作戦が始まった。
予定通りに俺は昼間から街を練り歩き志臥をおびき出そうとする。
監視カメラとGPSで俺の動向を掴みつつ、即応できるように番場さん達は遠く離れた箇所で待機してくれている中、俺も五感をフルに使い志臥を探していく。
しかし、俺の感知範囲に志臥が現れることはなく、雑踏の音、視界を埋める広告、そこかしこから流れるヒット曲が着実に精神を削っていく。
初日、志臥は現れない。
二日目、志臥の目撃情報もない。
三日目、何も進展がない。
何日目かの昼下がり、高校生がクレープを食べているのを見かけた。
意図的に外していた同年代の姿を見てしまった時、彼女の事を思い浮かべる。
「柏木さんは、何をしているんだろう」
今日も部活で懸命に楽器を鳴らしているのだろうか。自分のことは心配してくれているのだろうか。
それとも、忘れて別の友人と楽しく青春を謳歌しているのだろうか。
もう何度目になるか分からない自問自答。
志臥が来なければ学校へ行けない。
志臥が来れば、本意ではない作戦が始まる。
グルグルと回る思考の中、嗅ぎ慣れた嫌な匂いが風に乗ってやって来る。
「番場さん」
『どうした?』
鉄分を多く含んだ血と溢れる唾液の匂い。
「近くにヴァンパイアが居ます」
空腹に耐えきれなくなった個体が建物の中で食事をしているのだろう。
『戦闘中に志臥が現れるとマズイ。無視しろ』
いつも通りの冷酷な声と大局を見据えた合理的な指示。
少し前なら受け取り方も違っただろうが、今となっては番場さんも上層部の意向に逆らえないだけかもと思えてしまう。
「一般人が犠牲になっています」
『……今は作戦に集中しろ。大局を見誤るな』
この作戦を失敗するわけにはいかない。それは理解できるけど、ここで見て見ぬふりをして俺はどんな顔をして彼女に会えばいいのだろうか。
「番場さん、すみません。先に謝っておきます」
『待て、武!』
耳からインカムを外して路地裏へ駆ける。
道中で無人ロッカーからマスクを取り出し、素早く人狼へ姿を変え現場へ急行した。
「間に合ってくれよ!」
結果だけ言えば、ヴァンパイア一体に苦戦する訳もなく、戦闘は一瞬で終わった。
しかし、被害者は既に事切れており、血の一滴も残さず奪われたその皮膚は触れば崩れてしまいそうなほど、乾燥していた。
マスクを外し、亡骸の傍で膝をつき項垂れる。
変身を解いてインカムを再び耳に付けて報告した。
「ヴァンパイア一体を討伐。被害者は……ダメでした」
『そうか。今日はもういい、早く戻れ』
命令違反を咎めことはなく、帰還命令だけを残して通話は切れる。
何もする気は起きず、地面に大の字となって倒れ込む。
舞い上がった埃の匂いが、自分の心情を表しているようで無性に泣きたくなった。
「何の意味も成さない。ただの癇癪だ」
無力感に苛まれてどれほどの時間が経ったのだろうか。無線が来ないことから思っている以上に時間は経っていないのかもしれない。
「!?」
突如、耳に届いた空気を切り裂く音。反射的に身を起こして窓の方へ体を向ける。
バリバリと窓ガラスを突き破り現れたのは、待ち侘びていた男だった。
「よぉ。随分しみったれてるな」
声を発した瞬間、空気が一段と重く、冷たくなる。
すぐさまインカムで志臥の出現を報告すると相手の行動に集中した。
「お前ら、全然出てこねぇからよ、退屈だったぜ?」
俺の役割は囮、時間稼ぎ。メンタルが本調子でないとはいえ、やることは変わらない。
「どうしてハンターを殺した?お前はヴァンパイアを食ってただろ」
俺の質問が意外だったのか、志臥は獰猛な笑みを消し、頭を掻きながらあっけらかんと言う。
「利害の一致だ。他意は無ぇ」
更に言葉を投げかけようとしたが、志臥は続けて話し始めた。
「殺したのは逃げなかったからだ。俺の命を獲るってんだ。逆もまた然りだろ」
殺されるならその前に殺す。獣の道理に相応しいシンプルな答え。
人狼らしい尤もな答えに思わず笑ってしまう。
「おいおい、何笑ってやがる」
「いや、悪い悪い」
そうだよな。
命令に従って後悔するのも、逆らって後悔するのも同じなら、自分で選んだほうがいい。
「アンタはさ、ヴァンパイアの眷属なのか?」
「俺が犬になるわけないだろ。さっきも言ったが利害の一致だ」
知っている。アンタは犬になるような奴じゃないよな。
覚悟はできてる。望みは薄いけど不可能じゃないはずだ。
「今、決まったよ。俺のやりたいこと」
「ああ?」
「アンタを倒して、堂々と彼女に会いに行く!」
先手は譲らない。小刻みにステップを交えつつ肉薄し、大振りな一撃は出さずに牽制する。
勿論、こんな攻撃は躱されるか捌かれて当然。
「おらよ」
お返しと言わんばかりの攻撃は行動の起こりを見逃さずに対処する。
反撃に対してオーバーとも言える回避をし、距離を離し状況をリセットした。
「なんだ?少しは駆け引きを覚えたじゃねぇか」
ニタニタと笑う志臥の口元には、鋭い犬歯がギラギラと陽の光を反射している。
体格で劣る俺が勝つにはカウンターしかない。肉薄しては牽制し、相手の攻撃は大袈裟に躱すことを繰り返す。
「じゃれ合いにしては味気無ぇが、前よりはマシだな」
志臥が苛立ちから単調な攻撃をしてくれればと願ったが、そもそも力量差は圧倒的。向こうが崩れるなんてことはなく、俺の目論見は徐々に崩壊していく。
「飽きてきたし、もう終わらせるぜ?」
何かが来ると察した俺は後方へ跳躍したが、次の瞬間にそれは無意味だったと知る。
志臥は息を大きく吸い込み、胸を膨らませた後に吠えた。
「―――ッ!!!」
耳の奥でパンと破裂音がしたかと思うと、平衡感覚が消え膝を付く。
「完全に聞こえないって訳じゃ無ぇだろ?コレは初歩で習う技だぜ」
遠吠えを応用した遠距離攻撃。人狼にこんな技があるなんて、思いもしなかった。
「正面から倒そうって威勢は買うけどな、無謀だぜ?ボウズ」
内部から来るダメージは想定をはるかに超え、目と鼻だけではなく耳からも血が流れる。
「……あー。なるほど、そういう事か」
鼻を動かし何かを察したのか、志臥は座り込む。
「お前は囮って訳だ。何だよ、結局は犬やってんのか?さっきの威勢も時間稼ぎってか」
「……違う」
「ハハッ。口では何とでも言えるぜ?」
自分の気持ちが、偽物だと思われている。真っ向から否定しても、志臥には届かない。
無力感に苛まれる中、俺達の前に番場さんが現れた。
「そこまでだ、人狼・志臥」
現れた番場さんは拳銃を志臥へ向けながら俺の方へ歩いてくる。
「動けるか?」
「ま、まだ、やれます」
「お前が大将か?お仲間連れて帰んな。俺はそのガキに用がある」
志臥の圧に周囲のハンターは怖気づいてしまうが、番場さんはどこ吹く風と言わんばかりにタバコを吸い始めた。
「奇遇だな。俺もキサマには用がある」
「……タバコで誤魔化してるが、テメェは妙な匂いがするな」
不味い。志臥に番場さんがヴァンパイアだとバレたら、作戦の成功率が下がる。
何とかして注意を逸らさないと。
「お喋りな犬には躾が必要だな」
そう言って番場さんは拳銃の引き金を躊躇いなく引いた。
立て続けに銃声が響くも、志臥に命中することはなく足元に弾痕が刻まれる。
「ハッ、どこ狙ってやがる?」
「いや、計算通りだ」
瞬間、弾痕からゴポリと赤黒い液体が飛び出して縄となり、志臥を拘束した。
「なっ!?」
組織が番場さん用の装備として作成した特殊弾だ。血液を内包しており、着弾と同時に噴き出して操作できる代物だ。
「さぁ、作戦を始めよう」
志臥が拘束された。
あれほど圧倒的な脅威だったのが、血で縛られて動けないでいる。
作戦は成功した。
決着を付けられない不満はあれど、彼女に会えるのだという喜びがわずかに勝ってしまい、俗物的な自分が少し嫌になった。
気高い人狼はもうすぐで消える。
首輪をはめるまで、秒読みだ。