素直になれない賢者と能天気勇者くん 作:蝉時雨
静かな暗闇と、焚き火の暖かな光が宿る森の中。
どこか枝の上、それとも地面の上かにいるであろう鳥の鳴き声が、静けさの中にどこか落ち着きを与えてくれる。
我が友は野営の準備となにやら地面を四度、その手に握る杖で小突いてからそそくさと寝入ってしまった。
毎度のことではあるが、焚き火を挟んだ向こう側で背を向ける彼女は寝るのがとても早くて恐れ入る。
「我が友……友か。名は……ふむ……」
呟き、頭の中に広がる霧の前で先へと進めなくなる。
ことある事に彼女が名を教えてくれているはずなのだが、不出来な頭を恥じ入るばかりだ。
いつ頃からか、共に旅をするようになった。
その時から、彼女はあらゆることを――ワタシが不得意とすることを丁寧に教えてくれる。
一言二言多い彼女であるが、最後には必ずワタシと共に在ってくれる得難い友だ。
だがなぜ、彼女は見ず知らずのワタシと旅をしてくれるのだろう。
王都で目覚めた時のことはよく記憶していないが、彼女の他にも数人いた気がする。
「ふぅむ、やはり思い出せんな」
頭の中に広がる、無限とも思える霧。
思い出せることと、思い出せないことがたしかにある。
きっと、ワタシはなにかを忘れてしまったのであろう。時折、友がワタシに向ける視線はわかっているつもりだ。
「……むっ、今夜も来たのか」
ワタシの隣に現れた、淡い光を宿したヒト。
話しかけても一向に頷き以外の反応を示さないが、ワタシがひとりとなると現れる謎の存在。
ワタシと共に地に座る彼、あるいは彼女は静かに見つめてくるのみだ。
「今日はな、我が友と共に村を救ったのだ」
小さく爆ぜる薪を見つめながら、今日あった出来事を語る。
「その時に激昂して老人に刃を向けてしまってな。我が友に止められなければ、ワタシは愚かなことをするところであったよ」
かたりと、横に置いた引き抜けない剣が震えた――ように見えた。
思えば、ワタシは普段使っている鉄剣とは別に、あの引き抜けない剣を持ち歩いているのだろうか。
「ワタシ個人はいくら愚弄されても構わないのだが、友を愚弄されるとダメだな。未熟な証拠だ」
ひとつ笑いを零して隣を見れば、頷きを返してくれるヒト。
顔すらない――判別がつかないというのに、不思議とわかることがどこかむず痒い。
「その後はワタシの我侭でダンジョンへと付き合ってくれてな。未発見だからと行きたがらなかったが、やはり共に来てくれたのだ」
友の背中を見れば、静かに寝息を立てているのであろうそれは小さく動いている。
「やはり、我が友は底抜けに優しい女性だ。不出来なワタシには、勿体ない友だよ」
また、引き抜けない剣が震える。
しかし手に取ってみても、なにかわかるわけでもない。
「今日は一段と震えるな。貴殿……キミ……は、なにかわからないだろうか?」
問を投げかけても、返ってくるのは沈黙のみ。
「すまない、変なことを言ってしまったな」
手に取った剣を再び置いて空を見上げる。
いくらか枝に遮られてはいるが、色とりどりの星の瞬きが己の瞳に落ちてくる。
「良い夜だ。静かで、平和で、穏やかだ」
隣のヒトも共に見上げてくれているだろうか。
ヒト――彼にも、伝わっていれば良いのだが。
「だが、この平和な空の下にもなにかに怯え、苦しんでいふ人々がいる」
思い出すのは、昼間にワタシを叱責した老人の姿。
村長だと名乗っていたが、ワタシに対するあの言葉たちも彼の背負うものからだろう。
我が友を愚弄したことは許せないが、間に合わなかったこともまた事実だ。
「ワタシは、そういった者たちを救いたい。わからないことが多い身であるが、この思いがワタシを突き動かしているのだ」
返ってくる言葉は、やはりない。
「ははは、思えば最後には何度も同じことを話してしまっているな。せっかくワタシの話を聞いてくれているというのに、すまないな」
隣を見れば、頷きのみを返すヒトが変わらずそこに居る。
「では、ワタシもそろそろ寝ようと思う。今夜も良い時間であったよ」
そう口にすれば、静かに溶けていく彼の姿。
正体はわからないが、我が友のように寄り添ってくれている。
やはり、ワタシには得難いものばかりだ。
■■■
小気味よく鳴るベルの音で目を覚ます。
「むっ、起きたか友よ。どうやら目的地に着いたらしい」
「……ん」
隣から聞こえた声に返事をし、ゆっくりと体を伸ばす。
視線を周りに投げれば、隣に座るアレフの姿と同乗していたのであろう数名の客の姿。
幌に阻まれ、薄らと主張する日差しが心地よい。
「よく寝むれたようでなによりだ! ご老人、話に付き合ってくれたこと感謝しよう!」
「いいのですよ。かの高名な勇者様と賢者様と同道でき、光栄です」
「はっはっはっ! ワタシはそのような者ではないと言っただろうに!」
隣の声量に少しだけ頭を抑えて前を向けば、こちらを優しい瞳で見ている老人の姿。
なにか、変な誤解が生まれているような気がする。
「……そういうのじゃ、ないですからね」
「ほっほっほっ! みなまで言わずともわかっておりますとも!」
「……ダメそうだ」
隣と正面でなぜか笑い続けている者たちから視線を外し、アレフとの間に立てかけていた杖を手に取る。
一度小突いてから、自分の癖が抜けないことに苦笑してしまう。
「お客さん方、オーピアの街で素敵な思い出を作ってくだせぇ!」
御者の男の声を聞き流しつつ、馬車の後方から外に出る。
オーピアの街。
王都の東部に位置し、王都へ向かうならば立ち寄ることになる花と歌の街。
たいていはここに立ち寄り、また翌日に王都へ向かう馬車に乗るのが常だ。
馬車の乗り合い場も、街の至る所に色彩豊かな花々が飾られている。
季節によっても顔色を変える、実に栄えた場所だ。
「さぁ友よ! まずは食事を――」
「まずはギルドで報告。受けたのは王都だけど、ここでも報告自体は出来るからね」
「むっ、そうであったな。ワタシとしたことが、街の雰囲気に毒されてしまったようだ!」
この男は何度高笑いを繰り返せば気が済むのだろうか。
昔からよく笑っていたが、落ち着いてるところは数える程しか見ていないんじゃなかろうか。
「それにしても、この街でも受ける者がいないとはな。栄えている反面、冒険者が少なくなっているのだろうか」
「実際ダンジョンはあるけど平和だからね。ほかに実入りの良い仕事があれば、そっちにいくでしょ」
「むぅ、そんなものか」
各街のギルドで張り出された依頼は、受ける者がいなければより人口の多い都市へと渡っていく。それでも受ける者が見つからなければ、最終的には王都のギルド本部へと集まっていくことになる。
ボクと彼が受けた依頼も、元々は別の街に張り出されていたものだった。
どれだけの期間放って置かれていたのかはわからないが、村がモンスターに負けることなく残っていたのは僥倖だろう。
「今回は失敗扱いだろうけどね」
「すまない、ワタシが――」
「どう考えてもキミのせいじゃないでしょ」
肩を落とすアレフを引き連れ、乗り合い場から繋がる露店街を進んでいく。
人々が交差し、道の端々には軽食から手作りであろう装飾品、果ては掘り出し物であろうものまで様々なものが売られている。
立ち止まって露店の店主と交渉する者から、買ったものをその場で食べる者。
恋人と花を買う若者から、椅子に腰かけて船を漕いでいる老店主まで、この場には老若男女問わず集まっている。
実に活気に溢れ、行き交う人々は皆笑顔だ。
「この街はいいなぁ、友よ!」
「人が多いから嫌い」
「はっはっはっ! 我が友は恥ずかしがりだからなぁ!」
「なんだこいつ」
露店街である大通りを抜けた先に、一際大きな建物が姿を表す。
正面の大きな看板に『オーパル冒険者ギルド』と掲げられ、巨大な扉は開け放たれている。
中からは陽気な声が漏れ聞こえており、ここでも変わらずの賑わいを感じさせる。
扉を潜った先では、依頼を受けるために詰めている冒険者でごった返している。
朝のうちに張り出された最新の依頼が、やはり一番人気があるのだ。
「ボクが報告してくるから、アレフはそっちの酒場で席取っといて」
「承ったぞ、友よ!」
周囲の喧騒にも負けない程の高笑いをその場に残し、彼はギルドに併設された冒険者用の酒場へと歩いていった。
さすがにこんなところで迷子になることはないと思うが、彼の背中が視界から消えるまで見つめるのは自分でもどうかと思う。
正面にある依頼受付窓口の横、左側のこじんまりとした位置にある依頼報告窓口へと向かう。
受付にはメイド服をより簡素にしたような、動きやすそうでありながら清潔感のある服装の女性。
この街のギルドには過去にも何度か来ているが、見たことのない人だ。
「おはようございます、依頼の報告で間違いありませんか?」
「うん、この依頼」
ローブの中、依頼書をまとめるため身に着けている袋から目的のものを取り出して、彼女の前へと差し出す。
保護の魔法をかけて中にしまい込んだ依頼書へ傷がつかないようにした特注品だ。
「依頼お疲れ様でした。こちらは王都のギルドで受けられたものですね。完了の署名がございませんが……」
ボクの差し出した依頼書を素早く見た彼女が、おずおずと声をかけてくる。
達成云々はどうでもいいけど、なんだか居心地が悪い。
「ちょっとひと悶着あって。村長さんの署名をもらえそうな雰囲気じゃなかったんだ」
「張り出し日が何度も書き直されているようですね……承知しました。後日、当ギルドで選抜した調査隊を派遣しますがよろしいでしょうか?」
「大丈夫だけど、かなり閉鎖的な村みたいだから邪見にされるかもしれない」
「承知いたしました。冒険者証を確認させていただいても?」
依頼書を入れる袋の中から、自分の冒険者証を取り出してこれまた彼女の前に差し出す。
「ありがとうございま――っ!?」
笑顔のまま手に取った彼女の目が見開かれる。
こんなに驚かれたのはなんだか久しぶりだ。
「た、大変失礼いたしましたっ! まさかクロガネの方とは――っ!」
「あんまり大声出さないでね。注目されたくない」
「は、はいっ」
冒険者にはそれぞれに階級がある。
セイドウ級から始まって、ヒトガネ、フタガネ――と階級が上がっていく。
ボクやアレフの階級であるクロガネは――バレたら大騒ぎになる程度、かな。
「うう……ここに派遣されてよかった……!」
ボクの冒険者証を両手で握りしめ、宝物のように扱う目の前の彼女。
いくらなんでもこの反応は、はじめてだ。
「えっと、返してもらっても?」
「あ、はい、大丈夫です!」
差し出されたそれを受け取って、また袋にしまい込む。
少しだけ濡れていたが、気にしないこととしよう。
あとそうだ、もう一件報告をしておかなければならない。
「その依頼のあった村の近くに未発見のダンジョンがあったよ。位置としては村の南にある花畑」
「それは――ご報告誠にありがとうございます。すぐにそちらへの調査隊も」
「あ、ダンジョンの探索ならボクと同行者で終わらせたから大丈夫。ダンジョンに宿ってた魔力が霧散してるか調査してほしいかな」
「へっ」
ボクの言葉に固まる彼女へ、少しだけ同情を向ける。
未発見ダンジョンをそのまま踏破しましたなんて、なかなか聞くことはないはずだ。
「か、畏まりました! さすがというかなんというか……圧倒されてしまいます」
「気のせいだよ。それじゃあ、ボクはここで――」
「あ、お待ちください! 調査隊の認定があった場合の報酬は――」
すっかり忘れていた。
依頼への署名をもらえなかった場合でも、ギルドから派遣された調査隊に認定をもらうことができれば報酬はもらえる。
仮に村が全滅なんてことになっていれば話は変わるが、調査隊はギルドから公式に依頼をされる優秀な者たちだ。
隅々まで調査をした上で、ボクたちの依頼についてもなにかしら進展があるだろう。
「王都のライア大神殿付、聖女カリナ宛で。それじゃあね」
それだけ言って、そそくさと引き上げる。
最後に見えた彼女は依頼書にペンを走らせていたから、あとはなんとかしてくれるだろう。
受付横に群れている他の冒険者たちを避けながら、酒場に向かう。
アレフはどこの席を――。
「げっ」
真ん中の四人用の席、その一角で変わらず爆笑している彼の姿と――。
「お、来たか。久しぶりだな、デナン嬢」
王都にいるはずの、仲間のひとり。
かつての筆頭近衛騎士であり、勇者一行のひとり。
アレフの正面で椅子から振り返ってこちらを見ている、鉄の騎士ライダルがいた。