人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。 作:藤原 峯
パキパキと火が爆ぜる音がする。
嗅ぎ慣れない薪の焦げる匂いに安心感を抱いていると、徐々に意識がはっきりとしてきて勢いよく起き上がる。
「よぉ。起きたか」
「……志臥」
焚火の向かいには、何かの肉を頬張る志臥が座っている。
周囲は森。ここが志臥の潜伏先なのだろうか。
「お前も食え。傷を治すには食うのが一番だからな」
差し出された肉は、塩コショウだけのシンプルな味付けが為されているものだ。
「……ありがとう」
ここで断っても仕方がないと思い受け取る。
食べる前に匂いを確認する癖が出てしまい、失礼だったかと志臥を見た。
「毒なんかねぇよ」
呆れた表情を浮かべる志臥に対し申し訳なさを覚えつつ、肉にかぶりつく。
歯で押し潰した瞬間、じわりと溢れる脂の甘さと歯応えに知らない動物の肉だと直ぐにわかった。
「これは」
「猪だ。初めてか?」
志臥の目線を追うと、木の枝に吊るされた猪が映る。
あれが、今食べている食材。そう思いつつ肉をどんどんと口へ運ぶ。
ジビエを食べるのは初めてだが、肉が腹の底へずしりと溜まるような感覚があった。
「何を食っているのか知るってのは、強さの初歩だぜ」
そう言われて、改めて猪を見る。
体は大きく、牙も太く鋭い。開かれた腹部からこの猪が雌なのだと理解した。
彼女には、守る家族は居たのだろうか。
「こいつは雌だからな。時期的にコレがある」
志臥は傍に置いていたバケツから小さな肉塊を取り出す。
「これは……!?」
「
鉄串を通して焼きながら志臥は言う。
「人狼にはな。他者の未来を食らうことで強くなるって教えがある。コレを食うのは強くなるためだ」
自分が強くなるために他者の未来を食う。
それが人狼の食事に対する考え。
「どうして、俺をここに?」
脳裏では志臥に食われる自分をイメージしてしまい、声が少し震えたように思う。
「犬になることを選んだつもりだろうが、ありゃただの誘導だ」
串を回され、チリチリと焼ける胎子が出す匂いが鼻を掠める。
「こっちの世界を見て、改めて決めろ。それがお前の選択だ」
「俺は帰るよ」
ごちそうさま。と伝えて立ち上がり、志臥に背を向けた。
「まぁ、待てよ」
腕の関節を極められ、地面に押し倒される。
「逃げるのは自由だが、阻止するのも自由だよな?」
ニヤリと笑う志臥が尻尾を出し、器用に胎子の串を口元に運んで咀嚼した。
土と未成熟な胎子の匂いが混じり合い、そんなつもりが無いのに涙が出る。
「半分やるよ。ほら」
空いた手で口を開けられ、肉を押し込まれる。
柔らかく、瑞々しい食感に否が応でも美味しいと思ってしまった。
未来を食べる。志臥の言ったことを少し、理解する。
「俺から逃げるのは無理だ。諦めろ」
立ち上がり、元の位置に戻る志臥に倣う。
「飯食ったら寝ろ。朝は早いからな」
タバコを吸い、紫煙を燻らせる志臥の姿が、番場さんにダブる。
「それ、美味いのか?」
志臥の吸う銘柄は番場さんのとは違う。
昔、番場さんは味を楽しんだことはないと言っていたけども。
「タバコじゃないが、薬草の煙を吸う習慣がある。不器用で作れんからコイツを吸ってるんだ」
一番味がシンプルだからな。と志臥は笑う。
「俺は、何も知らないんだな」
人狼のことも、大人達のことも。
「だから教えてやる。現代の人狼がどうやって生きているのか」
「どうしてそこまで?」
わからない。俺と志臥は敵同士なのに、同族だから?俺が世間知らずの子供だから?
「気にするな。俺の都合だ」
結局、それから志臥が話すことはなく、近くの山小屋で寝てろと告げると、静かにタバコを吸いながら焚火を眺めていた。
「起きろ。仕事に行くぞ」
翌日、日の出と共に起こされた俺は、山を降りて人里へ出る。
「ここは?」
「俺の得意先だ。テメェは後ろで立ってるだけでいい」
そして古い公民館のような場所へ入って行く。
「じいさん。今日はどんな感じだい」
志臥が話しかけたのは、窓口に座る皺の深い男性だ。
「鹿の被害が増えてるから、適当に減らしてくれ」
「首持ってくればいいか?」
「ああ。肉は好きにしてくれ」
短いやり取りを終え、建物を後にする。
「何をするんだ?」
「猟師が少ないからな。害獣駆除して金を貰う」
「昔からそうだったのか?」
「ああ。ヴァンパイアと違って、俺達は人間と共存できるからな。昔は戦争の使い捨てにされる話もあったがな」
俺の知らない人狼の歴史。
組織の俺に対する扱いは、どうなんだろうか?
「さっさと片づけるぞ。昼からは街に行くからな」
人狼としての五感をフルに使い、志臥は短時間で三頭の鹿を狩った。
俺は両肩に担ぎ、背中にはロープで死体を縛って歩かされる。
道中、鹿を背負う俺が村中の視線を集めてしまい、恥ずかしかった。
「戻ったぜ」
「いつも早いね。んで?その子は?」
窓口の男性が、俺に視線を向ける。
志臥は何てことないように話した。
「親戚のガキだ。都会っ子だからな、自然に触れさせるんだと」
志臥に背を叩かれたので、慌てて頭を下げる。
「どうも」
「自然しか取り柄がないけど、悩むには良い場所だよ」
突然の指摘に思わずドキリとした。
田舎の人はよそ者に厳しいと聞いたことがあるけど、緊張や警戒の匂いは感じられない。
志臥が打ち解けているからだろうか。
「帰るぞ」
志臥の後をついていく。
組織に縛られずとも、彼は人間と上手くやれている。
「いいな」
思いが口から出ていたことに、俺は気付いていない。