人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。 作:藤原 峯
ヴァンパイアが眷属を作る方法を、俺は知らない。だから、できることは目を閉じて耐えることだけ。
傷を付けられる?血を飲ませられる?何をされても動揺しない。
そう固く決意をしたのに、何も起きない。
視界を閉じても、まだかまだかと、鼻と耳が番場さんの動きをついつい追ってしまう。
しかし、待てども番場さんは動かない。
「その気はない」
「……え?」
「武、お前のそれを覚悟とは呼ばん」
『何をしている番場。命令に従え!』
「大上武を眷属化する気はありません」
『……情が移ったか?小を捨て大を取る。死ねば素材。保護した時点でその話だった筈だ』
インカムからは上層部の怒声が届いているが、俺も番場さんも取り合わない。互いの視線が交差する中、番場さんは声を発する。
「俺にお前を眷属化する意思はない。勿論、志臥を見逃すつもりもない」
番場さんの宣告に志臥がニタニタと笑いながら立ち上がる。
「もう少しお利巧かと思ったが。面白味があるな」
「そう言うキサマは自由すぎるな。余裕の表れか?」
拳銃へ弾倉を込め直した番場さんは銃口を志臥へ向けた。
「同じ手は通じないぜ?」
「俺だって馬鹿じゃないさ」
余裕の表情を浮かべる志臥に対し、番場さんは冷めた表情でそう告げる。
「……え!?」
パンッパンッと乾いた音が響くと同時、腹部に衝撃が走る。
番場さんの構えた拳銃は俺に向けられており、硝煙がゆらゆらと立ち上っていた。
「呆けるな、武。反撃の時間だ」
肉体にめり込んでいた特殊弾から、血が流れだし全身を包む。
爪はより長く、鋭く。毛皮はより強靭に。
「これは、凄い」
全身を覆う真紅の鎧に、戸惑いより先に興奮が込み上げた。
「ハッ。それで勝てるなら、苦労はしねぇぜ?」
志臥が大きく息を吸い込む。先ほどの遠吠えを用いた遠距離攻撃。
「音の攻撃!」
短く発する俺の言葉を察して、番場さんは血の鎧で耳を塞いでくれる。
「―――ッ!!!」
ビリビリと全身を揺さぶる衝撃。多少視界は揺れるが問題ない。
「ガハッ」
背後で番場さんが血を吐いたのが分かる。咄嗟の判断で俺を優先してくれたのだ。
「うおおおおっ!」
肉薄し、致命傷ではなく、傷を負わせることを目的とした爪による横薙ぎ。
傷口から血が入れば、あとは番場さんのほうで眷属にできるはず。
「遅い!」
遠吠えのダメージによって、わずかに鈍った爪はは、志臥に届かない。
「いや、それでいい」
後退し、紙一重で躱した志臥に爪から伸びた血が、肘と膝の関節へ深く突き刺さる。
更に全身の鎧が無数の杭となり志臥へ突き刺さった。
「ぐおおおぉうう」
「関節を全て貫いた。もう動けん」
三半規管がやられたのだろう。よろよろと歩きながら番場さんは近づいてくる。
「こちら番場。志臥の拘束に成功」
『……言いたいことは山ほどあるが、それは後だ。よくやった』
早く眷属にしろ。上層部からの指示を聞いたはずなのに、番場さんは動かない。
「番場さん?」
バシャリと水音が響くと、志臥を貫いていた血の杭が水溜まりを作る。
「番場さん!」
片膝を付き、荒い呼吸を繰り返す番場さんの顔は、土気色をしていた。
「情けない。俺の方が保たんとはな」
「流石に俺も焦ったぜ」
動く度にあちこちから血を吹き出しつつも、志臥が立ち上がる。
「お前、ただのヴァンパイアじゃねぇな」
「それは、お互い様だろう?人狼がヴァンパイアを食べるなんて聞いたことない」
「あ?人間より高カロリーなんだから、普通に食うぞ。俺達は」
知らなかった。得体の知れない恐怖を与えた志臥の行動は、人狼としては当たり前だったなんて。
「でも、感染が」
「死んだヴァンパイアに、眷属化させる能力は無ぇ。死体は余すことなく食料だ」
「人間とは違い、人狼には耐性があるのか」
番場さんもまさかの告白に目を見開く。俺は組織で人間がヴァンパイアに感染する方法を聞いていたから、人狼も同じだと思い込んでいた。
「俺を捕まえるために精鋭を寄越したんだろ?なら、俺の仕事は終いだ」
変身を解き、タバコを吸い始める志臥。
緊張感の霧散した影響か、俺も変身が解けてしまう。
「仕事って何の話だ?」
「さっきも言ったが、利害関係の一致だ。お前らの戦力を削ぐ。代わりにボウズへ手出しさせない」
志臥が組織を襲ったのは、俺が原因?
「もう、我々を襲うつもりは無いと?」
「ああ。用心しろよ?雇い主が動き出すぜ」
戦力が大幅に低下した状況で、ヴァンパイアが攻勢に出る。
志臥の情報がどこまで正しいのかは不明だが、備えなければならない。
「にしても、自分から犬になろうとするのは意外だったぜ。覚悟は立派なもんだ」
ニヤリと笑う志臥の視線が、俺を射抜く。
結果を見れば、俺は眷属になっていないし志臥も無事で、もう暴れないという。
ヴァンパイアの動きは気になる。
納得できるわけじゃない。それでも、これ以上被害が増えないなら最悪の結末ではない。
「だが、こっちの世界を知らねぇのに決断するのは、いただけねぇ」
「は?」
「おい、ヴァンパイア。頑張って居場所を守ってやれよ?」
「どういうつもりだ?」
番場さんの答えを待たず、志臥の姿がブレたかと思えば、奴は目の前に立っていた。
「コイツを暫く借りるぜ」
鈍い衝撃と共に、俺の視界は暗転した。