人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。 作:藤原 峯
「車、持ってたんだ」
山小屋の裏手にある倉庫には、泥はねで汚れた古い車が置いてある。
「さっきのじいさんがな。買い替えたってくれたんだよ」
意外にも車内は綺麗で、タバコの匂いもしなかった。
天井やシートには、長年の生活で染みついた匂い。そこに志臥の匂いも紛れており不思議と安心した。
「シートベルトはしろよ?田舎はそういうのにうるさいんだ」
もとよりそのつもりだと伝え、車に揺られる。
古いからか、整備が行き届いていないのか、ギシギシと軋む車内ではラジオがBGMとして流れている。
「お前、学校に行ってるだろ?流行りの曲とか知らねぇか?」
「知らないよ」
「んだそりゃ。華の高校生だろうが。青春を謳歌しろよ」
その後も、志臥からの質問をのらりくらりと躱していると、田舎道から舗装された道路へと切り替わっていく。
「ここは、俺のいた場所から遠いのか?」
「その気になりゃ近いぜ?ただ、匂いは届かねぇくらいには遠いな」
組織の目もない、誰も俺を知らない場所。
志臥が見せる人狼の世界は、酷く質素でシンプルだ。
「ここだ」
辿り着いたのは、繁華街と呼ぶには寂れているが、酒場や風俗店の看板が並ぶ一角。
その裏路地にある雑居ビルの中へ入って行く。
「ここでは何を?」
「俺達が活かせるのは腕っぷしだ。後は……わかるだろ?」
笑いながら志臥がこちらを振り返る。
仕事内容に想像がついた頃、志臥はある扉の前で立ち止まる。
「どうだ?」
促され、扉の隙間から漂う匂いを嗅いだ。
タバコと酒。あと微かに甘い香り。
中には脂ぎった不健康そうな男性とボディーガードだろう。屈強な男が二人いる。
「酷い臭いだ」
「ここに居る奴は大抵そうだよ……邪魔するぜ」
足で扉を蹴り壊し、中へ入る。
ボディーガード達は直ぐに脂ぎった男を背後に隠し、ナイフを取り出した。
「キサマ!何の用だ」
「仕事だよ。思い当たる節はあるだろ?」
「ヒィイ!」
志臥の鋭い眼光が、男を睨む。
怯えた悲鳴を上げる雇い主を守ろうと、ボディーガードの一人がナイフを突き刺すために突っ込む。
「初手から突きか。良い腕だな」
伸ばされた腕を掴み、余裕を見せる志臥。
もう一人が逆手に持ったナイフを側頭部に目掛けて振るう。
「対応も迅速。流石だな」
だが、こちらの男も腕を掴まれ、攻撃は失敗した。
「今すぐ消えるなら、見逃してやる」
志臥の問い掛けに二人はアイコンタクトを交わす。
数瞬の間を置き、二人は掴まれた腕を軸に回転蹴りを上段と下段に繰り出した。
手を離さなければ回避が困難。この攻撃を志臥はどう対処するのだろうか。
「立派だぜ」
志臥の答えはシンプルだった。
掴んでいる腕を握り潰し、蹴りの軌道を無理やり曲げる。
二人の蹴りは空を切り、潰れた腕が更に捩じれ嫌な音が響いた。
パッと手を離すと、ドサりと倒れるも即座に立ち上がり反撃する。
「メンツは大事だもんな」
賞賛の言葉とは裏腹に、志臥が振るうのは圧倒的な暴力。
まさに半殺しと言える様相でボディーガード達は、地面に倒れた。
「ま、待て!いくらで雇われた?倍……いや三倍は出すぞ?」
みっともなく命乞いする男に、志臥は底冷えする声で伝える。
「アホか。先約があるんだよ」
パンと乾いた音が響き、男の胸に穴が空く。
一目で絶命したと分かる状況で、志臥は取り出したスマホで連絡する。
「終わったぜ」
目の前で人が死んだ。
見知らぬ誰かが襲われていれば、番場さんの指示にも従わず飛び出せたのに。
それなのに、心は静かなままで何も感じない。
志臥が殺すのなら、きっと何か理由がある。
そう考えかけて、慌てて頭を振った。
俺は、何を根拠に男が悪人と決めつけたんだ。被害を出さない為にヴァンパイアと戦っていたのに、志臥が人を殺しても怒りはない。
「案外、こんなものなのか?」
命は等価と思っていたけど、俺の本心は違った。
この男と柏木さんは等価じゃない。そんな当たり前を見て見ぬ振りをしていたことに気付く。
言い様の無い恐怖が襲い、冷や汗が背中をじっとりと濡らした。
「本当、子供だな。俺」
自嘲している俺を置いて、志臥と相手の会話はヒートアップしていく。
「あ?こっちは殺さねぇよ、契約外だ。金出せねぇなら黙ってな」
志臥は通話相手と揉めているが、一方的に通話を切った。
「仕事で誰かの指示を聞くのは、犬じゃないのか?」
自分の内面を直視したくなくて、志臥に絡む。
俺と志臥は何が違うのだろうか。指示に従わないのは、俺もしたのだから同じはず。
じゃあ、差はどこにある?
「いいか、俺は仕事の内容も取引相手も自分で選んでる。拒否権の無い犬とは違ぇ」
「俺は、犬か?」
俺も番場さんも、組織の意向に逆らうことは出来る。
でも、志臥のようにお咎め無しとはいかない。
「それをこれから決めるんだろうが」
一仕事終えた一服は最高だと、志臥は言いながら血溜まりに立つ。
志臥のように、圧倒的な力を持てれば、組織と対等な関係になれるだろうか。
「教えてくれ」
「……何をだ?」
鋭い視線に射抜かれる。わかっているだろうに、一々俺を試そうとするのは性格が悪い。
「人狼としての戦い方を」
柏木さんに会う為、ここから離れてあの街には戻る。
でも、俺は組織に使われる兵器として、犬として戻らない。