人狼は武器です。素材です。それでも俺は人間として生きてみたい。   作:藤原 峯

18 / 18
人狼は孤独である

 志臥の下へ行き、長から聞いた話をした。

 

「名前、凪って言うんだな」

 

「だから言ったろ。今は志臥で通してるって」

 

 俺からは、前を行く志臥の表情は見えない。

 ただ、匂いが少し、後ろめたさを感じさせた。

 

「志臥ってどんな意味なんだよ」

 

「……戒めみたいなもんだ」

 

「おーい」

 

 さらに踏み込んで聞こうとした時、後ろから人狼がやってくる。

 

「長から聞いた。しばらくいるんだろ?」

 

「ああ。厄介になるぜ」

 

「前の家は片づけてるから、適当に時間を潰しててくれ」

 

 それだけ伝えると、人狼は足早に去っていく。

 周囲の話し声が耳に届き、意識がそちらに逸れる。

 

 『凪のやつ、しばらくいるらしい』『いい加減、群れに入ればいいのに』『都合いいときだけ帰ってくるんだもんな』『でも、お土産は楽しみにしてる』

 

 聞こえてくるのは、彼に対する話題ばかり。

 志臥は周囲の声を気にもせず、集落を歩いて行く。

 

「ここだ」

 

「火と鉄の匂い。ここは?」

 

「鍛冶屋みたいなもんだ」

 

 金属を叩く音が定期的に聞こえ、屋根から出ている煙突は煙を吐き出している。

 

「ここでお前に武器を作ってもらうんだよ」

 

「……武器?」

 

「人狼の牙と爪は消耗品だからな。それを覆う装具みたいなもんだ」

 

 志臥は懐から、革製グローブに金属の爪が付いたものを取り出した。

 金属部が当たり、ジャラジャラと音を立てる。

 

「あとはマウスピースみたいなやつもあるぜ」

 

 次に取り出したのは、犬歯を覆う形のマウスピース。

 

「使ってるの見たことない」

 

「雑魚に使うかよ。最近使ったのは、群れのボスを狩った時くらいだ」

 

 群れのボス。それはきっと、ヴァンパイアのことだろう。

 志臥が明確に強者と認めた存在。

 

「いつまで立ち話してやがる」

 

 建物から聞こえてくるしゃがれた声。

 

「なんだよ、立ち話くらいいいじゃねぇか」

 

「手前がいると客が来ねぇ」

 

 中から出てきたのは右目を瞑り、左目に眼帯を付けた男性。

 

「じゃ、親方の言葉に甘えて邪魔するぜ」

 

 志臥に促されて中へ入る。

 金属を溶かすための炉が二つ。それぞれに熱した鉄を叩く職人がいて、別の場所には歯を研ぐ人に、装飾をつけている職人も見えた。

 

「で、用件はなんだ?」

 

「俺は手入れ。んで、こっちのボウズに武器を頼む」

 

 親方と呼ばれた男性が俺を見て口を開く。

 

「外の人狼か。今使ってる武器は?」

 

 人狼用の武器なんて持ってない俺は、どうしたものかと戸惑ってしまう。

 

「コイツはハンター組織の出だ。使ってるのは感染防止のマスクだよ」

 

 志臥はバッグから俺のマスクを放り投げる。

 

「……いつの間に」

 

「手癖が悪いんでな」

 

「……感染防止と牙装具は両立できんな」

 

 親方は俺のマスクを見てそう呟く。

 

「牙装具は人狼同士の戦いで使うのが主だが、成人の証みたいなもんだ」

 

「コイツはガキだから、最悪無くても構わねぇ」

 

「お前さん。人間に育てられたんだろ?」

 

「はい」

 

「人間の技は使うのか?」

 

「……多少心得がある程度です」

 

 親方は顎に手を当てて考えた後、数度頷いて俺に変身するよう指示した。

 

「若いのに立派だな」

 

 そう呟き、親方は俺の採寸を始める。

 志臥は研ぎ師へ武器を持っていき、あれこれと注文をしているが、相手は志臥を疎まし気に見ているのが少しだけ、気になった。

 

「よし。試作は三日後にできるだろう。そっから完成まで見込んで五日か七日ってところだな」

 

「じゃ、決まりだな」

 

「滞在期間の話か?」

 

「ああ。触りだけでも戦い方を学ぶには丁度いいだろ」

 

 こうして、俺の集落での生活が始まる。

 狩りの手伝いや畑仕事をし、空いた時間はひたすら組手……いや、人狼的には、じゃれ合いだったか。

 閉鎖的な人たちかと思えば、若い俺にあれこれと世話を焼いてくれる。

 人狼の風習についても、多くを教えてくれた。

 

「志臥……凪はいつからここに?」

 

 俺は、集落の人が志臥と距離を置いていることが気になった。

 昔の家があり、重役の人と面識があるのに。

 

「アイツが村に来たのは十年前くらいか?」

 

「ああ。名前は凪なのに、いつからか志臥って言い出したんだよ」

 

「凪の集落は別でね、ヴァンパイアに襲われて滅んだんだよ」

 

 志臥の故郷はもうない。

 ここへ拾われたのに、馴染まず居場所としていない。

 

「志臥は、滅んだ集落を忘れられないのか?」

 

 夜。囲炉裏の向かいに座る志臥へ訪ねた。

 

「……何の話だ」

 

 タバコではなく薬草を咥え、酒を呷る志臥。

 

「聞いたんだ。凪と志臥の名前についてと、故郷が滅んだ話」

 

「俺達は帰巣本能が強い。それだけだ」

 

「前に、志臥は戒めだって言ってたけど」

 

 俺の問いかけに志臥は酒を飲むことしかしない。

 流れる沈黙と、木が爆ぜる音が響く。

 

「弟分がいた」

 

 遠くを見ながら、志臥はポツポツと語る。

 

「俺の集落は子供が少なくてな、血は繋がってねぇ。でも本当の弟だって思ってる」

 

 そんな弟分は、ヴァンパイアの襲撃に遭い行方不明。

 

「死体は無い。もしかしたら、眷属になってるかと考えた。だが、希望的観測ってやつだ」

 

「だから、志臥の名は戒め」

 

「俺の故郷はあそこだけだ。ここは仮宿でしかねぇ」

 

 俺は志臥を、本物の人狼だと思ってた。

 自由で、強くて、全部持っていると。

 でも違った。

 彼の居場所はもうない。だから自由なんだ。

 

「次はどこに行くんだ?」

 

 もうすぐ親方の言っていた七日目。

 俺の武器が出来ればここを離れるのだろう。

 

「次は別の顧客だ」

 

「別の顧客?」

 

「雇い主と契約更新について話す」

 

 志臥の雇い主。

 なら、町へ戻り裏稼業をまたするのだろうか。

 人を殺す仕事。

 俺は、またそれをついて歩くだけの傍観者になる。

 

「人を、殺すのか?」

 

「あ?それは契約次第だが、安心しろ」

 

 志臥は酒を飲みきると、薬草を揉み消した。

 

「次の顧客はヴァンパイアだからな」

 

「なっ!?」

 

 話は終わりだと言うように横になる志臥。

 胸の内に燻る疑問に答えてくれる相手は、もういない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※評価値0,10は一言の入力が必須です。参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。