室生君。
犀星君。
僕の最愛の友、室生犀星君。
僕にいつまでも寄り添う魂の誤解者、室生君。
僕は先日、とても貴重な再会を体験をした。
どうしても、君に聞いて欲しく、また筆を執ってしまった。
君のことだ。
きっと、鬱陶しいと思いつつも、僕の話を聞いてくれるだろう。
僕は、君のそういうところを愛している。
話を戻そう。
貴重な再会の話だ。
君は憶えているだろうか?
先生の所にいた頃、僕達以外にも、もう一人、Kという男がいたことを。
あの、儚い眼をしているのに、とてもよく笑う男だ。
僕達は知っているはずだ。
詩人というものは、自分の中の狂気を、表現するものだと。
言葉の中の狂気を、表現するものだと。
しかし、Kは、純粋でビイドロのように光り、壊れやすそうな眼をしていた。
そう、詩人には向かない、あの真っ直ぐな男だ。
先日、僕はそのKに会ったのだよ。
最初、僕は彼が誰か分からなかった。
Kを忘れていた訳じゃない。
雰囲気が、変わっていたんだよ。
ほんの小さなジョオクでも、快活に笑っていたKが、全く笑わなかったんだよ。
いや。
口元は、笑っていた。
眼も、笑っていた。
笑っていなかったのは、眼の奥の光、と言ったら分かるだろうか。
もっと人の本質的なこと、と言ったら分かるだろうか。
ああ。
僕は、詩人失格かも知れない。
詩人を自負している僕が、言葉が出てこない。
言葉を深淵から掬い上げる詩人が、Kを表現する言葉を掬えない。
…話が逸れてしまった。
とにかく、Kは、僕が知ってるKとは、別人だったのだよ。
立ち話は何だから、とカフェーに入った。
勘違いしないで欲しいんだが、君が思ってるようなカフェーではない。
静かに飲めるカフェーさ。
僕はヴランデーを、Kはビールを頼んだ。
なんでもない話をしていた。
そんな中で、少しだけKの眼に昔の光が戻った時があった。
「その時計は?」
何気ないつもりだった。
会話の足しにでもなれば、という軽い気持ちで口にした。
全く意識していなかったさ。
Kは、ゆっくりと、楽しそうに話し始めた。
その時計について。
Мという女性について。
二人は、先生のところで出会ったらしい。
お互い、共通の趣味があったせいか、すぐに意気投合したそうだ。
その時、Kは、賢い女性だな、と思った程度だったそうだ。
そのまま、顔を合わせるうちに、お互い惹かれ合っていったそうだ。
だか、Мには相手がいたせいで、Kは諦めつつも、どこか安心したと言っていた。
Kは、実家に戻る日が近かったからだ。
遠く離れるのだから、と、Мを幸せに出来ないだろうから、と。
しかし、だ。
室生君。
君も知っているだろう。
人生とは、思いもよらぬ出来事が、よく起こる。
Мが破局寸前になったのだ。
Kは、それでも、と思っていたそうだが、Мの方から告白されたらしい。
そこからは、飽き飽きしたよ。
いかにМが素晴らしい女性か、いかにМが可愛らしい女性か、延々と聞かされてしまった。
芯があり、頭が良く、慈愛に満ちていると。
ほんの少し、別の女性を見ていただけで、拗ねてみせると。
ああ、そう言えば、あの話は、なかなか面白かった。
なんでも、Kの友人が、罰ゲェムで、女装をするハメになったそうだ。
その女装した友人とKが二人で歩いているところを、Мに見られたらしい。
そのまま鬼の形相で迫られて、相当に参ったと言っていたよ。
その後、二人でお揃いの時計を買ったらしい。
そんな惚気話を、ずっと聞かされたよ。
お互いに愛を囁き会い、この先どうするかの話をしたり、趣味の話で盛り上がり、着実に愛を育んでいたそうだ。
「なら、一緒になるのかい?」
僕は、Kにそう聞いた。
いい加減、飽き飽きしていたからね。
少しでも早く、Kの話を切り上げたくなっていた。
まあ、危険な賭けではあったさ。
もしかしたら、また話が長くなる可能性もあったからね。
だが、Kは、首を横に振った。
「…別れたよ」
Kの眼の奥は、出会った時と同じになっていたよ。
「結局、現実的ではないと、ね。元鞘に戻るそうだ」
「そうかい」
先程までとの落差に、僕は言葉を失ってしまった。
本当に驚くばかりだ!
僕が!
詩人である!
僕が!
言葉を失う?
あってはならない!
僕のアイデンテティが崩壊することが、一日に二度もあるなんて!
…また話が逸れてしまった。
とにかく、僕は言葉を失ってしまったのだよ。
Kと友人関係にあるということや、Kの眼の奥を表現出来なかったことに動揺していた、と言い訳させて欲しい。
「それでもね」
僕が言葉を失っている内に、Kは口を開いた。
「僕は、Мの幸福を願っているんだよ」
「ほお?」
僕は、少し安心したよ。
Kは、昔のままだった。
快活で、皆に優しく、真っ直ぐな男だ、と。
あの、再会した時の眼は、きっと気のせいなのだ、と。
「その為にも、この時計を壊して捨てるのさ」
僕は、ぞっとした。
あまりにも、澄んだ笑顔をしていた。
「Мが幸せになって、幸せになって、幸せになって、今の幸福が怖くなるくらいに幸せになって欲しいんだ」
その澄んだ笑顔のまま、Kは続ける。
「僕らが別れた時間に、その幸福から転げるよう、しっかりと想って壊すんだ」
顔は笑っている。
「ね?」
眼は笑っている。
「だから」
しかし、眼の奥は
「Мには、幸せになって欲しいんだ」
笑っていなかった。
室生君。
僕の最愛の誤解者。
僕の最悪の理解者。
室生犀星君。
僕は、人が壊れる瞬間に立ち会ってしまったのさ。
とても。
とても。
貴重な時間だったよ。
さくたろ