松雪高校、放課後の図工室。
そこでは正式な部室すら持てない弱小文芸部が、文化祭に向けて小冊子を錬成すべく活動していた。
なんせ部員はたったの六名。そのうち四名は名前貸しである。
顧問も判子を押すだけのハリボテで、しかも彼が来年定年退職すれば、この部活は晴れて同好会へ格下げとなる。
弱小文芸部、存続の危機真っ只中であった。
文芸部の腹ぺこモンスターこと杏も、その名前貸し四名のうちの一人である。
作品を書くでもなければ編集を手伝うでもなく、餌付けされながら人の作品にケチをつけるだけの幽霊部員。
そのくせ他の部活に所属しているでも、習い事があるでもなく、基本暇してるので、いつもおやつが貰える文芸部にたむろしている。
今日もお気に入りの窓際の席で胡座をかいて、スマホを眺めていた。スカートが捲れるのも関係なしに、お気に入りの小説投稿サイトを巡回しているのだ。だって文芸部、女子しかいないし。
いつも通り、強奪してきた(と思っている)おやつをむしゃむしゃ。チョコレートのついてない薬指でスマホをスクロール。なんとコイツ、味が混ざるのが嫌、なんて理由で、右手でポテチ、左手で某派閥戦争菓子を食っているのである。
そして唐突に、顔を上げた。
「ねえ、聞いてよ苺ちゃん」
「なに。また充電器?」
「あ、ごめん。それは普通に貸してほしい」
「やっぱりじゃない」
「じゃなくてさぁ」
杏は差し出された充電器を、当然のように汚れた手で受け取った。
「AIを本文に使用している場合は、AIを使用していることを示すタグをつけてほしいのだ!!!!!」
「うるっさ。なに急に」
原稿用紙に赤ペンを入れていた苺は、カバンから充電器を取り出して渡す時ですら、ろくに顔を上げなかった。
というのも、もう一人の実働部員である四葉が、よりによって文化祭直前に盲腸で入院しているのである。
印刷所へ原稿を持ち込むまでもう日がないのに、現在まともに作業している部員は苺ただ一人。本当にギリギリなのであった。
なお、杏は国語で普通に赤点を取ったことのある猛者なので、頼るという選択肢は最初から存在しない。
「ねぇ、ちゃんと聞いてよ〜」
「聞いてる、聞いてるから勝手に喋って」
「冷たぁい」
「うるさい、喋るか黙るかしろ」
杏はまた一つ、おやつを口に放り込んだ。
別に苺に対する当てつけではない。あまり物事を深く考えないタチなので、急かされたから急ごう、という発想が単にないだけである。
「今日ね、ランキングでめちゃくちゃ面白そうな小説見つけたの。設定がもう最高。しかも連載めっちゃ早いしさぁ、これは勝ったなって」
「何に?」
「えっ?…………人生に?」
「やっすい人生ね」
「で、ウッキウキで読みに行ったわけですよ」
さらりと流したと言うより、そもそも自分で持ちかけたくせに苺の返事をろくに聞いてない杏は、汚れた手でスマホを仰々しく胸の前に掲げた。充電コードが短いせいで、充電器ごと引っ張られ、プラプラと揺れている。
普段の苺が見れば、「コード切れるからやめろっつってんでしょうが! アンタのせいでやっすい百均コードに変えたのよ!」と怒り狂うこと間違いなしの光景である。
しかし生憎、今の苺の視線は原稿に釘付けだった。
「おいしい!おいしい!設定も展開も好き!めちゃくちゃ面白い!好き!
……けどこれ」
杏は深刻そうに眉間に皺を寄せた。不器用なので、ついでに視線まで中央へ寄る。
「AI味なのだ……」
「AI食べたことあるわけ?」
「いやないけど。いやさぁ、でもね、AIを使った文章ってね、ほら、読んでて『あ、これAIっぽいな』となることが結構あるんですよ。マジで」
「馬鹿のアンタに本当にAIかどうかなんて分かるわけないでしょ」
「それはそう……」
「じゃあ終わりね」
「終わりません!!!!」
杏が机を叩き、苺の赤ペンの先が原稿用紙の上を滑った。手元が狂って書き損じた苺が、一度も上げなかった頭を振り乱して杏を睨みつける。
「ちょっと!!次揺らしたらお前の飾り物の脳みそ揺らすわよ!」
「あ、ごめん……」
「次はないわよ」
「はい……」
暫しの沈黙。この一瞬で話題を忘れたらしい杏に、修正ペンを手にした苺は溜息を吐きながら助け舟を出した。
「で、AI使った小説がなんなの?」
「あ、そう!だからこそタグつけてほしいの!!
こっちは急なAI風味に悩むんだから!!」
「悩めば?」
「嫌だよ!ウッキウキで読みに来たのに、途中から『あれ……?』ってなる読者の気持ち考えたことある??泣くぞオイ」
「知らないわよ、勝手に泣けばいいじゃない」
「そりゃそう。でも文句言う分にはタダなんでね」
「開き直る相手、別に忙しい私じゃなくて良かったでしょ」
「だって忙しい苺しか私の話聞いてくんないんだもん」
杏はしばらく天井を睨んだ。何を考えているのか、傍目にはさっぱり分からない。というより、ワンチャン眠気を我慢しすぎて白目を剥いているようにすら見える。
そんな有様を晒していた杏だったが、ポテチを飲み込むとぱっと目を見開いた。
「分かった!」
「何が?アンタいつも主語と述語がないのよ」
「AIは大豆ミートなんですよ」
「本当に好き勝手喋るわよね」
「大豆ミート自身は普通に美味しいじゃないですか。私も好きですよ、大豆ミート」
「節分にって持ってきた大豆、マズイって言って全部私に食べさせたの誰?」
「それとこれとは違うの!」
「その前に言うことあるでしょ」
「ごめんなさい」
おやつを餌に長年繰り返した、幼なじみによる調教の成果である。
ファミリーパックの小袋を一つ貰った杏は、早速中身にありつこうとして、思い出したかのように身を乗り出した。
「それでさ、これはシャトーブリアンですって言われて出されたものが、大豆ミート、かっこシャトーブリアン味だったら、それは話が違くないですか???????」
「まあ……それはそうよね」
「でしょ!?」
我が意を得たり、と杏が再び机を叩こうとして───機敏に察してこちらを向いた苺の視線に気づき、寸前で手を止めた。
「人間の書いた文章には、やっぱりその人間にしか出せない味っていうものがあると思うんですよ」
「それで?」
「たとえちょっとアレな文章だろうが、台本形式だろうが、セリフの前にいちいち名前が書いてあろうが、必ずその人の味が出てるんですよ。むしろそっちの方が味が強いんですけどね」
「国語で3点取ったアンタに馬鹿にできる物書きいると思うわけ?」
「それは、ほら、ね?」
「ね?じゃないわよ」
「それはごめんってぇ。馬鹿にしたつもりじゃなくってぇ……
ほらさぁ?
じゃなきゃ掲示板ご在住の方々が、いちいち誰かしらのコメントを持ち上げてミームだのなんだのキャラキャラ笑ってるわけがないじゃないですか、ね!」
「個人の感想でしょ」
「はい、私個人の感想です……がぁ!」
杏はこほん、と咳払いした。
「そもそもね、AIちゃんは思春期のバブちゃんなので」
「一言で矛盾してるわよ」
「いやホントだって。
ちょっとしたことでもすーぐセンシティブとか言い出すし、癖ある文章にはすーぐ難癖つけてくるし、お利口さん過ぎて瓶底メガネ三つ編み委員長みたいなお堅いステレおっと失敬、王道の文章しかお出ししてくれないんですよね。その割になんかちょっと変だし」
「アンタが普段からAIにセンシティブな小説生成させようとしてたことは良くわかったわ」
「えっ!あっ、な、違うの!それは違って、いや違うの!
別にセンシティブじゃないのにセンシティブって言われるの!」
「はいはい、わかったから、それで?」
「え、あ、その…………アレなの、アレ」
「アンタすぐ忘れるわよね。AIの書く文が王道って話してたわよ」
「あ、そう!それ!
こちとら人様の癖を食べて必須栄養素を得ている難儀な生き物なんですよ。
早い!安い!美味い!ければいいってもんじゃないんです」
「今人様が書いたもの安いって言った?」
「それは間違えたの!」
杏は無意味に再びスマホをスクロールした。スクロールしてから、後で続きを読むときに困ることに気付いたが、時すでに遅しだった。
「別にAIを使用した文章が面白くないって言ってるわけじゃないんですよ」
「さっきから結構悪口言ってるでしょ」
「いや、違うの!言い間違えなの!
だって面白いものは面白いじゃないですか。AI本文使用ってしっかり書いてある作品でも、ランキングに上がってるし、普通にチラ見して面白ければ普通に読むし」
「じゃあいいじゃない」
「よくないって話してるんです!」
「なんでよ」
「大豆ミートを食べに店入って、大豆ミートが出てきたら普通に『うまい!』ってなるんですよ。
でも人間の味を食べに来たのに大豆ミート出されたら悲しくないですか」
「人間の味?」
「あっ」
「人間の味って言ったわよね今?」
「とにかく!」
今度こそ、杏がダン!と机を叩く。
一通り書き終えた手元の原稿の束を、とんとん揃えていた苺が顔を上げた。
「…………」
「……ごめんなさい」
「はぁ……で?」
髪の毛をかき揚げながら、苺は書き終わった原稿をめくり返した。
「それでね、大豆ミートを大豆ミートだと思って食べたら、大豆ミートとして十分に美味しいじゃん?
だから大豆ミートには大豆ミートって書いてほしいんですよ、最初から大豆ミートだと思って食べるので」
「よく噛まないわね」
「もう大豆ミートがゲシュタルト崩壊してきた……」
「自業自得でしょ」
しばらくの沈黙。
窓の外から、運動部の掛け声が聞こえてくる。図工室には紙をめくる音と、杏がおやつを咀嚼する音だけが残った。
「つまり何が言いたいかというと」
「まだあるの?」
「ここからが本番!
私が悲しい思いをしないために、AI本文使用の作品にはAIを本文に使用していると明記して頂きたいんです」
「前置きが長いわよ」
「でも大事なことだから、私がめんつゆトラップを食らわないために!」
「すももさん、アンタがあまりにもめんつゆ飲むから保存ボトル変えたって言ってたわよ」
「え、そうなの?てか、ママとなんの話してるの?
じゃなくて、めんつゆ好きだけど、覚悟して飲むのと麦茶だと思って飲むのはまた違うじゃないですか」
「?……めんつゆ飲むの?」
「え?」
「え?」
「苺ちゃん、めんつゆ飲まない?」
「飲まない」
「正気ですか???」
「こっちの台詞よ」
杏は、信じられないものを見る目で苺を見た。
苺も、信じられないものを見る目で杏を見た。
「人生損してるよ」
「損してるのはそっちよ、そのうち塩分過多で死ぬわよ」
「そう簡単に死なないよ、多分」
「というか、アンタがめんつゆ飲むからって話、そもそもトラップに限らず素で飲んでたって話だったのね……」
「それは後でママ問い詰めなきゃ。最近見かけないなと思ったら。
で、何の話してたんだっけ」
「AI使用明記して」
「ああ」
原稿を置いた苺が大きく伸びをして、たわわがダイナミックに揺れるのを杏は黙って眺めていた。本能で生きる杏にとっては、純粋に芸術に目を惹かれる気分だった。
「で、その小説、本当にAIだったの?」
「え、まぁそれは知らんけど」
「ねえ」
「だって本当にAIかどうかなんて、本人が言わなきゃわかんないじゃん!」
「さっきAI味がするとか言ってたじゃない」
「AIっぽいな、とは思うよ?でも人間がAIみたいな文章を書いてるだけかもしれないし」
「まあ、それはあるでしょうね」
「もしかしたらAIになりたい人間かもしれないし」
「どういう人間よ?」
「人間になりたいAIかもしれない」
「それ正しくAIじゃない」
「もう何も分からなーい!」
杏は話題もIQも放り出して机に突っ伏した。そのままスマホを手に持って、小説をスクロールする。
苺はそれを横目で見て、ため息をついた。
「懲りないわね」
「必須栄養素なので」
「はいはい」
そう言って苺は、杏の頭の上に原稿を載せた。
「ところで杏」
「ん?」
「喋り終わったなら、せめてこれデータ化して」
「えっ」
「えっ、じゃない。文芸部員でしょ。私ノベルティ書かなきゃだから」
「えー、私名前だけだよ!?」
「知ってるわよ!!!!」
放課後の図工室。
今日も弱小文芸部は、存続の危機に瀕している。
あのね、だから、私、苺の書く物語、嫌いじゃないよ
知ってるわよ