか生きていない人間というのは本当に愚かしい生き物だよ。
魔法なんて、今や子供だって使えるものだというのに。
まあいい。
ギルドで受けた依頼はこれで終わり。
これ以降どうなろうが、知ったことでは無いのだから。
「た、助けてくれてありがとう!」
根の向こうから幼い声が風に乗って耳に届く。
少年の声か、はたまた少女の声か。
どちらでも構わないが、ボクはなにひとつとして感情を動かされない。
続くように、いくつかの感謝の声が聞こえても同じこと。
キミたちは感謝の前に石を投げた。
それだけ――。
「と、友よ!」
西側から村を出たところで、アレフに力で止められる。
「なんだい。ボクは貧弱なんだから力加減には気をつけてくれ」
「それはすまない! それはそうと、まだ帰還するわけには――」
「ダメ、帰る。依頼が――」
「その依頼がまだ完遂できていないのだ、友よ!」
このバカは本当に。
繋いだ手からは革を通して温もりと共に、彼の引き留める力が伝わってくる。
「依頼は村の救援だよ。ボクたちはそれをやり切った」
「救援はたしかに成った! だが、村の幼い子が話をしてくれたのだ!」
「はぁ……」
どこまでお人好しなのだろうか。
視線を村の方に戻せば、ボクが生やした根の間から数人がこちらを伺うように見ている。
見世物になってあげるつもりは毛頭ない。
杖で地面を三度突き、視線を遮るように追加の根を生やす。
「……歩きながら話そうか」
「感謝する!」
森に囲まれた村でよかった。
西側にもこれ幸いと森が広がっている。
彼の手を引きながら、ひとまずは森の中を目指して歩いていく。
「先程の老人に叱責を受ける前に、少年と話をしていてな」
ボクの隣を歩きながら、アレフは言葉を発し始める。
「村から南の方角、子供たちがよく遊びに出かける花畑があるそうなんだ」
「結構遠いの?」
「子供の足で朝出発して昼頃に着くらしい」
「ふーん、子供なのにすごいね」
村を抜け出して、ということだろう。
大人連中はさすがに気づいているだろうが、よく見逃しているものだ。
閉鎖空間の村から少しでも気晴らしが出来ればとでも考えているんじゃなかろうか。
モンスターが出る森の中に、子供だけを行かせるのは良い度胸な気がするが、辺境の村などこんなものなのだろう。
「うむ、やはり子供というのは元気が一番だからな!」
「……それで?」
「ああ、すまない。どうやらそこに、ダンジョンのような洞窟が最近になって出来たらしいのだ」
ダンジョン――洞窟だったり、廃墟だったりと、その場所によって様々な姿を持つモンスターの温床であり、冒険者たちの食い扶持の筆頭。
魔王とは関係なしに、周囲の魔力溜まりから自然発生する一種の災害のようなものだ。
公式にダンジョンとして登録されたものを閉じ、ギルドからの調査隊に認定されれば多額の報奨金が手に入る宝の山。
だが、実際には登録されていないものも多く、今回の場合は間違いなく――。
「どうせ新発生ダンジョンだから登録はないだろうね。それもこんな辺境、物好きな冒険者じゃなければ来ることもない」
「うむ、だからこそだな」
「イヤだね」
「友よ!?」
大袈裟に反応するアレフを睨みつける。
「危険度がわからないし、正規の報奨金が出ない。なにより規模がわからない。他にも断る理由、必要?」
「子供たちに危険があるやも――!」
「それはそれ、これはこれだよ。ていうか、どうせ村を抜け出してるんだから自業自得じゃない?」
繋いだ手を離そうとすれば、逆に強く握りしめられてしまう。
アレフのこういうところが嫌いで仕方ない。
ダンジョンを閉じるためには、内部にいるモンスターたちを掃討しつつ強大な力――魔力を取り込んだ個体を倒さなければならない。
それは巨大な緑鬼の姿だったり、角持つ獣であったり、人間に近いナニカであったりする。
出来れば関わりたくない依頼のひとつであり、今回のような未登録のダンジョンであれば尚更だ。
探索をしたいという気持ちがないと言えば嘘になるが、このような辺境に現れたダンジョンに目的のものがあるとも思えない。
「友よ、頼む!」
「イヤったらイヤだね!」
思い出すのは、四人で旅をしていた頃のこと。
筆頭近衛騎士のライダルと、当時は聖女候補だったカリナとボクの先頭で、なんにでも首を突っ込んでいたアレフ。
東に凶悪なモンスターがいると噂を耳にすれば我先にと急行し、西に波で流された村の噂を聞きつければ全てを置いて駆けつける。
何度、振り回されてきたことだろう。
何度、振り回され続けてきたことだろう。
杖で地面を一度小突き、衝撃波を周囲に広げる。
特段、なにも反応は返ってこない。
歩く先は、段々と南に向いているのがわかる。
「絶対にイヤだからね」
「むむむむ、ここまで強情だったかね友よ!?」
本当のお人好しは、アレフかボクか。
わからないけれど、彼のボクを見つめるその目は光を失わない。