「…喉が渇いてきた…」
ある日の深夜、カーチは喉の渇きで目が覚めた。視界に広がるのは薄汚れた天井とくるくる回るシーリングファン、それからちょっとホコリ臭い空間。やや鼻がムズムズするのに少しだけ顔を顰めると今度は周囲を見渡した。
目の前に、大きな双丘がドンといきなり現れたのだ。
「うわぁっ!?」
びっくりしたカーチは離れようとして転がり、ベッドから落ちて強かに体を強打した。床板がギシギシと軋み痛みにまだ眠気の残る鈍い体を起こしてみると双丘の主がむくりと体を起こした。音で起きたのか、目を擦っているようだ。
「うぅ〜ん…?だいじょうぶー…?なんかすごい音がしたけど」
タンクトップに身を包んだユラが寝ぼけた目で周囲を確認すると、床に落ちているカーチを発見すると手を伸ばして引き上げた。
「すみません、ありがとうござ─うわっ!」
「よっこいしょ…ん〜もっかい寝よっと…」
片手で引き上げたカーチをもう一度横に寄せ、背中合わせでやや丸まって眠るユラ。しかし当の引き寄せられた本人は気が気ではなく心臓をどくどくさせながらなんとか眠りについたのだ。
二人がなぜ同じベッドで共に寝ているのかは、やや時を遡る事になる。
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「ユラ、お前キャラバンズに入らないか?」
「─えっ?いきなり?」「へっ?」
先日のスカベジの巣から逃れた後、サガタはいきなり二人に向けてこう言い放った。ユラがどうしてかと理由を尋ねた所…
「そろそろお前もスウェイラーになって2年くらいだろ?最近どっかに所属してなきゃ狩られるソロも増えてきたし、どうだここらでいっちょこっちに所属するってのも…悪くない話だと思うが」
「う〜〜〜ん、たしかに。キャラバンズは大手のギルドだし、食料の補給も目処が経って良いし、来る依頼もそれなりに良いのが多くなるけど…私、結局ソロで動いてるから依頼をこなせるかどうか不安なんだよね」
「ん?それならカーチとバディを組めば良いんじゃないか?」
「バディ…!?」「バディ、ですか?」
人差し指をユラとカーチに向けると、サガタは笑った
「俺はちょっと野暮用があるから一緒には居れないが…暫くはカーチ組んでと過ごして、コイツにスウェイラーが普段どんなふうに依頼を受けたり熟したりしているか見せてみるのはどうかな、と思ってな。ただお試し期間も必要か…期限はそうだな、大体1週間くらいか」
「い、1週間!?1週間もこの子と二人で?!」
目を丸くしてユラはカーチを指差す。
「なぁに、子どものお守りくらいは慣れてるだろ?頼んだぜスウェイラーさんよ。報酬はたんと弾むからよ!例えばバッテリーとか電子部品を大量にとか…だな」
『オーナー、この依頼は受けるべきかと。私の弾薬代が浮きます』
電子音を交えてエレが話すと、肩を落として溜息を付くユラ。確かにサガタには恩になっているのでこの依頼を無下にする訳にもいかなかった。何より汚染されていない電子部品や機械部品はヤーラに変換できる為稼げる旨味もかなり含まれている。
「…まあ、分かったわ。エレのバッテリーは確保したほうが色々使えて便利だし、その依頼は受けるし、キャラバンズに所属するかも考えておくわよ」
それから、とユラは言葉を付け足した
「この子の身の安全は保証するから、その分報酬はか、な、ら、ず!弾んでよね!」
ぽん、とカーチの肩に片手を置きもう片方の手でサガタを指さすユラ。カーチは状況を理解するのに遅れているのか二人を交互に見つめるだけだった。
「おう、勿論だ。帰る時にはユラ、お前の端末にメッセージを送るからそれまで頼んだぞ?…あ、変な気は起こすんじゃねーぞ!?くれぐれもだからな!」
「だーれがそんな気起こすもんですか!こんな子供に!おじさんこそちゃんと戻ってきてよね〜!」
そう言うとサガタはその日に、いそいそとメトロポリスから出ていった。取り残された二人は特に何をするでもなく家へと帰って来てそのまま眠りにつき…先程の出来事に至るのだった。
翌朝。
大きな欠伸をして伸びをするユラと、結局水を飲むことなく寝てしまい喉をカラカラにしたカーチが居た。
「くぁあ〜…うーんよく寝たぁ〜」
ぐぐぐ、と腕を上げて体を真っ直ぐにするとベッドから飛び起きるユラ。コップを二つ取ると冷蔵庫を開けて純水を取り出し注ぐとベッドに座っているカーチへ手渡した。
「はい、どうぞ。もしかしてあんまり寝れなかった?」
「あんまり…あ、でも寝ればしたんですよ」
水を一口飲むと、大きな溜息を吐いたカーチ。
別に寝れなかったわけではないのだが、どうにも初めて異性と過ごすもので普段よりは眠りが浅かったのは本音だった。喉の渇きを潤した後に改めて部屋の周りを見渡すと女の人の部屋にしては中々殺風景なものだった。
年代物の冷蔵庫に簡素なソファーとテーブル、その上に置かれた卓上に置くタイプの端末…後は衣服を収納するだけの箱に骨組みだけのベッドとその上に置かれたやや薄いベットマットくらいのものと、ブレードを立てかけるだけの棚だ。
「なんというか、その」
「殺風景な部屋だなって思ったでしょ?おじさんにもおんなじ事言われたけど…私は必要最低限の物しか置かないの。特にこだわりも無いし、使えたら良いかなーって思ってる」
あまりにもミニマリスト的な考えに、自分の中の女性に対する価値観が大幅に変わりそうな予感がしたカーチ。
「じゃあ、私ちょっとお風呂入ってくるから、その間にターミナルのデータベースでも見ておいたら?色んなことが書かれてるから便利だと思うよ〜、ふわぁぁあ………んじゃあね。あ、覗いたら怒るからね!」
「の、覗きませんよ!」
もう一度欠伸をして部屋の奥に消えてゆくユラを見送りながら、カーチは椅子に座ると置かれた端末にアクセスをした。パスワード入力すら省かれていたのを見るに自分以外のアクセスする事を鑑みていないようなセキュリティだった。
「不用心だなぁ…えーっと、サーバーにアクセスしてデータベースの閲覧っと」
慣れた様子でキーボードを叩き、インターネットに接続してサイトを開く。開いたのは政府が公開している"ターミナル"と呼ばれる人類の歴史が記されたデータベースである。
ここには俗に言うフォクスエネルギーの事やその後に巻き起こった事件、事故、ありとあらゆる事象の記録が遺されている。検索項目も存在しており調べたいものがある時にはキーワード検索して調べることも可能だ。
「そういえば、皆が言ってる機械生体って何なんだろう…」
項目に、機械生体とキーワードを打ち込み検索をかける。出てきた記事に目を通したカーチは息を呑んだ。
【機械生体。またの名をフォージ。
機械の部品と有機物が合わさった地球上に存在する新たな生命体であり、フォクスを糧として蔓延っている。その形状は様々であり、人、獣、竜、虫など様々な形態を得る事があるもののそれらに法則は無く詳細は不明。
大きさも異なり、50cmしかないようなものから100m異常の巨大なフォージを発見したという報告もあり。破壊するには体内の何処かにある"核"と呼ばれる部位を破壊しない限り生命活動を停止しない。破壊された後は全ての細胞が死亡、塵となり霧散し機械部品を遺す。この体質により50年前のフォクス災害の際、人類の火器が殆ど通じなかったとされている。】
「フォクス災害…」
次はフォクスについて項目を打ち込むカーチ。
少しのサーバーの沈黙の後、読み込みが終わると記事が表示された。
【大災害後に人類の希望となりかけたエネルギー、フォクスが引き起こした災害を指す。フォクスとは特定の状況下(密閉空間や空気に晒される等)にすることで緩やかに増殖し、内部に電気を生成することで電池のような働きを起こす。見た目は黒い細胞のようなものであり、研究によると単細胞生物に分類されている。
なお、電気を起こすと細胞は自壊するが、増殖のスピードと釣り合っており半永久的なエネルギーとして使用可能になると思われていたたものの、後の研究結果で機械と融合するというとんでもない特性が判明。利用していたあらゆる企業が回収を試みたが時すでに遅く、フォクスを使用した商品全てが融合。後に人類へ牙を剥いた。
現在地表の約6割はこのフォクスによって覆われている。
この出来事を「フォクス災害」と呼ぶ。】
「フォクス災害…50年前にこんな事が起きてたなんて。大災害ってキーワードが出てきたけど、これは何だろ…?」
遠くで鼻歌交じりのシャワー音が聞こえる。
カタカタカタ、とキーボードの打つ音と重なり、カーチは特に気にもしていないようだ。少しの読み込みの後、記された情報が開示された。
【大災害。大厄災、とも呼ばれるがどちらとも同じ。
どうやら100年も前に起きた地球全土を巻き込むほどの途轍もない災害であったようで、これにより世界中の動植物の半数は死滅している。ある学者が導き出したものとしては外宇宙から飛来してきた隕石の落下、という結論が出ているが詳しい出来事は不明である。これ以前の文明は全て旧文明と称されておりほぼ現存していない】
「地球全土を…!?どんな災害だったんだろ…ん?」
下にスクロールをしていくと、恐らく当時の記事や出来事が書かれた文書が残っている。そこには自分たちが所属するメトロポリスの成り立ちについての事やキャラバンズについてだったり、ヤーラの仕組みやスウェイラー達についての事も記録としてあった。
「人類の6割が消えて、後の4割はメトロポリスという鉄塔の群れを作ってそこで暮らしてるんだ。残り少ない人々はどうにかして今生きてるって感じに近いのかな…」
「おっ、勉強頑張ってる?カーチくん」
「うわっ!?」
ぽん、と後ろから肩を叩かれて身体を跳ねさせるとそのままバランスを崩して転倒するカーチ。どさっと倒れた彼は起き上がると背後から襲ってきたユラを睨見つけた。
「も、もう!せめて一声掛けてから触れて下さいよ!」
「掛けたもんねー。さてはかなり集中してたな〜?」
「うぐぐぐぐ………」
ニマニマしながらこちらを誂うような笑みを見せ、冷蔵庫に向かうと真水をコップに注ぎ飲み干したユラ。普段がポニーテールの髪形だからか、解いた姿を見ると何処か別人のようだなとカーチは思った。
「それで、分かった?この世界の過去の出来事について」
「はい。大まかにはですが…。後はこの目で見ない限り理解は難しいですね。キャラバンズの行商人達が、まさかスウェイラーの人達を手伝ってたりするなんて思って無かったですし」
「そうねー。キャラバンズは行商人の面も目立つけど、その大きな部分は大昔にあったギルドみたいなものだし。東西南北のメトロポリスを渡り歩いたりしてたら気に入った所にそのまま住む人も居るけどねー。キャラバンズって言ってるけど全体から見れば流浪の人と変わらないらしいし…。所属する証を持ってたらそう言えるって感じかなぁ」
そう言うと携帯端末を開き、依頼が来てないかを確認するユラ。暫く触って肩を落とし、溜息を吐いている様子からまだ依頼は来ていない様だった。
「…ちなみに。バックにキャラバンズが付いてるスウェイラーは単独の人より信頼できるって事だから、来る依頼もこっちを騙したりとか身包み剥ぐ目的のものが少ないんだよね。だから安心して受けることも出来るし、向こうもキャラバンズに認められてたら良いスウェイラーだな、って思ってくれるから楽なんだよね〜」
「身包みを剥がされるなんて、そんなことあるんですか?…あ」
「ほら、昨日私たちが経験したアレこそ…その良い例というか。騙そうとしてくる人だって多いのよ。けどおじさんのパターンは結構稀だけどね。同業者からの情報で騙されたとなると私怨でのパターンが多いかも」
「仲間が仲間を騙すんですか!?」
「ええ、生き馬の目を抜く時代だもの。戸惑ってなんて居られないんでしょうね…恐らく身包み剥がした後はスカベジの連中に私達を売り払って大量のヤーラをせしめるのが目的だったんでしょうけどその目論見が外れたって感じね。…末路は想像しないでおいた方が良いわよ。スカベジと手を組んだ挙句その約束を達成できなかった人の結末なんて、簡単に考えられるでしょ?」
「…っ」
スカベジ。人の身体から新鮮な臓器を抜き取る者達。
彼らに逆らえばどうなるかなんて、雨の日に裸で外に出てずぶ濡れになった後に風邪を引いてしまう位…その後を想像するのはとても簡単だった。恐らくはもう生きていないだろう。
「アイツら、妙に団結力はあるから厄介なのよね。だから中途半端に手を出しちゃうと面倒なのよ。やるならあの時みたいに向こうから手を引く提案をさせるか、キッチリ全員殺すしか無いわよ」
微塵の躊躇もなく殺害を提案するユラに、カーチは恐ろしさのようなものを感じた。スウェイラーとして生きていく内にその思考が当たり前になっているのだと。
「ぼ、僕は人を殺したりなんて出来ないです。多分ずっと、これからもそんな事なんてできない…っ」
自分の手で命を奪う感覚をまだ知らない彼の身体に、そっと触れて真正面から見据えるユラ。
「…安心して。そんな事が起きないように私が居るんだから。そういうのはどーんとお姉さんに任せておけばいーの!命の取り合いなんてコッチは慣れてるんだから。カーチ君は依頼を受ける方面とか、探索の面で動いてくれれば良いわ」
「…はいっ」
ドン、と胸を叩く彼女を見ていると不安がほんの少しだけ和らいだ。これが安心感というものなのだろうか。ウソでは無いことはその口ぶりと身ぶりで伝わる。これでもキャラバンズの見習いとして生きてきたカーチの目は確かであり、本当にこちらのことを心配して言っているのが理解できた。
「それに、持ち運べる携帯型のアクティブソナー探知機を持ってる人間なんてそうそう居ないからね。ふふふ、これでスクラップ集めとかフォージとの戦闘を回避するのに使えるわね…」
「フォージ、ですか。たしかにアレと戦わないに越したことは無いですからね…キャラバンズの移動中にも何度か出くわしたことはありますけど、砂丘の中から出てきたりして大慌てになることがあるんです」
「砂地に出てくるってことは、ワーム型のフォージね。口についてる掘削機で地中やらアスファルトやら掘り進んでくるから厄介なのよね〜。あ、じゃあ竜みたいなフォージに出会ったことある?」
「竜のフォージですか…!?ちょっと気になりますけど」
「ふふふん〜いいよ教えてあげる。あの時はなんだったかな、確かジャンク漁りに行ってた時の事なんだけど──」
と話そうとしたユラの端末に通知音が鳴る。
すぐに手に取り内容を確認した彼女は、その目を大きく見開いている。
「ど、どうしたんですか?ユラさんそんなに目を見開いて…?」
「あ〜…その、えっと…落ち着いて聞いてね?カーチ君」
「は、はいっ。落ち着いて聞きます」
「…私、ちょっと前にコルテミ社の依頼に応募してたの。かなり大掛かりな依頼内容だったし応募も多かったから他のスウェイラーに取られるんだろうなーって思ってたんだ…よね」
「えっと、その…私たちの初仕事なんだけど」
「このメトロポリス最大手の企業、コルテミ社になっちゃうかも…!」
「え、ええーーーーっ!?!」
カーチは椅子から転げ落ちるようにして倒れ、衝撃的な顔をしたまま事態が飲み込めずに居た。