セラリス・オブ・カラーリー ―赤箱世界冒険譚― 作:ぶーく・ぶくぶく
廃墟の一階を少しずつ調べ直していくうちに、この城が思っていた以上に整った構造をしていることがわかってきた。
中央に大広間があり、そこから東西へ似たような部屋が伸び、北には廊下が続いている。その先には寝室があり、食堂があり、さらに奥にもいくつかの部屋が配置されている。
完全に同じというわけではないが、東側と西側を見比べれば、どこか対になるような造りになっている。
「反対側も、かなり似た作りになってるんですね」
ヴァレリアが地図と周囲を見比べながら言った。
「元はちゃんとした城だからね」
セラリスは答えた。
「同じ用途の部屋を左右に振り分けたり、見た目を揃えて造ってあっても不思議じゃないよ。廃墟になってから使われ方が変わってるだけで、建物そのものには昔の形が残ってる」
そんなことを話しながら、四人は東側のホールへ戻ってきていた。
ここは最初の探索でも一度覗いている。
敵がいないことは確認したが、そのときはそれ以上奥まで細かく調べることはしなかった。
部屋の中には古いテーブルがあり、椅子があり、壁際には使われなくなったランプが残っている。そして部屋の端には、石造りの大きな暖炉があった。
ダリヤは松明を手に、ひとつずつ見て回った。
机の下。
椅子の陰。
壁。
床。
そして最後に、暖炉の前へ立つ。
「……ん?」
小さく声を漏らした。
ミハイルが周囲を警戒したまま尋ねる。
「どうした?」
「これ」
ダリヤは暖炉の奥を指した。
煤で黒くなったレンガが何枚も並んでいる。
どれも古びており、表面には長い年月の汚れがこびりついているため、一見しただけでは違いなどほとんどわからない。
だが、そのうちの一枚だけ。
ほんのわずかに。
他より前へ出ている。
「このレンガ、少し緩んでるように見えません?」
ダリヤが顔を近づけようとした。
「気を付けて」
セラリスの声が飛ぶ。
ダリヤの動きが止まった。
「暖炉だけ見ないで」
「え?」
セラリスは上を指した。
「煙突」
ダリヤが反射的に顔を上げようとする。
「そのまま真下から覗かない」
今度はもっと早く止められた。
「あ」
「煙突の中から何か落ちてくるかもしれないし、何か棲みついてるかもしれない。古い建物なんだから、上がどうなってるか確認するまでは頭を入れない方がいいよ」
ミハイルも一歩、暖炉から離れた。
ヴァレリアは横から煙突の奥を見ようとしたが、暗くて何もわからない。
松明の光を上へ向けても、煙突の曲がりや煤に遮られて、その先までは届かなかった。
ダリヤは少し考えたあと、頷いた。
「はい」
そして荷物の中を探り、小さな鏡を取り出した。
以前、自分の取り分から買い足した探索道具の一つである。
「こういう時のために買ったんです」
細い棒の先へ鏡を取り付け、角度を調整する。
それを自分の頭より先に、ゆっくりと暖炉の中へ差し込んでいった。
身体は煙突の真下へ入れない。
横から鏡を動かし、松明の光を反射させる。
「見えます?」
ヴァレリアが尋ねた。
「ちょっと待ってください」
ダリヤは鏡を少しずつ動かした。
右。
左。
もう少し上。
やがて、その表情が引きつった。
「うわ」
「何?」
「瓦礫です」
「瓦礫?」
「煙突の中、かなり詰まってます」
ミハイルが思わず近づいて覗こうとしたが、今度はダリヤが止めた。
「顔を入れない方がいいですよ」
自分で言ってから、少し得意そうな顔をする。
「石とか、レンガとか、いっぱい引っ掛かってます。上から崩れてきたんだと思います」
長い年月のうちに、煙突の上部が少しずつ崩れたのだろう。
石とレンガの欠片が途中で引っ掛かり、それがさらに別の破片を受け止め、不安定な塊を作っている。
ダリヤは鏡を引き戻した。
そして暖炉の奥にある緩んだレンガと、その上の煙突を見比べる。
「……これ」
嫌そうな顔になった。
「もし最初に顔を突っ込んで、レンガとか煙突を弄ってたら」
片手を上から下へ落とすように動かした。
「頭の上に全部落ちてきたかもしれないですね」
「そういうこと」
セラリスは頷いた。
ミハイルが暖炉を見ながら言った。
「隠し場所って、宝そのものだけ気を付ければいいわけじゃないんだな」
「この場合は、誰かが罠として仕掛けたとは限らないけどね」
セラリスは答えた。
「古い建物なら、ただ壊れてるだけで十分危ない。床が抜けたり、天井が落ちたり、壁が崩れたりする。怪物がいなくても死ぬことはあるよ」
ダリヤは十フィート棒を持ってきた。
「じゃあ、先に落とします」
暖炉の真正面から外れ、少し横へ移動する。
身体は安全な位置に置いたまま、棒の先だけを煙突の奥へ差し込む。
「行きますよ」
ごん。
一度、突いた。
ぱらぱらと小さな石が落ちた。
ダリヤは少し待つ。
「もう一回」
ごつ。
今度は少し大きな石が一つ、暖炉の中へ落ちてきた。
四人ともさらに距離を取った。
ダリヤは棒の位置を変え、もう一度突いた。
その瞬間だった。
がらがらがらがらっ、と、煙突の中で何かが一気に崩れた。
石。
割れたレンガ。
煤。
乾いた土。
長年積もっていた大量の埃が、黒い煙のように暖炉から部屋へ噴き出した。
「うわっ!」
ミハイルが顔を背ける。
ヴァレリアも慌てて口元を布で覆った。
ダリヤは最初から十分に離れていたため、まともに浴びることはなかった。
しばらくして、舞い上がった埃がようやく落ち着く。
四人は改めて暖炉を見た。
その中には、かなりの量の石とレンガが積もっていた。
ダリヤが呆れたように言う。
「……これ、頭を入れてたら本当に危なかったですね」
「だから言ったでしょ」
セラリスは平然と答えた。
だが内心では、こういうものの方が下手な罠より怖いこともある、と考えていた。
罠なら、誰かが仕掛けたものだと考えて警戒できる。
怪物なら、敵だとわかる。
けれども古い床、崩れかけた天井、詰まった煙突のようなものは、ただそこにあるだけだ。
それでも人は死ぬ。
しかも、そういう死に方ほど、後から考えれば避けられたはずだと思えてしまう。
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そこから先は、ひどく地味な作業になった。
落ちてきた瓦礫をどける。
一つ。
また一つ。
大きな石はミハイルが持ち、小さな破片はヴァレリアがまとめていく。
ダリヤは暖炉の中を見ながら、奥のレンガへ手を伸ばせるようになるまで順番を考えて石を退かした。
「宝探しって」
ミハイルが大きめの石を抱えて運びながら言った。
「もっとこう、古い箱を見つけて、蓋を開けたら金貨が光ってるとか、そういうものだと思ってた」
「現実は瓦礫の撤去なんですね」
ヴァレリアも石を抱えて続く。
「これも宝探しですよ」
ダリヤだけは妙に楽しそうだった。
「宝があるって分かってるなら、瓦礫くらいどけます」
「まだ宝って決まったわけじゃないぞ」
「だから確かめるんです」
やがて暖炉の奥がかなり片付き、例の緩んだレンガまで手が届くようになった。
ダリヤはすぐには触らず、もう一度周辺を調べた。
糸はない。
小さな穴もない。
針が飛び出しそうな仕掛けも見当たらない。
床にも不自然な継ぎ目はない。
自分にわかる範囲では、少なくとも罠らしいものは見つからなかった。
「抜きます」
三人へ声をかける。
ダリヤはレンガへ指を掛けた。
まず少し揺らす。
動く。
慎重に手前へ引く。
するり、と、思っていたより簡単にレンガが抜けた。
その奥には、黒い空洞があった。
ダリヤは当然のように、もう一度鏡を取り出した。
以前なら、そのまま手を入れていたかもしれない。
今は違う。
鏡を差し込み、角度を変え、松明の光を反射させる。
「……あります」
声が少し弾んだ。
「何が?」
ミハイルが尋ねる。
「箱」
ダリヤは、それでもすぐには手を突っ込まなかった。
十フィート棒の先で空洞の奥や箱の周囲を探る。
床。
上。
左右。
何かに触れて作動するような仕掛けはない。
それを確かめてから、ようやく慎重に腕を伸ばした。
そして中から、小さな箱を引っ張り出した。
「おお」
ミハイルが思わず声を漏らした。
これまで見つけた錆びた鉄箱とは明らかに違う。
木を主体にしながら角や縁を金属で補強し、表面には簡単だが丁寧な装飾まで施されている。
長い年月、壁の奥に隠されていたものにしては、ずいぶん作りの良い小箱だった。
ダリヤの目が輝く。
「これは期待できそう」
「金貨?」
ミハイルが言う。
「開ければ分かります」
「罠を先に」
セラリスが言った。
「分かってます」
返事をしながら、もうダリヤは調べ始めている。
鍵穴。
蝶番。
蓋の縁。
側面。
底。
箱そのものを少し動かし、重さや内部の音まで確かめる。
罠らしいものはない。
そして鍵も掛かっていなかった。
「開けます」
ゆっくり蓋を持ち上げる。
中には、布に包まれた細長いものが一本収められていた。
「……短剣?」
ダリヤが取り出す。
布を開くと、鞘に収められた短剣が現れた。
鞘も柄も保存状態が良い。
装飾は派手ではないが、粗末な武器には見えない。
ダリヤは慎重に柄を握った。
そして、鞘から抜く。
しゃら、と澄んだ音がした。
刃が松明の光を受け、鋭く輝いた。
錆はない。
目立った刃こぼれもない。
長いあいだ、煤と瓦礫に囲まれた暖炉の奥へ隠されていたとは思えないほど、状態が良かった。
「これ、すごく良いやつじゃないですか?」
ダリヤの声には、隠しきれない興奮が混じっていた。
「たぶんね」
セラリスも短剣を見る。
転生前の知識が、頭の中でほとんど即座に一つの答えを示していた。
おそらく、魔法の短剣。
だが、この世界で武器の上にそういう文字が浮かんで見えるわけではない。
触っただけで正確な能力がわかるわけでもない。
だからセラリスは、あくまで普通に答えた。
「帰ったら鑑定してもらおう」
「魔法の武器ですか?」
ダリヤが尋ねる。
「その可能性は高いと思う」
「本当に?」
「保存状態が良すぎるからね。普通の鉄の短剣をこんな場所に何年も置いてたら、もう少し傷んでてもおかしくない」
ミハイルも刃を覗き込んだ。
「ずっと暖炉の奥にあったんだよな」
「そう考えると、確かに変ですね」
ヴァレリアも頷いた。
ダリヤは、もう一度短剣をじっくり眺めた。
金貨を見つけたときとも、宝石を見つけたときとも少し違う顔だった。
やがて大事そうに鞘へ収める。
「私が持ってていいですか?」
セラリスは少し笑った。
「鑑定が終わるまでは、見つけた君が持ってていいよ」
ダリヤの顔が一気に明るくなった。
「はい!」
ミハイルが笑う。
「金貨を見つけたときより嬉しそうだな」
「だって」
ダリヤは短剣を腰へ仮留めしながら言った。
「こういうのが冒険者っぽいじゃないですか」
セラリスは、その言葉に思わず笑った。
確かにそうだった。
金貨も嬉しい。
宝石も嬉しい。
高価な装飾品を見つければ、それだって立派な成果になる。
だが、崩れかけた古城を歩き、危険を避け、怪しい場所を見つけ、その奥に隠されたものへ少しずつ近づいていき、最後に古い魔法の武器らしい品を掘り当てる。
そういう瞬間には、金額だけでは測れない楽しさがある。
けれども、セラリスが本当に嬉しかったのは、短剣そのものではなかった。
暖炉の奥に緩んだレンガを見つけたとき、ダリヤはすぐに手を伸ばさなかった。
煙突を鏡で確かめた。
危険だと分かれば距離を取った。
十フィート棒を使った。
瓦礫を落とし切ってから進んだ。
隠し穴を見つけても、いきなり腕を突っ込まなかった。
鏡で見て、棒で探り、箱を取り出してから、また罠を調べた。
一つずつ。
順番を守って。
自分で。
宝まで辿り着いた。
最初にこの廃城へ来たときなら、もしかすると顔を暖炉へ突っ込み、頭の上へ瓦礫を落としていたかもしれない。
今はもう違う。
短剣が本当に魔法の武器なのかは、まだわからない。
けれどもダリヤが冒険者として一つ成長したことだけは、鑑定に出すまでもなく確かだった。
セラリスにとっては、そのことの方が、暖炉の奥から見つかったどんな宝物よりも価値のある発見に思えた。