素直になれない賢者と能天気勇者くん   作:蝉時雨

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第二話は洞窟と共に

 甘い香りや、酸っぱい香りが鼻を通る。

 視界には、色とりどりの花々が映り込んでくる。

 

 森を抜けた先の開けた花畑。

 先を見れば場違いな大木と、その背後には頭上に広がっているのと同じ透き通るような空。

 通ってきた森の道は緩やかな上り坂になっていたのもあり、ここは崖の上なのではないだろうか。

 

「…………来ちゃった…………」

 

「はーっはっはっはっ! さすがは我が友!! ワタシはわかっていたとも!」

 

 なぜか繋ぎっぱなしの手を力いっぱい握るも、ボクの力程度で隣で高笑いする男に被害を及ぼすことは出来ない。

 貧弱な己が心底恨めしいが、きっと革手袋のせいでうまく力が入らないだけだ。

 

「さて、ダンジョンらしき洞窟はどこにあるのだろうか」

 

 周囲を見渡すアレフを尻目に、杖で地面を一度小突く。

 ここに着く前から、敵意やモンスターと思われるものの魔力は感じ取っていた。

 その危険性はまばらで、手こずるようなモンスターはいない印象を受けている。

 だが、それがダンジョン全域を通してかどうかはわからない。

 

 場所は――奥に見える大木。

 その下から、いくつもの反応を感じる。

 

「あそ――」

 

「あいや待ってくれ友よ! わかったぞ、あの大木だな!?」

 

「はぁ……」

 

 繋がれていない手――右手で指さしながら、子供のように透き通る瞳を輝かせるアレフ。

 

「その反応は当たりだな! はっはっはっ! さすがワタシ!」

 

「……空が綺麗だなぁ」

 

 見上げた先には、雲ひとつない吸い込まれるほどの青色。

 今立っている場所から飛び上がったら、そのまま空に向かって落ちるのではないかと思ってしまう。

 

「そうだなぁ! 今日は素晴らしき快晴だ!」

 

 魔王を討伐してから、本当に良い天気が多くなった。

 雨が降ることはもちろんあるが、魔族の領域から漂ってくる黒い魔力で覆われた雲は見ることがない。

 

 隣に立つアレフの横顔をちらりと見る。

 どこまでも楽しそうに、雲ひとつない空をそのまま落とし込んだかのような晴れやかな彼の顔。

 

 一瞬、ほんの一瞬だけ。

 血に濡れ、瞳に宿った光が薄れた彼の顔が被さった。

 

 頭を振る。

 もう、あの戦いは終わったのだ。

 大丈夫、彼の失ったものは――。

 

「さぁ友よ、行こうか!」

 

 手を引かれ、たたらを踏みながら駆け出させられる。

 

「ちょっ、いきなり引っ張るなっ!」

 

「眉間に皺が寄っていたぞ! 可愛い顔が台無しだ!」

 

 この男は、本当に。

 人の気持ちも知らないで、なにを口走っているのか。

 いや、そもそも考えなしなのかも疑わしい。

 

 変わらず高笑いを続けながら前を走る彼の背中は、やはり眩しい。

 毎度の事ながら振り回されているというのに、ボクもボクでどうしようもないのかもしれない。

 

 視界の端々に映る花々は次から次へと色を変え、匂いを変えては後方へと過ぎ去っていく。

 ふと気がつけば、冷たい風が頬を撫でていた。

 

「ふむ、ここのようだな」

 

「うん」

 

 繋がった手はそのままに、彼の隣からぽっかりと空いた大木の根元にある穴を見る。

 そこには地下へと続く階段があり、澱んだ魔力を伴った冷たい風が吹いてる。

 

 目を瞑り、杖を一度突く。

 展開するのは、偵察ではなく探索の魔法。

 発した魔力の波動を壁などに反響させて、進む先を脳内に映し出すもの。

 

「――結構深そうだね」

 

 感じ取れたのは地下五階、そしてさらに下に繋がるであろう階段まで。

 それ以降は反響した魔力が霧散してしまってわからない。

 

「モンスターの危険度はどうだろうか」

 

「あんまり強いのはいなさそう。キミなら一太刀じゃないかな」

 

「ならば今日中には戻ってこられるな!」

 

「人の話聞いてた?」

 

 彼の藍色の瞳を見ようと顔を向ければ、不思議そうにこちらを見ているそれとかち合う。

 

「当然だが」

 

「地下五階、なんならその先も――」

 

「――我が最優の友がいるというのに、なにを不安に思えばよいのだろうか?」

 

 この男は。

 なんなんだ、本当に。

 

「はぁ……キミの能天気さには頭を抱えるよ」

 

「はっはっはっ! 褒めてもなにも出んぞ!」

 

「はいはい」

 

 繋いだ手を離せば、彼は鉄剣を引き抜いて先導を始める。

 

 何度となく見ている、その背中。

 

 高笑いを置き去りに進む彼に、先へ行きたくないと駄々をこねる足を引きずるようにして続いた。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 ごつごつとした壁に手をついて、そこに宿る魔力を感じ取る。

 

 外での魔力は澄んだものが多いが、ダンジョン内の――特にダンジョンの形成を担っているものは澱んでいることが多い。

 ここのものも同じで、酷くどろりとした性質を宿していた。

 

 視線を壁からダンジョンの通路に戻せば――。

 

 鉄剣で次から次へとモンスターを叩き斬り続けるアレフの姿。

 緑鬼から泥状のぬるぬるとした魔物に、一本ツノを生やしたウサギのような魔物まで多種多様だ。

 時折見える彼の顔は平時のまま、特になんの変化もありはしない。

 

 杖で二度地面を小突き、薄くなっていた強化の魔法をかけ直す。

 一度かけたものは時間が経てば次第に薄れてしまうのだ。

 

「むっ、支援助かるぞ友よ!」

 

 ひらひらと手を振り、目を瞑ってから杖で一度小突く。

 このダンジョンに入ってから、四回ほど階段を下った。

 探索の魔法を放てば、今いる階も、ここより下の階の情報も流れ込んでくる。

 

 ここより下、地下五階から先にふたつの階段を発見してから反響が遠くなる。

 広い部屋――魔力を過剰に取り込んだ個体が居座る部屋。

 

「アレフ」

 

「むっ! しばし待ちたまえ!」

 

 呼びかければ、彼に群がるモンスターたちが瞬時に細切れとなる。

 空気中の魔力と共に、それぞれが小さな粒子となって溶け逝く中から駆けて来る彼は、非常に業腹だが絵になると思う。

 

「あと三回階段を下ったらなにかがいると思うよ」

 

「おお、もうか! さすがは我が友だ!」

 

「……なにもしてないんだよなぁ」

 

 ボクはただアレフの戦っているところを遠くから眺めていただけだ。

 加勢しても良いのだが、ここのダンジョンは少し狭い。

 魔力の調整は当然出来るが、彼が戦闘をしにくくなるだろう。

 

「なにを言うか! ワタシは戦うことしか出来ないが――」

 

「はいはい、ほら先行くよ。光よ」

 

 長くなりそうだったから、彼の言葉を遮って先を歩く。

 周囲を照らすために杖の先に灯していた光が瞬いたのもあって、魔力を継ぎ足して消えないようにする。

 

 ダンジョン内に松明や他の光源がある場合もあるが、今回はなにもない真っ暗闇。

 こうして照らさなければ、なにも見えなくなってしまうのだ。

 

「それにしても、我が友の魔法はやはり便利だな。なんでもできてしまう」

 

「なんでもは出来ないよ。出来ることだけ」

 

「ふぅむ、毎度のことながらワタシにはよくわからないな」

 

「キミだって――ん、んんっ。なんでもない」

 

 危ない。

 こうしてアレフと話をしているとき、たまに口を滑らせそうになってしまう。

 

「む? ワタシだって?」

 

「なんでもないって。ほら、階段見えてきたよ」

 

「おお! ワタシが先導しよう!」

 

 喜び勇んで先を行くアレフ。

 その足は止まることなく、でもボクの歩く速度に合わせて絶妙に調整をしている。

 

 彼は――勇者アレフは光の魔法を使えた。

 ボクが杖の先に出している小さな光とは違う、世界を照らす光。

 

 光の魔法――それに愛されたものこそが、勇者と呼ばれる。

 

 アレフは、その中でも過去の勇者たちを忘れさせる程に愛されて――呪われていた。

 ボクが出会った頃から、彼は飛び抜けて明るい光のような男だった。

 その腰には今はない王都の名工が造った剣を携え、ボクの暮らしていた山小屋に残りのふたりを伴って来たのを覚えている。

 

 そこから不思議な共同生活が始まり、気が付けばボクは手を引かれて外に出ていた。

 懐かしい、今のボクにとっては大切な思い出のひとつ。

 

「モンスターか! 友よ、下がっていてくれたまえ!」

 

 彼は、あの頃から変わらず光だ。

 下りてきた階段に腰掛け、何度目かもわからない戦闘に突入したアレフの姿を見る。

 

 出会った頃に彼が持っていた剣は、旅の中で折れてしまった。

 彼の腰で荷物になっている聖剣は、その後に北の雪に閉ざされた神殿で引き抜いたもの。

 彼の手の中で踊っている鉄剣は――。

 

「数が多いな、いったいどれほど溜まっていたのだ!」

 

 ――魔王を倒して、ライダルに背負われてカリナとボクとで必死に命を繋ぎ留めたあとに買ったもの。

 彼がどこまで覚えているか――あるいは全てを覚えていないのか。

 

 窺い知ることは出来ないが、ボクは――ボクたちは憶えている。

 どんな時でも笑って先頭を征くキミに、ボクたちが返せるものは――。

 

 剣戟の音は止まず、魔力の粒子ばかりが増えていく。

 

 勇者というものは、どこまで行っても孤独。

 

 かつて誰かから聞いた言葉が、粒子の中で戦うアレフの姿に重なった。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

 耳に入ってくるのは鉄と鉄がぶつかる音。

 片方はアレフの鉄剣、もう片方は一見ふつうの――人の身の丈はある棍棒。

 そんなものと平然と打ち合っているアレフを褒めるべきか、それともアレフと打ち合えている終点個体――ボス個体を褒めるべきか。

 

 ボス個体は魔力を過剰に取り込んだ緑鬼であった。

 通常なら人の半分ほどの体躯で、口からは涎にまばらに生えたギザギザの歯。体にはなにも纏わずに棍棒を握りしめて徘徊するモンスターだ。

 

 対してボス個体はところどころボロボロだが鎧を身につけ、体躯は人よりも一回りは大きい。

 生え揃っていないギザ歯と醜悪なことに変わりない顔がついていなければ緑鬼とはわからなかった。

 

「図体の割に軽いなぁ! もう少し鍛錬したまえ!」

 

 褒めるべきはボス個体のほうかもしれない。

 空間を照らすために打ち上げた光球の下で聞こえるアレフの声は、まだまだ余裕がある。

 

 このまま見ていても圧勝に変わりはないだろうが、早く終わらせることに文句はないだろう。

 難点があるとすれば、余計に疲れそうだというところか。

 

 杖で一度小突き、己の体を浮かせて滑るように側面へと移動する。

 左手に握った杖を弓のように構えて――。

 

「我が敵穿つ雷よ」

 

 ――弦を引くように構えた右手に、雷の矢が生じる。

 

 何羽もの鳥が鳴いているような、火花が散るような音が轟く。

 杖の先から終わりまで雷の魔法が宿り、本当に弓のごとき弦が構えた右手にまで及ぶ。

 

 左側の側面から円を描くように一矢、二矢、三矢と撃ち込んでいく。

 脚、胴、頭の順で命中させ、そのたびに甲高い音と呻き声が広がっていく。最後に正面――アレフの背後、元いた位置に戻る。

 

「ほら、アレフ」

 

「承った!」

 

 雷に穿たれて体勢を崩したボス個体を尻目に彼の名を呼ぶ。

 いつものように笑いながら掲げられた鉄剣へ向けて雷を放てば、それはたちまち簡易的な魔法剣へと変貌を遂げる。

 

 疲れた。

 

「つええぇぇぇええい!」

 

 振り下ろされたそれは、綺麗にボス個体を縦に両断するという結果を招いた。

 なかなか傷をつけるのが難しいダンジョンの地面を抉るというおまけ付きだ。

 

「うむ、これにて一件落着だな!」

 

「そうだね」

 

 鉄剣を鞘に納めて朗らかに笑う彼の隣。

 ローブの懐から、ひとつの箱を取り出して粒子に変わったボス個体の魔力を取り込んでいく。

 

「我が友はダンジョンを攻略すればその箱を取り出すな。前から疑問であったのだが――」

 

「魔力を取り込んでるだけだよ」

 

「報告用か?」

 

「まあ、そんなところ」

 

 今回は――いや、今回もハズレだろう。

 最近生まれた、魔力量も構造も大したことのない辺境のダンジョン。

 得られるものはなにもないけど、アレフのやりたいことは出来たのではなかろうか。

 

 ボクたちが希望の箱と呼んでるこれは、魔力溜まり――ボス個体から解放された粒子を取り込んで格納する役割がある。

 ギルドへの報告用というのは真っ赤の嘘で、一定量溜まったらカリナに引き渡して浄化と選別をしてもらうためのもの。

 

 杖で二度地面を小突いて、念の為に目を閉じて魔力を感じる。

 先に繋がる通路や、さらに下へ降りる階段はなさそう。

 

「さあ、帰ろうか友よ! あの村で宿を――」

 

「キミ、最後に依頼してくれた村の人たちに剣を向けたの忘れた? 今日は野宿だよ」

 

「そうであったあああぁぁぁぁぁ!!!」

 

 隣で大袈裟に頭を抱える彼にため息を零す。

 

 世界に散った、彼の――勇者アレフの魔力と記憶。

 

 ボクたちは、その断片をいつまでも探している。

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