素直になれない賢者と能天気勇者くん   作:蝉時雨

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第六話は神殿と共に <Ⅱ>

 神殿の中は静謐な空気に包まれている。

 

 通路を照らす淡い光は幻想的で、屋根と上層を支える柱は等間隔で並んでいる。

 ここがダンジョンでなければ、王都にあるアーカルナ神殿と比べても立派な造りだろう。

 

「アレフ、右から新手来てるけど気にしないで」

 

「承知した!」

 

 杖を三度突き、地面から岩の柱を生やして新たに現れたモンスターを閉じ込めて分断する。

 破壊されることはないだろうが、ある程度の時間は稼げるはずだ。

 

「デナン嬢!」

 

「うん」

 

 振り向き、ライダルが大盾で打ち上げた犬にも似た獣型モンスター目掛けて杖を剣のように振るう。

 

「風の刃よ」

 

 振るった杖の軌道上から、剣筋のようにまとまった風が生まれてモンスターを斜めに両断する。

 

 探索をはじめてから、ひっきりなしにモンスターと遭遇し続けている。

 ボクの魔力も、ふたりも大して苦戦はしていないが、如何せん戦闘が続けば疲れてしまう。

 

 未だ下の階に続く階段も見つけていないというのに、これだから大型のダンジョンは嫌いなのだ。

 

 杖を二度突き、二体の小型モンスターと相対しているライダルと、大剣を持った大型のツノが生えた人型と打ち合うアレフへ身体強化の魔法を重ねがけする。

 

「母なる大地よ」

 

 詠唱と共に杖を強く地面に打ち突ければ、分断のために生み出した岩の柱がひとまとまりになって中のモンスターを押しつぶした。

 

 瞳を閉じて、杖を二度突く。

 現在地は地下一階。隠し部屋を見つけてから戦闘を繰り返して降りた先のここは、入り組んだ迷路のような構造になっている。

 

 隙があれば魔力を反射させて探索を続けているが、あまりにも広すぎて途中で霧散してしまう。

 だが、ようやく見つけた。

 微かにだが、下に繋がっていそうな階段の反応。

 

「アレフ」

 

「むっ!」

 

 瞳を開けて、杖を弓のように構える。

 ボクの声に応えて、アレフの剣が瞬く間に大剣をかち上げていた。

 

「我が敵穿つ雷よ」

 

 狙うは、高く掲げられた彼の鉄剣。

 

「ぬぅぅあぁっ!」

 

 雷を宿した彼の剣は、モンスターの抵抗を感じさせることなく縦一文字に斬り裂いた。

 

 やはり、疲れる。

 

「戦闘が続くな。デナン嬢は大丈夫か?」

 

「……だいじょうぶ」

 

「……ダメそうだ」

 

 杖を一度突き、体を浮かせる。

 もう一歩も歩きたくはないが、せっかく階段を見つけたのだからそこまでは行きたい。

 

「友よ、ワタシが背負おうではないか!」

 

「…………」

 

「友よ!?」

 

 近づいてきたアレフの横を抜け、通路を進む。

 

「階段はこの先の突き当たり右手側の奥。そこまでは行こう」

 

「お、見つかったか。デナン嬢の魔法には助けられてばかりだな」

 

「うむうむ。我が友はなんでも出来るからな!」

 

 アレフがすぐにボクの前に出て、また先導していく。

 

「それにしても迷宮になってるなんてな。どっかの伝説の話みたいなダンジョンだ」

 

「この場所のような話が?」

 

「ん? ああ、想像の産物だろうがな」

 

 浮いて移動しながら、杖を地面に突いて魔力の波動を飛ばす。

 反応は返ってこないが、魔力を持たない石造りのモンスターもいるから分かれ道の横から奇襲があるかもしれない。

 

「南のほうに砂漠の街があるんだが、そこにボス個体を倒しても残り続けてるダンジョンがあってな」

 

「ほう、そんなとこらが」

 

「……ああ。んで、そこにある伝説がダンジョンの下には迷宮が広がっていて、その奥底に真の敵がいるってやつだ」

 

 ライダルの話している南の街にあるダンジョンを踏破したのはボクたちだ。

 湧き出るモンスターに疲弊してる、という噂を聞いたアレフがボクたちを無理やり連れて行ったのを覚えている。

 

「まっ、下に降る階段が見つかっていない以上、伝説の枠を出ないんだがな」

 

 それなりの期間を使ってボクの探索魔法だったり、四人で歩き回ったりして確認したけど見つからなかった。

 その時の結論は夢物語ということになったが、実は必要なものがあるのではないかと思っている。

 

 それがなにかは、わからないけれど。

 

 突き当たりを曲がれば、景色は変わることなく淡い光で照らされた通路が続くのみ。

 奇襲があるかもと思っていたが、反応はやはりなにもない。

 

「そのダンジョンもまた、ここのように広いのだろうな!」

 

「そらもう広いのなんの。おじさんの記憶が間違ってなければ、上に三十階分くらいあったはずよ」

 

「三十! 隅々まで回るのにどれほどかかるか想像もつかんな!」

 

 ふたりの話を聞き流しながら、通路の壁に目を向ける。

 一階ではなんの装飾もなかったが、ここでは微かな装飾――天井のほうから地上にかけて、乱雑な線のようなものが走っている。

 

 ダンジョンの装飾については詳しくないが、これらも元になった魔力溜まりと関係があるのだろうか。

 

「その時も今みたいな感じで歩き回っててな。おじさん含めて四人だったんだが」

 

「やはりダンジョンは歩き回って隠し部屋を探すに限るものな!」

 

「おう。んで、そん時も魔法使う仲間が駄々こねてな。もうひとりの女によく背負われてたよ」

 

「ほう、まるで我が友のような――いや、なんでもない! なんでもないぞ!?」

 

 振り返ってボクのほうを見たアレフを睨みつける。

 別に、ボクは駄々を捏ねたことなんてない。

 いや、そもそもライダルの話に出てくるのがボクとは限らない。

 

 身に覚えだって、一欠片も――。

 

「――むっ!?」

 

 前を歩いていたアレフの体に、黒くて得体の知れない手のようなものが地面から絡まる。

 

「アレフ!?」

 

「むうぅぅぅおおおぉぉぉぉおお!?!?」

 

 叫び、手を伸ばしてももう遅い。

 

「くっ!」

 

「母なる――っ!」

 

 地面に引きづり込まれるアレフは、ライダルの手も、ボクの詠唱も待たずして忽然と姿を消す。

 

 ボクの、せいだ。

 

 

 

 ■■■

 

 

 

「くそっ!」

 

 最悪だ。

 

 地面に引きづり込まれるアレフの手を掴めなかった己の不甲斐なさを呪う。

 かつての旅の中でもデナン嬢の探知をすり抜ける敵はいたというのに、平和ボケでもしてしまったのか。

 

 だが、なによりも最悪なのは――。

 

「――アレ……アレフ……アレ、フ……」

 

 ――膝から崩れ落ち、アレフが呑み込まれた地面を見つめ続けるデナン嬢だ。

 

 思い出すのは、魔王との決戦を経て命からがら王都へと帰還した頃のこと。

 

 闇の魔力を纏う魔王に全滅目前まで追い詰められ、己へ光の魔力を全霊で纏ったアレフは勝利した。

 勇者と魔王は表裏一体、消え去ると思われたアレフは血だらけで奇跡的に生存したが、治療の手を止めれば死ぬような状態であった。

 

 俺が彼を背負い、昼夜関係なく駆けながら、デナン嬢とカリナが治療を続けたからこそ助かった命。

 

「あ……ああ……ボクの……ボク、が……」

 

「……デナン嬢」

 

 教会に運び込まれてからも、常に傍に――それこそ昼夜関係なく居続けたのが彼女だ。

 

 魔王を倒せば勇者も消えるということは全員が共有していた事実だ。

 アレフですらも、それで世界が救われるならと納得していた。

 

 それに理解はしめしつつも、抗い続けていたのもまた、彼女だ。

 寝る間も惜しんでアレフを救う方法を探していたのを覚えている。

 

 最後まで救う方法は見つからなかったようだが、血だらけになりながらも助かったアレフを見た時のデナン嬢は大いに取り乱していた。

 

「デナン嬢、立て。アレフを探しに――」

 

「――っ! 近づくなっ!」

 

「ぐっ! デナン嬢!」

 

 王国の辺境、麓の村人からも敬遠されし魔女の遺児であった彼女。

 

 子供が山の中で生活しているという噂を聞いて、三人で赴いた先の今にも崩れ落ちそうな山小屋。

 そこでやせ細りながらも、魔女が残したのであろう魔導書に囲まれ、虚ろな瞳をしていた彼女。

 

 デナン嬢にとってのアレフは――彼女にとって、あの山小屋から連れ出した光は、俺のようなものが推し測れないほどに大きい存在なのだろう。

 

「アレフ、アレフはっ! ここにいる!」

 

「戻ってこいデナン! 正気を――っ!」

 

 吹き荒れる魔力の奔流。

 

 その魔力に惹かれるように、通路の前後からモンスターが湧き出てくる。

 

「――こんな時にっ!」

 

 魔力の荒波に逆らい、なんとか彼女に触れようと近づく。

 

「デナン! 俺の声を聞け!」

 

「やだっ! やだやだやだっ!」

 

 魔力は収まることを知らず、さらにその規模を増していく。

 俺のようにデナン嬢へと近づこうとしていた魔物は、種類を問わず吹き飛ばされ、壁に打ち付けられて消滅していく。

 

「アレフはここにいるのにっ! ボクの隣に――っ!」

 

 隣を見てなにも居ないことを認識したのだろう。

 折れんばかりに握り締めていた杖を離し、大理石のような石材で造られた地面を両手で忙しなく掻き毟っている。

 

「アレフ? アレフ……? ここに居たのに……」

 

 微かに見えた彼女の碧緑色の瞳は光がなく、かつての山小屋で垣間見た瞳に似ていた。

 

 杖を手放したにも関わらず圧倒的な魔力は彼女の才能を感じさせ、アレフが見出した賢者の力を確かに感じさせる。

 俺も仲間のひとりであると胸を張っているが、デナン嬢のことに関しては力が及ばない。

 

 アレフが目覚めるまでに、食事すらしなかった彼女のことだ。

 やはり、デナン嬢の暴走を真に止めるには彼の存在が不可欠であろう。

 

「くぅ……嫌になるな、まったく……っ!」

 

 俺が自信をなくしていてどうするというのだ。

 

 アレフはきっと無事だ。

 このダンジョンへ入った時に彼が見つけた隠し部屋しかり、記憶を失おうともアレフには不思議な運命力がある。

 

 憂慮すべきは今の彼には鉄剣しかないことだが、腐っても勇者と呼ばれていた男だ。

 たとえどのような逆境に陥ようとも、必ず立ち上がってくることだろう。

 

 かつて共に旅をし、命を預けあった俺が言うのだ。

 この思いに、間違いなどない。

 

「……あれ、ライダル……」

 

 なんとか彼女の近くまで歩みを進めることが出来た。

 硬い地面を掻き毟り、爪がひび割れ、血が滴っている彼女の両手を包み込む。

 

「ボクになにも言わずにアレフがいなくなっちゃったんだ……ライダルは、なにか知ってる……?」

 

「ああ、まったくダメな男だよな。俺にだけ行き先を告げて、キミにはなにも言わないとは」

 

「……ああ、またなんだ。もう、一声かけてって言ってるのに」

 

 彼女の瞳にはやはり光はない。

 うわ言のように呟く彼女の言葉を否定することなく、言葉を紡いでいく。

 

「そうだな。ほら、立ちたまえ」

 

「…………アレフのところに、行くの?」

 

「ああ、そうだ。大丈夫だ、彼は我々になにも言わずにいなくならないさ」

 

「…………うん」

 

 魔力の奔流が収まっていき、一先ずは彼女の平穏を取り戻せたことに胸を撫で下ろす。

 

 周囲を見渡せば、彼女の魔力に吹き飛ばされたモンスターたちの残滓が残るだけで、他には問題がなさそうだ。

 

「手を繋いでいこう。夜にひとりで歩くと心細いものな」

 

「……わかった」

 

 デナン嬢の杖を拾って背中に差しておく。

 今の彼女に持たせておくのは、いくらなんでも酷というものだろう。

 

 その細い手を引いて、通路を歩き出す。

 

 俯きながらも着いてくる彼女を気にかけつつ、より一層周囲へ意識を伸ばした。

 

 

 

 ■■■

 

 

 光のない暗闇に、薄らとだが人型の光が灯る。

 

「むっ、おお! キミか!」

 

 ワタシがひとりとなる度に出てくる光るヒト。

 そんな彼、あるいは彼女がワタシを見下ろしていた。

 そうか、ワタシは横になっていたのか。

 

「いやぁ、助かった! 自分がどのような状態か、暗くてよくわからなかったのだ!」

 

 立ち上がり、彼の光で照らされた空間を見る。

 

「ふむ……それにしても、ここはどこなのだろうな」

 

 引きづり込まれる前と似ているようで、通路自体は狭い。

 人が横に並んでふたり、三人がようやく通れるくらいだろうか。

 

「ここで悩んでいても仕方がない。キミさえよければ、ワタシと共に探索してくれないだろうか」

 

 幸いなことに背後は行き止まり。

 

 光るヒトが頷いてくれたのを確認し、ワタシは一歩を踏み出した。

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