あの激闘から後日。
コルテミ社の新型兵器輸送を護衛したスウェイラー達は、依頼完了の際に振り込まれた額を見て驚愕することになった。3つあるうちの2つを破棄する事となってしまいその損害額を天引きされてしまっているのではないか…と思っていた彼らは、予想よりも遥かに高いヤーラが振り込まれていたのだ。
その事により殆どのスウェイラーは喜び、大体の者は多額のヤーラによって豪遊したりする事が多かった。だが数人のスウェイラーは報酬金の多さに何か理由があると察しており、おおよその見当は付いていた。それはトール級との遭遇により自律的に起動する事になった新型兵器。虎の子であるアレを見てしまった彼らに対する口止め料も入っているのではないか、そんな考えが過っている。
「…まあ、そうは言っても、フォージを止められる光を放つ兵器があるなんて言っても与太話が戯言として受け取られると思うけど」
ユラもそのうちの一人であり、日が経った今でも未だに独りでに起動したあの新型兵器について考えている。爆心地横を通る際に発動しなかったのは恐らく遠隔操作する為の電波がEMPにより届かなかっただと判断し、次のトール級に遭遇した際新型兵器が作動したのは通信が回復したからだと、あくまで仮説を頭の中で組んでいた。
だが新型兵器の事は今は良い。
自分たちが調べようとした所で企業の犬に見つかり処分されてしまうのがオチだろう。言い触らすのもリスクしかない上に同じ運命を辿るに違いない。
それよりもユラが不満に思っていた事は、スウェイラーである自分達を使い捨ての駒のようにして扱った事実であった。そもそも新型兵器を"最短ルートで"輸送したいという内容自体隠されていたものであり、依頼文には輸送の護衛としか記されて居なかったのである。
「今見返しても、輸送の護衛としか書かれていないもんね〜…やられたわ全く。ま、でも生きて帰って来れたから結果オーライって感じかな。さぁ、カーチ君!キミは大手柄を挙げてくれたから好きなもの食べて良いよ♡」
ウインクするユラに、カーチは不満そうな顔を見せてじーっと見つめている。
「ユラさん、まるで奢るように言ってますけど最初店に入る時割り勘にしない?って提案してませんでしたっけ…」
「アーアーキコエナーイ」
獣耳を伏せて聞こえないふりをしているユラへ、エレが電子音声で水を差した。
『入店の五分前、確かにオーナーはカーチ氏へ店の食事代金を全て肩代わりする旨の話を行なっていました。もし確かめたいのであれば音声ログを再生します』
「こんのぉ………わかったわよ。今日は私のオゴリ!じゃんじゃん飲んでバリバリ食べるわよ!」
「わーい!」
2人が今入店し、窓際の席に座っているこの店は商業地区最大の飲食店でもある「ハニーハイヴ」だ。まるで蜂の巣のような独特な見た目と8階建ての大きな外見は多くのスウェイラーや一般市民が集まる憩いの場としての特徴も兼ね備えている他、合成肉ではない生きた牛や豚、鶏などの畜産から捌いた本来の肉を味わえる数少ない場所だ。
「さぁ〜〜〜なに食べようかなぁ!ここのお店、天然のはちみつを使ったお肉が美味しいって評判だったからず〜っと食べてみたかったんだよね……ふふふ、まずはこのメニューから食べよっかな。すいませーん!」
手を挙げて元気よく店員を呼ぶユラとは対象的に、カーチはメニューとにらめっこをしていた。せっかくあまり来る事のないような店なので、しっかり吟味してから選びたいと思っていたようで…。
しかし、程なくしてその悩みも吹き飛んだ。
悩んでいる時間があるなら沢山食べればいいではないか、という自分の中の悪心が囁やいたのである。
「じゃ、じゃあ僕も色々食べてみよっかなぁ…!」
やや上ずった声でメニューを開き、どれにしようかなと悩んでいる。目に映るのはキャラバンズに所属していても普段目にすることのない生肉や加工肉、それに果物や飲み物の数々。まさにテーマパークといった感じのラインナップである。
「えーと、養殖ニワトリの唐揚げと、合成牛のサーロインステーキに、あとそれから7種の野菜のポトフとそれから……」
隣で猛烈な数を注文しているユラのことは気にせず、まずは控えめに頼むことにしたのであった。
そして数十分もすれば、次々と料理が運ばれてくる。
だが明らかにユラのほうが頼んだ数が多く、カーチの料理は押し除けられるようにして隅の方に追いやられて行く。
「お待たせ……しましたー……あの、お客様、本当にこの量を召し上がられるんです?」
「そんなに…多いかな?普通の量じゃないんです?」
木製の丸いテーブルに所狭しと並ぶ皿は、良くて5人前程の料理の数々だ。しかも成人男性が食べる量の5人前である。これを女性が食べようとしているのだから、店側も心配してしまう。
「それじゃ、いただきまーす!!」
「い、頂きます!!」
ユラとカーチは手を合わせ、料理を口に入れる。
住処にしている居住区にもある程度の飯店は存在しているのだが、こうして鮮度の高い肉や野菜を置いている場所は少なくない。そして料理人の腕もまちまちな場合がある。
だが、今回の料理は一級品であり素材も栽培、畜産地区から直接取り寄せられた新鮮さが抜群の食材達。味に差が出るのは無理もない話だった。
「──お、美味しい…、干し肉とか長期保存の効いた合成肉よりずっと、ずっと美味しい」
噛み締めるようにしてサーロインステーキを味わうカーチは、心無しか美味しさで瞳が潤んでいる気もする。先日の中々にハードだった依頼もこの美味しさに貢献しているに違いない。
「美味しいですね、ユラさ─」
気持ちを共有しようと隣を向いたカーチは、開いた口が塞がらなかった。もう既に大皿に盛られた拳骨のような揚げ物と肉が2皿消えているのだから。口いっぱいに食べ物を頬張り一生懸命に咀嚼している姿はまるで今では絶滅危惧種に指定されているハムスターのように見えた。
「もごっむぐ…んぐ、んぐ…〜〜っ、ぷはぁ!う〜〜ん美味し〜!サガタのおじさんからここの料理は美味しいぞって教えられてたから期待してたけど、それを上回るくらいの味…!今じゃ味わえない貴重なスパイスを使った料理が食べられるのはやっばりハニーハイヴだけよね〜…あ、お酒も飲んじゃお後で」
「(なんてスピードで食べてるんだこの人…)」
一緒に暮らし始めた時からその食事スピードが速く、食べる量が多い事は知っていたが10分と経たず大皿の料理を完食されると、流石に感心してしまうカーチ。食べるのが好きだと言っていたのを覚えているが本当にそうなんだな、と思いながらサーロインステーキを一口、味わうように咀嚼している。
すると、カーチの隣の席に誰かが座ってきた。
ヂャラ、ヂャラと鉄製の物が床を打つ音と漂う煙草の匂いから不意に彼は横に座ってきた人物を見ようと振り返った。
「よぉ、また会ったなアンタら。覚えてるか俺のこと」
「あっ貴方は確かあの時の…!」
コイン遊びをしている隣の人物は、カウボーイハットを被り厳ついリボルバーをホルスターに入れている男性だった。そう、先日の依頼で出会った男と同一人物である。
「ヤーラを手に入れたら此処に来るよなぁ、ここのメシは美味いし店はキレイだし、のんびり酒を飲んで過ごすには丁度いい空間だ。…おまけにキレイなお嬢ちゃんまで働いてるしな」
指笛を吹いて店員を呼ぶと、酒を数種類頼んだ後に
「なあ、お嬢ちゃん。今日空いてるか?どうだ、店の終わりに俺と過ごしたりしないか」
「はいはい、今は営業中ですからまた後にしてくださいねダグラスさん」
と声をかけるものの、慣れた様子で軽くあしらわれたダグラスと呼ばれた男は肩を落として誰が見ても落ち込んでいるように項垂れる。
「はは…相変わらずガードが硬いなぁ。前からずーっと誘ってるんだが全然靡いてくれねぇ、まあそこが良いんだけどな」
「ダグラスさん、って言うんですね貴方は」
「ん?ああ。そう言えばあの時はまだ名乗って居なかったか…俺の名前はダグラス。宜しくな少年」
「僕はカーチって言います。また会えて嬉しいです」
スッ、と差し出された大きくゴツゴツした手を握り軽い握手を交わすカーチとダグラス。ユラはその事に全く気付いていないようで未だに料理を貪り食っている。
「いやあ、いい喰いっぷりだな本当に。目の覚めるような豪快な食べ方されたらこっちも腹が減ってくるもんだ。後で何かツマミでも頼もうかね…」
「げぷっ…。ふう、ちょっと休憩…あ、アンタたしかあの時にいたカウボーイじゃない!そっちもこの店に食べに来たの?」
「おう、ようやく気付いたか。数分前から隣にお邪魔させてもらってるぜ」
ひょい、と片手を上げて挨拶をするダグラス。
「食べるのに集中しすぎて気付いて無かったんですか…!?」
「だ、だって料理が美味しかったから仕方ないじゃない」
『オーナーの食事中の集中度は常軌を逸しております。私からオーナーの気遣いが至らぬ点について心よりお詫び申し上げます』
壁に掛けてあるブレードのインターフェースが輝き、エレが誂うようにして顔文字を浮かび上がらせると、ぐぬぬと悔しそうな顔をしたユラが睨みつける。
「ははっ、アンタの武器面白いな。…コイツは遺物関連の兵器か?この前見た時は雷を纏ってたが」
「ん?あぁ、この武器?エレって言うんだけど…私が物心ついた時から肌見放さず持ってたらしいの。バッテリーを使用してあんな風にパワーアップ出来る以外は普通のブレードかな。あとは…人工知能を搭載してるらしくて、昔からこんな風に私を誂ったり必要無いことを調べたりしてるかな。ね、エレ」
『はい、オーナー。初めまして、ダグラス様。私はエレと申します。以後お見知りおきを』
「おう、どうもな…お嬢ちゃん、昔のことはあんまり覚えて無いのか?」
届いたビールを手前に置き、食べながらユラは頷いた。
「うん。ある人に拾われるまで前の事は覚えて無くて…おじさんに拾われたのは確か10歳の頃だったかな。その時にはもう持ってたような記憶があるけど、それより前は、うーんと…覚えてないんだよね」
獣尾をゆらゆらと揺らしながら悩ましげな顔をするユラに、ダグラスは1つ、あることを聞いた。
「その耳と尻尾は生まれつきか?それとも…施術か?」
ぴた、とユラの食べる手が止まった。
「…これね。この耳、私にもわかんないの。おじさんは私を拾った時から付いてた風に話してたし…かと言って遺物の影響かどうかも分からないんだって。施術なら元の耳を切除したり、腰に獣尾を取り付けて神経と接続したような痕が残ったりするでしょ?私の身体にはそんな施術の痕が無いんだって。自分自身で確かめてみたけど、ホントに縫った痕跡も切り取った傷も無かった」
「たし、かに…今こうして見るとなんの傷痕も無いな。すまん、デリケートな話題を振っちまったな、悪い。…そのことを聞いた理由も有ってだな、実は俺スウェイラーでもあるがここの地区の保安官でもあるんだ」
「つまり、見た目通りって事?その奇抜なファッション」
「奇抜なファッションは言い過ぎじゃないか?ほら見ろ。ちゃんとウソじゃないって証明する物もあるぜ」
レザージャケットの胸元ポケットから取り出したのは、政府から発行された正規の保安官証。光を受けてキラキラと輝いておりそれを眩しそうな目で見つめる2人。
「まぶしっ…いや、別に疑ってなんか無いわよ。それにあの時から分かってた事だったし」
「ほう、どこら辺で俺の正体に気が付いてた?」
「アナタだけ、あの依頼の時車両に乗り込む時最初に乗り込むんじゃなくて最後に乗り込んだでしょ。それに辺りを見渡した後に安全を確認してから。アレは護衛任務を何度かやってる人間の特徴なのよ」
ふふん、と人差し指を振って自慢げに話すユラ。
思わずカーチも感心した表情で聞いているが、言い当てられた当のダグラス本人は渋い顔をしていた。
「ホントか?俺はそんな素振りしてないが…」
「独特のクセって抜けないものよ?ふっふーん」
「なるほど、勉強になったぜ。じゃあ俺からも一つ、保安官からの視点で気付いたお嬢ちゃんの癖を教えてやろう」
カウボーイハットの鍔を人差し指と親指でクイッとなぞると、気の抜いた目つきを鋭くしてユラへ向けて話し始める。
「お嬢ちゃん、完全に俺を信用していないのは理解できた。まず脚はいつでも俺から離れられるように椅子の外から出してるだろ?あとは…そうだな、俺がさっきからホルスターに手を掛けてるのを気にしてるとか、か?」
「─へえ、ホントに目は確かなんだね。保安官さん?」
「これでメシ食べてるからな。あと…人喰い狼。お嬢ちゃん、アンタお尋ね者だって事は理解してるな?」
「お尋ね者、ねぇ」
不満そうな声を漏らしながらビールを一口飲むと、口を拭ってユラは立ち上がる。
「…元々私が相手してたのは評判の悪いスウェイラーの風上にも置けないような奴らなんだけど。犯罪者まがいのような奴らを相手してただけ…まあちょっとヤーラは貰ってたけどさ。それでも民間人から巻き上げてないってば!何、真面目な保安官サマはただのスウェイラーを捕まえる気?」
両者の空間にややヒリついた空気感が流れる。
ユラの耳はイカ耳になり尻尾を立ててあからさまにイライラしているが、一方ダグラスはそのような気は無いらしく特に身構えていない。その間に挟まれているカーチは、この後どうなるのかドキドキしながらオレンジジュースを飲んでいる。
「おおっと、そう身構えないでくれよ。別にここで事を荒立てようなんて思ってない。寧ろその、なんだ…ここ最近増えてきた悪徳スウェイラーに対しての対応が遅れててすまないと思ってる」
ぶすっとした顔のユラは、毒気が抜けたようになると溜息を吐いて座った。
「…まあ、今じゃ企業に所属している人間よりも多いものね。政府や公的機関が取り締まれるような規模じゃ無くなったって前もニュースで言ってたし、そっちもそっちで苦労してるんでしょ?多分」
「…お恥ずかしい限りだ。俺達の手が届かない所での犯罪が横行してるのは理解してるんだが、スカベジの連中も最近ここらで幅を利かせてるのもあって中々人員が割けないの実情でな」
「ふ〜ん…スカベジの連中が、ねぇ」
「どっちも普通の人間を食い物にする馬鹿野郎の集まりだ。御上はいつか目にもの見せてやると決めてるが…さてそれがいつ頃になるのやら」
ジョッキに注がれた冷えたビールを一杯煽るように飲み干すと、ゴトンと置いて口を拭うダグラス。
「っはぁー…。まあ見かけたから声掛けただけだ、特に他意は無いぜ?んじゃ俺は向こうでガッツリメシ食べるからよ。後あの事も口外しないようにな、じゃあなお嬢ちゃんとカーチ君。また縁があれば会おうぜ」
「は、はいっ」
「んじゃあね〜、野垂れ死んだりしないように」
ひらひら、と手を振りながら席を離れていくダグラスを見送ると、ユラはビールを一気飲みして立ち上がる。いつの間にか5人前あったテーブルを埋め尽くす大皿の群れはすっかり消えており跡形もなくなっていた。
「う〜〜、久しぶりにお酒飲んだからきもちわるい〜、帰るわよカーチ君…」
「気が大きくなって飲んじゃったんですね…」
ふらふらした足取りでお会計を済ませようとしたユラは、端末を取り出してカウンターに向かう。
「ええと、お会計お願いします…うっぷ」
「はい。ご利用ありがとう御座います!こちらお会計、合計で──」
その後聞いた金額に、ユラは酔い気が飛びそうなほど驚愕するのであった。