素直になれない賢者と能天気勇者くん 作:蝉時雨
吹き抜ける風は熱を伴って、肌に張り付くような感覚を覚える。
まだ夏の季節には遠いはずだが、朝からずっと照らす光はボクたちを容赦なく焼いてくる。
「……あつい」
ライダルが語った神殿型ダンジョンのある北は、馬車が通っていない場所に存在していた。
今朝方に出発し、現在は日差しが天辺を通り過ぎた頃。
途中までは手配した馬車で移動できたが、荒い道を通ることは出来ないと歩く羽目になってしまった。
目的地はアレフの魔力に反応したダンジョンではあるが、少しばかり後悔している。
「はっはっはっ! 我が友は変わらず貧弱であるな!」
「……どうしてキミはそんなに元気なんだ」
ボクの歩く先では、変わることのない笑顔を振りまくアレフの姿。
軽鎧を着込んでいるくせに、どうしてローブ姿のボクよりも元気なのだ。
「ほれ水だ。もう少しで着くから頑張れ」
隣を歩くライダルから水を受け取り、口をつけて喉を潤す。
元は冷たかったのかもしれないが、暑さの影響かどことなくぬるい。
「……ライダルもどうして平気そうなんだ」
「そらお前、ここよりも暑いところを旅したこともあるからだな。おじさんとしては、デナン嬢が柔すぎて見てらんないよ」
「騎士殿は本当にさすがだ! これまでも各地を旅していたのだな!」
「アレフも――いや、そうだろう? これでも経験だけは多いんだ」
軽鎧のアレフに対して、隣で歩くライダルは重そうな黒い鎧を身に着けている。
背中にも大きな盾と、片手で扱うための短槍。
四人で旅をしていたころと、変わらない装備。
それを着込んでいるのに、汗一つ見えないのはどうかと思う。
視線を上げれば、陽の光が大地に反射して歪んで見える。
己の貧弱さが、どこまでも恨めしい。
「機会があればぜひ話を伺いたいな! 騎士殿の話は面白そうだ!」
「……おう、時間作ってやるよ」
水の入った筒をライダルに返して、杖で一度地面を小突く。
ボクの体が少し浮き、これで多少はマシになるだろう。
「やっぱズルいな、その魔法」
「脳筋なキミらは歩いてればいいんだよ。ボクは貧弱だからね」
「……そうやってるから体力ないんじゃないのかねぇ?」
揶揄うように声を掛けてくるライダルは、鎧の音を軽快に鳴らしている。
その声の奥に言いようのないものを感じたが、横目で見た彼の顔は笑っているからいいのだろう。
右手を持ち上げて、目の上に影を作って遠くを見る。
「目的のダンジョンが見えてこないが、このまま進んで良いのだろうか騎士殿!」
「あー、そのダンジョンの影響でこのあたりがすげぇ暑くなっててな。むしろ目的地に近づいてる証拠だ」
「ならば進む他あるまいな! この気候に苦しんでいる我が友のような者もいるはずだ!」
進む先に微かに光るものが見える。
尖っており、なにかしらの――恐らくはダンジョンの屋根かなにかだろう。
「目の前の、あれ?」
「ん? おお、もう見えてたのか」
どうやら当たりらしい。
人の手が入っているようには見えない荒野の先にあるのは、さすがダンジョンと言うべきなのだろうか。
「あれが目的地の神殿型ダンジョンのカテル・ナリだ。ちなみに命名はおじさんな」
カテル・ナリ――古い言葉でカテルは神殿、ナリは熱のという意味があったはずだ。
こんな暑い中にあるダンジョンには、あまりにもピッタリな名前だろう。
■■■
ダンジョンというものは、その地に澱んだ魔力溜まりによって生じるもの。
アレフの我儘で行った洞窟のような作りが多いが、時折違う形で現れることがある。
土地柄に寄るものであったり、環境的なものであったり原因は様々だが、気候にまで影響を与えるものは稀だ。
なにか特別な魔力が溜まった結果か、あるいは――。
「うぅむ。神殿型とは聞いていたが、随分と広そうだな」
目の前に聳える神殿型ダンジョン。
中央部分が平坦なのに対して壁際は左右対称に尖塔が見え、構造的には反対側にもありそうだ。
訪れるものを迎える扉は白磁に輝き、人が三人縦になっても入れそうな程大きい。
これ程までに巨大なダンジョンは久しぶりに見た。
「見つけた時に軽く中に入ったが、中は外で見るよりも広そうだ。なにかしらの魔法的なものが働いてるっぽいんだよ」
幸いなことは、入り口に影が差していることだろうか。
暑いことに変わりはないが、直接日差しに当たるよりは良いだろう。
「中は外よりも涼しいから、デナン嬢も安心しな」
「……もう帰ろう。汗が止まらない……」
「はっはっはっ! 友よ、これを使うがいい!」
アレフが差し出してきたのはモンスターの毛が編み込まれた大きな手ぬぐい。
「……いや、湿ってるじゃん」
「うむ! 先程少し――」
「うわぁ……気持ちだけでいいや……」
「なに!? なぜだ!」
体を引き、なるべくアレフから距離を採って扉に近づいていく。
装飾などはない、まっさらで磨かれた表面。
瞳を閉じて杖で地面を二度小突く。
扉の先には、なにもいないようだ。
「ライダル、これどうやって開ければ?」
「扉に手置いてみな」
言われた通りに、右手を当てる。
すると――。
「おお! これはすごいな!」
――土煙と轟音を上げながら、左右に割れていく扉。
この規模のものは、久しく見たことが無いかもしれない。
「すごいよな。当たりの可能性は高いと思うぞ」
「……うん、そうだね」
「当たり? ふむ、たしかにお宝が眠っていそうだな!」
ダンジョンの中には発生と同時に宝が現れることがある。
それは宝箱であったり、袋であったり、ものによっては裸のまま地面に落ちていたり。
場所によって様々ではあるが、往々にして小さなダンジョンでは見つからないことが多いため、魔力溜まりの規模で決まるのではと結論づけられている。
「お宝、あるといいよね」
「うむ!」
お宝――アレフの魔力と記憶の欠片。
この規模のダンジョンであれば、ライダルの言った通り当たりの可能性が高そうだ。
冷たい風が外の熱気と合わさって頬を撫でる。
中に入ろうと足を動かして、杖を一度小突く。
感じるのは、夥しい数の敵意と魔力。手強そうだ。
「本当に涼しいな! 騎士殿も平気なようにしていたが、外の暑さは堪えただろう?」
「いや全然――ほんっとーにキツかった。見てよ、鎧の隙間から汗出てるから」
「むむっ、はっはっはっ! 騎士殿も人というわけだ!」
中に踏み入れば、魔石が照らすような淡い光が灯る分かれ道の通路。
背後で扉が閉まる音を聞きながら、瞳を閉じて杖で二度地面を小突く。
反響した魔力に乗ってまず感じたのは、とにかく広いということ。
右手側に進めば、下る階段。
左手側に進めば、上る階段。
それぞれの階段の横にも、奥に繋がる通路がある。
「デナン嬢、どうだ?」
「上に行くか下に行くか、まずはそこを決めてからかな」
「どちらのほうが良さそうだ?」
「ごめん、広すぎて先視えないんだ」
モンスターの反応は、やっぱりすごい。
人型と思われる魔力を宿した反応から、以前の洞窟型ダンジョンでもアレフが戦っていた獣たち、果ては魔力を感じないけど動いてるやつまで。
「モンスターもすごい量いるね」
「モンスターの掃討は骨が折れそうだな。ボス個体に集中が無難かね」
「うん、そのほうが――」
「――ふたりとも! これを見てくれ!」
瞳を開けて声のしたほうを見れば――。
「いきなり宝箱だ! お宝が眠っているかもしれない!」
先程までは壁であった正面で、おそらく宝箱の置かれた小部屋であろう場所を指さすアレフの姿。
頭痛を覚え、思わず頭に手を置く。
「あー……なにしてんだ?」
「いや、ダンジョンの割に綺麗な壁だなと思って触っていたら開いたのだ!」
「……もう……バカ……」
「はは……まあ、そんなこともあるか」
この際見つけてしまったものは仕方ない。
ボクの探索魔法はあくまでも壁に魔力を反射させてるだけだから、隠し部屋を見つけることに対しては不向きだ。
アレフが時折こうして見つけてくれることは良いことだが、昔から突然の思いつきでやるからタチが悪い。
「やるなら一声かけてって言ってるよね」
「うむ! すまない!」
まったく反省の色が見えない。
こちらを見ている藍色の瞳は一際輝いていて、はやく中身を見たいという欲望が透けて見える。
「……絶対罠でしょ」
「いーや、間違いなく財宝だ! ワタシの勘がそう言っている!」
「なにそれ……」
「はは、相変わらず変わらねえなぁ」
隣で、ボクに聞こえる程度の呟きを零したライダルに背中を叩かれて歩き出す。
念の為に杖を一度小突いても、隠し部屋の中から魔力は感じられない。
「さっそく開けても!?」
「いいけど、罠があるかもしれないから気を――」
「承った!」
アレフなボクが注意しようとした言葉を聞き終わる前に駆け出した。
本当に、この男は。
「はぁ……」
「振り回されてるな、デナン嬢」
「……別に。もう慣れてる」
「ははは、それもそうか」
足を進めて部屋の中に入る。
通路の淡い光とは違って、外の日の光が照らし出す内部はこじんまりとしたものだ。
「おお、これは……っ!」
「お、なにか良いもんでも入ってたか?」
入口近くの壁に手を置いて、瞳を閉じる。
感じるのは、当然のごとく澱んだ魔力。
だが、その奥に別のナニかがあるのがわかる。
「騎士殿、見てくれ! 金銀がこんなにも!」
「こいつぁすげぇな。もらっとけもらっとけ」
澄んだ魔力とも違う、たしかな存在感を示すナニか。
訴えかけて来るような気配はないが、ダンジョンを形成する魔力に溶け込まずにただそこに在るような感覚を覚える。
「むっ、これは……」
もう少し深く潜ればなにかわかるだろうか。
しかし、これでほぼ確定だろう。
ここには、間違いなく――。
「我が友よ! これはキミが探していたものではないか!?」
――ため息をつきながら瞳を開けて彼らのほうを見る。
そこには楽しげに宝箱の中を漁るライダルと、手に古めかしい本を握って振り向いているアレフの姿。
なんの本かはわからないが、気になるといえば気になる。
「……本?」
「うむ! 古代魔術……肆の……? と書かれて――ぬおっ!?」
気がつけば、ボクは入口近くにいたのに本を読んでいた。
「はっはっはっ! デナン嬢も変わらずだなぁ!」
「……友よ、いったいどうやったというのだ……」
『古代魔術ノ探求 肆ノ項』、参までは山小屋にいた頃に読んでいたが、まさか続きがあるとは思ってもいなかった。
たしか参の内容は、世界に流れる魔力を魔法陣や物に宿して詠唱を破棄する方法が主題だったはず。
今の杖に組み込むのは時間がかかったけど、壱と弐に比べれば参の内容は便利なものが多かった。
「おっ、こいつもなかなかな大きさだな」
「相当な価値がありそうな宝石! やはりワタシの勘は間違っていないな!」
占星術における魔術的見解とその関連性。
なるほど、少し興味がある内容みたいだ。
古代語で書かれていて読みづらいのは相変わらずだが、時間をかければ問題ないだろう。
「うし、こんなとこか。いきなり収穫だったな」
「うむ!」
星の配置には意味がある、と。
魔力というものは世界に自然発生してるのが今の常識だけど、やっぱりこの頃は――。
「おーい、デナン嬢。そろそろ行くぞ?」
はっとなり、顔を上げればそこにはふたりの姿はない。
「我が友は魔法のことになると周りが見えなくなるな!」
「……気のせいだよ」
普段は依頼書や冒険者証を入れる懐の袋に本を保管する。
帰った時に読むのが、実に楽しみだ。
「さてと、どっちに行こうかね」
「左。下に向かおう」
隠し部屋の入口で立ち止まっていたふたりを促して、下に降る階段を目指す。
「下か。根拠は?」
「反応があったけど弱い。下に行けばもう少しわかるかなって」
「……なるほど。納得だ」
「おお、ボス個体か! さすがに見つけるのが早いな!」
ここにあるアレフの魔力と記憶。
壁から感じた限りでは、魔力――光の力なような気がしている。
「……まだボス個体かどうか、わからないけどね」
「謙遜などするな! 我が友はすごいのだからな!」
まったく、なにを根拠に言っているのだろうか。
悪い気はしないが、なんだか少し複雑だ。
アレフが先導し、ボクがそれに続いて最後はライダル。
なんてことのないように、自然とこの順番になるのがどこか懐かしい。
杖を小突いて魔力を感じながら、前にある背中を目で追った。