人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。 作:藤原 峯
「ちょっと待ってろ」
志臥はそう言って建物へ入る。
仕事の報告と金のやり取りをするらしい。
先の戦闘。やってることは、俺がヴァンパイアにしていたのと同じだ。
圧倒的暴力による制圧。
でも、そこに人狼としての戦い方は無かった。
「遠吠え……か」
興奮時は無意識に出たことはあるけど、攻撃に使おうなんて考えたことはなかった。
俺は人狼のことを何も知らない。
志臥から逃げるのに必要なのは、逃げる隙を作ることと追跡されないように痕跡を消す手段。
それを何とか見つけないと、事態は好転しない。
「待たせたな」
分厚い封筒を持ったまま、志臥が車へ乗り込んでくる。
大金を握って機嫌がいいのは、俗物的だと思うが、社会を知らない俺はお金についてまだよくわからない。
「次はどこに?」
「カメラに映ってるだろうからな、適当に移動する」
志臥の視線を向ける先には防犯カメラがあった。
面が割れている以上、周囲に組織の手が伸びている可能性は否定できない。
「お前は知らんが、俺はお尋ね者だろう。連中に絡まれるのも面倒だ」
その後、来た時とは別方向へ車を走らせ、数時間かけて山道を走り続ける。
県を越えたり戻ったりを繰り返す。
一度、道の駅で食料や雑貨、消耗品を買い込む。荷物の量はバックミラーが意味を成さないほどだ。
「こんなにどうして」
「気にすんな」
そう言って志臥は再び車を走らせる。
やがて、山道に設けられたチェーン交換用のスペースで停車した。
「降りろ。こっからは歩きだ」
志臥の拠点よりも深い緑と土の香り。
あの車にはナビが付いていないので、ここがどこなのかは把握できない。
「結構出払ってるな」
志臥は何か嗅ぎ付けたようだが、俺の鼻は何も感じなかった。
「俺とアンタで、嗅覚はどれくらい差がある?」
「さぁな。五感は個体差が激しいが、成体とガキじゃ倍……は言いすぎだが、結構違うぜ」
「そんなに違うのか」
人狼の特徴は圧倒的身体能力。それが大人と子供で倍ほど違う。
どおりで強いわけだ。
獣道すらない山の斜面を歩き続けると、徐々に道と呼べるものがチラホラと見えてくる。
「どこに向かってるんだ?」
「着いてからのお楽しみだ」
目的地をはぐらかす志臥。
歩いている先からは、微かに木が焼ける匂いがする。
猟師の休憩所か何かだろうか。
「止まれ」
突然、足を止めてしゃがむ志臥。
「―――ッ―――ッ」
甲高く、人狼の耳にも僅かにしか聞こえない遠吠え。
意味は分からないが、何かを伝えているのは理解できる。
「―――ッ―――ッ」
微かに、向こうから遠吠えが帰って来た。
「今のは」
「正しい遠吠えだ。デカい声出すなんて、馬鹿でもできる」
「向こうにいるのって」
「ああ。人狼だ」
そして俺達は、人狼の集落へ辿り着いた。
「よぉ、邪魔するぜ」
集落は森を無理に切り開くことはせず、古い建築様式であちこちに点在している。
「縄文時代みたいだ」
「ここは田舎ってよりは、古いって表現が似合うよな」
俺の呟きに志臥は同意する。
周囲の人狼は皆、人間体であり、葉や毛皮を身に纏い服としていた。
部外者の俺達へ向けられる視線は警戒ではなく、興味。
匂いからも敵意は感じられず、安心する。
「長はいるか?」
「修錬場だよ」
人狼の一人が質問に答える。
志臥は修錬場を知っているのか、迷いもせず歩き出した。
「ここは、よく来るのか?」
「たまにな。昔、長に世話になってた時があんだよ」
「ここが、故郷なんだ」
俺の言葉に、志臥は返事を返さない。
修錬場と呼ばれた場所は、相撲の土俵みたいで、円形の舞台に人狼が入り組手をしている。
「長!」
「叫ばんでもええ。匂いで来るのは分かってた」
長と呼ばれたのは壮年の男性だ。
志臥よりも背は低いが体格がよく、無数の傷が刻まれているのが見える。
「……若いな。どこで見つけた」
「そんなのどうでもいいだろ」
「……文明の臭い。人間社会で揉まれたか」
ギロリ、と長の瞳がこちらを向く。
見透かされているような感覚になるが、胸を張って声を出す。
「大上 武です。ハンター組織に拾われました」
「こっちの常識に疎くてな。社会勉強ってやつだ」
再び、長に視線を向けられる。
頭から足先にかけて、何度か視線が往復した。
「何も知らんのか?」
「はい。すみません」
「……舞台にあがれ」
そう言って背を向ける長。
志臥から背中を押され、おずおずと舞台へ上がる。
「人狼になれ」
指示に従い人狼へと姿を変え、視線が少し高くなった。
「立派だな。年は?」
「詳しくは知りません。一応、今年で十六になる予定です」
長は顎に手を当て、黙り込んだ後、若い人狼へ舞台に上がるよう指示を出す。
「じゃれ合いだ。殺しはご法度だ。好きなタイミングで始めよ」
長はそう言い残すと舞台を降り、懐からキセルのようなものを取り出した。
以前、志臥が言っていた薬草だろうか。
「ルールはわかる?」
対面で構える人狼が訊ねてくる。
「なんとなく」
「長も言ってるけど、殺しはなしだから」
始まりを告げる合図はなく、開始を告げたのは相手の遠吠えからだ。
「―――ッ!」
胸の膨らみから、予想をしていた。それに志臥よりも音も圧も弱い。
多少のダメージには目を瞑り、怯むことなく肉薄する。
最悪の事態を恐れて爪は使わず、こめかみへ向けて拳を振るった。
「危ねっ!」
相手は人狼から人間へ戻り、背を低くすることで拳を躱す。
上がダメなら下だと考え、拳を振るった勢いで腰を捻りローキックを放つ。
「手加減が、上手だね」
「……」
人間体の相手を気遣い、放った蹴りは足だけを人狼化させることで防がれた。
その後も何度か攻防を繰り返すが俺は決定打を与えられず、相手からの攻撃でジリジリと追い込まれる。
やりにくい。
志臥よりは弱い。身体スペックなら俺にも劣る相手なのに、こちらの攻撃は躱され、流され、受け止められる。
向こうの攻撃は人間時と人狼時を組み合わせ、手足だけを人狼化させるなどでリーチを不規則に変えて攻められた。
拳は届かないと思えば目の前で伸び、攻撃が来ると思えばリーチが縮みタイミングをずらされる。
十分もすれば全身を痣と掠り傷でボロボロにされた。
「そこまで」
見守っていた長が声をかける。
「勿体ないの。才能自体は、凪と同等かそれ以上だというのに」
長は志臥のほうを見る。
「いいだろ?これを置いてく。代わりに鍛えてやってくれや」
タバコを吸いつつ、志臥は道の駅で買い、背負ってきた物資を指差して言う。
「若手にもいい刺激になる。構わんよ」
「交渉成立だな。タケル、しばらくここで世話になる。案内するからついてこい」
背を向け歩き出す志臥。
「ありがとうございました」
じゃれ合いをしてくれた若い人狼へ頭を下げ、舞台を降りる。
「凪は特別だ。憧れるなとは言わんが、自分とは違うのだと頭の片隅に入れておけ」
「……凪?」
長から語られる聞き覚えの無い名前に立ち止まる。
「あやつ、名乗っておらんのか?」
「いや、志臥って聞いてますけど」
「……まだその名を使っておったか」
「凪って、誰の事です?」
薄々は気付いているのに、確信が欲しくて訊ねてしまった。
彼にとっては、触れられたくない部分かもしれないのに。
「凪とは……志臥の本当の名じゃ」
遠くで俺を待つ志臥を見る。
あの男は、俺に何を隠している?