素直になれない賢者と能天気勇者くん 作:蝉時雨
暗闇の中、鉄製の靴が鳴らす音が反響する。
共に歩むよくわからない光が先を照らし出してようやく歩くべき道がわかる。
「ふぅむ、出口はいったいどこにあるのだろうな」
呟きは闇に中へと沈み、返ってくるものはなにもない。
黒い手に引きずり込まれたここ――なにか罠を踏んだかと思い返してみても、そのような感触はなにもなかった。
突然現れ、ワタシを闇へと誘った謎の手。
「我が友と騎士殿は無事であろうか」
頭を過るのは、己の隣に居て当然だった半身の姿。
いつもワタシの行動にため息をついていた彼女のことだ、今もきっと眉間に皺を寄せているに違いない。
はやくこんな場所からは抜け出して、無事を伝えたい。
歴戦の騎士殿が近くにいる分、モンスター共に襲われても心配はないだろう。
たとえ騎士殿がいなくとも、彼女――我が友が敗れる未来など見えないが。
「キミはここについてなにか知らないだろうか?」
隣を歩く彼に話を振るが、返ってくるのは沈黙のみ。
わかっていたことだが、こちらを見つめている彼からはなにかを伝えたいという想いがあるのはわかる。
「ふむ……知っていることはあるが、伝える術がない――そんなところだろうか」
返ってきたのは首肯。
それと、腰に下げた聖剣の震え。
頭の片隅で考えていたことではあるが、もしかして彼は――。
「キミは――」
言葉を告げようとしたその時、彼が腕を持ち上げたのが見えた。
「――むっ、あれは……」
そこには、先ほどまで明かりなどなかったはずの壁に灯る淡い白の輝き。
歩みを進めて近くまで行けば、それは――。
「赤ん坊……か?」
白い光に照らし出される、天へと掲げられた赤ん坊。
その隣には、表情がないため憶測ではあるが懸命に剣を振るう少年。
光は線となって、それぞれを淡く映し出すかのように壁へと描いている。
「これらは……いったい……」
光るヒトへと視線を向ければ、その指先はワタシと壁を交互に差している。
もしかしなくとも、この光の欠片ねで形成されたものがワタシであると言いたいのだろう。
まさか頷くこと以外の反応を見せるとは思ってもいなかったが、これは喜ばしいことだ。
次に映し出された光へと目を向ける。
ひとつは、どこかを歩く青年の姿。
その隣には、玉座と思われる場所で跪く青年の姿。
「……ワタシの記憶、なのか?」
頭の中にある霧は晴れない。
しかし、この光の軌跡にはどこか見覚えがある。
ワタシは、幼い頃から剣を振るっていたのか。
たしかに鉄剣をはじめて握ってから、なんの意識をする必要もなく振るえたように思う。
どのように受け止めれば反撃しやすいか。
どのように斬れば敵を倒せるか。
どのように操れば、一番疲労が少ないか。
すべて、体が勝手に動いてくれていた。
最後に映し出されたのは、古い文字であった。
友に教えられ、多少は読めるようになったそれ。
「……なるは、勇……の、旅……録……」
ワタシには難読であり、知識が少ないのもあって全てを解読することが出来ない。
友が小言を言いながら仕込んでくれたが、学のないワタシは簡単な表現を覚えることが限界であった。
いつものように眉間に皺を寄せ、大きくため息をつく彼女の姿をよく覚えている。
たしかにワタシは勇者と呼ばれることもあるが、果たして幼少の頃からそうであったかは霧がかっていてわからない。
この光が本当にワタシの記憶であるのならば、なぜ覚えていない――思い出すことが出来ないのであろうか。
「……むっ、明かりが……」
通路全体に淡い光が灯る。
黒い手に引きずり込まれる直前まで友たちといた場所よりも明るい光。
通路の先には――。
「――敵か」
――姿が定かではない、実態のなさそうな鈍く輝く剣を握った黒い影のようなヒト型の敵。
つい先程まで隣で歩んでくれていた光のヒトは、いつの間にか姿形がなくなっていた。
これは試練か、はたまた純粋な敵か。
どちらかはわからないが、状況としては前者だろう。
「――ワタシハ、間違エタ」
鉄剣を引き抜き構えれば、耳に入ってきたのは無機質な呟き。
「スベテヲ救ウコトナド、不可能デアッタ」
「……ふむ」
しかし、そこには確かな感情が乗っている。
それは――。
「ドコマデモ傲慢デ、何者ニモナレナカッタ」
――たしかな、絶望。
影がゆらりと揺れる。
動きを見逃さないよう注意を凝らすが、消えたかと思えば目の前に敵の黒く染まった剣が立ち顕れる。
「――くっ!?」
受け止め、しかし膂力の違いからか吹き飛ばされる。
空中で一回転しつつ体勢を整え、土煙を上げながらも着地をする。
あの実態のなさそうな体のどこに、これほどの力があるのかは到底想像もつかない。
「勇者ハ無力ダ」
再度現れた剣を受け止め、なんとか押し返そうと力を入れる。
なんとか鍔迫り合いの形を維持することは出来るが、全力をもってしても押し返すことが出来ない。
「オ前モ、所詮ハソウダ。無力デ、一人デハナニモ出来ナイ愚カナ存在デシカナイ」
「ぐっ、ぬぅおぉぉっ!」
何度となく斬り結ぶも、手数で圧倒的な差がある。
上段の打ち下ろしを防げば、次の瞬間には下段から刃が迫る。
袈裟斬りを防げば、一瞬にして逆袈裟となって剣先を光らせる。
胴打ちを防げば、刃は突きとなって喉元を強襲する。
「――貴様ハ、弱イ」
「なぁっ!?」
幾度目かの胴打ちを防ぎ、吹き飛ばされたと同時にそれは起こった。
受けた位置が悪かったのか、それとも気付かぬうちの劣化の影響か。
根元から分断された、鉄剣が風切り音と共に壁へと突き刺さった。
なんとか着地をした先で膝をつき、呆然と手元に残された柄を見る。
手入れは欠かさず行っていた。
友と共に冒険をはじめた時から握っていた相棒が、まさかこんなところで折れるとは思ってもいなかった。
「進ム先ニハ絶望シカ広ガッテイナイ」
もはや亡念のような呟きが、嫌でも耳に届く。
「オ前モ――」
「――ふ、ふふ。たしかに、今がそうなのかもれないな」
友の姿はなく、手元にあった相棒は欠けた。
すでに戦う術は閉ざされ、拳での抵抗をしたとしても決着など見えているだろう。
「だが、ワタシはこの程度で折れるほど、弱くは無いのだ」
鉄剣――折れた相棒を鞘に納め、もう片方の――抜けることのなかった剣の柄へと手をかける。
「キミは先程、すべてを救えなかったと言ったな」
立ち上がって力を入れるが、ビクともしないそれ。
それでも、影を見据えながら決して視線は下げない。
「その通りだ。救える命など、ワタシの手では数少ない」
間に合わず、すべてを救うことの出来なかった村があった。
それはすぐ先日のことであり、石を投げられて当然のことだった。
「しかし、それでもワタシは人を救いたい。下を向いている者に、明日を見せたい」
剣が今まで以上の震えを伝えてくる。
「ワタシひとりではなにも出来ないのもまた、その通りだ。ワタシは、どこまでも欠陥しかない」
頭の中には変わらず霧がある。
晴れることなく、常になにかを妨害するかのように。
記憶の欠落は、間違いなくこれのせいだろう。
「だが、ワタシはひとりではない。こんなワタシのことを、友だと語って傍に居てくれる者がいる」
思い出すのは、陽の光を浴びて煌めく長い銀色の髪。
彼女の碧緑色の瞳は、いつもワタシを眩しそうに見つめていた。
「それがあるからこそ、ワタシは――」
剣を引き抜く。
その瞬間。
通路中に輝きが溢れ、己に寄り添う光のヒトを幻視した。
「――立ち止まることなど、ありはしない」
頭の中に浮かぶ情景。
はじめて剣を取り、無我夢中で振るっていた子供の頃。
王都からの遣いに導かれ、涙する両親と別れ出立した日。
そうして、王城で冠を戴く王とはじめて対面した日。
そうだ。
己は、勇者として在った。
これ以上の情景は変わらず霧に包まれているが、たしかに思い出した。
「キミ――いや、貴殿はワタシ自身、あるいはかつての勇者であった者たちの影なのだろう」
立ち止まり、ワタシを見据える影に言葉を投げる。
「その絶望の底は、ワタシ如きでは拭いきれないものだ」
剣を握りしめたまま構えることはなく、悠然と歩いて近づいていく。
「貴殿に感謝を。おかげで、原点を思い出せた」
あの時、ワタシの胸には期待と不安が折り重なっていた。
ワタシのような者が、果たして世界を救えるのかわからなかった。
だが、それでも。
ワタシは、涙を流す人々のために歩くと、そう決めたのだ。
「ワタシの手を握ってくれ。貴殿の想いもすべて背負い、ワタシは歩き続けると誓おう」
革手袋に包まれた左手を差し出す。
影は――。
「ソンナモノ、タダノ詭弁ダ。出来ルハズガ――」
「出来るとも。これでもワタシは、勇者なのだから」
「ナラバ我ラヲ切リ捨テ、進メバ良イダケノ――」
「――それこそ、愚問と切り捨てよう」
――剣――黒き直剣を握るその手は震え、頭と思われる場所は俯いている。
「目の前で泣く者に手を差し伸べられず、なにが勇者か」
「――ア、アアァ……コレ、ガ……」
――手を重ね、そのまま溶け込むようにワタシの中へと入っていく。
流れ込んできたのは、深い悲しみと絶望。
村が焼け落ち、誰ひとりとして生き残りがいない中で崩れ落ちる記憶。
大切な者を人質に取られ、救うと誓いながらも目の前で殺された記憶。
街を襲うモンスターを討伐するも、勇者がいるから襲われたのだと石を投げられた記憶。
これらは、かつて勇者だった者たちの記憶なのだろう。
なんと悲しく、寂しい記憶たちなのだ。
だが、彼らはそれでも世界を救った。
その証拠に、ワタシの立つ世界は確かにここにあるのだから。
「――共に、歩もう」
剣を鞘に戻し、折れてしまった相棒の柄を人撫でする。
根元から断ち切られたのもあり、修復は困難であろう。
通路の先へと視線を向ける。
そこには、いつの間にやら現れた階段があった。
「ああ、キミか」
ワタシの隣には、光のヒトの姿。
「キミにも感謝を。おかげで――」
続く言葉は、彼の手によって遮られる。
その手は、現れた階段を指し示していた。
「ははは、そうだな。はやく我が友の元へと戻らなければな」
ひとつ頷いた彼に微笑みを返し、上層へと伸びる階段に足を向けた。
■■■
短槍を突き刺し、大盾で敵の攻撃を受ける。
どこまで続いているのか定かではない通路には、ひっきりなしにモンスターが湧いていた。
「くそっ! デナン嬢、俺の傍から離れるなよ!?」
「…………」
声を張り上げようと、返ってくるのは無言のみ。
あれから三度階段を下ることには成功したが、いまだアレフの姿形は見えない。
見えるのは、ただただ広がる迷宮と、襲いかかってくるモンスターの姿のみ。
短槍は血に濡れ、大盾を握る腕はすでに力が入らない。
それでも、背中に隠したデナン嬢を守らねばならない。
大切な仲間であり、俺たちにとって娘のような妹のようなこの娘に傷ひとつ付ける訳にはいかないのだ。
「はぁ……はぁ……デナン嬢、怪我はないかな」
「…………ライダル…………アレフは?」
譫言のように呟く彼女に胸が締め付けられる。
「……大丈夫だ、もうすぐ会えるぞ」
「…………そっか」
大盾を背中に差した杖の上から背負い、震える左手に鞭を打って彼女の手を取る。
地面を掻き毟った血はすでに止まり、血糊が残るその手。
彼女の心は、いったいどれ程沈み込んでいることか。
一刻も早く、あの能天気な男を見つけなければ――。
「――っ」
俯いていた彼女の顔が上がる。
「――アレフが、呼んでる」
「っ!? おい、デナン!」
手を振りほどき、どこにそんな力があったのだと言うほどの力強さで駆け出していく。
その先にはモンスターの姿が――。
「邪魔、しないで」
呟きと共に吹き荒れる魔力。
モンスターなどはじめからいなかったかのように、通路にはなにもない。
「まったく、世話の焼けるふたりだ……っ!」
口から漏れ出た愚痴は流れ、デナン嬢の駆ける背中が残る。
体力はすでに底が見えているが、ここで走らずしてなにが騎士か。
駆け出す一歩は、なけなしのプライドと共に力が漲っていた。