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「今日は廃材確保できたから、このくらいにしておこうかな…いや、まだまだ欲張りたいけどあんまりやっちゃうとこのルートを巡回している警備ロボットに見つかっちゃいそうだし、うん、ここまでにしておこう」
『オーナー。巡回時間が近づいてます。退避を提案』
「はいはい。もーすこししたら帰るから待ってて」
鉄筋が剥き出しになった廃墟と化したビルの中で、壊れた機械のパーツを毟り取り腰に下げた鞄に入れている彼女は、周りを警戒しながら端末を取り出して時間を確認する。まだ時刻は昼の12時、巡回パトロールまでには余裕があるが、この前欲張りすぎて捕まった男を知っている。貴重な基盤を持って帰っていたのに直前で機械に捕まり…後のことは知りはしない。
周囲を警戒する彼女の頭には狼のような耳と、腰には姿勢制御の代わりを果たす尻尾が揺れている。長い黒い髪を邪魔にならないようポニーテールに纏めその双眸は緑と赤の瞳がキラキラと太陽の光を受け、宝石のように輝いていた。パーカーにニットとスカートを組み合わせたラフな格好をしており、そこから覗く太腿とタクティカルハーネスを付けた事で強調されている胸はかなりの大きさをしている。
腰に下げたブレードの鞘から聞こえる音声を無視しながら物資を漁っている。彼女は、頭の中で今あるジャンクがどのくらいの値段になるかを考えていた。
「基盤と腕状鉄線維、あとはちょっと欠けた反射板か。これくらいあれば1000ヤーラは行くかな」
『半分もあれば当方のアップグレードを行えるかと』
「いや、今日はちょっと良いご飯にありつきたい!」
今日は飯に困らないかも、と考えた彼女は鼻歌交じりにルンルン気分で廃墟を後にしようとした──その時だった。
彼女の頭に生えた獣のような耳が、ひょこひょこと動く。
「ん?足音…?やば、誰かここに来ちゃった?この辺りを根城にしてる奴らなんてスカベジくらいしか」
『オーナー、後方より熱源反応』
「動くんじゃねえ!」
下に降りる階段から大柄な男が現れると、彼女に向けて無骨なハンドガンを構えた。逃げる訳にもいかず、大人しくするように努める。
「(ちょっとジャンク品みたいだけど、形状から察するにコルテミ社のプラズマハンドガン…かな。そしたら装弾数は6発くらいのはず)」
相手の構える銃器の種別を頭の中で調べ、ざっとどう対応すればいいかを考える。すると向こうから要求を述べてきた。
「おい、スウェイラー!ゆっくりこっちを向いて手を上げろ!カバンを置いてそのまま逃げてくれるだけでいい。そしたら命は見逃してやるよ。あとその武器も置け!」
「!わ、わかった!わかったから…そんな物騒なものこっちに向けないでよ、ね?ほらっカバン置くから」
『当方を置くことは勝率の低下を意味し…』「静かにして」
男の強気な口調が場を支配するように大きな声で響き渡り、彼女は大人しくそれに従うことにした。銃を向けたままカバンに近づき、手に取ると男はいやらしい笑みを浮かべている。どうやら自分の体を舐め回すように見ているのが理解出来ると、彼女は心の中で軽い舌打ちをした。
「へ、へへへ。ずいぶんといいモノ持ってるじゃねえか?おら!脱いで土下座しろ!そしたら殺したりしねえからよ!」
「ちょっと、さっきと要求が違うじゃない!」
『失礼ながら、貴方の提示した要求が先程とは違います』
うるせえ、と男が怒りの口調で言葉を発しトリガーに指をかけて引くと銃口からプラズマ状の弾丸が発射される。独特な射撃音を響かせると彼女の立っている隣の床に赤熱した1cmほどの穴が開いた。
「てめーらごちゃごちゃ言うんじゃねえ!!その耳引きちぎられてぇか!?わかったならとっととその場で脱いでみろ!」
「うぅ、わかったからそんな物騒なもの向けないでよ…ね!」
再度こちらに銃を向けて威嚇してきた男を見ると、手を上げていた彼女は腰を捻り、上半身と足の振り抜く勢いを利用してハイキックを繰り出した。それは男の銃を持つ手を強かに蹴りつけて骨の砕ける音を響かせる。銃は衝撃であらぬ方向へと吹き飛び、拉げた手を見ながら男は痛みに声をあげた。
「いっ、てぇえええええーーー!?お、俺の手がぁ!!」
「吹き飛ばなかっただけありがたいって思いなさい!じゃあね、おやすみっ!」
体を回転させ軸足を変え、続けて放った蹴りは男の顔を捉えると無機質なコンクリートの壁まで綺麗に吹き飛ばし背中を強打させる。男は顔を文字通り靴の形に凹ませると、がくりと項垂れた。
『オーナーの身体能力を更新。お見事です』
「…ちょっと力加減ミスっちゃったかも。フルパワーに慣れてないとこうやって無駄に殺しちゃうから、ダメだなぁ私。さっきの騒ぎを聞きつけてこのスカベジの増援が来ないと良いけど」
『オーナー、避難を推奨します』
「おい!さっきの音はなんだ!?」「この階から聞こえたぞ!」「ひょっとしたら仲間が酷い目に遭ってるかもしれねぇ!」
「げ、ほら来たヤバいヤバい。急いで逃げないと!」
獣耳をひくひくと動かし、遥か下の階から迫り来る数多の足音を聞きながら彼女はカバンとブレードを背負い、剥き出しの窓へと身を乗り出すと高さを確認した。ここは約地上6階の高さであり、登るときに使った階段は今スカベジ達が駆け上がっているので使用できない。
『オーナーの現在の身体能力であれば可能かと』
「…やってみるかぁ」
随所に幾つかの鉄筋があることを発見した彼女は、丁度スカベジ達が自分のいる階に突入してきたのと同時に窓枠から飛び出した。
「あっ!あいつ!窓枠から出ていったぞ!」「ロープも無しに跳んだのか?!」「下は地面だぜ!つぶれたトマトみてーになっちまいやがれ!」
「そんなものになってたまるもんか、っと!」
悲鳴も水気を含んだ潰れる音も一切聞こえないことを不思議に思ったスカベジ達が窓枠から身を乗り出し、下を見た。すると彼らが目にしたのは、出っ張った鉄筋を踏み台にしてそれを渡り降りる彼女の姿だった。相手は唖然とする彼らを尻目に、手を振り応える。
「残念でした〜。あ、そうそう。多分もうすぐで巡回の機械が来ると思うからそこに居ると危ないよ?」
『警告。巡回機がこちらを探知しています』
「あン?」「おっおい、後ろ──」
ヒュルルル、と独特なホバー音を伴いスカベジらの目の前に現れたのは、タレットを四つ、左右上下に並列に繋げた球体の機械、ドローンだった。センサーらしき光がスカベジ達を覆うとドローンからけたたましい警告音が鳴り響く。
【警告。警告。封鎖区域に侵入者。攻撃開始します】
「やっ、べ」「逃げろー!!」「死にたくねぇよー!」
タレットのチャージ音と共に放たれた暴風のようなプラズマ射撃が、スカベジ達の肉体を跡形もなく破壊してしまう。叫び声と銃声が響く中を、彼女は走り去っていった。
「いやー危ない危ない。あんなふうにまだ死にたくないもんね。まだ私にはやることがあるんだから」
と地面に着地した彼女の目の前、地面が隆起し始める。そこから現れたのは掘削機とワームを掛け合わせたような全長2mの異形の機械だった。それは唸りをあげて彼女を見つめるように頭を向けると、金属の擦れる音を鳴らして曲線を描き、突進してきた。
「生体機械!?なんでこんな所、にっ!」
『検索結果…名称グリードワーム。かつて都市の掘削機として機能していた個体が長い時間をかけてフォクスと同化した存在とされています。脅威度は中です』
ダイブするように横に避けると、グリードワームは頭を地面に潜り込ませてまた地中へと潜航していく。地面の振動から察するに自分の周囲から離れたわけでは無さそうだった。
『オーナー、抜刀を推奨します』
「ここで抜かなきゃいつ抜くの、って感じだしね…よし」
ブレードの持ち手部分にあるスイッチを親指で押し、安全装置を解除したあとに脚を横に開き、腰を落として居合の構えを取る。呼吸を一定の間隔で行い神経を研ぎ澄まし、地面の振動を捉えグリードワームの居場所を感覚で特定する。
「─来る」
地面が爆ぜ、掘削機を回転させながら体を捻り今まさに相手を肉塊に変えるべく突進してきたグリードワームを正面に据えた彼女は、鞘に触れた指を動かすと装着された弾倉のような部品が、ガチャリと稼働し一瞬のうちに青く光り輝く。
『居合モード、発動します』
次の瞬間、勢いよくブレードが鞘から射出される。射出されたブレードの刀身には青白い雷を纏っており、その見た目は日本刀に近い。柄をキャッチした彼女は刃を縦横に振り抜きグリードワームの体を十字に切断、破壊した。勢いを失った敵はオイルと部品をまき散らしその場に散らばって動かなくなった。
カシュン、と鞘から電池のようなものが排出される。
『バッテリー、残り4』
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「やー!大漁大漁っ!まさかグリードワームが現れるなんてねー、んふふふ。これくらいあれば多分次のアップグレードも出来ちゃうかも〜♪あ、でもお腹減ったし追加のお菓子とか買いたいな〜…う〜んどうしよう」
荒廃したビル群の割れた道路を歩きながら、彼女は手に持っているジャンクを売った後のことを考えていた。先程の狩りで新たに増えた物資を宝物のように抱えていると、腰の横に収めているブレードから音声が聞こえる。
『お言葉ですがオーナー、当方のアップグレード又はバッテリーの補給をご計画頂けると幸いです。そうすれば狩りの効率が50%ほど上昇するかと』
「わーかってるって。アップグレードするよ〜…」
『御心遣い、感謝します』
喋るブレードをぺんぺんと叩き、歩く彼女の視線の先には雲を突くような大きなビルの塊が聳え立っている。その一つ一つがまるでビルを引っこ抜き、その上にどんどん接ぎ木していったかのような異質な見た目をした建物へ歩み寄る。
「やー、見えてきた…メトロポリスまであと何キロかな?」
『メトロポリスまでこの歩行ペースだと仮定した場合、約30分ほどで到着予定です。ちなみに封鎖区域を出るのは約15分後です』
「ならもうちょっとゆっくり歩いても良いんじゃない?」
尻尾をゆらゆら揺らし、後頭部で手を組み、ぶらぶらと歩き始める彼女に水をさすような無機質な声がまた聞こえた。
『それは良いですね。気分のリラクゼーションも見込めるでしょう。ただし後方200mより射撃ドローンがこの辺りへ向けて飛行中です。発見された場合、射殺される確率が100%に上昇します』
「…それを早めに言ってくれると助かるんだけど!?」
『申し訳ありません。報告してくれと命令されていなかったので』
「今度からはちゃんと言ってくれると嬉しいなーっ!」
全速力で駆け出す彼女の脚は、土煙を上げながらまるで人外じみたスピードでメトロポリスへと一目散に走るのであった。
『オーナー、封鎖区域を離脱。これよりメトロポリスの管轄下に入ります。スウェイラーとしての活躍お疲れ様でした』
「ぜえ、ぜえ、はぁ…!もー無理走れない、疲れたあ〜!」
メトロポリスの管轄エリアに入った彼女は、地面に大の字になってへなへなと倒れ込んだ。久しぶりに全力で走ったものだから口を大きく開けて胸を上下に動かし、大量の空気を肺に送っている。しばらくして起き上がるとカバンの横のポケットに入れていた小さいボトルを取り出して中の水を一口、あおるように飲んだ。
「んぐっ、んぐ…ぷはぁ。後で水も補給しないと、そろそろ無くなりそうだなぁ。よっこいしょと」
体を起こし、膝を曲げてゆっくりと立ち上がると巨大な分厚い門の前へ歩いていく。懐から一枚のカードを取り出しそれをゲートキーパーへ提示する。
【認証を開始…成功。おかえりなさいませ、スウェイラー】
ゴゴゴ、と門の一部がゆっくりと稼働して人が一人通れるほどの隙間が開くとその間を通って歩く。目の前には巨大な貨物エレベーターのような乗り物が存在しており、そこに乗って操作盤をタップして稼働させた。
『オーナー。アップグレードと補給を推奨』
「わかった、わかったってもー…市場に向かってる所だからもう少し待ってて」
薄暗く鉄のニオイが充満した空間を抜け、エレベーターが止まる。転落防止用の柵が開いたので降りると、また分厚い鉄の門をくぐり抜けたその先。
青い空を埋め尽くすような鉄塔、その表面には幾つもの窓や煙突が見受けられる。その下で賑わうのは幾つもの露店を広げている、通称ジャンクヤードと呼ばれる市場だ。
「さってと、いつもの場所にいるかな?あ、いたいた。おーい!サガタおじさーん!」
「うん?おお、帰ってきたかユラ!今回も色々持ってきてくれたんだろうな?ほらほら見せてみろ、安心安全買取のサガタ屋が良い値で買ってやるよ」
ユラ、と呼ばれた彼女は耳と尻尾を揺らしながらサガタと名乗る中年の男性へと駆け寄る。カバンの中身を広げると、男は目を丸くして一つのジャンクを取り上げた。
「ほお、グリードワームのコア…核燃料か。漏れ出ても居ない上質な状態だな。こいつは加工すれば良い燃料になる。5000ヤーラで買い取ろう!」
「えっほんとに!?市場だと4000ヤーラくらいじゃなかったっけ…?いいの?サガタおじさん」
「うちを贔屓にしてくれてるからな。色付けといておくよ。他のジャンク品もまあまあ使えそうなものだしな。鉄筋繊維とかは未だに機械の整備に使えるし…この時代だ、利用出来るものは何でも使わないとな」
「ありがとう〜!じゃあまた依頼とかしてよね。頼まれた部品とか取ってくるから!」
「おう!そん時はまた端末から連絡するよ!おっと、ユラ。こいつも買っておけって言われてるんじゃないか?」
ゴトン、と電池のようなものと潤滑油、それに数個の電子部品をカウンターに置いたサガタ。するとユラの腰のブレードから声が上がる。
『オーナー、オーナー。アップグレードに必要な材料と居合に必要なバッテリーです。至急買取をお願いします』
「はいはい、全く。サガタおじさん、これ幾ら?」
「占めて5000ヤーラだな」
「えっ、5000ヤーラも!?もうそんなに高騰しちゃった?」
「悪いな、うちらキャラバンズのほうもあんまり物資が行き届いてないみたいでよ。次の入荷が来ればマシになるんだが、最近遅れることがあるんだ。他のメトロポリスから仕入るまでは品薄が続くかもな」
「うー、そっかあ。まあそれなら仕方ないもんね。ありがとうサガタさん!」
端末を向けて5000ヤーラ支払い、バッテリーとその他部品を回収してカバンに入れるとユラはジャンクヤードを後にした。
『オーナー。この後の時間はどうしますか?』
「うーん、帰ってシャワーでも浴びたいからなぁ。今日はもうこのまま家に帰るよ」
『その前に、当方のアップグレードをお忘れなく』
「…はいはい」
喋るブレードと共にこの荒廃した世界で生き抜く彼女、
ユラ。
今はまだ日銭を稼ぐ事で精一杯の人間であるが…まだこの先待ち受ける試練の数々を、まだ知る由もない。
そうして彼女は、これから様々な事件に巻き込まれる。
なぜ人の耳ではなく、獣の尻尾と耳が生えているのか。
人間離れした脚力と膂力、反応速度の理由とは。
今はまだ謎だらけの所ではあるが、どうか見守って欲しい。