地球。
青い星と呼ばれた太陽系第3惑星は今やその広大な面積の6割を汚染されてしまっている。何故このようになってしまったのか、それは人間の仕業ではなく、数十年前に外宇宙より齎された災害によって引き起こされた事象が原因で引き起こされてしまったものだ。
緑や黄色、暗い青色に覆われた表面はもはや見る影もない程に黒い膜のようなもので覆われてしまっており、再び大地が煌々とした太陽に照らされる事はもう二度と無い。辛うじて侵食を免れている残り4割の大地でさえも荒廃しきっており、かつての人間社会は崩壊してしまっている。
そして汚染された大地に堂々と己の存在を誇張するかのように聳え立つのは、大気圏を貫こうとする巨大な尖塔。その表面はうっすらと青く光っており隙間から覗くのは人の瞳を模した眼球のような物体だ。全長5kmを誇るその尖塔の名前は『アジュール』と呼ばれていた。
そのアジュールの足元から迫っているのは、数十機のドローンと自走式の制御された砲台だ。汚染されていない大地を駆けて行き青空を飛んでいる。そしてその光景を観察しているのは真っ白な服に身を包んだ研究員らしき人間達であり、岩陰に設置した簡易拠点のような場所に居た。彼らは大きな端末を操作しており、何かのデータを集めているようだった。
「自走式自動砲台、識別名アジュールに全方位からの接近を開始します。また同時に空からの航空爆撃用ドローンも発射させて接敵させました。こちらは第二陣の用意をしておきます」
手首に取り付けられたウェアラブル端末に研究員が話しかけると、即座に返答が返ってくる。
『了解。奴の攻撃方法をもう一度確認するように』
「ラジャー。…次のペレグリンを射出してくれ、対象は3時の方角にいるバカでかい塔のフォージにだ」
『了解しました。ペレグリン、第二陣射出開始』
すると離れた位置に置かれていた大きな貨物用コンテナの蓋が上にずれて大きく開き、そこから発射台のような物と真っ白な飛行機に似た両翼機が射出される。それは真っ直ぐ塔へと向かって飛んでいき折り畳んでいた翼を広げ、ブースターを点火した。
「第一陣、接敵まであと3、2、1……」
研究員がカウントダウンを始めた頃、自動砲台と飛行ドローンがアジュールの生える爆心地の半径に入ったその時。アジュールの表面に生えた目玉が1つ開かれると光を収束させて青色のレーザーを自動砲台に向けて放った。ピシュン、という短い音の次に光地面を爆発させて周辺に大きなクレーターを残す。
僅かに稼働している数台の自動砲台が目玉に向けてプラズマタレットを発射すると瞬膜のようなものを生成して弾丸を防ぎ、また別の目玉が現れると上からレーザーを照射、残りの砲台を全て破壊していった。
その頃、上空から迫る爆撃ドローンがナパームを投下しアジュールの根元を焼き払おうとしている。だがそれよりも速くドローンと同じような高さにある目が開き、レーザーで迎撃してしまった。全方位のドローンが同時に撃ち落とされてしまい地面に当たって爆発炎上していく。
「地上の兵器の掃討時間と、空中のドローンの掃討時間を記録してくれ。恐らく奴が迎撃するのに少なからず誤差が生じている」
『地上が1分程、空中が40秒程ですね。ドローンと自走砲台の数は同じ数を配置させてありますから、やはり奴は空中にいる敵の対処を選ぶようです。恐らく陸に居た頃の思考が残っているのでしょう』
「ああ見えても結局はフォージって事か…。よし、このデータは早速本部に転送しておこう。アイツを伐り倒す際の切り札になるかもしれんからな」
『了解。バベルに向けてデータを送信します』
「…忌々しい尖塔め。いつかその根元から滅ぼしてやる。そして人間は清浄な大地を取り戻すんだ」
研究員はそう吐き捨てるようにして言うと再びデータを収集するべく準備を進める。そう、彼らは4つのメトロポリスを管轄している政府直轄塔のバベルから派遣された現地調査班であり、今こうして危険を冒して取り組んでいる実験はいつか目の前の尖塔を排除する為の行為である。
そして、フォージの侵食を食い止めるために外郭で戦っている政府軍も存在している。2個師団を有する彼らは今もなお局所的に大地を侵食していくフォージを駆逐するべく、兵器や戦術を駆使して立ち向かう勇敢な兵士たちだ。侵食の兆候があれば現地に赴き、元となった現象を駆逐又は破壊するのが彼らの日常となっている。今回は小規模な建物の汚染による報告があったので、輸送車両が2台現場に向かっていた。
「行け行け行け!GOGOGO!!」
「フォージの巣は左右それぞれの建物内に存在している!見つけ出して破壊するぞ!」
輸送車両から出てきたのは対フォージ用の装備に身を包んだ兵士達。彼らは皆同じように連射速度を重視したプラズマライフルを携行しており、弾幕を張ることで敵の対処を行う歩兵だ。今日も郊外で起きた侵食を解決する為に専用車両で発生源に向かった兵士達は車両から降りるや否やそれぞれの班に分かれ別々の建物へ入っていく。
「クソったれのフォージめ!消えやがれ!」
対象となった建物内にそれぞれ入り、巣食っている獣タイプの小型フォージをフルオートライフルで蜂の巣にしていく。全員が同じ動きを繰り出す一糸乱れぬ光景は訓練の賜物であり、機械的にも見える。建物内のフォージを一掃した彼らは無線で連絡を取り合った。
「4階クリア、5階もクリアだ」
「こちらB班だ。フォージの巣を発見、プラズマボムを仕掛けて離脱する」
「A班了解」
フォージの巣は強力な外壁で守られており、破壊するには大きな熱量を持った兵器でないと不可能だとされている。超光熱のプラズマを発生させて一瞬にして破壊するこの爆弾は、コルテミ社のマークが描かれている。
「爆発物をセットした。この建物を巣ごと破壊するぞ、下がれ下がれ!」
B班隊長の指示により部隊は後退、しかし建物を出る直後にいきなり背後から現れたのは…爬虫類型のフォージだった。
「ぐあっ!?」「何事だ!?」「後ろだ撃て撃て撃て!!」
死角となっている壁に張り付いていたフォージは、隊員の装着しているアーマープレートをいとも容易く、布のように体ごとその鋭い爪と牙で引き裂いていくとその体表を透明にして逃げようとしたが、プラズマライフルの一斉射により全身に穴を開けられてコアを露出。撃ち抜かれて身体を塵に変えられた。
「ガーラ!…畜生!」
隊長が死体になった隊員に近づき、手首のドックタグを回収すると速やかに撤収。起爆ボタンを押して建物をプラズマ火球により跡形もなく消滅させた。
「…任務完了だ。こちらB班帰投する。A班はどうだ、無事か?」
「こち、ら─A班──逃げ、ろ──フォー、ジが」
途切れ途切れの音声の中、悔しさと怒りが混じったような声が聞こえる。
「おい、どうしたA班、通信が途切れ途切れで聞こえないぞ、どうした!」
「ジョージ、チャール、エド、みんな──やられちまった─ヤツらに、一撃、ぶちかま──してや─」
次の瞬間、プラズマ火球がA班の入った建物内で炸裂。太陽のような輝きと共に建物ごと消滅していくのが彼らの目に写った。
「!……そんな、A班諸共!?」
「─オレには分かる。アイツら自分が消えるのを承知で爆発させやがった。いや、そもそもリーダー以外に居なかったのかもしれん。恐らく最後の無線で発したのは…アイツの隊員の名前だろう」
「…クソが!フォージの奴ら、絶対許さねえ。必ず元凶から破壊して死んでいった奴らの事も弔ってやる…!」
弔砲のつもりなのか、口調の荒い隊員は空に向けてプラズマライフルを2回放った。感情を封じ込めたような顔つきの隊長へ、まだ入ったばかりなのだろう不安そうな顔をした隊員が近づいてきた。
「あの、隊長。…僕たちは、フォージに勝てるんですよね。きっと」
「ああ。政府もただ指を咥えて見ている訳ではない。その為に俺達が存在している。その為の千人隊長もな」
「…千人隊長?!あのメトロポリスに貼られてあるポスターの、方ですよね?フォージの群れを一撃で蹴散らしたり巨人のような相手と1対1で倒したって言う!…その人は今何処に?」
「今は恐らく、バベルの中だろう」
─────────────────────
バベル。
東西南北に建てられた人々の安息地である鉄塔…メトロポリスを管理するために作られた政府の役員のみが入れる最高機密の塔は、丁度4つの塔の真ん中に位置しておりその表面を白色で塗り固められている。高さ自体は2kmとそこまで大きくは無いものの此処にはかつて失われたフォクス発生前の文献や資料データが存在しており、各メトロポリスへ情報を伝達するための役員やフォージに対する対抗策を練る研究機関も存在している。
「お…調査班のデータが送られてきたね〜。どれどれ」
透明なモニターに囲まれた部屋で寛いでいる若い男は、腰まで伸びた灰色の髪を揺らしながらコーヒーを飲み、今しがた送られてきたデータをチェックしている。男は添付された画像を見て資料と照合するべく片手でキーボードを打ち込み過去のデータと比較した。
「やっぱりフォージは地上の敵より空中の敵を迎撃するように進化してる感じかな〜…でも奴らが遠距離武装を持ってるとしても真上からの攻撃は避けられないだろうし、何より絨毯爆撃でもされたらコアが露出する前に焼かれて死ぬしね〜。よし、じゃあ後はこれのデータと纏めて上に提出しないとだ」
そうやって独り言を呟いていると、ドンドンと荒々しくドアをノックする音が聞こえる。驚いた男はマグカップを落としそうになるが何とかデスクに置いて事無きを得た。
「やれやれ…。もう少し優しくノック出来ないのかい?キミは」
ドアに取り付けられたインターホンでノックしてきた人物をチェックすると、ロックを解除して入室を許可した。
「…すまないな。力の加減が難しいもので中々調節が上手く行かないんだ、博士」
入室して来たのは2mを超えるような女丈夫であり、全身にマッスルスーツを着用した武装を装着している。顔に刻まれた斜めの傷跡とまるで獅子のような黄金の瞳は彼女が只者では無いことを理解させるに十分だった。
「エクソスケルトンにマッスルスーツ、全部技研の開発技術を搭載したものだね?実験台になるのは嫌だろうけど、慣れれば楽なんじゃないかい?"千人隊長"さん?」
「…私はフォージをこの世から殲滅するのであれば何であろうと全て利用するまでだ。所で例の伐採計画はどうなっている?あれから進捗はあったか」
研究室を所狭しと歩く彼女へ、目処はまだ、と伝える男。
「決行するタイミングは不明だけど、伐り倒す為の手札は揃いつつある感じかな〜。あとはタイミングを見計らって一気にバッサリ、みたいなやり方になると思うよ〜」
「ええい、もどかしい!上層部も白黒はっきり決めたら良いものを…」
椅子に座りクルクルと回転しながらコーヒーを器用に飲むと、軽い口調で返事を返した。
「それは無理だよ〜。下手したら虎の子の千人隊長さんと配下の兵士が全滅、良くてギリギリ壊滅手前で敗走したとしても迫り来るフォージの群れにどう対処するかどうかだしね。メトロポリスが呑まれてしまう最悪のケースもある」
「失敗が許されないのは理解している。だが…」
苦虫を噛み潰したような顔をしながら拳を握る女を横目に、溜息を吐きながら男は伝える。
「まあまあ落ち着きなって隊長さん。待てないんでしょ〜?相手は正真正銘フォージの親玉、紺碧の空を突くように聳え立つ厄災の塔…近づくものすべてを攻撃して焼き尽くす、まるで自立した防御を備えた要塞だよ」
「チッ……アレの遠距離砲撃能力が類稀なる精度なのは理解している。だが範囲内に入り込まなければ迎撃はされないだろう。超遠距離からの攻撃は決定打にはならないのか?」
「それね〜、演算シミュレートで試してみたんだけどまず超遠距離狙撃用の兵器を作成するのに数年掛かる上に、もし出来たとしても今度は電力の問題、それから撃てても一撃で殺せる確率は10%にも満たないらしくてさ、上層部に却下されちゃったよ」
「やはり接近して物理的に伐り倒すしかない、か」
そうそう、と男は言葉を返した。
「でもね、仮に倒せたとしてもコアを見つけてそこを叩かないと奴は恐らく再生してしまう。今はそのコアを発見する調査も兼ねてる所だ、もし発見する事が出来れば作戦の進行に大いに進展が見込めるんだけどね〜」
「…今は機を待つ他はないという事か、博士」
「そーゆーこと。まあキミはキミでメトロポリスに向かってその溢れるカリスマ性で志願兵を集めたりするのが適任なんじゃないかい?そういう事得意だろう?人の気持ちを鼓舞して戦いを先導するのは」
「───貴様」
女性は握り拳を固めると男へ向けて振り下ろそうとした…が、強く握り締めるだけで本当に振り上げたりはしなかった。
「事実だろう?自分たちはフォージに勝てるとメトロポリスの人間達を戦いに参加するようにプロパガンダをばら撒いて、いざ志願した者にはその命をまるで捨て駒のようにして扱わせる。…皆が皆がそうだと言ってるわけじゃないけど、僕に言わせてみればおんなじ様に見えるんだよ。最近の政府軍は死に急いでいるように思えて仕方がない、世界からフォージを取り除く事を最優先にするのは良いけど肝心な所に目が向いていない」
「何が言いたい、博士」
「…非効率なんだよ。大人しくこっちの研究結果が出るまで無駄な出撃をしないで欲しいんだ。このまま力押しの物量作戦でこのままフォージの侵食を抑え続けれる訳がない。いつか破綻してこのままでは沢山の人間が死ぬだけだ。上層部に掛け合ってくれないかい?もう少し予算をこっちに分けてくれないか、って。千人隊長であるキミが話すなら向こうも考えてくれる筈だ」
「……考えておこう」
部屋から退出する際、千人隊長は振り向きながら獅子の如きを向けて語気を強めた。
「博士。…私とて、感情の無い機械ではない。今もこうして様々な場所で戦っている同志たちが亡くなっている事に胸を痛めているんだ。貴方の現在行なっている研究とやらは、フォージに確実に効果があるものなのだな?」
「ああ、勿論だ。少し前にここで開発した兵器をコルテミ社の輸送車両に乗せてもらってね。南のメトロポリス郊外にたまたま居たトール級に向けて遠隔で起動させたんだが、確かに効果がある事が判った」
「トール級に、だと…?」
驚きの混じった声と顔を見せた千人隊長へ、男はコーヒーを1杯煽ると続きを話した。
「僅か1〜2分程度のものだけどね。輸送車両は逃げ遂せて無事だったよ。だがもう少し精度を上げて研究してみれば…あの巨人を伐り倒せるかもしれない、としたらキミも黙ってはいないだろう?」
ちゃぷ、とマグカップを上げてみる博士を見て、千人隊長は少しの間考えるような顔をした。
「だがまだ出力も安定していないのだろう。少しでは駄目だ、暫く止められるようにならないと…あの巨人は倒せない」
「わかってるよ、だからこっちもそうする為に予算が欲しいのさ。戦場で無残に散って死んでいく兵士の為にもね」
「…分かった。だがどうなるかは保証出来ないぞ、必ずこちらの意見が通ると決まったわけでは──私だ」
会話の途中でインカムに切り替え、無線を聞いた後千人隊長は踵を返して博士へ向き直る。
「…近辺で大型のフォージ発生を確認したらしい。直ぐに発たねばいけなくなった」
「んじゃあまたね〜、千人隊長さん」
「約束しろよ、必ずその兵器を完全なものにすると」
そう言って博士はひらひらと手を振りながら、ドアをくぐり抜ける彼女を見送っていた。
「…無茶してたなぁ、あの顔は。いい加減他の奴に千人隊長を任せりゃいいのに、キミは真面目すぎるんだよ」
そう言う博士のデスクには、先ほどの千人隊長と瓜二つの顔と共に写真に映る自分の姿があった。