素直になれない賢者と能天気勇者くん 作:蝉時雨
運ばれて来た赤色のベリーを潰して作られているであろう飲み物に口を付ける。
ほのかな甘さの中に、少しの酸っぱさを感じる。
こういった酒場ではみんな酒を呷るものだが、ボクとしてはあんなに苦いもののどこが良いのか理解ができない。
「はーっはっはっは! 騎士殿はすごい御仁だなぁ!」
「そうでもないさ。おじさんはもう引退よ」
隣で高笑いしている能天気バカに、目の前でわざとらしく肩を落とす鎧姿の男。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
オーパルの街に立ち寄ってしまったのがいけなかったのだろうか。
「デナン嬢、そろそろ機嫌を直してはくれないか? 待ち伏せしていたのは謝るから」
「……別に怒ってないよ」
「大丈夫だ騎士殿! 我が友の心は海のように広いのだから!」
ずっと的外れなことを声高に言っている彼の顔を見れば毒気を抜かれてしまう。
そのままライダルを見れば、彼の灰色の瞳と目が合った。
仲間と再会した喜びと、懐かしいものを見るような温かい光。
それと、その奥にあるどこか寂しい色の光。
「……それで? 何の用?」
「……ああ、まあなんだ」
どこか気まずそうに頬を掻く無精髭の大の男。
テーブルの上に大きな木のジョッキがなければ――いや、なかったところで絵になどならないな。
「王都のギルドでお前らを探したら依頼で出たって話を聞いたからよ」
「戻ってくるならオーパルを通るはずだから待ってたって?」
「おう、そういうこった」
ジョッキの酒を呷り、小気味良い音を立ててテーブルに下ろすライダル。
騎士のくせに礼儀がなっていないのは昔からどうかと思っていた。
「我が友と騎士殿は仲が良いな! 過去にも面識があ――」
「――キミも前会ったことあるでしょ。ほら、王都のギルドで何度か指名依頼をくれてた騎士様」
「むむ……? おお! おぼろげながらも面影が! かつては髭など生やしていなかったように記憶している、かの騎士殿であったか!」
「あれ、おじさんなんかバカにされてる?」
手を打って納得顔のアレフに対して、どこか恨めし気な視線を送るライダル。
そこに重なって見えたのは、今より年若いふたりの姿。
魔王討伐のために立ち寄った先で、酒を呷りながら楽しそうに会話をしていた彼らのことを覚えている。
ボクとカリナはその横で水だったりを飲みながら、底抜けに明るく笑うアレフと騎士のくせに道化のように顔色を変えていたライダルを眺めていた。
懐かしい、過ぎ去った――たしかに在った頃のあたたかい記憶。
「――嬢? デナン嬢、酔ったか?」
「騎士殿、我が友は酒を飲んでおらんぞ! 酔うわけがなかろう!」
「あー……うん、そうだな」
空が今のように明るくなかった頃のオーパルの街でも、旅先で立ち寄った街でも、夜はいつもこうしてみんなで食事をしていた。
「おう、勇者様方じゃねえか! オーパルには観光で? 良ければ一緒に――」
「そんなとこだ。わりぃが仕事の話の最中なんだよ。今度奢らせてくれ」
「おっと、そりゃ申し訳ないことをした!」
「そんなことはないぞ同業の者よ! 機会があれば酒を酌み交わそう!」
今のように周りも巻き込んで大騒ぎすることもあれば、自分たちだけで静かに過ごした日もあった。
カリナは優しい微笑みを浮かべてふたりのやり取りを見て、ボクが時々変なことを言い続けるふたりに文句を言っていたものだ。
「それにしても時たま街行く人々に勇者などと呼ばれるが、誰かと勘違いしているのではないだろうか」
「あー、あれだ。お前さんの明るい雰囲気に流されてるんだよ」
「ふむ、なるほど。笑っていれば良いということだな!」
「……おう、そういうこった」
ベリーの飲み物に口をつければ、甘さよりも酸っぱい味が強い部分。
もう少し飲み進めれば、甘さが主張してくれるだろうか。
「さて、そろそろ本題を話してもいいか? 背中が痒くて仕方ない」
「……うん、いいよ。筆頭近衛騎士をクビになった野良騎士様」
「ちげぇよ!? 異動したって話したよな!?」
ライダルを見れば、細められた瞳に緩く笑みを浮かべた口元。
だが、どこかその口元にはシワが寄っている。
「我が友よ、いくらなんでも騎士殿がクビになるわけがなかろう。こんなにも立派な方なのだぞ?」
「……? 立派……立派、ねぇ?」
「もう何も言わねえからな?」
ジョッキをもう一度呷るライダル。
アレフに肘で小突かれたが、ボクは間違ったことは言っていない。
彼が直談判して近衛騎士を辞めたのは本当なのだから。
「遊撃騎士、ライダル・デ・ロックから王国の誇るクロガネ級冒険者であるデナン・ハルアルとアレフ・マハ・カイーサの二名に指名依頼を発行した」
酒を呷っていたとは思えない真剣な語り口。
ライダルは普段からふざけている男だが、こういう時の真面目さはさすが騎士といったところだ。
普段の道化具合を知っている分、違和感しかない。
ずっと真面目にしていれば、浮ついた話のひとつでもあったのではないだろうか。
「うん、内容は?」
「オーパルの街の北に出現した神殿型ダンジョンの探索ならびに踏破。今回は当方も同行した上、それを調査という形で消化する」
差し出された依頼書に目を通せば、ギルドからの正式依頼の烙印が押されている。
内容もライダルの話の通りで、署名欄にはすでに彼の名前。
「受けた。アレフもいいよね」
「うむ! 友が行くというのであれば、ワタシに異論はなし!」
堂々と胸を張るアレフの唇には、酒でついたのであろう白い泡がついている。
「……ちゃんと話聞いてた?」
「なにを! 当然だとも!」
「はぁ……」
変わらぬ高笑いを浮かべ、「すこし席を外す!」と言い残して花を摘むために歩いていく彼を視線の端から外す。
ほんと、どこまでも底抜けに明るくて羞恥という感情があるのかも疑わしい。
「――結構可能性ある?」
「なければこうして話を持ってこないさ。どれ程のものかは、行ってみなければわからないがね」
ベリーの薄い赤色に視線を落としながら呟いた言葉。
ライダルは、時折こうして指名依頼を待って来てくれる。
当たることもあれば、当たらないこともあるが、どちらかと言えば当たることのほうが多い。
彼は王都から離れ、各地――それこそ王国以外の土地も含めて隅々まで調査という名目でボクたちとは別で旅をしている。
「デナン嬢から渡されたこの魔石を、大いに活用しているとも」
彼が取り出したのは、緑色の魔石。
ボクがアレフの魔力の残滓を閉じ込めて、似た魔力を感知すると反応を示すように工夫したものだ。
複数作ろうとしたが、魔力の残滓量をひとつ分しか確保できなかったのが心残りではある。
「……そっか。でももう、年齢的にキツイんじゃない?」
「なにおう!? おじさんはまだまだバリバリ――」
「さっき引退だなんだ言ってたと思うけど」
「その場の空気を和ませる冗談だよ! カーッ、お子ちゃまはこれだから」
「は? 誰がお子ちゃまだって?」
魔力を吹き出して、魔石を懐に入れるライダルの髭面を睨みつける。
体を横に向けた彼の揶揄うような瞳と火花を散らしていれば、ボクの魔力に充てられたのか周囲の喧騒が少し静かになる。
別に本気でやってるわけじゃないのはボクもライダルもわかってることだけど、魔力を吹き出したのはやりすぎたかな。
魔法使い的には挨拶みたいなものかなって思ってるけども。
「むっ? 戻ってきたが……なにかあったかね?」
「いんや、なにも。なぁ、デナン嬢」
「うん。挨拶してただけ」
アレフが席に戻り、楽しそうに笑うのを眺める。
見蕩れているわけではないが、酒場を照らす魔石灯の光が彼の金髪に反射するのは綺麗だと思う。
「そんじゃ、出発は明日の昼間だ。おふたりさんはそれまでゆっくりしてな」
「ライダルは?」
「野暮用だ。おじさんも忙しいのよ」
ライダルは立ち上がって、やれやれと首を振る。
「お酒飲んだのに?」
「酔っ払ってるくらいがちょうどいいもんよ」
そのまま手を振って立ち去る彼に、アレフも「また会おう!」とか言って大きく手を振っていた。
最後に振り返るように見えたライダルの顔は、どこか寂しげに、暖かい気持ちに溢れているように見えた。
手元の赤色は、変わらず酸っぱい。
■■■
暖かな日差しが街を照らし、人々の営みに僅かな彩りを与えている。
冒険者ギルドから少し離れた高台の柵に体を預け、乾燥させた薬草を紙で包んだ嗜好品を咥えて魔法で火をつける。
吸い込んだ煙が心地よい重みを持って、全身に行き渡るのを感じる。
「こちらの声は聞こえておりますか?」
「おう、ばっちりだ」
煙を吐き出しながら、胸元の魔石から聞こえる女性の声に返事をする。
俺たちの仲間が開発したものだが、遠くにいても声を届けられるなんて便利なもんだ。
これを小言いって片手間に作っちまうんだから、王都の研究者連中は憤慨物だろう。
「あ、まさかまた良からぬものを吸っていますね? お身体に悪いんですよ、それ」
「いいんだよ。おじさんの持論だが、身体に悪い物こそ真に良いものってな」
「もう、あとで後悔しても知りませんからね?」
呆れたような彼女――カリナの声を聞きながら、吐き出す煙を見つめる。
ふわりと浮かんだ先から空に溶け込んで消えていくそれ。
一時期不思議なもんだと思ってデナン嬢に仕組みを聞いてみたことがあるが、眉間に皺を寄せながら語ってくれた内容は覚えていない。
この煙はとにかくうまい。
小難しいことよりも、それがわかるだけで十分だ。
「おふたりは変わりありませんか?」
「元気そうだったよ。アレフは相変わらず笑っていやがるし、デナン嬢はそんなアレフを熱っぽく見つめてたわな」
「あらあら、デナンに聞かれたら杖で叩かれますよ」
「聞かれなけりゃ大丈夫だよ」
楽しそうに笑う声を肴に、煙を吸い込む。
「……私もそちらに行ければ良いのですけれど……」
吸い込んだものをゆっくりと吐き出し、雲ひとつない晴れやかな空を見上げる。
つい数年前までこの空が突然暗い雲に覆われてたなんて、考えられないほどだ。
「仕方ないだろ、聖女の仕事は気軽に辞められるもんじゃねぇ」
「……それはそうですけれど、いつもこうして帰りを待つだけなのは口惜しいというか……」
カリナは王都から出ることを許されていない。
聖女というものは、王都を守護している結界を維持するために毎日の祈りを義務付けられている。
決められた時間に大神殿で祈りを捧げ、訪れた民や貴族たちに愛嬌を振りまく。
考えただけで総毛立つ、大変な仕事だ。
「それに、カリナが王都にいるっていう帰る理由がある。それだけでいいだろってもんよ」
「……もう、ライダルには敵いませんね」
視線を下――遠くに見えるギルド出入口へ向ければ、ちょうどデナン嬢とアレフのふたりが出てきたところだ。
歩く先にあるのは露店街。
人混みの嫌いなデナン嬢がアレフに絆されて、嫌々言いながらも一緒に行こうとしているのだろう。
「そっちは変わりないか?」
「ええ、いつも通りです。前に受け取った希望の箱の浄化が終わったことくらいですかね」
「おっ、さすが早いな。今回はどうだった?」
「……ふたつ、といったところでしょうか。小さなものすぎて、影響はあまりなさそうです」
「……ま、なかなかうまいこといかないわな」
通信越しに聞こえる声は沈んでいる。
希望の箱は、全部で三つ――カリナとデナン嬢が作り上げたものだ。今はカリナのところにひとつと、デナン嬢が所持しているふたつ。
取り込んだ魔力量にもよるが、だいたいひとつの解析が終わるまではひと月と少しといった具合だ。
世界に溶け込み、散らばったアレフの記憶と魔力は今もどこかに宿っている。
少なくとも――。
「かつての勇者たちと違ってアレフは堕ちてない。お前が浄化さえしていれば、少しずつでも前に進めるさ」
「……ええ、そうですね」
勇者と魔王は相反するものに見えて、その実繋がっている。
勇者が滅べば魔王も滅び、魔王が滅べば――。
これまでの歴史と――カリナの解読した本とで、それは証明されている。
「そろそろ祈りの時間ですので、本日はこのあたりで」
「おっと、もうそんな時間か。俺もどこかで時間潰しにいくか」
「ふふ、道中何卒お気をつけて」
魔石に流していた魔力を閉ざせば、光を失ったそれは綺麗な石へと戻る。
勇者は光に呑まれ、世界は光に溢れる。
先の短くなった嗜好品を火の魔法で灰に変えながら、風に飛ばされていくそれを見つめる。
飛ぶ先の空は、どこまでも光り輝いていた。