人狼の爪は、よく斬れる。
人狼の牙は、全てを貫く。
人狼の毛皮は血を弾く。
だから人狼は武器になるし、死ねば素材になる。
俺、
潮風が吹いて髪を撫でる。海沿いの倉庫街は昼間であればそれなりに人通りもあるが、深夜になれば灯も少なく人気はない。
潮の香りに混じって鉄臭い匂いが鼻腔を擽る。
「居ますね。倉庫の中」
俺の報告に上司である
「数は?」
「眷属クラスが二。人間が一。血の匂いも」
煙を吐き出した番場は抑揚のない声で指示を出す。黒いロングコートが風に靡き、冷たい印象を周囲に与えている。
「よし。武は先行し眷属を叩け。吉田はバックアップ兼人質の確保だ」
番場の指示に短く答え立ち上がる。
同僚の吉田さんはクロスボウにボルトを番え戦闘態勢を整え、マスクの確認をする。
俺も上着を脱いで半裸となり、息を深く吸い腹の中心に力を込める。メキメキと音を立てつつ身体が膨れ上がり人外へと姿を変える。
毛で覆われ手足の爪は肥大化し、口は人間を一飲みできるのではと思えるほどに大きく、鋭い牙も生え揃う。
腰に吊り下げていた専用のマスクをつけ、ゴーグル越しに若干悪くなった視界は自慢の嗅覚と聴覚が補ってくれる。
「大上、ダブルチェックだ」
吉田さんの声に従い互いのマスクを確認する。返り血が粘膜に接触すれば大惨事だ。そんなことが起きないようにダブルチェックは欠かさない。
吉田さんが俺のマスクを確認しやすいよう、腰を屈めて暫し待つ。隙間が無い事を確認したら今度は俺の番だ。
「触りますよ」
一声かけて吉田さんの顔を覗き込む。ヒュッと息を呑む音が聞こえるが無視する。相手はこの道何年ものベテランだ。それでも根源的恐怖に抗うのは難しい。それを理解しているから何も言わない。
「問題ありません」
「よし」
互いにチェックを終えるとボトルから水を取り出し頭から被り水が入らない事を確認する。
「準備完了です」
吉田さんの報告を受けて番場さんがタバコを揉み消す。
「状況開始だ」
「「了解」」
その声を最後に俺は感情を殺し、武器になる。音もなく地を駆けて目的の倉庫へ接近する。
中の状況は匂いで把握済みだ。入口ではなく、側面のコンクリ壁へ向かって体当たりを実行する。
ドゴンッ!と鈍い音と共に中へ侵入する。背後からはコンクリの崩れるガラガラという音が響くが無視して目視でも周囲の確認を怠らない。
人質らしい男性はパイプ椅子に縛り付けられており目隠しもされている。
血の状態を確認していたのだろうか、首筋からは少しだけ血が流れていたが、命に別状はなさそうだ。
人質の傍に居る相手は予期せぬ侵入者に呆然としているが、口元から伸びる犬歯の異常さが人間ではないと告げていた。
状況を把握し終えた俺は人質の傍に居る相手へと肉薄する。
「なっ!?」
素早い踏み込みから一瞬で喉元を掴み、人質から引き離しつつ爪を突き立てる。首の裏に食い込み、頸椎が潰されていく感触に気持ち悪さを覚えるも意識から切り離して首を切断する。
首と胴体が泣き別れとなった相手を無視して入口に居たもう片方へ向き直る。
「テメェ、ハンターか!」
襲撃相手を目視するや否や相手は両手の平を爪で傷つけ、流れ出す血を鞭のように操り攻撃してくる。
それを四つ足で左右に駆けながら躱して心臓を一突きで貫き、持ち上げる。
ゴポリと口から血が流れるが、この程度で死なない事を理解しているので、空いた手で首を捻じ切ろうと手を掛ける。
「クソ…犬の分際で!」
最期の言葉には耳を傾けず、淡々と手に力を込め相手を絶命させる。
現場に出るようになってまだ日が浅いせいか、俺の心が弱いからか、この感覚に馴れそうにない。
俺が開けた穴から吉田さんが入って来て、中を確認した後無線を飛ばす。
「制圧完了です」
『了解した。状況終了。回収班を向かわす』
無線が切れると吉田さんは人質の解放作業を始めるが、どうやら気絶しているらしく先の戦闘については口封じをする心配はなさそうだ。
「大上、そいつの所持品を漁ってくれ」
吉田さんは最初に殺した相手の懐をゴソゴソと漁り始める。俺も足元に倒れる死体を漁り、所持品を検めると白くて固い物体がいくつか出てくる。
「おっ。コイツ爪持ってるじゃねぇか。ボルト追加するつもりだったからラッキーだな」
背後で吉田さんの喜ぶ声が聞こえてくる。俺が握っているのも人狼の爪だ。少し傷があるから壮年の人狼だったのだろうと当たりをつける。
「そっちは何かあるか?」
「ええ。爪が数個あります」
俺が手渡すと吉田さんは自分の持つ爪と纏めてポーチへ仕舞いこむ。
「なぁ。お前の爪とコレ。どっちが強いんだ?」
「俺はまだ若いですからね。強度はそれの方があるんじゃないですか」
知らないけど。俺には人狼という種としての知見は殆どない。組織で読んだ資料と同じレベルだ。
やがて、回収班を引き連れて番場さんが現れる。
ズタ袋に詰められ、車の荷台に積まれていくヴァンパイアを見ていると回収班と目が合った。
「お疲れ様です」
「おう、お疲れ。念のため検査な」
そう言って回収班は手に持った機材で俺と吉田さんに光を当てる。ヴァンパイアの体液を摂取してしまうと眷属化し瞳が紫外線に反応して赤くなるからだ。
「よし、感染はしていないな」
そう伝える回収班へ頭を下げつつ吉田さんは戦利品の爪をボルトに加工する件について話し始めた。
もう一人の回収班は俺を上から下まで観察すると、ポツリと呟いた。
「お前はまだ死ぬなよ?若いうちに素材にするのは非効率だ」
不器用な心配の言葉…などではない。組織の人間は大なり小なりヴァンパイアと人狼へ恨みがある。だから全員が俺を道具として見ている。
「武」
でも、そんな中で番場さんだけは俺を道具として扱わない。
人間へ味方する先見の明があった祖父譲りの見識と実力で組織でも高い地位を持つヴァンパイア。俺への安全装置として眷属化するよう上からも再三言われていそうだが、未だに俺は眷属にされていない。
「番場さん。どうして眷属にしないんですか?」
俺の問い掛けに逡巡した後、番場さんはタバコに火をつけてこう言った。
「武。お前は犬になりたいのか?」
正直、言っている意味が解らなかった。俺は物心ついた時から組織で育ち、武器として鍛えられた。
今の俺が犬じゃないならなんだって言うんだ。
「気にするな」
黙る俺を気にかけてか、番場さんは無機質にそう言う。
「…はい」
「ただの、俺の都合だ」
その言葉が本当なのか分からない。ただ、番場さんが俺を思い、配慮してくれているのだけは伝わっている。
「もう遅い。帰るぞ」
そう言って背を向け歩き出す番場さんについて歩く。街中で臭うタバコは嫌いだが、この人から漂うのだけは嫌いになれない。
俺は人狼。生きている間は武器として、死んでからは素材としてヴァンパイアを殺し続ける狼だ。