セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
西側の通路は、前回通ったときよりも妙に長く感じられた。
それは実際に距離が変わったからではなく、四人とも、もうこの廃城を一度調べた場所としてではなく、時間が経てば中の様子も変わる場所として見ていたからだった。
瓦礫の陰に何か潜んでいないか。崩れた壁の向こうに新しい見張りがいないか。前回は何もなかった床に、今度は罠が仕掛けられていないか。
そうしたことを一つずつ確かめながら進んでいく。
やがて、コボルドが話していたあたりまで来ると、通路の脇に崩れ落ちた石と木片が積み重なり、ちょうど小さな瓦礫の山を作っていた。
「この辺ですよね」
ダリヤが十フィート棒を両手で持ちながら言った。
「『西の奥の通路にある瓦礫』って言ってたから、たぶんここだと思う」
ミハイルが答える。
彼とヴァレリアは、ダリヤの作業を見るよりも、通路の前後と周囲へ注意を向けていた。
セラリスもメイス+1・ストライキングを手にしたまま、廊下の奥と背後を交互に見ている。
財宝の場所を教えてもらったからといって、それだけを見て周囲への警戒を忘れるわけにはいかない。
むしろ、財宝があるとわかっているときほど危ない。
人間は、欲しいものを見つけると、その瞬間に周りが見えなくなる。
そして、それを狙う罠ほど簡単なものはない。
ダリヤはすぐに瓦礫へ手を突っ込もうとはしなかった。
まず十フィート棒の先で、積み重なっている石を少しずつ動かしていく。
一つ。
二つ。
三つ。
崩れた石が転がり、乾いた音を立てる。
そして。
ごつ、と、それまでとは違う感触が棒の先に返ってきた。
「あ」
ダリヤの声が小さく弾んだ。
棒を引き、今度は慎重に周囲の石をどけていく。
やがて、瓦礫の隙間から錆びた鉄の角が見えた。
「ありました」
さらに少しずつ掘り出していくと、やがて両手で抱えられるほどの小さな鉄箱が姿を現した。
ダリヤはそれを見るなり目を丸くした。
「これ……前に外で見つけたのと同じ箱じゃない?」
ミハイルも覗き込む。
「本当だ」
前回、正面入口にいた六匹のコボルドが隠していた財宝。
それが入っていたものと、ほとんど同じ大きさ、同じ造りの鉄箱だった。
ダリヤはすぐには開けず、まず蓋の合わせ目、蝶番、鍵穴、底面まで順番に調べていった。
コボルド自身が隠したと言っていた以上、大がかりな罠が仕掛けられている可能性は低い。
それでも、「たぶん大丈夫」と「確かめたから大丈夫」は違う。
ひと通り調べ終えたあと、ようやくダリヤは箱を持ち上げた。
「重っ」
思わず漏れた声に、ヴァレリアが見る。
「またですか?」
「……たぶん」
その重みだけで、中に何が入っているのかはだいたい想像できた。
ダリヤは箱を床へ置き直し、ゆっくりと蓋を開いた。
中から金色があふれた。
「うわぁ」
今度ばかりは、彼女も声を抑えきれなかった。
ぎっしりと詰まっていたのは、またしても金貨だった。
数えてみれば、千枚。
前回とほとんど同じだけの量である。
しかも、その上には一つ、布に包まれた小さな品が置かれていた。
ダリヤが取り出す。
「ブローチ?」
布を開くと、そこには白銀色の金属で作られた装飾品があった。
銀よりも重く、光も少し違う。
セラリスが手に取って確かめる。
「プラチナだね」
「高い?」
「それなりに。正式に査定しないとわからないけど、見た感じなら百金貨くらいにはなるんじゃないかな」
ダリヤの顔がさらに明るくなった。
ミハイルは鉄箱の中身を見ながら、少し呆れたように言った。
「コボルドって、こんなに金持ってるものなのか?」
セラリスは少し考えた。
「全部、自分たちで稼いだものとは思えないね」
「冒険者の?」
「この城で死んだ人から拾ったものかもしれないし、あの魔法使いから分け与えられたものかもしれない。あるいは両方かも」
その言葉に、ヴァレリアの表情が少し曇った。
「そう考えると、あまり嬉しくないですね」
ダリヤも、さすがに一瞬だけ金貨を見つめたまま黙った。
だが、やがて言う。
「でも、持って帰ります」
ミハイルが笑った。
「そこは迷わないんだな」
「置いていって、誰が喜ぶんです?」
「それはそうだ」
セラリスも頷いた。
「財宝そのものに罪はないからね」
前回と同じように、四人は金貨の重さを分散して持つことにした。
一人に集中させれば、その一人が倒れたときに持ち出せなくなるし、何より逃げる必要ができたときに邪魔になる。
必要なら途中で捨てる。
その覚悟も含めて、財宝は財宝だった。
そうして荷物をまとめ直すと、四人はさらに廃城の内部へ探索を続けた。
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コボルドが話していた食堂の「押し入れ」について調べているうちに、彼らはこの廃城の構造について、前回は気づかなかったことを少しずつ理解し始めた。
食堂側から見れば、それはただ壁へ作りつけられた大きな収納場所にしか見えない。
だが、壁の厚みと位置関係を照らし合わせてみると、その奥が西側の寝室へ繋がっているらしいことがわかった。
「隠し通路?」
ダリヤが尋ねる。
セラリスは首を傾けた。
「隠し通路というより、裏口に近いんじゃないかな」
「裏口?」
「使用人が食堂と寝室のあいだを行き来したり、物を運んだりするための通路だったのかもしれない。城だった頃に何のために使われてたかまではわからないけど」
ただし今となっては、本来の用途などあまり意味はない。
問題なのは、その中にゾンビが押し込められている可能性が高いことだった。
「今日は絶対、こっちから開けない方がいいですね」
ダリヤが言う。
「うん」
「中にいるって分かってるなら、わざわざ向こうが待ってる側から開ける必要ないですよね」
「その通り」
そこで四人は、まず別の経路から西側の寝室へ回り込むことにした。
寝室そのものは、前回廊下から覗いたときと、見たところ何も変わっていなかった。
古い寝台。
壊れかけた家具。
厚く積もった埃。
人が住んでいた気配など、とっくに失われている。
そして、少なくとも目に見える範囲には何もいない。
けれども今は、前回とは違う。
「この壁の向こうにゾンビがいるんですよね」
ヴァレリアが声を潜めた。
食堂側の押し入れ。
その裏側。
四人とも、そこへ不用意に近づこうとはしなかった。
何も見えない壁一枚の向こうに、動く死体が詰め込まれているかもしれない。
そう思うだけで、ただの壁だったものが、まるで蓋のようにも見えてくる。
ダリヤは部屋の中を丁寧に調べていった。
床。
壁。
家具の陰。
扉。
そしてやがて、部屋の構造について新しい発見をした。
「出口があります」
ミハイルがそちらを見る。
「どこへ?」
「こっちは中央の廊下です」
それはすでに知っている。
「それから、西へ続く廊下」
「まだ先があるのか」
「あります」
そしてダリヤは、さらに松明を別の方向へ向けた。
そこには、石造りの階段があった。
上ではない。
下へ続いている。
数段先までは松明の光が届く。
だが、その先は暗闇に呑まれていた。
「……地下」
ミハイルが言った。
誰も、すぐには近づかなかった。
全員の頭に、先ほどのコボルドの言葉が残っている。
地下深くにいる強い魔法使い。
この城で死んだ冒険者たち。
ゾンビ。
スケルトン。
そして、そこへは入るなと命じられていたコボルドたち。
セラリスは、無意識にメイス+1・ストライキングの柄を握り直した。
見つけた。
地下への道。
もっとも、この階段が魔法使いのいる最深部まで直接続いているとは限らない。
途中で別の区画へ分かれているかもしれないし、さらに何層も下へ続いているのかもしれない。
そして何より、階段を見つけたからといって、今すぐ降りなければならない理由など一つもなかった。
ダリヤが階段の手前まで進み、そこから松明だけを前へ突き出した。
光が、石段を何段か照らす。
その先は、やはり暗い。
「……降ります?」
ミハイルが尋ねた。
セラリスは、すぐには答えなかった。
代わりに三人を見る。
「どう思う?」
三人も階段を見た。
最初に口を開いたのはヴァレリアだった。
「まだ一階を全部調べてません」
「うん」
「東の倉庫も残ってます」
ダリヤも続ける。
「しかも、そこには箱の中にゾンビがいるって情報があります」
ミハイルも考える。
「西への廊下もまだ先がある」
そして、少しの間のあと。
「地下は最後でいいんじゃないか?」
セラリスは頷いた。
「私もそう思う」
階段は見つけた。
今はそれで十分だった。
場所がわかった。
入口がどこにあるかも把握した。
ならば次に必要なのは、先へ急ぐことではなく、上の階の地形をできるだけ知っておくことだった。
逃げる道がどこにあるのか。
敵がどこから回り込めるのか。
未探索の部屋がどれだけ残っているのか。
それを知らないまま、危険だとわかっている地下へ降りる必要はない。
「先に上を片付けよう」
セラリスが言った。
「地下へ降りるときには、地下だけに集中できる状態にしてから」
ミハイルが頷く。
ヴァレリアも。
ダリヤも。
誰一人として、「少しだけ見てみよう」とは言わなかった。
セラリスは、それが少し嬉しかった。
最初の冒険であれば、どうだっただろう。
暗い階段を見つけた。
その先に何があるかわからない。
しかも、強い魔法使いと、死者が歩いているという話まで聞いている。
怖い。
けれども同時に、見たい。
ほんの少しだけなら。
一段か二段だけなら。
そういう好奇心に負けていたかもしれない。
だが今は違う。
階段を見つけた。
危険だと知った。
だから、今は降りない。
それだけのことだった。
けれども、冒険者として生き残るためには、その「それだけのこと」が案外難しい。
見つけた扉を開けない。
見つけた箱に触らない。
逃げる敵を追わない。
そして、見つけた階段を降りない。
前へ進むことだけが勇気ではない。
退くことや、待つことや、後回しにすることもまた、生きて帰るための判断だった。
セラリスは三人の顔を見ながら、静かにそう思った。
最初にこの廃城へ来たときより、三人は確実に変わっている。
剣が急に鋭くなったわけではない。
魔法が強くなったわけでもない。
けれども、自分たちから危険を増やさないということを、少しずつ覚え始めている。
階段はそこにある。
地下も逃げはしない。
ならば、今やるべきことを先にやればいい。
それを自分たちで選べるようになったことが、セラリスには何よりも頼もしく思えた。